プロシュートと映画館に行く


デートしようと言うと、プロシュートは胡乱な眼差しでこちらを見た。
「俺は構わねえが、テメーの恋人はどうすんだ?休日に放っておいて俺と出掛けんのか?」
「リゾットもデートだってさ」
「はあ?」
兄貴に似つかわしくない声を上げて、プロシュートはコーヒーカップをソーサーに置いた。
「どういう意味だ」
物凄く真剣に見つめられてたじろいだ。ちょっとしたジョークのつもりだったんだけど真剣に心配されている。元々自覚が薄いたあ思ってたがこいつはさすがに問題じゃあねぇのか。そんな目だった。さすがに私だってリゾットが他の女の子とデートに行くのを素直に見送ったりはしないよ?
「テメーには前科があんだろ」
「え?あったっけ?」
「忘れてるところがスデに信用できねぇ。あっただろうが、先月に」
プロシュートが挙げた出来事は記憶を辿ってようやく掘り起こせるくらいには埋没した思い出だった。ああなるほど、あの時は確か、街中で私とギアッチョとリゾットの三人で歩いていたところにリゾットの元カノが現れて復縁を迫った、というとんでもない修羅場が展開されたのだったか。でもそれって私が怒られる話ではないのでは、なんて思ったけど言うのは止めた。プロシュートからもギアッチョからもリゾット本人からもその場を静観していたことを叱られたのを思い出したからだ。目の前でドラマみたいなことが起こっているのを傍観していたことがそんなに悪いことだろうか。私が口を出していいような話でもなかったし、彼らは私にナニを求めていたんだと一人お風呂の中で悶々と悩み込んでしまったおぼえがある。リゾットは私のよ!なんて叫んでこの雌猫!と女性の頬を引っぱたけばよかったのか?そういうのは面白そうだけど苦手だなあと冗談めかしたところ、イルーゾォが真顔でお前はどっかおかしいと失礼なことを言ってくれた。本当に失礼だと思う。冗談を冗談と解ってくれよ。
「でも今回は違うのよ。リゾットのデートの相手ってブチャラティだし」
「そういうのはデートとは言わねぇんだよ」
私にしてみたらデートみたいなもんだぜ。ブチャラティとリゾットが並んでどこに出かけるのかといえば昼下がりのお洒落なリストランテだし、ナニをしに行くのかといえばお食事だからだ。ついでにそのままカッフェを飲んでお互いの近況を交換しつつ街を歩いてくるらしい。完全にデートじゃねえか。
「つまり暇なんだな、テメーは?」
うん。
頷くと、プロシュートはハハンと私をせせら笑った。
「俺は暇つぶしになるほど安かねぇぜ」
「ええー?プロシュートと一緒に見たい映画があるんだよ。いいでしょ?行こうよ、明日の13時から」
両手を合わせて拝み倒すと、プロシュートは閉じていた目を器用に片方だけ開いて思案するように唇を曲げた。クソがつくほどイケメンなのに人相が悪い。さすがはプロのギャングだ。
「時間はいつでもいい。何の映画だ?」
「んー……」
ジャンルが混み合っている作品だからナニをメインにお知らせすればいいのか悩むね。
とりあえず、メインになるだろうカテゴリを二つ挙げておく。
「ファンタジーで恋愛要素がある映画だよ」
そうかと鷹揚に頷いて、プロシュートは口角を持ち上げた。
「安く買われたのは気に入らねえが、俺を選んだセンスは悪くねえ」
それって私とデートするのは嫌じゃないってことかな?うんうん、嫌がられていないのならよかった。
ニコニコしながら頬杖をつくと、プロシュートは表情を隠すみたいにコーヒーカップを傾けた。

出掛けるリゾットを見送って手を振る。リゾットは私の服装を見てしばらく無言で何かを考えたのち、似合っているな、と短く言ってくれたけれど、プロシュートとデートするからねと自慢げに笑いかけるとビミョーな声音でそうだなと相槌を打って来たので、なんかモヤモヤしていたのかもしれない。うーん、私に置き換えて考えるとどうなのかな。リゾットがビアンカと出掛けるためにとっておきの装いをしていたら……?うん、それご褒美。
プロシュートたちの住むアパートで待ち合わせをしようかと思ったら、ちょうど私が家を出るタイミングでプロシュートが迎えに来てくれた。なんという男。イケメンか。イケメンだった。
「ごめんねえ、ありがとう。エスコートは任せて」
「気にすんな。期待はしてねえ。チケットは取ってあんのか?」
「ううん、ぶっつけ」
「んなこったろうと思ったぜ」
ぶっきらぼうなことを言いながらもプロシュートは笑っていた。私も笑って、プロシュートの先を行く。腕を絡めたり、隣を歩いたり。そういうことをした方がデートらしいのかもしれないけれど、私が斜め前を行くこのスタイルが馴染みすぎていて他の歩き方がしっくり来ないんだよなあ。おかしいかもしれないけれど、私はプロシュートの歩幅に合わせてかつんかつんとヒールを鳴らした。
映画館まで他愛のない話をしながら街をゆき、時々私は買い食いを楽しんで、プロシュートは気まぐれにそれを奢ってくれた。
「普通のデートだったら全部出してあげるの?」
「当然だろ」
「私が望んだらそうしてくれるの?」
「テメーの胃袋に付き合ってたら財布が持たねえよ」
「またまたそんなこと言っちゃって。可愛いなー」
「さっさと食っちまえ」
「へいへい」
券売の列に並んで二つ並んだ席を取り、食べ終わった包み紙を捨てた私たちは入場口に並んで、私だけわくわくしながら順番を待った。周りにはカップルがたくさんいて、休日の映画館は大混雑だ。同じ映画を見るお客さんたちはチケットをもぎられる引き換えにブツを渡されており、私のトートバッグはその存在を今か今かと待ち望んでいた。
この恋愛ファンタジー映画には入場特典がある。カップルあるいはペア限定、休日限定、数量限定、当日チケット限定、時間限定、限定尽くしの超レアアイテムだ。カップルあるいはペアというところが私やぼっちにとってのつらいところ。適当な相手をナンパしてアイテムをゲットするというのも気が引けるし、恋愛ファンタジー映画という万人にはお勧めできない内容の映画に気安く誘えるイルーゾォもホルマジオも今日は自分たちの用事で手いっぱいだ。メローネと恋愛映画など見た日にはそのままいざ実践と顔を寄せられかねない。まあいいんだけどね、そのくらいなら。私だって実践してチューしたいよ。メローネ可愛いもん。ギアッチョは静かに映画館で映画を見ていられるような性格じゃない。ペッシちゃんも、俺はファンタジー映画はドキドキしちゃうからDVDがいいなあと言っていたし、リゾットはブチャラティとデートだ。忙しそうなフーゴちゃんたちを誘うのも気が引ける。となると、まあ消去法で申し訳ないんだが、プロシュートしかいないというわけだ。ビアンカと暗い密室に一緒に入るなんて無謀なことはしない。もうその恐ろしさは六年間のうちにめちゃくちゃ思い知った。
「……おいポルポ」
「ん?」
両サイドの係員さんから特典商品を渡されたプロシュートは、ほくほくと手の中のハードカバーの本を眺める私を肘で小突いた。
「まさかこれが欲しくて呼んだんじゃねぇよな?」
「ううん、プロシュートとデートしたかったのも本当よ」
「欲しかったんじゃねえか」
そりゃ欲しいよ。
まあ、まあね、まあ確かに消去法でプロシュートを選んでしまったので失礼だったなあとは思っているけど、そのぶんは楽しさで返すつもりだから許してくれ。全力でプロシュートの休日を彩って、また私と出掛けたいと思わせてみせるさ。
自信満々に大きな胸を張ると、プロシュートは白い目で私を見てため息をついた。期待はしてねえって言っただろ、とぞんざいに背中をどつかれる。はいはい、絶対楽しませてみせるからせいぜい慢心して待ってなイケメン。
長くて短いだろう半日を思ってへらへら笑っていると、暗いシアターの中をきっちり誘導してくれたプロシュートがやっぱりまた私の腕をぺしりと小突いた。君のおねえさんへの扱いって粗雑だよね。文句の代わりに無言で小突き返す。プロシュートは今度は相手にしてくれなくて、なんだか私の一人相撲みたいになってしまった。なんだなんだ、犬でも扱ってるつもりか?私は人間だし君の元上司だぜ。
「黙ってポップコーン食ってろ」
「はーい」
もしかしてプロシュートがポップコーンを買ってくれたのって私を黙らせる為か?いいけど。いいけどね。おいしいよソルトポップコーン。
シアターの明かりが落とされて、映画の幕が開いていく。隣に座るプロシュートにポップコーンを勧めると、彼はひらりと優雅に一粒を手に取って、見つめる私の前で実に格好良くそれを口に入れた。指についた塩と油は舐め取らずにハンカチで拭い去る。イケメンかよ。イケメンだったわ。
「楽しみね」
「そーだな」
私たちは同時に前を向いて、展開されるCMを目で追う。プロシュートがこの映画にどんな反応をするのかなと楽しみに想いながら、私は背もたれに深く身体を預けた。