お姫様抱っこ


お姫様抱っこをして、と要求してみた。

ホルマジオは首を傾げる。それでも私が手を伸ばすと、よっこいせと椅子から立ち上がって私の肩に腕を回してくれた。首に抱き付くと、オメー下手くそなんだよとなぜかダメ出しをされた。
「もっとこう……色気のねェ奴だな」
「色気!?」
そう言われては女がすたる。おっぱいを思いっきり押し付けて抱き付くと、耳元でホルマジオがため息を吐いた。無理すんなと今度は労わられた。ばかやろう私だって本気出せばホルマジオの一人や二人ひんひん言わせられるんだからな。
ひょい、と軽々持ち上げられて視界が変わる。うーん、やはり安定しているな。
「ちょっと歩いてくれる?」
「ナンデだよ?」
「たまにはラグジュアリーな気分に浸りたいから」
「俺じゃない方がいいんじゃねェの」
確かに、どちらかというとホルマジオは肩に担ぐ方が似合いそうだ。俵担ぎで連行される私。想像余裕でした。

イルーゾォは首を振った。
「嫌だよお前重いし」
なんと最低なことを言う男であろうか。だがしかし否定できない。おっぱいがスゴイ重量なのだ。イルーゾォのようなひょろっちい子にはまあ土台無理な話でしたよねーと煽ると煽り耐性の低いイルーゾォはムカッとした様子で立ち上がった。両手を差し伸べられたので首に腕を回す。
イルーゾォは息を吐き出してから気合を入れて私を抱きかかえた。おおっ?
「俺だってやれば出来るんだからな……ッ」
ちょっぴり苦しそうだったけど、私は普通の女の子より重いから仕方ないよ、イルーゾォ凄いよ。私はイルーゾォのことお姫様抱っこできないもん。
「お前と比べんなよ!土俵が違えから!!」
ごもっとも。

ソルベとジェラートは顔を見合わせると、ヴェニーテ、と両手を広げた。どっちから行こうかなと迷っているうちにソルベが近づいて来てあっさり持ち上げられた。首に抱き付く暇もなかった。そのまま荷物でも受け渡すかのようにジェラートに手渡されて、今度はジェラートに横抱きにされて彼が片足でくるりとターンしたのに付き合わされる。まとめていない髪の毛とスカートの少ないフリルがふわりと風をはらんだ。
「わか、わかった、わかったよジェラート、私が悪かったわ。目が回る」
「ぶはっ、何も悪くないぜポルポ」
「回っても問題ないだろ、俺たちが抱えて家まで帰ってやるよ、ぷくく」
その場合のリゾットの反応を思い浮かべたのか、ソルベとジェラートは計ったように同時に笑い声を立てた。

ギアッチョをその気にさせるのは至難の業だった。
品数限定のシードルを使ったお菓子と"五日間俺に近づいて来ない権"のカードを切ってようやく重い腰を上げたギアッチョは、人との接触が嫌いな彼らしく、すごく眉根を寄せて、無言で私の手を指さした。次に自分を示す。抱き付けってことですね。理解可能。
指示された通りにすると、ギアッチョは意外と丁寧に、そっと私の膝裏に手を当てて背中を支えつつ抱き上げてくれた。ほー、やっぱり個人差がありますね。
そもそもどうしてこんなことをしているのかというと、それはガチでただの興味だった。お姫様抱っこを人にしてもらった経験など、まあそれほどない。色んな人にして貰ったらどんなもんなのかなと気になったのだ。多様な反応と抱え方を体験できて私は幸せです。
ギアッチョにじっと抱き付いていると、オメーよぉ、と低くて不機嫌そうな声で訊ねられた。
「俺で何人目だ?」
「ソルベとジェラートを一組で数えるなら、四人目かな」
「……」
ギアッチョが黙り込んで私を床に下ろした。急にどうした、四人目だって言ったのが不満だったのか?初めての男が良かったと?今度は私が君を抱き上げて教会に連れて行けばいいのか?

微妙な沈黙の中ギアッチョと向き合って目を覗き込んでいると(なんとつっぱねられなかった!)メローネが重いブーツの足音を響かせて部屋に入って来た。あぁッ何やってんだよギアッチョポルポとそんな至近距離で俺だってここ三日ポルポとそんな距離で話してねえのに抜け駆けかよと私たちの間に割り込んできたけど君仕事帰りで疲れてるんじゃないの?まあいいけどさ。私からしてみたらメローネは飛んで火にいる夏の虫。
「メローネ、お姫様抱っこして」
「あぁ、いいぜ」
メローネは手袋を外した。
「そのまま部屋に行こうか?」
「誰の?」
「俺の」
後ろの方でギアッチョが「メローネキメエ」と呟いた。潔癖だよな、ギアッチョちゃんって。このくらいならジョークの範囲だよ。メローネとの付き合いが長いギアッチョならもちろん解っているだろうけど、嫌なモンは嫌なのだろう。いや、マジで嫌がっているのか定型句なのかは知らないけど。
いつもは見た目と言動とマッドなえげつなさに隠されてしまいがちだけど、メローネも結構がっしりしているんだよなあ。安定感があってベネ。

ペッシは戸惑いがちに私の身体を抱き寄せた。
「お、俺こういうのハジメテかも……」
「ごめん、初めては彼女とが良かった?」
「ううん、ポルポで嬉しいよ」
なんて上手な子なんだ。やっぱりナニか癒し的な格が違う。感動のあまり頬にキスを送ると、ペッシちゃんはわたわたしながら私を抱えたまま部屋の中をぐるぐると歩き回ってくれた。うん、ホルマジオに次いで安心していられる。色んな意味で。あとは慣れかなあ。
ん?ていうことはホルマジオは姫抱きをすることに慣れているということだろうか。私の身体が感じ取った感覚によると手慣れた感じがしたけど、いったい誰にやっているんだろう。ゴクリ。

プロシュートには頼まなかった。だってあんな輝かしいイケメンにお姫様抱っこをされたらナニか勘違いしてしまうだろ?まあしないだろうけど。イケメンは罪だ。雌猫製造チートマンには接触しないに限る。
なんてことを思ってプロシュートをスルーしていたら後日頭を拳で軽く小突かれた。
「そういう時にだけ俺を抜かしてんじゃねぇよ」
仲間外れが寂しかったのかな。

実は当初、リゾットにも頼む予定はなかった。たぶん普通にやってくれるんだろうなあと思ったし、なんとなく、あの人にお願い事ばかりしているのって罪悪感がある。誰に対してもだいたいはそうなんだけど、リゾットからは苦労を背負いこんでいる感じが特にするからだろうか。私という実に重い存在まで抱え込ませているので物理的に抱きかかえていただくなんてとんでもない、みたいなね。まあ、ごめん、ぶっちゃけてしまうとときめくから困るんだ。プロシュートと似たような理由だ。
しかし、だがしかし。リゾットを見ているうちにだんだんと考えは変わっていった。そう、その日私は思い出したのだ。萌えに支配されている自分を。
リゾットが誰かをお姫様抱っこする瞬間を見たい。まあぶっちゃけ、ぶっちゃけた話、その対象は私でなくてもいい。でもこの家には私とリゾット以外には誰もいない。今見たい。じゃあ、どうするか?
「リゾット、お姫様抱っこして」
「……今か?」
「うん」
ちなみに私たちはこれから夜に持ち越されてしまったお仕事を片付けるのです。部屋の前で別れる寸前にこんなことを言い出したもんだからそりゃ不審がられるわよね。唐突でゴメン。
ごめんよと手を合わせると、リゾットは、構わない、と言ってこちらに手を伸ばして来た。こちらもリゾットに抱き付きがてら、ハッと思い出しておっぱいを押し付けてみた。
「……誰に何を言われたんだ?」
「ホルマジオに色気がないと言われた」
なんですぐ解ったんだろう。わざとらしかったか。それとも私のキャラじゃなかったか。何にしても悔しいな。私のおっぱい攻撃が効かない奴め。
リゾットは私を丁寧に抱き上げてくれた。うーん、さすがリーダーだね。テキトーなことを言うと無視された。なんだよー無視かよーかわいいーとべたべた引っ付くと一度軽く抱きしめてから床に下ろされた。額にちゅーされたので私もリゾットを引き寄せて頬にちゅーを送っておく。
「満足したか?」
「うん、ありがとう!またやってくれる?」
「……気が向いたらな」
「……」
マジか。そういう返しかよ。じゃあ次の機会を何で買収しようか考えておかないといけないな。