ノッキンオンヘブンズドア


ホテルの部屋は、二人ずつ五部屋に分かれている。廊下を挟んで向かい合って三対二。
予約の段階で名前が必要だったので、それぞれ簡単に察せる組み合わせで部屋を取り決めてみたが、実際、誰からも文句が出なかった。うん、言葉には決してしないけど(一部は公言しているが)自然にお互いをペアだと認識している彼ら、いいと思います。リーダーは奇数でハブられる立場で可哀想だなってちょっと思ったけど、思い直せば私がいるじゃん。リゾットちゃんには私がいるからねーと額から頬、ついでにするっと手を下げて胸をナデナデした。
そんな私たちは今、プロシュートの部屋に集合している。
なぜプロシュートの部屋かというと、彼の部屋が一番広いからだ。都合上、ベッドが一基エキストラベッドになったので、他の四部屋に比べると、というだけの話だけど、十人が集まるとなると、その小さな差が結構重要になる。

「ポルポ、俺はあんたと一緒が良いな」
勝手知ったる人の家、ならぬ勝手知ったる他所の部屋。メローネはずけずけとベッドに腰を下ろして胡坐をかいている。ちょこんと床にそろえられた剣呑な重たいブーツがなんとなくミスマッチで可愛らしい。
「メローネは私を指名してくれると思ってたわ。ありがとね。えーっと、場合によっては二組に分かれるかもしれないじゃない?そういう時は、ホルマジオ、イルーゾォ、ペッシ、プロシュート、リゾットの五人を安パイとして分散させたいのよね」
「え?俺らは?」
手を挙げたのはジェラートだった。あんたらを安パイに数えるわけないだろ。
「俺らもフツーのイタリアーノだぜ?」
「ねえよ。メローネレベルで問題だろ、あんたら」
即座にイルーゾォが否定する。これまで胃痛を抱えて来たツッコミ役は大変だ。ソルベとジェラートも本気で言っているわけじゃないし、イルーゾォも理解しているはずなのに、それでもしかし指摘してしまうのは彼の性か。
異議はもう一方からも唱えられた。
「オメー、俺をぜってーメローネと同じ組に分けんじゃねーぞ」
ギアッチョだった。いつ私の計画がバレたんだろう。この二人はペアだろ、と勝手に思っていたのに、そう言われちゃ考え直さざるを得ない。
「ポルポ、そこにポルポの名前も入れないと」
「やだペッシちゃん嬉しいこと言ってくれるじゃないの。ありがとう。じゃあ安全なのは六人ね、分けやすい。プロシュートはペッシたんと離れたくないでしょ?」
煙草を吸っていないせいか、プロシュートがカップを口に運ぶ頻度は高い。今もちょうどインスタントコーヒーに口をつけたところだったので、プロシュートの代わりにペッシが答えた。
「俺は兄貴と一緒に回りたいです、兄貴!」
「オメーがそれで良いってんなら、俺に異論はねえ」
はいはい、どっちも安定してるからペア決定ね。私だって君たちの仲を引き裂こうだなんて思っちゃいない。
メモ帳にPを二つ並べると、片方のPが、なんでもいいが、と言葉を次いだ。
「メローネとは一緒にすんなよ」
どんだけ嫌がられてんだ。あの兄貴にすら。なんで兄貴は嫌がってんだ。
「君は金髪がカブるから嫌なの?」
「バカかテメーは」
「めちゃくちゃ腹筋イテエ、っぶぎゃはははは!」
「金髪がカブるから嫌なのかよプロシュート?そうだよな、特徴が被ったらインパクトで負けるかもしれねえもんな?」
「バカはこっちにも居やがった」
邪魔くさい方向から絡んでみたら案の定プロシュートは面倒くさそうに唇をゆがめた。おいしいインスタントコーヒーを一口飲んで、しっしと私とソルジェラを手で追い払うようにする。この荒い対応。
「ペッシとプロシュートがペアってんなら、やっぱメローネとギアッチョもペアだろ。こいつらいっつも一緒じゃねェか」
「はあああ!?」
不機嫌そうに肘掛を指で叩いていたギアッチョが、椅子を蹴り倒す勢いでがたんと立ち上がった。
「泣かすぞハゲ!ジャッポーネに来てから今まで俺はこいつに振り回されてイライラしてんだよ!変態は一人で行ってろ!」
「え?イく?」
「殺すぞ!!」
今のはメローネが悪い。
「でもよ、やっぱメローネとギアッチョはコンビだよな、ポルポ?」
「そうねえ……。ギアッチョには悪いけど、一番メローネと近いしねえ」
何せ六年間ほとんどペアを組んで仕事をして来たのだから、お互いの特徴も動きも七割くらいは把握出来ているだろう。まあ、六年間一緒だったというなら私たちだってそうなのだけど、ペアにしか見せないナニかがあるんじゃないかな、とかね。そういうね。別に薔薇色の話じゃないです。
「ギアッチョが大変な時は、俺もフォローするから……!」
メローネと一緒にテーマパークを回ることが苦行のような扱いになっていることは全員がスルー。
ギアッチョは、ペッシの言葉に少し心を動かされたようだった。普段ツンツンしている可愛いギアッチョちゃんは、真正面から向けられる好意に弱いらしい。
「頑張ろうよ、ギアッチョ!」
「ペッシ……」
そんなギアッチョの肩を叩く影が一つ。
「頑張ろうな、ギアッチョ!」
「オメーは死ね」
氷のような声だった。

お気に入りのボールペンからインクが出なくなってメモ帳の上にぐるぐると色のない螺旋を描いていたら、見かねたリゾットが自分のペンを貸してくれた。私が使っているやつよりも重くて、もしかしてノックの方法を特殊なものにすると刃物が飛び出すんじゃないかな、と一瞬思ったけど、恐る恐る訊ねてみたところ、ただ単にそういう重厚な造りなだけだった。安心したような残念なような。
「えー、じゃあ次にストッパーを選出します。プロシュートとペッシはメローネ担当は嫌だって言うから、代わりにソルベとジェラートをよろしくね」
「面倒だ、こいつら縛ってここに放っとけ」
「緊縛プレイだってよ、激しい愛だよな、ジェラート」
「プロシュートはそういうの好きそうだよな、ソルベ」
「(うわあ)」
本人を目の前にしてよく言えるな。煙草を吸ってたらその煙草の火を押し付けられていてもおかしくないよ。
しかし精神が大人であるプロシュートは、それらの言葉を徹底的に無視した。えらい。感情的になるのでも皮肉を返すのでもなく、無視。これが大人の対応ってやつですか兄貴。
手持無沙汰にメタリカちゃんの絵を描きながら、喧騒が治まるのを待つ。
まったくの余談だけど、私がメタリカちゃんと目撃したのは、刃物を使った訓練でソルベとジェラートのコンビと対戦したリゾットが手傷を負ったことがきっかけだった。数年前の話だ。アパートに行ったらリゾットが自分の傷を手当てしてるんだもん、そりゃびっくりして取り乱すわ。その場にいたホルマジオが怪我のきっかけを教えてくれて、ついでに空気を読んだのか読まないのか、そういやこいつメタリカ見たことねェんだってよ、と言ったことで、リゾットは巻こうとしていた包帯をするすると取って、血の絡む怪我を心配していた私にメタリカを見せてくれたのだ。リゾットからこんなかわいいものが出てくるのかよチクショウ私も赤血球になりたい、とかなんとか考えてしまったのでリゾットはスゴイ。メタリカはたぶん、紙の上の話だけど、切られた足首から顔をのぞかせた時のように群体で見るとめちゃくちゃ怖いんだろう。でもあの時は少量の血から数体しか現れなかった。だからよけいに可愛く思えたのかもしれない。もちろん、可愛いと感じたなんて言うのは口には出さなかったし表情にも出なかった、と思う。そこは上司として、そして生きた記憶が倍くらいある身として(つらいけどこれ現実なんだよ)、威厳を保たねばならんのでね。
ところでロオオロオオオっていう音は、声というより音の響きという感じがしたけど、実際のところはどうなんだろう。あの時はリゾットの怪我が心配ですぐに手当に戻らせてしまったから、メタリカを見た経験のできた今でも、よく解っていない。
「おい、ポルポ」
「ん?」
口を開いたのは、腕を組んで立っていたイルーゾォだ。いやに低い声を出して、言い聞かせるようにこちらを見つめてくる。
「百歩譲る。百歩譲って、俺がストッパーになるっつーのは許容する」
それを聞いたギアッチョがぼそりと呟いた。
「譲りすぎだろクソが。こっちは譲ってねーのに回されてんだよ」
「え?マワす?」
「オメーもう寝てろよ……」
「誰とだい?ポルポ?」
「え?私?」
「メローネ、呼吸困難になりたいのなら素直にそう言え」
んんん? 寝るなら一人で寝ろよ。
と、反射的に突っ込もうとしてから気づいた。なるほど寝る。そっちの『寝る』ですか。ハイハイメローネたんメローネたん。だからリゾットが反応したのか。一瞬、意味が解っていなかった私マヌケすぎる。ド低能ですみません。
「じゃあ、五対五じゃなくて四対六にする?メローネ組は、メローネ、ギアッチョ、イルーゾォ、リゾットの四人でメローネを止める万全の体制。ソルベ・ジェラート組は、ソルベ、ジェラート、プロシュート、ペッシ、ホルマジオ、私の六人でゲラと傍観者をせっつく体制、ってので」
「ポルポ、お前は意図的に言っているのか本気なのかどちらなんだ?」
「いざという時の話だし、そう気にしなくても……」
「……」
そんなにメローネと回りたくないの?ハブにされすぎてメローネが泣いちゃうよ。それとも私と一緒に回りたいと思ってくれているのだろうか。そのリゾット可愛すぎる。どうしよう。食べちゃおうか。
「泣いてほしいなら泣いてもいいけど、俺はポルポを啼かせたいなあ」
「おいイルーゾォ、オメーこいつを鏡に監禁しとけ」
「俺もそうしてえよ」
ソルベとジェラートも笑っている。元気だなあこの人たち。もう夜も遅いけど、明日に響く心配はないのかな。私も朝に弱い方じゃないからいいんだけどさ。このテンションをずっと保ったまま夢の国に挑むとか強すぎる。体力も精神力も底抜けだな。
ところで低血圧で起きなさそうなのはプロシュートとギアッチョっていうイメージがあるんですけどね、どうなんでしょうねその辺りはね。この二人の寝起きの映像を言い値で買います。
「つか、ポルポも俺らを分けて考えればいいんじゃね?」
「えっ!?ソルベとジェラートを分けるの!?そ、……その発想はなかった……」
それはしちゃイカンだろ。他に何を置いてもソルベとジェラートは分けちゃいけない気がする。ウーン、なんだろうこの『ソルジェラ』というジャンル感。
「そうだな。ソルベとジェラートは分けないほうが安定している」
なにそれ経験則?詳しく。
「そりゃまた、今度だなァ。しばらく離しとくと再会した時が面倒くせェんだよ。しょーがねー奴らだよな」
「(ホルマジオに面倒と言わせる27歳)」
この世話好きの剃り込み男にまでそう言わしめるとは、ソルジェラ恐るべし。
「基本的にはグループに分かれることなんてなさそうだけど……でもこれでメンバーとしては、ソルベとジェラートのテンションをすっごく下げてさえおければ安定しますね、兄貴」
にこやかなペッシが最高の提案を最高に可愛い表情で打ち出した。なるほどテンションを下げておけばいいのか。目から鱗が落ちた。
「ぶは!ペッシも言うようになったぜ、ジェラート!」
「俺らから元気をとったらナニが残るんだよ?ぷふ」
「ナニも残さず消してぇんだよ」
辛辣なギアッチョに返ったのは、ノッポ二人の大爆笑だ。余計に赤い眼鏡の青年が機嫌を悪くして、冷蔵庫から二本目の炭酸飲料を取り出す。がしゃがしゃと振ってソルベにぶっかけようとしたので慌てて止めた。落ち着け。
「昼にナニが食いてえか、今から考えとけよテメーら」
話を切り替えたのはプロシュートだった。会議の進行には、破天荒が二割と冷静な人が二割とまともな人が四割いればちょうどいいと私は思う。え?あとの残りはだいたい黙ってるよ。今の私みたいにね。私たちの場合、進行役は多くを喋らないでもオッケー。やったね。
「そうねえ。遊びたいアトラクションもね。効率よくまわろう!幸いにも、こういう計算が大得意なリゾットとホルマジオとプロシュートとギアッチョがいるし!」
「俺は俺は?」
ベッドサイドのテーブルにあったイルーゾォのものと思しきグラスを空にして、メローネが会話に加わってくる。確かに彼は計算が大得意だろうけど、議論している間に雑事を挟み込みまくるから今は却下ね。
「メローネは保安官バッヂをいくつゲットするかを考えといてね!あとおやつ!空腹は敵よ」
「ポルポのためならワンプレイにつき一個とるぜ」
さすがプロ。
「たぶんソレ、オメー以外の全員ができっけどな」
さすがプロ。感心したので二回言いました。
「拳銃なのか?」
「ううん、こんくらい。引き金はすごい軽いんだって」
手で銃身の長さを大まかに表すと、イルーゾォが肩をすくめた。銃器の扱いを苦手とする不器用ちゃんには、引き金の軽さも銃の種類も特には関係ないのだろう。当たれば当たるし当たらなければ当たらない、そんなところか。
「みんなで取れたらいいなあ。俺、銃はちょっと苦手なんだ」
「オメーはやればできるんだ、もっと自信持て」
「はい、兄貴!」
一人だけバッヂを獲得できない未来を想像してしまったペッシがしゅんと元気をなくす。そこにすかさず入れられるプロシュートのフォロー。これが兄貴の格ですよ。ご覧よ、ペッシちゃんの目がきらきらと輝いて、がんばろう、という気概に満ち溢れたよ。そしてもし当たらなくても大丈夫だよペッシちゃん。私もたぶん獲れないから。
「ポルポも食いてえモン挙げとけ。どうせ、一番食うのはテメーだ」
「はあーい」
そうだね、全員分の入場料より多い額を食事に費やす自信はあるよ。さすがにそんなことは、しないけど。

夜は更けていき、ホテルの明かりはまだ落ちない。