暗殺チーム、食い倒れる


夕飯は何にしようかねえとカフェでガイドブックを見ていたとき、何の前触れもなく、メローネが立ち上がった。片手を高々と上げたので全員が視線を向ける。
「はいはーい。俺、寿司食いたい」
時間としては、ちょうど店が開いたか開かないか、というところだ。
寿司か。寿司ね。ぺらぺらページをめくる。この近くにおいしいお寿司屋さんがあるかな。10人の男女を収容するだけの広さが欲しいので自然と候補は絞られる。片っ端から電話を掛けてみたところ、3軒目で条件に合うお店を見つけられた。それじゃあこれから向かいますので30分後くらいに入ります、と言って電話を切り、飲み残しのドリンクをひと息で呷ってカーディガンを羽織る。体格のいい外国人男性たちがぞろぞろと喫茶店を後にする様子は殿の位置から客観的に見ても圧巻。店を出るときも電車に乗るときも街の視線をひとり占めだ。特に背の高いソルベとジェラートなどは至る所に頭をぶつけてイテエイテエと笑ったので余計に目立つ。好奇心を含んだ微笑ましげなくすくす笑いが聞こえてきて、メローネがファンサービスを欠かさないアイドルさながらのエンジェルスマイルで手を小さく振り、チャオ!と声は出さず唇を動かして女の子たちを照れさせていた。はいはいモテ男モテ男。イケメンはこれだから爆発しろって感じなのよね。続いて背の高い2人も揃えたようにシンメトリーに片手を上げた。はいはい格好良い格好良い。マジで格好良いから悔しいんだこれが。メローネのように一目でわかるイケメンってわけじゃあなくてクセがあるのに、なぜこんなにも人を惹きつけるのか。お前は人を惹きつける。ベストテンションベストコンディションユアザベスト?プリンスオブギャング。
電車の中で揺られるのに飽きたのか、メローネは爽やか極まりない声でひそひそと「かっこいいね」「どこのひとかな」「モデルみたい」と言い交わすJKたちに近づいて行った。ギアッチョの冷めた表情など歯牙にもかけない。
「やあ、こんにちは。……って言うんだよな、日本では?」
「えっ、えっ、あ、はい、こ、こんにちは……?」
「日本語お上手なんですね」
「君たちみたいな可愛い女の子と話ができるように練習したのさ」
「イタリア人だ!この人絶対イタリア人だ!!」
「鋭いなあ。でも、イタリア人が手あたり次第女の子に話しかけてるなんて思わないでくれよ。俺は君たちと話がしたくて来たんだから」
JKのグループが緊張と興奮で頬を染める。ちょっとあんたが話題拡げなよ、いやいやそっちがやってよ、私イタリアの人と話したの初めてでやばい!などなどさまざまな囁きが聞こえてくる。
それからずっと笑顔のままのメローネがJK数人を虜にしたところで、駅のホームに電車が滑り込んだ。もう一度、別れのチャオを投げてからギアッチョの隣に戻ったメローネは、電車から降り、窓越しに件のJKたちに手を振ったあと、唇をほとんど動かさず笑みの形に整えたまま言った。
「可愛いよなー。日本人って好きだぜ。恥じらいがイイ」
なぜメローネが言うだけで怪しく聞こえてしまうのか。その謎を解明するため私は南イタリアへ飛んだ。
さて、そういうのは置いておくとして。
南イタリアからおよそ1万km離れた日本の代表的なお料理、SUSHIが私たちを待っていた。
趣のある扉を横に滑らせる。木でつくられた格子の模様がたまらない。開くと、中からふわりとお米の匂いがした。一気にテンションが上がる。
宴会用の個室に案内され、ファーストドリンクにビールを選んだり早速日本酒を頼んだりわあわあとメニューを眺めるうちに注文するコースが決まり、飲み物を運んでくれた店員さんに指さしてお願いする。苦手なものはありますかと訊かれたけど特に何もないはずだ。誰も何も言わなかったし、ないのだろう。あるいは全員、苦手なものが出たら誰かに押し付けようと思っているか。なんかそっちのような気がするな。
やりたくなって日本酒を頼んだホルマジオとジェラートのおちょこに徳利からお酒を注ぎまくった私は、自分のレモンハイのジョッキを握りしめ、かんぱあい、と軽くグラスをぶつけあった。動きは揃ってるのに飲み物はばらっばらっていうのが面白い。協調性は皆無だ。リゾット、プロシュート、ギアッチョがビール。ホルマジオ、ジェラートが日本酒、レモンハイが私とメローネ、グレープフルーツサワーがソルベ、カルピスサワーがイルーゾォ、梅酒がペッシ。梅酒は自家製だそうで透き通った綺麗な色だった。私もあとで頼もう。
「うまっ、なんだこれ」
「メンマ」
「メンマって何でできてんの?」
「割り箸」
「おい……マジかよ……割り箸うめえな……」
ほらを吹き込みつつお通しと前菜に舌鼓を打つ。おいしい。
もうわかっていたことだけど、全員が器用にお箸を操っている光景が少し不思議だ。不器用そうなイルーゾォもたどたどしいながら正しい持ち方でお豆腐をばらしている。
添えられたジュンサイが挟めなくて苦戦しつつ、並べられた籠に歓声を洩らす。
「天ぷら……」
何度食べてもいいものだ、天ぷらというものは。さくさくの衣にアツアツのお野菜や魚介類。今回は大葉とナスとえびの天ぷらが、籠のように編まれた器の中で輝いていた。リゾットを見る。天ぷらだよリゾット。
さっきからずっと無言で食べ進めていたリゾットは、そうだな、と頷いた。その後ろに"最高にテンションが上がったぜ"のひと言を脳内で付け加えておく。
さくさく食べるとなくなっちゃうのが食べ物のつらいところよね。食べてもなくならないエンドレス天ぷらがあればいいのに。そういうスタンド使いいないかな。
プロシュートがホルマジオのおちょこからお酒を飲んだ。ホルマジオがオイオイと言ってもどこ吹く風でもう一杯、手酌で注いで飲んでいる。気に入ったらしいのでそっとメニューを渡した。
「良し悪しが分からねーな」
「名前で選んじゃえば?」
「あー……」
漢字読めないんだっけ、と首をひねったところで、兄貴は私にメニューを返した。テメーが一番日本に詳しいだろと言われ巨大なプレッシャーに襲われた。やべえすごい責任重大。兄貴の舌を満足させられなかったら私どうなるんだろう。舌打ちされそう。
とりあえず名前がいかつくてそれなりに値の張るものを選べば間違いないだろう。直感的においしそうだなと思った名前を伝えると、店員さんはすぐにお酒を持って来た。なぜか私が注ぐ流れになったので、ん、と催促されて腰を浮かせる。
「入れ過ぎだ、と思ったら"おっとっとっとっと……"って言わないといけないのよ」
「じゃあ入れ過ぎんな」
「はい」
そらそうなんだけど私がスベッたみたいな空気にするのやめてほしい。
「う、うまいです……!茶碗蒸し……!!」
感動に声を震わせたペッシにプロシュートが鷹揚に頷いた。まるでプロシュートが作って提供したような雰囲気だ。ぐるりと見回すと、ほとんど全員が茶碗蒸しに取り掛かっていた。私がプロシュートにお酌してる間にこんな。出遅れた。
茶碗蒸しのふたを開けつつちらりと様子を窺う。小さなスプーンでふるふるの茶碗蒸しをすくってちまちまと食べるリゾットの姿を脳内のアルバムに保存した。
食べ終わってトリを待つ。そう待たずにしずしずと3人がかりで整えられたテーブルの上座から順に寿司が並べられた。
ネタが光を浴びて輝く。うおっ眩しっ。侵しがたい魅力を放つお寿司が6貫、ゲタの上から控えめに、それでいて蠱惑的に私を見つめた。食べて、と全身で訴えている。食べるよ、今すぐ食べる。
日本で寿司を食べられる現実に打ち震える暇はない。ネタが乾いてしまわないうちに食べてしまわなくてはもったいないじゃん。
どのお寿司から食べるのが一番いいのか、箸は置いたまま考える。やっぱりここは自分に正直になるべきよね。マグロ食べよう。
口の中に入れて、ひと噛み。至福の味が広がった。
うっ、と泣き真似をするとイルーゾォが肩を竦めた。
「そこまでかよ?」
そう言いつつ、彼はホタテを口に運んだ。もぐもぐしている。直後、硬直した。
固まったイルーゾォを横からつつくのはメローネだ。
「何、どうしたんだよ」
イルーゾォは激しく首を振った。
「やばい。うまい。やばい」
それしか言えない壊れたイルーゾォはお酒のことも茶碗蒸しのことも忘れて箸を動かした。寿司の魅力にとりつかれた男をまたひとり生み出してしまった。罪深い食べ物だわ。
気に入るネタも人それぞれで、食べる速度もまちまちだ。中でもゆっくり食べていたのはメローネで、彼は終始笑顔だった。結構純粋な笑顔だったので、本当に気に入ったんだなあと安心する。
リゾットがガリをかじった。ほぼ同時にギアッチョもかじる。ギアッチョのほうにからいやつがあたったようで、彼はパッと口を押さえてそっぽを向いた。そのまま唇をムズムズさせたので、おかわりしたてでまだ口をつけていない私の日本酒を差し出す。素早く受け取ったギアッチョはひと息でそれを喉に流し込んだ。口の中は空になったものの、このお酒も予想以上に辛めでキツかったのか、返す手つきはぎこちない。大丈夫大丈夫、良いお酒は翌日に引きずらないから。安心して飲もうね。
リゾットは平和なもので、っていうかこの人は辛すぎるガリにあたったとしても無表情で嚥下しそうだけど、さくさく食べ進めて鉄火巻きを消化しにかかる。箸運びに迷いがなくて見ていて気持ちいいわ。
「欲しいのか?」
横目でちらちら窺っていたのがバレた。欲しかったら言うから大丈夫だよ。そんな欲望に満ちた顔をしていたのだろうか。いやしんぼと思われたかな。甘いの3つ欲しいです。暗殺チームの可愛いショットも3つ欲しいです。いや、3つ以上欲しいな。
「おいおいポルポよォ、スシ目的でもねぇのにンな場所で熱烈に見つめ合ってんじゃあねーよ、ったくよぉ、あぁ?リゾットも涼しい顔していやがって」
穏やかに断ったが、聞きつけたプロシュートが攻め気味に絡む。何だこいつと思ってよく見たら2合空いていた。飲みすぎだよあんた。
酔っ払いのお兄さんの言葉は受け流すに限るが、メローネが馴れ馴れしく肩を抱いてプロシュートを助長する。味方を得た格好いい笑みが更に深まり、ペッシが慌てて水差しから水をついだ。受け取って飲みながらも弧を描く唇の気配はおさまらない。
「リーダーもひでえよな、ポルポはイクラが好きなのにマグロをやろうとするなんてさぁ。何かの隠喩なのかい?」
「私マグロも好きだよ」
「へえ、どっちの意味で?」
「どっちでも好きだよ。おいしいじゃん」
「ヒュゥ」
メローネは口笛を吹き、話題の終息に合わせて俊敏かつ正確無比な箸さばきでプロシュートのうに軍艦をかすめ取った。阻止される前に口に放り込み、もぐもぐと幸せそうな顔をする。気づいたプロシュートがテーブルの下でメローネの脚を蹴り飛ばしたが、メローネはイテテと言いながら軽く上体を揺らすだけで反省の色はまったく見せなかった。最高においしかったらしく、落ちそうなほっぺを手で押さえている。些細な仕草がいちいち可愛いのはイケメンの特権か。彼らの隣でソルベとジェラートがお互いにお寿司を交換し合って「はい、あーん」から始まる一連のアレソレをこなし、割り込めない空気を漂わせるのには誰も突っ込まなかった。
手酌で飲もうとしたホルマジオの手から徳利を奪い取り、なみなみとそそぐ。とっとっと、と言って照れくさそうに笑った剃り込みの元ギャングを食べてしまいたいなと一瞬でも考えたのは酔いのせいではなさそうだ。か、可愛い。ダークホースが隠れてた。
「楽しいね」
きゅんときたのを面の皮の下に隠し、柔らかく微笑んで見せる。
ホルマジオと、彼の隣のイルーゾォがこくりと頷いた。悪感情なんてどこにもない。
客観的にこの食卓を見れば、誰だって思うはずだ。ああこいつら、超楽しそう、と。

テーブルチェックの可能なお店だったけど、トイレに立ったタイミングでさっさとお勘定を済ませてしまう。俺が払うよいや私がいやいや俺が、みたいな面倒なやり取りは面白いんだけど長くなりそうだから今回はパスしてしまう。
個室に戻れば、ぐだぐだな男たちがかぼちゃプリンをつついている。席を立った間に配られたらしい。
デザートのかぼちゃプリンは硬めに作られ、まるでケーキのようにお皿の上に鎮座する。スプーンで削って食べれば、がつんと訪れる甘みとほのかなかぼちゃの香り、滑らかな舌触りが胃を慰める。いざプリン。挑むや否や消えていくのが甘味の謎だ。エクレアってあるじゃん。稲妻が走るくらい早い速度で食べ終わってしまうほどおいしいからそう名付けられた説があるけど、そういう意味なら世の中の甘いものはすべてエクレアだよね。もう何を言っているかわからないと思うけど私も何が何だかわからない。無言で幸福を噛み締めた。おいしい。
冷たく冷やされたプリンはすぐになくなってしまい、私たちは膨れたお腹を抱えて、笑顔でお寿司屋さんを後にする。突発的な予約だったけど、うまくいって良かった。メローネだけでなく、みんなが満足してくれたに違いない。横顔を見ればわかるってばよ。
電車の時刻を調べようとニコニコ顔で携帯電話を取り出した。そこで、ソルベとジェラートがぱちりと同時に瞬きをする。
「なあ、何か小腹空かねえ?」
お前は何を言っているんだ?
8対の瞳が2人のお腹に集中した。薄っぺらい身体は変わらず、まるで夕食などなかったかのようだ。代謝が異様なのかな。食への欲求が薄いのだと思っていたけど勘違いか?それとも、空気に酔っているのか。
ジェラートが親指を立てて、自分の斜め後ろで光る看板を指した。
意図せず声をそろえて読み上げる。
「やきにく」
「Appunto!」
その指を戻しがてら器用にぱちんと鳴らし、ジェラートはソルベにしなだれかかった。
「行こうぜ、……な?」
時に殺意でキレキレになる目を弓なりに細め、猫のような笑みをつくって、イタリアの悪戯仕掛人は悪魔になった。ドキドキと胸が高鳴るのはジェラートの微笑に撃ち抜かれたからではない。お寿司からの焼肉、という常識からちょっぴり外れたハシゴの仕方に興奮したためだろう。何よりも身体が素直に反応してしまい、すぐそばにいたプロシュートの腕を逃さないようがしりと掴んだ。ぴくりとしつつも呆れのため息をついて、ひっつき虫のような私を連れ、諦めとともに足を進める兄貴は良い人だ。
またぞろ食うのかと言いたげな男たちの視線を一身にあびても、我ら胃袋ギャングズは止まらない。
何名様ですかーと訊かれて10人ですと答え、アルバイトの子の頬を軽く引きつらせるのにも慣れたものだ。こういうところではメンタルが鋼鉄になるよね。私がバイトしてたら大人数の外国人に本能的なヤバさを感じて裏に引っ込みたくなっちゃうだろうけど、大人数の外国人側から見るとその可愛い反応もまた楽しみのひとつ。汚れた大人である。
大きな個室には七輪がふたつある。向い合せに座り、5人と5人で分かれてテーブルについた。奥側にはプロシュート、ホルマジオ、イルーゾォ。反対側に同じ順でペッシ、ギアッチョ。手前にはソルベ、ジェラート、私と、向かい側にリゾット、メローネが座る。なんていうか、問題因子が明らかにこちら側に集結しすぎてて先行きが不安。ホルマジオとイルーゾォがまとめて奥に行っちゃったから超怖い。通路側の七輪は肉戦争からは遠くても肉戦争以上の危険がありそうだ。火がついてなくても爆発する火種が3つも揃ってるんだからもうこれは。
……まあいいか。焼肉だし。
ただでさえ楽しい焼肉を、日本で、暗殺チームちゃんたちと囲めるのだ。この貴重さを思えば多少のトラブルなんて気にしてらんないわよね。いいよいいよ、笑い声で炎を盛り上がらせてくれ。
大判のメニューを開き、"とりあえず生"の呪文を唱えたあと、立ち去ろうとする店員さんを引きとめたソルベとジェラートは目についたお肉を片っ端から注文した。おい。
「ちょい、そんなに食べられんの?あんたは私か?」
「女王さん、男の代謝を侮っちゃあいけないぜ」
「ポルポほどじゃなくっても、スシくらいじゃ治まらねえのさ」
会席かってレベルで品数があったけど関係ないんでしょうね。成長期のイタリア人にはあれくらいじゃあ足りないらしい。これ以上2人の身長が伸びたらどうしよう。吊革に頭ぶつけるってレベルじゃないぞ。
プロシュートも酔った勢いで気分がハイになっちゃってるのか、普段なら絶対に食べないだろう簡易チーズフォンデュオプションなどを付け加え、店員さんが高速で機械に注文を打ち込むのをじっと見つめた。口説くか?口説くか?ドキドキしながら見守ったが口説かなかった。イケメンに凝視された店員さんはぽっと頬を染め、「ご、ご注文いただきました」と裏へ駆け戻る。すぐに別の店員さんが生ビールのジョッキをいくつも持ってやってきた。
二度目となるが、かんぱーい! これは何度やってもいいものだ。成人男子として平均的な量を食べはするものの大食いではないイルーゾォは、薄暗い照明の下で見るからか、それなりに顔色が悪かった。
「食いきれんのか……これ食いきれんのかよ……おかしいだろ……」
小さいおくちでビールを飲み、そんなことをまじないのように呟いていたので、ホルマジオが苦笑して彼の背中をさすってあげている。大丈夫、君が食べきれなかったぶんは私が貰うからね。同い年の情けだ。ソルジェラは知らん。腹がはち切れるまで食べてくれ。
次々に運ばれ、テーブルを埋める皿、皿、皿。新鮮な色の生肉が"たべて"といじらしく私に語り掛ける。据え膳くわぬは何とやらと言うだろう。私はトングを手に取り、誰とも知れぬ敵を威嚇して二度カチカチと鳴らした。さあ、焼くぞ。
「オメーが焼くのかよ」
「嫌ならトングあげるけど……この中で一番日本の焼肉に詳しいのは誰だと思ってんの?」
「確かにオメーだな」
「だしょ?最高の焼き加減で食べさせたげるわよ」
ぺらりぺらりと肉を網にのせる。火消しの氷はギアッチョがいるから必要ないんじゃないかなとスタンド使いギャグをぶちかましたかったけど、酔って導火線が短くなったギアッチョにキレられたら大変なのでやめた。何だかんだで頼んだら火消しになってくれる気がするんだけど、あえて勝負しない。肉が冷凍状態になるのは悲しい。
じゅうじゅうと焼ける肉のにおい。プロシュートは世話焼きのホルマジオにすべてを任せる女王様スタイルでジョッキを傾ける。何も文句を言わないでせっせとカルビを焼いてあげるホルマジオは、肉に火が通るまでの空き時間を利用して周りの器にタレやレモン汁まで入れていた。しょーがねーなーって顔をしているけど、その態度が暗殺チームサークルの姫を増長させるんじゃないかな。
「お、焼けたぜ。食えよ」
「これ、何の肉?」
「カルビ」
「カルビってどこの肉だっけ」
「あばらの近くじゃアなかったか?」
「ふうん。……アッチ!!」
「焼き立てなんだからあたりめーだろーが」
やれやれこれだからと言いたげに肩を竦めたプロシュートも持ち上げていた肉をそっと下ろした。フーフー吹くのは主義に反するのかな。プロシュートの格好良さはそんなことじゃ霞まないどころかむしろより引き立てられると思うよ。だからやってみて。ジッと見てたら「自分の肉を食えよ」って言われたんだけどさっきから年長組は私が食べ物をねだるために見つめてると思ってない?私の名誉大丈夫?地に落ちてない?
こちらも良い具合にお肉が焼けたので、取り箸でまずリゾットのお皿にうつした。リゾットをお腹いっぱいにしたい同盟に加わりし私に全部任せて。
しかし彼は自分の箸でサッとお肉にタレを絡ませ、私の口元に近づけた。え、あ、ああうん、ありがとう。遠慮せず食べたけど何かが間違ってる気がする。
「食べないの?」
「後で食べる」
これを見逃さないのがソルベだ。
「おいおいリゾットちゃん、まさかお腹いっぱいなのかい?」
「リーダーたるモンが最初にドロップアウトっつうのはいただけねえんじゃねえの?」
ジェラートの追撃もあり、私は焼けたもう一枚をリゾットの皿にのせざるをえなくなる。空気を読んで小さめのハラミを渡すと、リゾットは静かにそれを食べた。
「うまいな」
「愛をこめて焼いたから」
「そうだろうな」
この数日の中でもっともテキトーな返事だった。
一度リゾットをいじったことで満足したのか、ソルベとジェラートは自分のトングで狭い網の中に要塞を組み始めた。メローネが横からひょいぱくひょいぱくと容赦なく食べつくしていくので時おり肘鉄が繰り出される。そんなメローネも、ソルベがジェラートに食べさせるためにもっとも力と時間をそそいだ愛情たっぷりの中落ちカルビには手を出さなかった。一度つつこうとしてソルベの鋭すぎる一瞥を食らったので、"こいつはヤバイ"と本能的に引いたらしい。ソルベは丹念に育てたそれを丁寧に適温まで吹き冷ましてからジェラートの唇につんと触れさせ、舌にそっと置くように食べさせてあげていた。見てはいけないものを見てしまったような気分だ。私は自分の為に焼いた肉を溶き卵にひたして目を逸らした。タレと卵黄が絡んでめちゃくちゃおいしい。おいしいのは知ってたけど食べるとやっぱり感動する。
「うまそうな顔してる。それ、イケるの?俺にも食わせて」
「新しい卵頼む?」
「ううん、それがいい」
いちいち含みを感じさせる可愛い子であるな。
使用済みの私の卵をあげると、メローネは手近なお肉を(ジェラートの陣地から)とってきて黄身にくぐらせ、はくはくと食べた。目を輝かせる。
「うま!」
「でしょ」
「うまいなー、家でもやってみよっかな。リーダーも食うかい?あーんしてやるぜ」
メローネが家で料理するってところにすごいびっくり。続けられた言葉にはもっとびっくりした。ギアッチョなら今このタイミングで沈められてるぞ。彼はちょっと潔癖が入っているような気がするので、卵の回し食べなんて冗談じゃねえクソ野郎、とかなんとか言いそうだ。
リーダーリゾットはゆるゆると首を振った。
「お前たちで食べるといい」
「ちぇっ、大人な顔しちゃってさ」
メローネは残念そうに手を下ろした。卵タレを私に返してくれるつもりはないようだった。
隣の七輪を囲む男たちがギャアと悲鳴を上げる。火柱がたっていた。
「うあああナニやってんの!?」
火消しの氷はあちらにもあるはずなんだけど、よく見たら器が空っぽだ。こちらのものを回して送るとホルマジオとイルーゾォが協力して消火に取り掛かった。
「プロシュートが面白がって真ん中に肉のせまくりやがった!!クソがッ!燃えてんじゃねーかよ!!」
「あ、兄貴ィ……」
「ふざっけんなよあんた、俺の肉、俺の……俺の肉……」
「そこかよオメーは!しょーがねーな、また焼いてやっから!」
「燃える方が悪ィんだよ」
犯人はジャイアンも真っ青なことを言って煙草を取り出した。まさかこの火で吸い始めるんじゃないだろうなと思ったらちゃんと自分のジッポで点していたので安心する。さすがにロック過ぎるわ。
「メローネ、オメーふざっけんな!火の勢い強くしてんじゃねーよ!!」
ギアッチョがブチ切れて判明するメローネの悪事。何かこそこそやってるなと思ったら卓の陰の火力調節スイッチを触ってたのか。やめたげてよぉ!店員さんが飛んできちゃう。
燃料のお肉が可哀想な炭になった頃、ぼうぼうと燃え盛っていた七輪は沈静した。大盛り上がりだった飲み会が、幹事が出ていった瞬間ふんわりとだらけを迎える時のようにしんとする。ホルマジオがほっと息を吐いた。
「プロシュートよォ、酔ってんなら水飲め、水。頼んでやっから」
「酔ってねぇよ」
「酔ってるヤツは皆そう言うんだよ」
よほどおいしそうだったお肉を炭化させられたのか、イルーゾォの小声は恨めしげだった。ぷかりと煙草の煙で輪をつくるプロシュートは聞く耳をまったく持たない。代わりのお肉とお野菜を頼むついでに氷とお水をジョッキで持って来てもらうことにし、ホルマジオがイルーゾォの肩をぽんと叩いた。また焼いてやっから、ともう一度言うのが聞こえる。良い話だな。うん。

べろべろに酔っぱらい、胃袋が悲鳴を上げるほど肉を詰め込んだ私たちは、一般的なワリカンでのひとりあたりの金額とは思えない額を集めて支払いを済ませ、すっかり冷めた街の空気を吸い込んだ。いやあ、食べた食べた。余は満足じゃ。
満足なのは私だけではなく、提案者のソルベとジェラートもへべれけでへらりへらりと笑っている。邪気のない笑顔は私たちの心を和ませるような、和ませないような。
リゾットも周りの騒ぎに隠れて片手で自分の腹をさすり、具合を確かめている。その光景を目撃した私は色んな意味で正気度を一気に失った。か、かわいい。わ、私もさすろっか?大丈夫?と詰め寄りたくなったのだけど、ぐっとこらえよと囁く理性が、残念なことに私を止めた。
荷物を持って道を歩く。電車に乗ろうとしてうっかり上下線を間違え、全員が泥酔を自覚した。お互い助け合っていこうね。
調べた到着時間の数分前にアラームを仕掛けた私は、携帯電話をしっかり握りしめたまま、かくりと首の力を抜いた。目的駅まで眠る気満々だ。だって眠い。食べて飲んだらそりゃ眠くなるわよ。
座席を占領するイタリア人たちはほぼ全員が、電車の揺れに合わせて頭をぐらぐら揺らしている。目を開けて景色を眺めるのはリゾットとホルマジオくらいだ。ソルベとジェラートは仲良く手を繋ぎ合って眠りについた。もちろん恋人繋ぎだ。リア充乙。
たとえ数十分でも仮眠を取りたい。私もまた目を閉じ、揺れのせいですよぉと胸の中で言い訳をしてからリゾットの腕にもたれかかった。接触してるだけで安眠を確信できるリゾットちゃんって何者なのかな。ラベンダーか何かの妖精なのかもしれない。
ああダメだ、酔っ払ってるな。冷静な部分が私の興奮を宥め、1分もしないうちに眠りに落ちた。