ホルマジオと冬の祭典へ行く


私、日本に行って来ます。
頻繁に行き来をし過ぎてパスポートは往復のスタンプでいっぱいだ。だが外聞を捨ててもいかねばならない場所が、赴かねばならない戦いがそこにはあった。
きっかけは一本の電話だった。
日本の地に降り立つにはあまりにも軽装。必要な持ち物は小さなキャリーケースにすべて収めた。リゾットが。大きなトランクケースはすっからかん、中身は何も入っていない。今のところは。ホルマジオがそれを引いてくれて、私が持つのは着替えとアレソレを詰め込んだ荷物だけであった。
「オメー、急に言うなよなア。つーかリーダーじゃなくてなんで俺なんだよ?確かに暇っちゃあ暇だが」
何にしても人手が欲しかった。
声をかけた相手はホルマジオで、彼は上記のようなことを言いつつも次の日には出立の準備を整えてくれた。声をかけてから空港を出るまで、時間にしておよそ45時間とちょっぴり。私たちの行動は迅速だった。主に私の行動が迅速だった。コネをすべて使ってその日のうちに飛行機のチケットを手配したよ。
きっかけとなった電話を寄越したのは、今は遠い東の地でオがついてタがついてクがつく種類の趣味に没頭し恋人の為にプライドを投げうちあけすけでからりと明るくバカみたいな下ネタだって真顔で言ってのけある方面に対してのガッツはとんでもないくせに興味のないことについては完全にスルー、そんな面倒な私の友人だった。名をヤナギサワと言う。
彼はかつて私がリゾットと二人で日本に行った時に色々とお世話になったが私も彼に色々とお世話をしているのでチャラだ。お前におっぱいを揉ませた代償に私は首を噛まれた。
そんな男から電話があった。
「俺さあ、今度の冬の祭典に出店するんだ。カタログ送ったから見てくれよ。ついでに良かったら来ねえ?今年は特にイイモノ目白押しだぜ!」
カタログだけでなく、私はヤナギサワの運営するサイトに初めてアクセスした。そこにはヘブンが広がっていた。前々から随分と手広い野郎だなと思っていたが、ルポライターとして活動し全国を行脚しているという文章力、表現力、語彙、経験の豊富さ、何より独特の話運びが私の好みにどんぴしゃり。青い稲妻に身を打たれたような心地のまま私はカタログに目を通し続け、気づいたらリゾットごめん今日は自分の部屋で寝るわと口走っていたし結局眠らず徹夜でサークルチェックをしていた。白み始めた朝の空から光が差し込み鳥のさえずる声でハッと頭をもたげた私の目の前にはスクリーンセーバーのせわしないパソコン画面と広げられた会場地図があった。赤色で塗られた小さなスペースは地図上に無数に点在しすでにルートも確保されている。トランス状態でいったいどんな効率のいい作業をしていたのか、自分の有能さが恐ろしい。
とにかく何が言いたいかというと、今年の祭典は豊作だった。

そうと決まれば話は早い。
欲望のまま印をつけた会場地図を見る限り、このスペースを私一人で闊歩しすべてを買い求めるのは時間的にも体力的にも不可能だ。まあ不可能なことなんてないと言ってしまえばそれまでだが、買い損ねてしまっては死んでも死にきれないし悔やんでも悔やみきれない。ということで人手が必要だった。あと、なんていうか、一人で日本に行ってくるって言ったら怒られたから。子供じゃないんだけど、なんか一人にすると死ぬと思われているらしい。何度か一人で"死に"ましたもんね。ジェラートありがとう。
まず頭に浮かんだのはメローネだった。彼は一番こういう世界に近い気がする。だが却下。彼にそこまで深い趣味を見せていいものか。私がいわゆる薔薇色の世界に片足を突っ込んでいると知られていいものか迷ったのだ。これは年上としての威厳の問題でもあった。
そうすると選択肢には自然と同年齢から年上の六人が残ることとなる。ここで私が選んだのは、その中でも最も常識があると思われるホルマジオだった。リゾットとプロシュートは一番最初に打ち消した。やだよ彼らにバレるの。すごい嫌だよ。何が悲しくて恋人に自分の性癖をばらさなくちゃいけないの。恋も冷めるっていうのよ。冷められちゃあ困る。私が困る。プロシュートはこういうことに向いていなさそうだからというそれだけの理由だ。
ではソルベとジェラートは。誰よりも熱心に私の手足となって動いてくれるだろう。ソルベとジェラートは背も高いし力もあるし色々と有利だ。重いものだって楽々運んでくれる。するりと人混みの中に入り込むのも上手い。でも、あいつらに趣味がばれたら、絶対からかわれるよな。私は冷静になった。ソルジェラは駄目だ。
イルーゾォを連れていくことは、言うのはアレなんだけど頭数が増えるだけにしかならない。人混みに体当たりしていくガッツがないし私の為にそこまでしてくれる義理もない、と言うかもしれないし。そこまで薄情な奴じゃあないのは知っているけど、声を張り上げないツッコミは冷ややかだからな。あの冷やかさは冬には痛い。
ホテルにチェックインした私はベッドの上にあぐらをかいた。パンツ見えんぞと言われたけど今重要なのは私のパンツよりも役割分担だ。何せ勝負は、明朝開幕するのだから。
ホルマジオは、私のことをまるで妹のように思っているらしい。私の方がずっと年上なのだけど、そういうふうには見えないのだろう。外見的にもホルマジオと並んでいるといかつさに負けて控えめに見えるようだし。凡な容姿しか持っていないので仕方がないとはいえ、中身の輝きが外身に表れていないと言われているようでつらいものがある。元から輝いていないということなのか。
彼にとっては非常に迷惑なことだろうが、彼なら私の趣味を知っても特に何も思わない、と思う。まあ他のみんなも何も思わないんだろうけど、やっぱりね、ホルマジオになら知られても大丈夫、みたいな特別な安心感がある。兄貴とは違う方向でアニキっぽいからかな。安定感。安定いいよいいよ。
「ホルマジオには東に行ってもらいたいんだ」
「オメーすげェ気合いだな。今までにそんな真剣な顔してるトコ、数えるくらいしか見たことねェーぞ」
「すごく失礼」
悪ィ悪ィと笑ったホルマジオは地図を見て、ザッと目を通すと何回か頷いた。私にいくつかルート順序の前後について質問をすると、見てイイか、と私の枕元にあるカタログを指さす。どうぞと差し出すと真ん中の辺りをざっくり開いてざっくり読んでいた。読み方までオトコらしい。漢字の漢と書いて漢らしい。
「んじゃあオメーは西に行くのか?」
「うん。ホルマジオは11時くらいまで寝ててくれて平気だよ。私は朝から並ぶけど」
「いや、ヘルプ頼まれてんのに俺が寝てるっつーのもなァ。オメーが出るなら俺も出るよ」
「ありがとう……!」
「おーおー、感謝しとけ。ところでよォ、俺はソレよりも気になることがあるんだが」
え?ナニ?
「なんで俺とオメーが同室なんだよ?」
二基置かれたベッド。私は今ホルマジオの使うベッドにがっつりあぐらをかかせていただいている。ホルマジオもごろんと横になって片膝立ててカタログ読んでるから気遣いとかもういいわよね。
「この時期、ホテルってリザーブ出来ないのよ」
「リーダーになんて言やァ良いんだ……」
言わなきゃいいんじゃないかな。
「オメーが怖ェよ」
別に私とホルマジオがホテルで同室になるくらい大したことじゃないと思うんだけどなあ。ホルマジオだよ?あのホルマジオだよ?目の前に私が全裸でいてもビールを優先しそうなホルマジオだよ?うわっオメー服着とけよ風邪ひくぞ、だけで済ませそうなホルマジオだよ?アジトにいた頃に私が思いっきり抱き付いてみても苦笑しかしてなかったホルマジオだよ?
まあもちろん、言わなかったけど。


翌朝、ホルマジオが久しぶりに絶句した。
「予想以上にすげェ人混みなんだけど」
「だから朝は私一人で並ぶって言ったのに」
「イヤ、イヤイヤイヤ……これをオメー一人は無理だろ……最初っから俺呼べよ」
私がはぐれないように気を配ってくれるやさしさ溢れる漢であった。

一通り周りキャリーケースが重くなってくると、ようやくとあるスペースに向かった。ホルマジオと連絡を取ったところあちらの首尾も上々らしかったので、疲れただろうから先にホテルに戻ってもらった。ケーキ買って戻るねと言うと、そりゃー楽しみだと心底わくわくしたような声が返って来た。おやつを食べるのはやっぱり楽しいよね。

その男は東にいた。
マイナーもマイナー、超マイナーなジャンルで細々と活動しているのにサブで並べられている他ジャンルの小冊子一冊を求めてつくられる人混みでそいつの居場所はすぐに解った。
冊子が完売しそれなりに人がはけた頃、私はがらがらとケースを引きずって売り子の男と女性に片手を挙げて見せた。片方はニヤリと、片方は目を丸くして私の名前を呼ぶ。
「ポルポちゃん」
「ポルポさん!?」
こんにちはと挨拶をすると、二人の視線が私の引きずる荷物に移った。
「大量?」
「ぼちぼちよ」
「ポルポさんが参加するって教えてくれたら心の準備しておいたのに……!」
「そう言うと思って教えなかったんだよ、な、ビックリした?ドキドキして吊り橋効果で俺のこともっと好きになった?」
「ならない」
ならないんじゃね?と思ったらサヤカちゃんが即答していた。相変わらず冴えている。ヤナギサワは落ち込まないで。私と同年代の男がしょんぼりしてる光景ってあんまり見たくない。なぜだろうね、リゾットがしょんぼりしているところは見てみたいのにヤナギサワだとその食指が全く働かないのは。
「なあ、俺のサイト見ただろ?どうだった?買いたくなった?」
「なったなった。一部ずつください」
これとこれとこれとこれ、と全部を指さすとサヤカちゃんがてきぱきとお会計をしてくれた。ペーパー挟んでおきますねとニコニコ微笑みかけられて心が癒された。
「なあなあポルポちゃん、ポルポちゃんと恋人さんの話聞かせてくれよ。ここじゃ何だから明日の夜とか食事でもしねえ?」
「ごめん、もう明日の夜にはイタリアだわ」
「ええっ!?こ、この為だけにいらしたんですか!?」
サヤカちゃんがめちゃくちゃ驚いていたけど君の恋人も私に会う為だけに一泊二日でイタリア旅行に来たことあるよ。そう言うと、サヤカちゃんはぽっと顔を赤らめていた。自分がヤナギサワに何を要求したのかを思い出したのだろう。そうだね、私の胸の感触をね。確かめて来てって言ったんだよね。君たちのおかげで大変な目に以下略。
「じゃあ食事会はまた今度か……んじゃあ、次はサヤカと一緒にそっちに行くわ」
ヤナギサワはサヤカちゃんの肩を抱き寄せてへらへらっと締まりのない顔で笑った。お前この現場でそんなリア充なことしてると殺されるぞ。
「もうっ、人前で引っ付いて来ないでよ」
「口ではこう言ってるけどサヤカは本当は嬉しいんだぜ、ポルポ」
「嬉しくないから!ポルポさんすみません、いっつもこうなんです」
「いいんだよ」
ご馳走様。私もそんなこと言いてえし言われてえわ。リゾットに「人前でくっつくな」とか言われて突っぱねられたい。あの人何やっても受け入れるんだもんな。たまにストップかけて来るとすんげえ興奮するよ。クール部門ではサヤカちゃんよりリゾットに軍配が上がると思うよ私はね。
ああ、ホルマジオにこの甘さを伝えてやろう。そんで私の悲しみを分かち合ってくれるようにお願いしよう。今日はヤケ酒だ。酒気帯びで深夜の飛行機に乗ってやろう。アレ?でも言ってるかな?口ではこう言ってるけどリゾットは本当は嬉しいのよってフォローしたことあるっけ?
記憶を辿って、内心でかぶりを振った。ないな。

二人と別れて会場を後にする。
ケーキを買ってホルマジオの待つ部屋へ帰ると、ホルマジオはなんということか、企業ブースで買ったと思われる本を読んでいた。お、おおおおおまえなにやってんだよとあり得ないほど動揺してしまった私を尻目に彼はからりと言った。
「これギアッチョが好きなゲームだろ?買った時に気になってよォ」
「そ、そうね……」
ギアッチョが好きなゲームだね。
「あいつにも読ませてやればイイんじゃねェ?結構面白ェぜこれ」
「いや……ギアッチョって……こういう創作物、嫌いそうじゃない?」
物凄くドキドキしながら思ったことを言うと、ホルマジオはげらげらと笑って頷いた。
「確かにな。気に食わなかったら破きそうだぜ」
だからこのイベントに参加したことも内緒にしててね。
「あん?そりゃー構わねェが、……そんならオメー、なんて説明するんだよ?リーダーにも正確な情報は渡してねーんだろ?」
リゾットからメローネに伝わったら全部調べられてしまいそうだからね。あの子はやるよ。
「まァ確かに。で、なんつーんだ?」
ケーキを冷蔵庫にしまいながら答える。
「"ホルマジオとジャッポーネでデートして来た"」
「……」
ホルマジオがぱたんと本を閉じて、私も冷蔵庫の扉を閉めた。振り返ると、今までになく深刻な表情でそっと首を振られる。
「マジにそれだけはやめろよ?」
「はい」
冗談だったんだけど、そこまで真剣に言われるとちょっとやってみたくなってしまうね。誰もまったく本気にしたりしないだろうに、ホルマジオは念入りだ。
……うん、でも正解かもしれんな。メローネなんかは冗談と解っていてもぶうぶうと頬を膨らませそうだし、イルーゾォからの白い視線も免れないだろう。リゾットの無言の圧力もいただいてしまうかもしれない。主に私が。
よし、やめておこう。それより今は本だ。待ち切れない本を読もう。
ホルマジオのベッドに並んで腰掛け、ホルマジオの背中を背もたれ代わりにぐいーっと体重をかけると、奴はスッと立ち上がって私を転ばせた。うわっと声をあげるとげらげら指をさして笑われた。まったく嫌みっぽくならないところがまた悔しい。

その日は飛行機の為に早めの仮眠をとったけれど、それまで私たちは延々、薄い本を読み続けたのだった。私が選別して渡した本は全部健全な、ホルマジオも知ってるゲームのアンソロ的なやつだからね。問題ないのさ、ワトソン君。
協力してくれてありがとうねとできるだけきちんとお礼を言うと、ホルマジオはやっぱり笑顔で私の背中を叩いた。
「気にすんなよ、また何かあったら誘えや」
なんて良い奴なんだ。
「オメーの選んだケーキ、すげー美味かったからな。また食いに来ようぜ」
ヤバイ、お世辞なのかガチなのか全然わかんない。とりあえず同意しておいた。