鑑賞会


※そういうビデオの鑑賞会です



玄関チャイムも鳴らさず、どたどたと三人分の足が玄関に上がってスリッパを鳴らす。
「たでーまー。リーダー、ポルポ、邪魔すんぜェ」
「ホルマジオいらっしゃい!暖房効いてるよ」
邪魔するぜと言う時もあるけど、みんなは"ただいま"という言葉も使う。そう言うほど家に馴染んでくれているのだなと思うとこれまでの六年間を思って色々と涙が出そうになるがここはぐっと堪えておく。
「ほら、これクッキー。前に美味かったっつってたやつ」
「ありがとうイルーゾォ。これ本当においしいよねえ。紅茶にする?コーヒーがいいかな?」
「俺はポルポと同じのがいいな」
ひょっこりキッチンに顔を出したメローネに微笑みを向けて、それじゃあオレンジジュースだなとコップにジュースを注ぎ入れる。
「俺は紅茶。ぬるめで」
「んじゃあ、俺もこいつと同じで頼むわ」
「ほいほい」
ホルマジオはこちらに気を遣ってイルーゾォと同じものを選んでいるのか、それともイルーゾォと飲み物の趣味がばっちり合っているのか。前者だろうなあ、二人の趣味って別にそこまで合致していない気がするし。ホルマジオはビール派でイルーゾォは水派。相容れない。
「来るとは聞いていたが、このメンバーで何をするんだ?」
せわしなく準備をする私を眺めていたリゾットは、それぞれ手荷物を持ってやって来たホルマジオたちに疑問を抱いたようだ。口に出して問いかける。いつもは大体みんな手ぶらだから意外に思ったのかもしれんね。
「あとソルベとジェラートも来るぜ」
「余計に解らないな」
小首を傾げたリゾットの可愛さに打ち震えるより先に、また玄関が開いた。ぱたぱたと軽い足音が近づいて来て、明るい笑顔が二つ覗く。ソルベはバスケットを提げていた。
「よーっす、リゾット」
リゾットは一つ頷いて応えた。
「サンドイッチ作って来たぜ。途中で食おうや」
「やった!ソルベのサンドイッチってすごくおいしいから嬉しい!」
ところで何飲む?コップを準備しようかカップを取り出そうか、腰に手を当てて返事を待っていると、二人は顔を見合わせた後に声を揃えて注文した。
「サイダー」
「レモネード」
そこは一緒じゃないのかよ。聖徳太子じゃないから同時に言われると混乱する。え?レモネーダー?
「サイダーあるの?なあなあ、それ白濁したやつもある?」
「言い方!!」
あるよ。ホワイトサイダーもあるよ。この間つい飲みたくなって買ってしまったんだけど、私以外の誰も飲まないので減らなくてちょっと困ってたんだ。フルーツのサイダー漬けでも作って食べるかと思っていたところだから大盤振る舞いしちゃう。溢れんばかりに注ごうか。
「じゃあその弾ける白濁したベタベタのやつで」
「言い方!!どうにかしろ!」
そんなに力いっぱい突っ込まなくてももはやこれくらいは日常茶飯事だぜイルーゾォ。
「弾ける白濁したベタベタのやつ入りましたー」
「……」
「ぶはは!棒読み!」
「あーもー、オメー居ると準備も進まねェーから上がってろよ」
「じゃ、俺たちもおやつ持ってっとくわ」
「飲み物よろしくな、ポルポ」
ソルベとジェラートはメローネの肩に腕を回して階段の方へ歩いて行く。
「みんなも上がってていいよ、テキトーに座っておいてよ」
どうせ準備も飲み物だけですぐに終わる。おやつは三人が持って上がってくれたし、先に私の部屋でクッションの取り合いでもしていてくれ。
そう思って上がるように勧めたが、イルーゾォは首を振った。
「俺らは手伝うよ。お前ひとりで六人分持って行かせんのも何だし」
「こいつが持って行く係、俺がドア開ける係、オメーがくっちゃべる係な」
「お前も手伝えよ!!」
私の扱いが酷い。そんなに喋ってばっかりじゃないです!楽しい話しか喋らないようにしているからなんとなくうるさいイメージが付きまとってしまっているだけなんですよ、マジで。たぶん。きっとそうだって信じてる。信じればなんとでもなるよね。
「……それで、何の集まりなんだ?」
「あー……」
業を煮やして口を開いたリゾットに、ホルマジオは答えあぐねて目を逸らす。むずむずしたのか頬をさすって、片足に体重を乗せたままぐるんと私の方を向く。私に答えろって言ってる?
「言っとくけどなリーダー、俺らはメローネとソルベとジェラートのストッパーだからな」
「ゲーム……、いや、ビデオでも見るのか?」
「まァーな」
ビデオっちゃあビデオよね。私たち三人はお互いに回答権を譲り合って一歩も退かない。誰もかれも答えたくないのだ。リゾットの前でこんな下劣な話をしていると悪いことをしている気分になるのはなぜだろう。リゾットという侵しがたい母性。
「何か嫌な予感はして来たが、何のビデオだ?」
「AVよ」
「……」
気合い一発答えると、リゾットはひどく無感動に眉根を寄せた。矛盾するようで矛盾しないこの仕草。これこそがリゾット。どこまでも動作から温度をなくせる男よ。
ひやりとしたのか、イルーゾォもぎこちなく顔をそむけた。
「鑑賞会……なんだよ……」
「……」
「リゾットは興味ないかなーと思って誘わなかった。ごめんね!」
「……」
彼は静かに椅子から立ち上がった。


七人で六畳の部屋を埋め、メローネは私のベッドの上に乗っている。私は身体をすっぽり包むくらい大きなビーズクッションを取り合う成人男性どもを眺め、勝者のジェラートとジェラートの脚の間に座るソルベを脳内アルバムにそっと収めた。
「どれから見る?」
「趣味出るよな、やっぱ」
「各々一本勝負だからな」
ちなみに私のはこれよ、とベッドの枕元に置いておいたビデオをスッと床に滑らせる。もちろんノーマルな趣味のビデオだ。
「オメーも出すのかよ!!」
いの一番に声を上げたのはホルマジオで、続いてイルーゾォも「アホか!!こいつらならともかく俺らはいいんだよ!!」と私を罵倒する。だって他の人に用意させておいて主催者が何もナシっていうのはちょっとおかしくなイカ?
「まあ俺一応持って来てっけど」
「アホがここにもいた!!」
手提げの紙袋からやはりノーマルっぽいパッケージを取り出したホルマジオの頭をイルーゾォが叩こうとして軽々避けられていた。素直に叩かれる時とこうして避ける時があるんだけど、それはイルーゾォの本気具合を見て判断しているのかただの気分なのか。なんでもいいや二人が仲良しなら。
「ホルマジオのビデオは前にイルーゾォと一緒に見たじゃん?」
「アレは売りつけられたっつったろ?俺のシュミじゃねェーんだよ」
ホルマジオの真の嗜好とは。すごく気になったのでパッケージを手に取ってひっくり返す。普通に茶髪の女の子がいた。そりゃそうだよな。私はいったいナニを期待していたんだろう。
「で、リーダーはどれから見たい?」
「……」
「え?甲乙つけがたいって?」
「ぶはっ」
「ぎゃはッ」
「やられた!」
「俺はまだ何も言っていない」
メローネとリゾットの漫才も、お馴染だけど何度見てもソルジェラが笑うのに釣られて笑ってしまう。悔しいこんなのビクンビクン。
「代表してオメーが決めろよ」
私に決めさせるところがホルマジオもホルマジオよね。私は確かに主催者だが、こういうのは普通ジャンケンとかじゃないのかな?私もAV鑑賞会なんて開くのは初めてだからよくわからんけど。
「じゃ、手始めにメローネのやつから」
「初っ端からかっ飛ばしすぎだろ!」
「ポルポに悪いと思って軽めにしたぜ」
それはありがとうメルシーボークー。お気遣い恐縮の至り。
「無題なのがまたコワイよなあ?」
「んで、黒塗り」
「こいつが言い出した時点でヤベーニオイはしてたけどなァ?」
ヤバいニオイ以外の何を感じるのか教えてほしい。
「こいつが吐く気配……とかか?」
「イルーゾォちゃんはホラーが苦手だもんなぁ?」
「得意じゃねえだけだしこれはホラーじゃなくてAVだろ!!」


「重い……」
「どこに興奮する要素があるんだよ……」
「序盤で脚を折ったのは良かったなー」
「動けねえ恐怖が倍増ってやつ?」
「うーん、個人的にここで爪を剥がす意図が読めない」
「……」
「すぐに解るぜ」

何も言えず、全員が沈黙していた。
「な、解っただろ?このシーン滅茶苦茶興奮するよな……」
「しねえよ」
「しねーなァ……」
「さすがにしねぇよ」
「メローネヤベエー」
即答だ。リゾットは無言だったが、メローネが身を乗り出すと少し身体の位置を変えた。ただメローネの邪魔にならないようにしたんだろうけど、もしかして引いてるのかなと考えるとドキがムネムネするわ。意訳だけど、改めて見てみるとやっぱりこいつは変態だな、くらいは思っていたとしてもベネだと思うよ、私はね。
「ポルポは?興奮しない?」
「上目づかいで言われても……ビデオには興奮しないかな……」
さすがにこの内容で興奮出来るのはメローネくらいだろう。結構な内容だったよこれ。スタートダッシュからヘビー過ぎたね。ごめん、ちょっと反省してる。でもこれ間食にしてもヘビー過ぎるしデザートにしたら心に引きずる。ある意味最初で良かったと思う。
「なあんだ、しねえの?」
「何を狙っていたのか全然読めなくて逆に怖い」
「それ全然逆じゃねえから!!普通に怖えだろ!」
「でもこれストーリーは純愛だぜ?」
「ストーリーはな」
「お前の感性は理解出来ない」
「人なんてそれぞれだぜ、リゾット」
「そーそー」
笑うソルベが、「次は俺らだな」と重ねて持った二本のビデオを扇のようにずらし両方のタイトルが見えるようにする。そこには装飾文字で"満月の夜"とだけ書かれていた。紺色を基調とした背景に三日月があり、前面には二人分の影が浮かび上がっている。ひと言で言うと、どこまでも美しさを追究した表紙だった。
「あんたらのも見たくねえ……俺もう帰りてえよ……」
「帰ればいいんじゃね?」
「ここにポルポを置いて帰れるかよ!!」
「これはときめいたわ」
「おおっ、告白か?」
「大胆だなイルーゾォ」
「違えー!!」
イルーゾォが床を殴った。賃貸じゃなくてよかったわ。


アフターストーリーも事後のインタビューも何もなく、シックなエンドロールが流れるエンディング。テーマ曲まで美しい。
「こういうの、女王さんは好きかと思ったんだけどどうだい?」
「す、好き!すごく好き!このビデオ、物語としての完成度が高い!むしろこれはエロがスパイス!」
「俺が持って来たやつも完成度高いのに……アレだってスパイスみたいなモンだぜ」
メローネが何か言っているがあえて無視した。あんたのはジャンルが問題なんだよ。
このビデオの内容自体はとてもシンプルだ。
吸血鬼であるウィルとハンターのバッツが出会う。彼らは初めは殺し殺される間柄だったが、永遠ともいえる時を生きるウィルにとって諦めずに立ち向かってくるバッツは面白い存在で、徐々に興味を抱くようになる。いつしかバッツが自分を殺しに来るのを楽しみに待つようになって、バッツもそんな奇妙な吸血鬼に不思議な親しみを感じてしまう。そして二人は恋に落ちる。実はそれは前世からの縁で、前世ではバッツが吸血鬼でウィルがハンターだった。そんなベタベタな内容。
「オメーはこういうベタベタな恋愛が好きなのか?」
「違うわよ!……まあ好きといえば好きだけど、この作品のポイントはそこじゃあない!そうよね、ソルベ、ジェラート!」
「そ。最終的にウィルがバッツと一つになったことで―――ウィルがバッツを"食い殺した"ことで、"愛するものを失う"という吸血鬼にとって最大の岐路を踏み外し、狂気に堕ちる。それを知っていてその選択をさせたバッツの執着と、解っていてもバッツを取り込んだウィルの愛と言い切るには外れすぎている感情!この調和がな!」
「話は常に月が欠ける夜に起こるってのもね」
メローネが人差し指をひらひら振って演出を指摘する。
「お前もこういうのを見てまともなことが言えたのか……」
「あはは、俺のことを何だと思ってたんだい?」
「変態だろ」
イルーゾォはにべもなく言い捨てた。苦労が滲んでいる。
「最期に満月を迎えて終わるのがまた、オツよね……。ありがとう、良いもの見たわ!」
満面の笑みでお礼を言う。メローネのビデオで受けた衝撃が上塗りされてすごく良い後味になった気がする。
「……」
「リーダー、こいつぁ映画みてェなモンだからな?まだマシだろ?」
「何も言っていない」
「オウ、知ってる」
ホルマジオがリゾットの肩をばしんと叩いた。
「ホルマジオのは?体格差モノ?」
「リトルフィートのこと言ってんのか?ありゃあスタンドだっつーの」
ですよね、知ってた。
「こいつの趣味が出たビデオなんざ見たくねえ……」
「でも帰らないんだよなぁ、イルーゾォ」
「えらいぜ、おにいさんたちが褒めてやろう」
黒髪を撫でられて微妙そうな顔をしているイルーゾォ。でもやっぱり抵抗はしない。もう疲れ果てているのだろう。ちょっと痩せてね?大丈夫?サンドイッチ食べなね。
「あ、そういえば私このタイトル見たことある。ホルマジオの部屋に投げてあったよね」
「お?知ってっか?」
「あんまり面白くなかったって言ってなかったっけ?」
「オメーに見せるにはちょうどいい内容だろ。ホレ、ストーリー主体だし」
みんなに気を遣われてしまっている。ありがとね。
ケースを開いて中身をデッキにセットする。リゾットの隣に戻ると、ふ、と息を吐き出す音が聞こえた。リゾットのため息はレアですよ。幸せが逃げてしまいそうだから私の幸せをおすそ分けしておこう。ナデナデと背中を撫でておいた。
「よし、それじゃあ見っか」
再生ボタンを押す。

感想は全員一致していた。
「普通」
「普通だな」
「普通だなぁ」
「普通だ……」
「フツーだろ?」
ホルマジオに同意を求められたので首肯を返す。
「そうね、一般的だわ。……リゾットはどう思う?」
なんとなく流れに乗って話題を振ると、リゾットは私の真意を探るようにこちらを見つめてから無感動に言った。
「……そうだな、普通だな」
「ぶぎゃあッはっはっは!リゾット!ヤベエ!ぶぎゃっはっは!」
「ひゃっひゃっひゃ!解るのかい?リゾットちゃんも木で出来てるワケじゃあねェってこったな!」
「……」
すんごく面倒そうな顔をしている。解っててからかってるんだからソルジェラも人が悪いよな。楽しんでいる私もそうだけど。
「あー面白かった。さ、どれをリプレイする?」
「どれもしねえよ!!」
イルーゾォが肩を怒らせてビデオデッキの電源を切った。ソルベの手からリモコンを奪い取って背中に隠す。その動きがディ・モールトキュートだ。
リモコンを隠したイルーゾォは、今度は肩を落としてぐったりと紅茶を口に含む。ごくりと飲んで、しみじみと呟いた。
「俺一人だと分が悪い……」
「ギアッチョが要る?」
「お前らが減ればいいだろ」
それはひどい。だけどごもっとも。
とりあえずイルーゾォの機嫌を取り持つため、私は棚からまったく関係のないパッケージを引き出した。困った時のジブリ。
平和極まりない魔女っ子さんが宅配をするアニメ映像を流し、イルーゾォのささくれだった心を鎮める。
効果があったのか、夕飯を食べる時の彼はちょっぴり楽しそうだった。よかったよかった。