当日


いざ出陣、と行こうじゃないか。
チケットを買う混雑に紛れる。
入場口の待機列で先に待っていてくれていいよ、とチケットの購入を買って出たが、ホルマジオとイルーゾォとプロシュートとリゾットとギアッチョ以外は自分の手で窓口にお金を支払いたがった。彼らのぶんのお金は後で清算するとして、私たちは比較的短い行列に加わり、べらべらと話をしながら順番を待った。窓口のにーちゃんが英語で話しかけてくれてビビったので、通訳代わりのメローネに細かいところをお願いする。一日使えるチケットを十枚くださいと言うだけなのに、なぜメローネを通さなくてはいけないのか。自分の情けなさに腹が立つね。立たないけど。
「お待たせ」
五人と合流してチケットを分配する。紙に印刷されたキャラクターの絵柄で軽い争奪戦が起こった。赤鼻の子がいいだの、耳が大きいのがいいだの。子供のような争いだけど、それがこのテーマパークの楽しみだ。リゾットとプロシュートはこだわりがないようだったので、私の方からこっそりお揃いの絵柄のものを進呈しておいた。
「いよいよだな」
心なしかわくわくしているのはイルーゾォだ。声が上ずっている。大きな口がむずむずとくすぐったそうに、笑顔を無理やり押し込めていた。鼻息荒いぞ。楽しみならば素直に楽しみだと言えばいいのである。ソルベとジェラートを見よ、次年長コンビだというのに誰よりもはしゃいでいるぞ。日本語まみれの人々に囲まれながらもまったく臆せずイタリア語をべらっべら喋ってテンションをだだ上げしているぞ。リゾットが無理矢理肩に腕を回され、ちょっぴりうるさそうにしているのが実に可愛い。私の錯覚かもしれないけど、リゾットとソルジェラのこういう気安い関係が(……一方的ではないと思いたいね)好きだ。
がちゃん、とバーを身体で押して回し、いよいよ一歩、中へ入る。入り口の屋根の影から抜け出すと、世界が一層眩しく輝いて見えた。
色とりどりの花が植えられた花壇は、誰にでも見やすいように傾けた造りになっている。大きく視界いっぱいに広がる建物も色とりどりで、夜になれば電飾で輝くのだろう。けれど、昼間はそんな雰囲気などかけらもなく、ただただこちらを圧倒する壮観さを誇っていた。
走らずゆっくり進む人もいれば、優先チケットを取るために忙しなく駆け出す人もいる。
私はここに来て、大人の仮面を脱ぎ捨てた。元々そんなものを被ってやいなかったと言われればそれまでだけど、今までは猫をね。数枚着込んでいたのさ。日本初心者のみんなを先導しようと大人ぶっていたけど、もうやめだ。
「やったあ!!この戦い!!私の!!勝利だ!!」
魂の母国語、ジャッポネーゼを口走り、すぐそこにいたホルマジオに思いっきりハグ。めっちゃくちゃな勢いでテンションが上がっていく。ボルテージは最高潮、もう誰にも止められないわ。
ホルマジオは面食らったものの、すぐに回復して苦笑した。
「オメー、実はすげェ楽しみにしてただろ?今、何つったんだよ?」
「『この戦いは私の勝利だ』って言った」
「なんで日本語なんだよ」
「なんとなく……ここは日本だから、つい出ちゃったのかもね。ほら、私って臨機応変だから」
「言葉の意味をマジに解って使ってんのかよッ……クソッ……」
ギアッチョが私の足元に小石を飛ばすようにして来たので、避けるふりをしてステップを踏む。ワンツーワンツー。はい、じゃあ進みましょう。まずはどこから行こうか、予定と照らし合わせながら地図を見ながら進んでいく。
「フォール系のアトラクションに行こうぜ」
早速予定をぶっ飛ばして手を挙げたのは、例に漏れず奇抜な恰好をした上からジャンパーを羽織るミスター変態だった。
「げッ!イテエよギアッチョ」
「オメーがふざけたこと言ってっからだろ。昨日決めたのを忘れたのかよ」
「落ちんのが怖えの?ギアッチョもイルーゾォもリーダーもチキンだな」
「怖くねえよ!!バカか!」
「俺を巻き込むんじゃねえよメローネ!あとリーダーは臆病じゃねえから!マジ殺されんぞ!!」
「ぶひゃッひゃひゃひゃ、殺すの、リゾット、マジで?この程度で?小せえ男は嫌われッ、ブヒャ、ふひゃひゃ」
「ひー、もうこの時点で腹がイテエよ!」
ソルジェラの大爆笑を聞かないと一日が開幕した気がしないわねえ。いや、まったくそんなことはないんだけど。
「周りに迷惑かけんなよ、テメーら」
プロシュートの正論が今の私の唯一の味方である。リゾットはホルマジオと話をして、どちらがストッパーになるのかを決めているようだった。ちらりと私を見た彼と目が合ったのでニコリと微笑んだが、すぐに目を逸らして、ホルマジオが首を振ったのは一体どういうことなのか。小一時間ほど詳しく問い詰めたい気持ちでいっぱいです。

結局、落ちモノアトラクションの優先チケットを確保してから、適当に空席の多そうな乗り物を楽しむことになった。計画倒れも良いところだが、全員が満足しているならそれでいいじゃん。楽しいのが一番だよね。かく言う私も、予定表なんてさっさとたたんでポケットにしまったよ。仕事ならともかく、遊びをかっちり決めたくねえ。私は枠にハマらない生き方をするぜ。せっかくだからこの赤い扉を選んだ。
赤い扉を選んだ結果、メローネ、ギアッチョ、ソルベ、ジェラート、ペッシの五人が猫耳だったりウサ耳だったり、キャラもののカチューシャや帽子をかぶることになった。何を言っているか、言葉ではなく心で理解できる。最高に可愛い。ソルベとジェラートもなぜか可愛く見える。二十七歳の背高ノッポさんなのになんでだろうね。普通にキュンとしてしまったからこの空間は怖い。夢の国マジックか。
「なんでだろう、ソルベとジェラートにときめいた」
「俺らの魅力にようやく気づいたかよ?」
「今更おっせえなあー。乗り換えてもいいけど、俺はジェラート一筋だぜ」
「俺もソルベ一筋だからな」
「はいはい」
ご馳走さまご馳走さま。
ご馳走さまと言えば、朝食はテイクアウトしたものを食べようよと提案したので、ホテルでは軽く摘まんだ程度だ。
お店が開くまでの時間をスカスカのアトラクションで潰しているうちに時計の針が回り、私たちはせっかくの大人数を生かして、各方面に散らばり、各々目をつけた料理を調達してくることにした。
「どうせ時間を決めても無駄だろう。終わり次第戻って来ればいい」
実に的確な指示だ。リゾットは端的にまとめて一時的な散会を言い渡す。アイサ!と笑みを浮かべた男が四人と、どちらかというと落ち着いた様子の男が四人。私とリゾットは自然に二人で残されて、バラバラの方向にはけていった八人を見送る。走っちゃダメだよと言い添えようかと思ったけど、もう彼らも子供じゃないですよね。わかります。イルーゾォがすんごく珍しいことに小走りだったけど。ホルマジオを牽引するイルーゾォなんて久しぶりに見たよ。
「私たちはどうする?」
「何か食べたいものはあるか?」
「そうねえ」
食べたいものを挙げ始めると止まりませんが構いませんねッ。
二、三個ピックアップして、手近なところから攻めていく。全員が全員、食べたいものを持ち寄って戻って来るので、私たちも彼らの心配はしない。見合わせた時に「アレ買って来て」「これもついでに」とお互いに注文は付けてあるので、その通りに動けば、大丈夫だ問題ない。
自由に使えるテラスでポテトを摘まみながら待っていると、みんなが戻ってくる。手に抱えた食べ物をテーブルに広げ、見つけたギミックの話をして盛り上がる。押すと音楽が鳴る柱を見つけたんだって。なにそれ私も触りたい。