全員でお酒を飲んだ時の話


お酒屋さんでワインの瓶を物色している最中、ふと、護衛チームの面々とお酒を飲んだことがないことに気がついた。それもそのはず、私が彼らとずっと一緒にいた時期は、年齢の問題が横たわっていた。20歳になるまでお酒は飲んじゃだめですよ、と社会のルールを提唱できる立場ではないけど(なにせギャング)若い子のね、健康がかかわっているから、自分から勧めたりはしない。護衛チームの子たちも裏社会ながら折り目正しく生きているので、積極的に杯に手を伸ばすこともなかった。
せっかく無事に生き残り、年齢の境界線を越えたのだから、どうせなら一緒に飲んでみたい。
私がそう思うのは、自然なことだと言い切りたい。いやいや、酔っ払っている彼らが見てみたいだなんてそんなそんな。お酒が入ってほんのり頬を上気させたブチャラティの緩んだ目元と胸元から覗く謎の肌着の色っぽさを楽しみたいだなんてそんなそんな。まさにそれである。

誘いをかけてみたのは数日前だ。
夜の予定を調節してくれた元護衛チームリーダー、現パッショーネ幹部の青年は、同年齢の男アバッキオを連れて我が家の戸を叩いた。ブチャラティがこの家に来るのは随分と久しぶりだ。引っ越し祝いをしてくれてからは、私がブチャラティの家に押しかけるばっかりで(ネアポリスの郊外に持っている家にお邪魔したことがあるが、一緒に行ったトリッシュが違和感を感じさせない動きで勝手を知ったキッチンに立ってお茶を入れてくれたから激しく気が高ぶった。ブチャトリフラグは着実に進んでいるよやったね!)、忙しいブチャラティは同じく少し街から離れた私の家まで来る時間が取れない。数えてみると数か月ぶりか。
スリッパに履き替えてくれたブチャラティは、懐かしそうに目を笑ませた。
「せっかくだから俺も持ってきたよ。ソルベとジェラートのカクテルには敵わないかもしれないが、飲んでもらえると嬉しい」
「おら、こっちは食いモンだ」
「いらっしゃい、ブチャラティ、アバッキオ。君たちの気遣いにおねえさんは脱帽です。ありがとうね。フーゴちゃんもナランチャもミスタも、自分の家だと思ってくつろいでくれていいんだからね。……言うまでもないだろうけど」
ブチャラティとアバッキオに比べると、ナランチャもフーゴちゃんもミスタも頻繁に家へ遊びに来ている。自分用のスリッパをスリッパ立てから引き抜いて玄関に放ると、さっさと靴を脱いで廊下に上がった。お邪魔すんぜ、と元気な青年が笑ったので、私もニコリと微笑む。
手土産の紙袋を受け取ろうとした私を跳ね除けると、アバッキオは視線を逸らして廊下の向こうを見る。テメエに持たせて落とされたら面倒なんだよと毒づかれたけどその程度のツンで私をへこませられると思ったら大間違いだノンノンノン。ついつい口元がへらへらと緩んでしまうけど、フーゴたんの冷ややかな視線しかそれを目撃していなかった。
アバッキオは顔をしかめて、「うるさくなりそうだぜ」とリビングを示唆した。確かに、先に集合していた元暗殺チーム現必殺仕事人の彼ら九人によって賑々しく準備が進められている。すでに缶ビールを開けたくてうずうずしている剃り込みの男もいることだし、これに酒が入ればどんなカオスになるのやら。
一抹の不安と多大なる好奇心を抱えて、私は五人を奥へといざなう。するとナランチャが思い出したようにぽん、と手のひらに拳を落とした。
「ジョルノは後から来るってさ」
「……」
え?ジョルノ来るの?


多忙なギャングのドンが家のチャイムを鳴らしたのは、宴もたけなわ、初めのコルクが抜かれてから二時間ほどした頃だった。ちびちびとシャンメリーをちびちびと飲むフーゴ、ナランチャを容赦なく置き去りにした野郎どもは、一部を除いて大盛り上がりである。一人は脱いでる。そして人を脱がそうとしている。これは置き去りにされたというよりも、フーゴがナランチャを引き連れて大人たちを切り捨てたと言ったほうが正しいかもしれない。いつの間にか飲んでいたミスタに脱がされそうになって必死に抵抗しているイルーゾォを横目に廊下に出ると、広いリビングルームにひしめく笑い声に疲労したのか、ジョルノを迎えたかったのか、リゾットとフーゴがついて来た。
「疲れた?上の部屋でテレビを見ていてもいいんだよ、フーゴ」
「いえ、ただジョルノに注意を促したいだけです。ストッパーになりうる人間は僕とブチャラティとこの……リゾットしかいないってことを」
フーゴちゃんはまだリゾットのことを認めていないのか、名前を呼ぶ声がどこかとげとげしい。ナニを認めていないのかは知らないけれど、いちいちブチャラティと比較してくるから、ナニか上司としての格みたいなものを競っているのかもしれない、と私は勝手に推理している。
リゾットは気にした様子もなく、玄関の鍵を開けた。
こんな最強の陣営が二つ揃っている家に不届き者が入って来られるはずもないけれど、戸締りをするに越したことはない。頭の中で理由をつけるけれど、つい癖で閉めてしまっただけだというのは自分だけの秘密だ。
「いらっしゃい、ジョルノ。お仕事お疲れさま」
「お邪魔します、ポルポ。遅れてしまってすみません。トリッシュもいますよ」
「おおっトリッシュちゃん!!」
「お邪魔するわ、ポルポ。この間のパーティーぶりに会うかしら」
そうだね。同意すると、トリッシュはお馴染みのスカートの裾をさばいて、綺麗な足をスリッパに滑り込ませた。白い足にピンク色のもこもこがよく似合っている。可愛いよと毎回言ってしまうし、トリッシュの回答もいつも同じだ。
「ありがとう」
ただそれだけ。この簡潔で淡々とした声は、リゾットと似ていなくもない。私はこのタイプの人が好きなのかな?少し考えて、別にそういうことはないなと思い直した。リゾットとギアッチョかっこ平常時かっことじとブチャラティとフーゴかっこ平常時かっことじとトリッシュが論理的でクールな性格だから、割合として多く思えるだけだ。

リビングに戻ると、そこは地獄だった。
「これは凄い」
「えぇ」
無意識に感嘆すると、ジョルノが頷いた。とりあえず席を勧める。おなかを抱えて笑っていたソルベとジェラートがナニを飲むかとオーダーを取った。
ウエイターに徹している彼らはカクテルを作りながらリキュールを舐めたり、摘まみの味見をして自分たちなりに楽しんでいるらしい。そういえば私はソルベとジェラートが酔っ払った姿を見たことがないけれど、酔うとどうなるんだろう。もしかして、キレッキレのギャングと言われるだけあって、テンションが上がると手や足が出やすくなるのかもしれない。それなら酔わないままでいてくれ。以上ただの妄想である。
紐を解いて服から垂らし上半身をむき出しにしたアバッキオがミスタに続いて襲い掛かっていたイルーゾォは同じく服を剥かれ、胸元までの黒い肌着にまで手を掛けられて非力な腕で必死にアバッキオを突っぱねる。こうなったきっかけは、腹だけを露出して無自覚なチラリズムを演出しているイルーゾォに、出すなら全部出せと酔ったアバッキオが絡んだことだったか。脱がせ魔なのかと疑ったが、ブチャラティやホルマジオ、メローネなどには手を出さないところを見ると、中途半端な格好をしていることが許せないのかもしれない。なんだかんだで几帳面だ。
「マ、マママ、マンインザミラー!!アバッキオを許可しねえ!!」
ようやくスタンドの存在を思い出したイルーゾォが手鏡に吸い込まれた。まさかここで紙上のポンペイ戦の類似戦を見ることになるとは思っていなかったので不意打ちすぎてシャンパン噴いた。げほげほむせていると、ノンアルコールカクテルの名前を告げたジョルノがその手で私の背中をさすってくれた。ありがとう。あたたかい年下の少年の手が私を落ち着ける。動揺するな。素数を数えるんだ。
「なあなあポルポ、キス魔ってナニ?」
むせるのを堪える。無邪気なナランチャは小首を傾げて私の答えを待っていた。
どこで知ったの、そんな言葉。手当たり次第相手を選ばずキスをする人のことだと思うけど、日常会話に出てくるっけ?
「ミスタが言ってたぜ、ポルポはキス魔だって」
「……」
「あっ、ポルポ酔った!?俺の胸空いてるからいつでも来て良いぜ!」
ナランチャの言葉に愕然としてミスタを見る間もなく、テーブル席からメローネが叫んだ。それに軽く手を上げてこたえる。いいです、大丈夫。間に合ってます。
「ミスタ、どうしてそう思ったんです?」
代わりにジョルノが問いかけてくれた。
ソファに座る私とジョルノの向かいにはリゾットがいて、そのリゾットからは、大きな窓の傍でセックスピストルズにご飯をあげているミスタが良く見える。私たちの頭上を通り過ぎるリゾットの視線に倣って振り返ると、ミスタは顔を上げて、だってよォ、と私を指さした。人を指さすとはけしからん、なんて指摘はしない。今さらだ。
「ポルポって酔うと抱き付いてくるし色々キスしてくるじゃねーか?ジョルノもされたことあるだろ?」
「いえ……僕は参入した時期が遅かったですし、ポルポとこういうふうに楽しむ機会もなかったので、経験はありません」
「そうかあ?じゃあ今日が初めてになるんじゃねえ?」
ならねえよ。私は手当たり次第にキスしたりしないって。
「ちゃんと人を選んでるから!」
「選んだ結果が俺ら全員なんだろーがよォ?」
割り込んできたのはホルマジオで、ソファ席用のローテーブルからカチョカヴァロを皿によそって立ったまま口に運ぶ。飲み込んでから冷静なツッコミ。そんなことを言われたって困ってしまうぞ、よほどぐでんぐでんに酩酊していない限りそんな事態には陥らないだろうし、べろべろんになった次の日はたいてい記憶がないから。26歳として情けないことだけども。
「されたことある人、ちょっと手挙げてくれる?」
ここは状況を把握しておくしかあるまい。
大きめの声を出して呼びかけると、一瞬近くの人と顔を見合わせたそれぞれが、あっさりと、あるいは活き活きと、はたまた嫌そうにわらわらと片手を挙げた。見回せば、リゾット、ブチャラティ、フーゴ、ミスタ、ナランチャ、アバッキオ、ソルベとジェラート、プロシュート、ペッシ、メローネ、ギアッチョ、トリッシュ、そしてホルマジオは挙げた手にイルーゾォが飛び込んだ手鏡を持っている。
「こいつもされてたぜ」
「ジョルノ以外全員じゃん!!」
「だから言ったろ?」
ぐぬぬ。
「で、でも、今まで言われたことないよ」
「俺たちだけだと思ってたからさー、言わないほうがヒミツっぽくてイイなって。でもこいつらにもしてるんだったらさっさと暴露して止めさせた方がよかったな」
愉快じゃない声音はメローネのものだ。ぶすくれている。25歳の男がぶすくれている。あんた25歳って言う年齢偽称なんじゃないの?そんな可愛い仕草が似合う25歳のギャングなんていないよこの世に。
あっいやしかし、リゾットやプロシュートがむすっと黙り込むところを想像すると頭の中がヘブン状態になる。28歳、いいと思います!この世界には愛が満ちてるよ旦那!そうですねリュウノスケェ。
「じゃあ、今日もポルポを酔わせて僕にもして貰いましょう。仲間外れは寂しいですから。……ね、ポルポ?いいですよね?」
「キスくらい酔わなくってもしちゃうよ、ジョルノ」
「じゃあ親愛のキスをしましょう」
太陽みたいな笑顔が向けられたので、私も釣られて軽く微笑む。ジョルノは手からグラスを取ってローテーブルに置くと、血の巡りが良くなってあたたまった私の指先を手のひらで包んだ。そっと甲に唇を押し付けられる。今ふにってした。ふにって。ふにってしたよ。ねえ。少年の唇がふにってしました。倒錯的な光景を客観的に見た内なる私が大興奮。
でも大人なので、そんな心はおくびにも出さず、顔を上げたジョルノの額にキスを贈った。まさかこんなところで主人公さまに唇を寄せることになるとは思っていなかったけれど、このきめ細やかな肌に触れる特権は将来誰に与えられるのかな、ととりとめなく考える程度には感慨が深い。
「ふふ、これで僕たちもより深く繋がりあった仲になれましたね」
裏なんて何もありませんよと主張するように微笑んで、ざっとリビングルームを眺めまわしたジョルノは、私の手を握ったままそう言った。私が何かを言う前に、こちらに注目していた数人が立ち上がる。
「なんでそいつが俺より先なワケ!?」
「ジョルノだからいいですけど、安売りするものじゃあないって何度言えば解るんですか」
「ジョルノだからいいけれど、軽はずみにそういうことをしちゃダメなのよ、ポルポ」
「女王さんこれ全員にやっといた方がいいぜ!」
「不公平がないようにな、ポルポ!」
メローネに抗議され、フーゴに批判され、トリッシュに諭された私はジェラートの言葉に続いたソルベに手招きをされ、なぜかアルコールの匂いを漂わせる野郎どもの額に一人ひとりキスをすることになったのだけど、これは誰を訴えればいいのかな。ミスタかな。ナランチャかな。ナランチャは可哀想だな。
良く考えなくても原因は前後不覚のまま親愛の情を表して衝動のまま行動していた過去の自分なのだけど、責任転嫁をするくらいには、ひどく精神が疲弊した。
我らが癒し要素たるペッシとブチャラティ、フーゴとナランチャ、そして頑として鏡から出てこなかったイルーゾォに感謝しつつ、宴の場に響く笑い声に、私もまた混じっていった。
楽しいんだけど、頼むから飛び火で私に被害をもたらすのはやめてほしいね。見てる分にはいいんだけどね。良いと思うよ、キス魔のメローネは自然だし、キス魔のホルマジオも面白そうだし、キス魔のソルベとジェラートはお互いにしかキスをしなさそうだし、ギアッチョは潔癖症だからナシだろうけど、キス魔のブチャラティなんて天使が空から舞い降り大地には光が満ち花々が咲き誇るようなアロマ効果があるに違いない。私はそれが見たすぎるよ、インキュベーター!







(rainさんのリクエストに返させていただきます)
(リクエストをありがとうございました)