鍋パーティー


卓上コンロは土鍋を熱し、鍋の中身はぐつぐつと煮え立っている。菜箸とお玉を取り合う合戦が一部で勃発し、十人で囲むテーブルは賑々しい。私は白菜と鶏肉とつくね専門。リゾットはバランスよく。プロシュートは鍋よりもおつまみ。ペッシたんはたらの湯がきをもぐもぐ。ソルジェラは具を追加しつつ人に勧めてばっかりの鍋奉行。ホルマジオは肉。肉。肉。イルーゾォは白菜と星形のニンジンと鶏肉。メローネは柚子胡椒で渋く一足早いシメにかかっているし、ギアッチョはさっきから白滝しか食べてない。白滝ばっかり。白滝マンか。可愛いな。
「おいしい?」
こんなにがつがつ食べている成人男性九人に今更訊ねるまでもないが、提案者としては気になるところだ。全員取り皿から顔を上げて、一部は静かに、一部は鷹揚に、一部は力強く、一部はにこやかに頷いた。うまいぜ。それはなにより。
鍋パーティーを提案したのは前述のとおり私である。
ネアポリスは急激に冷え込み、"地中海"、"南イタリア"、"パッショーネ"などというキーワードからは想像もできないくらい寒くなった。みかんはあってもこたつは持たない私たちに出来る耐寒対策とは一体何か。考えるまでもなく日本人の血がうずいた。それは鍋。NABE。冬の至高の食べ物、エヌエービーイー鍋。
「私も準備に回るよ」
そう申し出たものの、初めて作るNABE料理に興奮したソルベとジェラートによって丁重にオコトワリーAA略されてしまったので大人しく席で土鍋の登場を待った。
それから一時間が経って、十人の成人男性プラス成人女性の胃袋を支えるだけの具材が用意され、私たちはまるでスタンド使い同士の戦いに挑むかのように真剣な面持ちでもって三つの土鍋を迎え入れたのだった。
さらにそれからまた二時間が経ち、酒の入った野郎どもはもう大変盛り上がっている。鍋料理が受け入れられたのは何よりだし、女子が大好きと一般的に謳われる豆乳鍋にかなりの食いつきがあったのも意外で可愛らしかったけれど、とにかく鍋というのは酒が進む。げらげらと笑い声を立てるソルベとジェラートも、あのソルジェラですら、袖口から見える手やタートルネックの隙間から見える首など、ほっそりとした身体がぽかぽかと温かそうな色になっている。あのソルジェラですら。ソルジェラは沼なはずなのに。この楽しい場の雰囲気に酔っているというのも、あるのかもしれない。鍋とは偉大だ。
「ポルポはナニ鍋が一番好きなんだい?」
首を傾げたメローネが可愛かったので、副菜のカボチャサラダをよそってあげた。可愛い子には物を食わせよとばっちゃが言ってた。
「そうねえ……私はやっぱり豆乳が好きかな。この、温められて固まった部分とかもおいしいよね。おネギとかにくっついているのを食べると幸せになれるし、豆乳ってそもそもおいしいし」
「俺はもともとあんまり豆乳は好きじゃなかったけど、このトウニュウナベなら食べられるよ!」
会話に加わって来たペッシは上気した顔でニコニコしながら何回も頷いた。イメージ通りお酒に弱いペッシは、私が日本土産としてプロシュートに渡した日本酒で良い気持ちに酔っ払っているらしい。酔った姿も可愛い。お持ち帰り決定しました。客間に寝ていきなよと誘いをかけると、プロシュートが兄貴らしく私の言葉をペッシの代わりに拒絶した。迷惑をかけるわけにはいかねえよと言ってくれたけどそれは本音なのかそれとも建前なのか。ペッシちゃんをお持ち帰りするのは俺だって?え?そんなことひと言も言ってないよね、ごめん。

「みんなはどの鍋が好き?」
普通のお鍋と豆乳鍋とカレー鍋の三種類が並んでいるが、減り具合はどれも平等だ。全員は一斉にそれぞれ好きな鍋を指さした。カレー鍋の票が少ないのはやっぱりアレンジのしづらさと味の一定感にあるのかな。でもカレー鍋が活きるのはシメだからね。とろけるチーズをチョイ足しして、かーらーの、ご飯。カレーおじやおいしいですよ。角切りにしたおもちを入れてもおいしいよね。そういう私は大多数と同じく豆乳鍋を指さしているからあんまり説得力はないけど。リゾットは普通のお鍋でした。あんまり味が濃いのは好きじゃないのかもしれないね。イタリア人なのに。イタリア人だけど。今度トマト鍋なんかもこじんまりと披露してあげよっかな。
「トマト鍋!?なんだそれ食いてえ」
リゾットじゃなくてイルーゾォが釣れた。
「トマトと言えば俺らだぜ、ポルポ」
「今度は一緒にクチーナに立とうな」
ニコニコしているのはソルベとジェラート。楽しみにしてるぜェーと何本目かわからないビール缶を開けたのはホルマジオで、イルーゾォがもうやめとけよとストップをかけている。そうだよホルマジオ、休肝日は大事だよ。もう今頃言ったって遅いとは思うけど。
「仕事のある日は飲んでねェし、トントンだろ」
何がトントンなのか全然わかんないわ。ごめん。
「楽しみにしている」
「だな。俺たちのつまみも忘れんなよ」
「ポルポ、兄貴のおつまみを作る時は手伝わせておくれよ!」
年長組と最年少の青年がラブラブすぎてつらい。固有結界"暗殺チーム"が展開されている気がする。
「その時は俺にあーんしてくれる?」
「さっきもしたわよ」
「その時も!」
「オッケー」
把握した。あーんすりゃいいんだね。熱すぎても怒るなよ。
「ポルポが吹き冷ましてくれたトマト、興奮するよな」
「しねえし近づいてくんな気持ち悪ぃんだよ変態」
なぜかフーフーすることが前提になっているしギアッチョの拒み具合がガチすぎてガラスハートが傷つくわ。ひっかき傷を残していかないでもっと優しくして!おねえさんのことをもっと愛して!

面倒なはずの片づけだって、みんなと一緒ならすごく楽しい。
来年もこうして鍋パってやつをしたいねえと言うと、来年どころか寒い内は何度だってやって構わねえんだろ、とギアッチョが身を乗り出して来た。そんなに白滝が気に入ったのか。おいしいよね、私も好きだよ白滝。
でもギアッチョのことはもっと好きだよ。
「食いモンと比べてんじゃねえよ」
キュンとしたんだけど、残念なことに私の手は泡まみれだったので抱き付くことは出来なかった。もどかしい。この子がたまにデレた時にはだいたいタイミングが悪いんだよなあ。うう、残念だ。
お皿を洗い終わった時にハグしてみたけど、やっぱりその時は顔を掴んで突っぱねられてしまった。ちくしょーまた数少ないチャンスを逃した。
うむ、また鍋で釣るしかないな。