9月27日



図書カードを渡したり、食事券を贈ってみたり、ケーキを食べてみたり。そんなお祝いばかりしていたけど、今年はナランチャが丸いテーブルを叩いて立ち上がった。
「俺、もっとちゃんとブチャラティの誕生日を祝いてーんだけど」
ジョルノはお仕事で出かけ、片腕の扱いとしてミスタも彼に同伴している。ブチャラティはお昼ご飯を食べに街へ行き、ここには私とアバッキオとフーゴちゃんとナランチャだけだ。そう広くもない部屋だし、ナランチャがたくさん喋ってくれるので寂しさはまったくない。
アバッキオは"自分の飲み物の管理もできねえのか"と言いたげな顔で私のカップに紅茶を追加してくれていて、フーゴはショートケーキを睨みつけて苺を食べるタイミングを計っていた。少年が椅子を蹴ったのはそんな時だ。三角形に切られたオーソドックスなケーキのてっぺん、燦然と輝く苺に何かを感じたのか。
フーゴは唇をとがらせて自分のカップを避難させた。
「なんですか、急に。今までだって特におかしな祝い方は……」
「ちゃんとした祝い方とか、そーいうのはわかんねーけどさ。ケーキ食って、オメデトウって言って、それくらいだろ?」
それだけじゃあ不満らしい。
ブチャラティはどんな祝い方でもみんなの気持ちを感じて喜ぶと思うよと一応声をかけてみたが、ナランチャの勢いは止まらなかった。
「プレゼントとか、うまく選べなくて渡してねーし」
「物ばっか貰ったって困るだけだろ」
「毎年花を渡しているくせに、よく言いますね」
「うるせーな」
アバッキオがブチャラティに贈る花は毎年違う。花言葉で感謝を伝えているのかなと踏んでいたけど、フーゴによればあれは特に意味のある選択ではないらしい。重くないプレゼントとして花を選んでいるだけなのだとさ。アバッキオに訊いてみても、ただ毎年花屋の前を通って無作為に買っているだけだと言っていたし、そんなものなのかもしれない。男同士の友情やアバッキオの心情はようわからん。
ナランチャはプレゼントを渡したいのかな。
一足先にケーキを食べ終わり、脚を組んで紅茶を飲む。すっきりとした後味がケーキの甘みを洗い流してくれた。
「ポルポは毎年、チケットとか、渡してるだろ。俺もそういうのをやりたい」
「……」
フーゴがそっと目を逸らした。彼もまた、裏でこっそりブチャラティにプレゼントを渡している勢の一人だ。ある意味ナランチャに対する裏切りを働いている。目を向けるとテーブルの下で足を蹴られた。何も言ってないよ私。
「アレはどう?自分にリボンを巻いて、俺がプレゼントだぜ、ってやつ」
「馬鹿じゃねえのかテメーは」
「ブチャラティが困るだけでしょう」
「そうだぜ、ポルポ。そんなのおかしいだろ」
だよねー。軽く頷こうとしたところで爆弾発言をくらった。
「だって俺たち、もうブチャラティのモンみてーな感じじゃん」
アレ、でもブチャラティは元々ポルポの部下だったんだし、ポルポのモンでもあるってことになるのかな、でも俺はブチャラティの物の方がいいな、と首を傾げたナランチャの言葉は私以外の誰も聞いていなかった。フーゴとアバッキオが手で顔を覆っている。まあ、そうだよね。君たち、ブチャラティのこと大好きだもんね。ナランチャの無邪気さが他人事ではない護衛チーム24時。
あまりにもナランチャが悩んでいるので、食べ物にしてみたら、と提案したところ、彼は顔を輝かせた。
「ホタテか!?」
「ピンポイントだね!?」
確かにホタテを焼いたものが好きだって話は聞いたことあるしごはん屋さんで食べてる姿も見てるけど、ホタテかな!?それでいいのか。しかもこの子なら本当にやりかねない。
「馬鹿か、ナマモン渡してどうすんだ」
そこなの?アバッキオもちょっとズレてね?ブチャラティの誕生日を前にして全員が錯乱しつつある。
フーゴたんはそんな彼らに向かってやれやれと首を振ってみせる。呆れ果てたというジェスチャー付きの、フーゴたん可愛すぎセット出血大サービスだった。ちなみに直後、フーゴたんも結構ぶっ飛んだことを言った。そういうのは鮮魚店の店主がプレゼントするだろうから、もう少し流通していないタイプの贈り物がいいんじゃないですか、と。いや、そうじゃないだろ。私がおかしいのかな。私がおかしいのかもしれない。誰かミスタ呼んで。

エプロンを身に着ける護衛チームの数名を前に、私は事態の深刻さを徐々に理解していった。なるほど、ブチャラティの誕生日とは、私が想像していたよりもずっと一大イベントであるらしい。否、正確には、年を経るごとに重大なイベントへと進化していった、と言うべきか。うん、わかる。
「それじゃあ……、始めよっか」
ちょっぴり広いキッチンに男が三人、女が一人。のちのちジョルノに「どうして僕も誘ってくれなかったんですか」とちくちくいじられるネタの一つがここに生まれる。すなわち、クッキークッキングタイムである。クッキーだけに。何を言っとるんだ私は。


ブチャラティの誕生日当日、集まった私たちは親のような気持ちでナランチャを見守っていた。注目されていると気づいた彼も居心地悪そうに、やめろよ、と手を振って視線をほどいた。
「もう、ほっとけよな!……ブチャラティ、これ、あの、……おめでとう!」
押し付けるように包みを手渡され、ブチャラティは目を丸くした。
「グラッツェ。……開けてもいいか?」
「うん」
こくりと頷いたナランチャのすぐ前で、ブチャラティは柔らかい微笑みを浮かべる。リボンで閉じられた袋の中から、山のようなクッキーが顔を覗かせた。さすがのブチャラティもその量に少し驚いている。だよね。私も楽しくなっちゃって、小麦粉一袋あけてやるわ、みたいな気持ちになっていっぱいつくっちゃったところあるし。味見だけしてあとは全部ブチャラティの分に回したしね。アバッキオが星型のクッキーをつくっている時に全員で笑いをこらえたり、フーゴにわざとハートの型を渡して反応を見たり、ナランチャが粉をひっくり返したり、記憶を辿ると感慨深くなる。ほとんど一日がかりでつくったもんな。
期待に漏れず、ブチャラティはとても喜んでくれた。かんばせが緩むのと同時に、ぶわあああと周りに花びらが散った気がする。
一枚摘み上げて、ぱくりと食べる。
「うまいな。好きな味だ」
「ホントか!?やったぜ、ポルポ!」
振り返ったナランチャの瞳がきらきらしていたので、よかったね、と何度も頷く。ナランチャ越しにブチャラティと目が合って、そうなんですよ、と眼差しで言った。そうなんですよ、ナランチャがね。つくりたいって言ったんですよ。
「味は悪くねえと思うぜ」
「僕も見ていましたし、ポルポのレシピ本もありましたからね。ちなみにアバッキオがつくったのは星型のやつですよ」
「フーゴテメエッ……、俺は渡されたからそれで型抜きしただけで……」
照れてるアバッキオにブチャラティの朗らかな天然さが突き刺さる。そうか、アバッキオも俺の為につくってくれたんだな。幹部からにじみ出る格、これがブチャラティか。
私からも精一杯丁寧におめでとうを伝え、毎年恒例のハグをする。全員でブチャラティをもみくちゃにすると、遅れてやってきたジョルノとミスタが、あああ、と声を上げた。
「俺らが来るまで待ってろっつったじゃねーかよ!」
ジョルノが持っていた紙袋を掲げて見せた。中から小さなクラッカーを取り出し、紐を引く。ぱん、と小さな音がして、今年もお誕生日会が始まった。