私を含め、彼らには猫アレルギーを持つ人も、猫嫌いな人もいない。特にこだわりを持っていないというのが正しい言い方かもしれないが、全員が集合できる広さのある部屋―――もう便宜上202号室としてしまおう。そこにホルマジオが飼い猫を連れ込んでも、誰も文句は言わない。何だよホルマジオ、女引っ掛けて来たの?そんな感じだ。白猫は雌なもんだからね。
ホルマジオに猫を連れ込む気などないのだけど、彼の足にじゃれついて離れない猫と、どうしても上に置いてある軽食が食べたいホルマジオの攻防の末、すたすたと猫が階段をのぼりいかつい男を先導する形になっているのだった。するりと扉の隙間から室内に入り込んだ白猫はホルマジオから離れず、メローネにちょっかいをかけられたり、ペッシに可愛がられたりしてのびのび過ごしている。
そしてなんと今、そのホルマジオに懐いている白猫が、私の膝の上で眠っているのである。
すたっとソファの肘掛を踏み台に私のもとへやってきたお猫様は、私の膝の上でくるりと丸まって尻尾を揺らした。その可愛さたるや、掻き消えたはずのスタンドが再び発現するのではないかというほどだ。
「猫は良いよなあ」
メローネはソファの背もたれに後ろから凭れかかった。凝ってもいない肩を揉みながら、膝の上の猫を見下ろす。ついうっかり履きたくなってミニスカートを履いて来てしまったので、ちょっとだけ毛がくすぐったい。
「メローネも猫になりたいの?膝枕ならおねえさんがいつでもしてあげるのに」
「知ってる。でもそれとこれとはちょっと違う。ロマンってやつさ。俺も猫になりてえー」
確かに、ちょっと理解可能な気がするぞ。例えば猫の姿になって、何も知らないプロシュートに付きまといべたべたと懐きまくって、なんだかんだで世話を焼かれたいという願望は誰にだってあるだろう。人間に向けるものとは違う愛情をいただけるのではないかなと思うのよ。兄貴が動物にどんな視線を送りどんな態度をとるのか、気になりすぎる。メローネが言っているのもそういことじゃあないのか。
「近いような遠いような……。まあいいや、ちょっとその猫貸してよ。俺の膝に寝かせて」
「どうして?」
「猫って、俺が近づくと逃げるんだよ」
さすが動物、と感心したのもつかの間、この子は逃げてないみたいだと指摘しようとして言葉を切る。イルーゾォが指さしたからだ。
「逃げてねえじゃん」
「慣れたんだろ。ホルマジオとずっと一緒に居るんだ。だから珍しいんだよ」
ホルマジオが飼っている猫の中でも、白猫は特に度胸がある、らしいからね。黒猫は人に近づいて来ないし、斑の子はあっちにいったりこっちにいったり、人懐っこいけど落ち着きがない。メローネの膝の上で殊勝に丸まっているような大人しい猫ではなかった。
「でも私も渡したくない。可愛いもん」
「ええ?猫の代わりにカワイイ俺が膝枕で寝てあげるからさ」
「猫はどうすんの?」
「俺の腹の上で寝かせる」
ココ、とメローネは服の切れ込みから肌をなぞったようだった。
「おいホルマジオ、お前の猫が毒牙に掛けられそうになってんぞ」
イルーゾォの声は疑わしげだった。彼はメローネがただそれだけの理由で猫を抱きたがるとは思っていない。
しかしホルマジオは、いいんじゃねェの、と生ハムを片手に頷いた。皿に盛りつけて、オリーブのピクルスにピックを刺す。ひょいパクひょいパク。おいしそうだから私にもください。
「ホレ」
口に放り込んでくれた。生ハムうめー。
「決まりだ。ほら、猫ちょうだい」
「えええー」
不服だ。私は猫と戯れていたいのに。猫の暖かい重みを感じていたいのにい。
いそいそとメローネが私の隣に腰掛けたので、あっちにお行きと猫のお尻を撫でた。白猫が面倒くさそうに立ち上がってメローネを見上げ、優雅に床に下りてしまう。
「ぶっ、嫌だとよ」
「はあ!?なんだよ期待したのに」
「じゃあ私があの子を膝にのせておいたほうが私にとっては得だったじゃん……!」
ひどい、メローネひどすぎる。わっと両手で顔を覆うと、メローネは慌てて私の肩を抱いた。手慣れていた。
「泣くなよ、ほら、俺が膝にのってあげるから。ていうかむしろポルポが俺の膝に」
猫じゃないと意味がないんですけど。私があんたの膝に寝転がってどうするんだ。何の解決にもなりゃしないわよ。
でもとりあえず、青年の太ももに頭をのせておいた。かたい。寝心地が悪い。
「だいたいは喜ぶんだぜ」
「へえ」
どこの女の人の話でしょうね。どこの人でもいいけど。
「下から見ても俺は格好いいだろ?」
「まあ、そうね。格好いいし可愛いわ」
「ポルポの胸もいい感じになってるぜ」
「そりゃありがとう」
ごろりと仰向けになった私のお腹に猫が飛び乗った。うぐ、呼吸の間隙を突かれてダメージを食らった。そのまま丸まって、またぱしりと尻尾でたたかれる。はい、静かにしています。
「なんか釈然としねー」
「日ごろの行いが悪いんだろ」
イルーゾォが、とてもそれっぽいことを言った。なんとなくそんな気がしてしまうのは、やっぱりメローネに日々感じているイメージがそんな感じだからかな。ああ猫可愛い。