夜中にアニメを見る話

※某ラピュタがネタです
※途中からはラピュタの流れに合わせて会話があるだけです





キイ、と小さな音が立って、廊下からほんの少し冷気が入る。振り返るとリゾットがいた。まあ、リゾット以外の何物かがいることはないんだけどさ。見えないナニかは見えないし、強盗ならリゾットが侵入三秒でメタリカしてくれる。
「どうしたの?私がいないと眠れない?」
今日は別の部屋で寝させてねとお願いしたのは私だ。理由は単純、アニメが見たかったからである。前世は金欠でレンタルしか出来なかったけど、今は日本から日本語のそれを取り寄せることだってアイキャンドゥーイットなのだ。そのお金が人の命の上に成り立つ血まみれのお金だとかそういう倫理的なことは、今は置いておこう。
テキトーなことを言ってへらへらと笑いかけると、リゾットは私以上に雑な返事をした。
「そうかもしれないな。水を取りに起きたんだが……まだ寝ないのか?もう2時だぞ」
まったく寂しいなんて思っていなさそうだ。
「私はこれをもっかい見たくって。これ見たら寝るよ。たぶんね」
「日本のアニメか」
「うん。天空の城ラピュタ」
「……好きなのか?」
そうね、どれくらい好きかと訊かれると、表現の仕様がなくて困ってしまうけど、印象深い作品は、と尋ねられれば名を挙げる程度には大好きだ。
まな板の上で言葉をぶつ切りにして簡潔に伝えると、リゾットは、私たちを余所に進み続ける画面を見た。
「始まったばかりか?」
「うん。一緒に見る?」
ここで一つ弁解を。
私はてっきり、否定されるものだとばかりと思っていた。だってリゾットは今まで、私の読む漫画も速読でぺらぺらと流し、時々二人きりでじっくり読んでいる時は一枚一枚ページを繰っていたけれど、特別な興味を示した気配はなかったのだ。アニメよりも睡眠を優先すると考えた私は間違ってはいないだろう。
しかしリゾットは私のちっぽけな予想など知らず、いや、知ってるのかもしれないけどそれを私には悟らせず、いつもと同じ、温度のない声で同意した。
「あぁ、……いいか?」
興奮と困惑に激しく揺れ動いた心を押さえつけて、私は自分でも褒めてしまうほど綺麗に微笑んだ。アニメを見るリゾットという数分後の未来に対する大いなる慈愛がこもっていた。
「じゃあ、最初っからにしようか。私も飲み物もってこようかな。喉渇いたわ」
「部屋に入ってから一度も出ていなかったが……まさかこの4時間、何も飲んでなかったのか?」
「私も集中すればこれくらいは」
胡乱な視線が突き刺さった。
私が一度も部屋を出ていないとなぜ知っているのかは、もう気にする必要もない。リゾットの気配察知能力がずば抜けて優れていることは、六年前から身をもって理解している。

座椅子から立ち上がると、少し身体がふらついた。もともと筋肉のない貧弱貧弱ゥな肉体なのに、長時間同じ姿勢でぴくりとも動かずにいたせいだろう。
キッチンに下りて、食器棚からグラスを取る。冷蔵庫を開けながら考えるのは主義に反しているので、コップを手のひらでころころと転がしつつ思案する。
「なに飲もっかな。歯は磨いたからお水かしら。リゾットは?なに飲む?」
「水だな」
「だよねー。氷も入れておこう。はい、氷」
「グラッツェ」
とても綺麗なグラッツェをいただいてしまった。
毎回思うけれど、リゾットのイタリア語はきちんとしていてとても綺麗だ。なんというか、私みたいに崩れてない。私はだらだらと脈絡なく会話を広げたりだらしない発音をすることもなくはないのだが、リゾットは彼の雰囲気にそくした低く染み渡るような声で、ほんのわずか硬質に聞こえる言葉を発するから、私はそのたびに、それこそ六年前から心臓をギュンギュン言わせている。罪作りな男だ、リゾットというやつぁ。リゾットは大変なものを盗んで行きました。私たちの心です!
まあ、リアルに盗まれるとしたら、それはお命か身体中の血液なわけだが。
「ラピュタのほかにも持ってるんだけど、今日はラピュタが見たくってさ」
「同じ製作所のほかの作品ということか?」
「うん。トトロとか、もののけ姫とか、魔女の宅急便とか……でもラピュタはねー、私もう女の子じゃないけど、憧れるわねえ」
そうか、と、淡白で味のない相槌が打たれた。

階段を上って上階へ戻る間、リゾットはグラスを持たない方の手で、私の片手をリードするように支えてくれていた。明かりをつけていないから転ぶと思われたのかもしれない。私はそんなにドジっ子じゃないよ。みんな、私のことを一人じゃ何もできないと思ってるのかな?できるよ?自慢じゃないけど少なくともウン十年分はほとんど一人で生きてきたよ?
私だけがぺらぺらと喋って、リゾットは黙っている。無視をしているわけではなく、私の言葉を尊重してくれている。
そんなリゾットを部屋に誘い、八割の欲望と二割の気遣いから、ベッドの上に置いておいたふかふかのクッションを渡した。
「クッション、これ使って」
「……」
「ん?」
何の他意もありませんよとアピール。
リゾットはクッションに焦点を合わせると、簡単なお礼を口にしてからお花の形をしたふかふかのそれに腰を下ろした。ヤバイ、花のクッションとリゾット。花の中に座るリゾット。これは夢に見る。可愛すぎる。ミスマッチ。世界が平和になる。主に私の心象世界が。
私自身は座椅子に座るつもりだった。背もたれに手を掛けると、リゾットが指先で私を呼ぶ。
呼ばれるまま、トレイにグラスを置いて、短い距離を埋めると、彼の手が私の手首をつかんだ。そのまま引き寄せ、腰を抱かれる。力を抜いて身体を預けると、私はリゾットを椅子にする体勢に収まる。ディ・モールト落ち着く。
でも君、私の体重が重いんじゃないか?自慢じゃないけど私のおっぱいは重量があるぞ。おかげで平均体重から大きくはみ出していて涙が出る。出ないけど。
「いいの?」
「いつもこうだろう」
「まあ、そうなんだけど。椅子にしちゃって悪いわねえ」
何か言おうとして、やめた気配がする。音にならない息が耳を掠めてくすぐったかった。
リモコンを拾い上げる。巻き戻しと再生ボタンを押して、おなじみのイラストが画面に現れる。それを見送ると、アニメの始まりだ。



0.5
※ラピュタの場面に合わせて進行
※会話だけ




*

「……」
「(おああ殴ったー!シータがんばった!)」
「(確かに今のは痛そうだったな)」
「(がんばれがんばれ。窓から逃げる。あーそれむり、私むり。掴まっていられない。無理。すごいよなこの子)」
「(少女にそれは無理だろう)」

*

「(落ちるシーンうますぎるよな……)」
「……」
「(ここな、このな、石が光ってさあ……)」
「……」
「いいよね……」
「(なるほど飛行石。落ちなければいいのか?このパズーが彼女を取り落として落下した場合、また飛行石が発動するのか?落下から発動まではしばらく時間があるようだったが、その間に地面に激突することはないのか?)」

*

「お、キャッチした。これ私だったら落ちてるなー」
「……」
「ほら、おっぱい重いし」
「落とさない」
「リゾットカッケー。ありがとう。もしその時が来たらよろしく」

*

「……」
「……ちょっと眠いね。このまま寝ちゃったらごめん」
「構わない」
「ぐらーっつぇ。あー、これね、これ、朝のこれ……これいいわー……鳩……」
「……」
「……」

*

「(パズーの父さんは嘘なんてついてないよ!まじでラピュタはあるよ!)」
「(1868.7……)」

*

「(おおおこの逃げ、逃げろー!ってかんじ!軍人さんめー)」
「(さっきからまったく水を飲もうとしないな……)」
「(うわっ手荒)」
「……」
「12歳のいたいけな少年にまったく……手荒な……」
「12歳なのか」
「そう」
「……」
「あー……」
「(ということは飛行石は王族に伝わる秘宝か)」

*

「(これはなー、パズーなー、いつもここで逃げちゃダメだが浮かぶ)」
「……」
「(おおっ、ドーラ様)」
「(ああ、軍艦を襲った空賊)」
「ドーラ様来たー」
「……」
「……様をね、つけなきゃいけない感じがね」
「何も言っていない」
「うん、知ってる」

*

「(ドーラさんたち、悪い人に見えるけどみんないい人なんだよねえ。すんごいいい人なんだよなあ。かわいいよなあ)」
「(この肉はいったい……?)」
「(食べ物おいしそうすぎる……)」

*

「お肉を見ていたらおなかがすいてしまいましたね」
「そうか」
「明日の朝はお肉がいいなあ」
「そうか」
「……私うるさい?」
「特には」
「(リゾット優しい。どんな顔して言ってんだろ?)」

*

「(リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール!)」
「(そういえばこの間の朝にポルポが同じことを呟いていたな……これか)」
「(ムスカ大興奮!私も大興奮!)」
「……」
「(『やめてえッ撃たないで!』わかる。私もこれ、最初は怖かったロボットがだんだん可愛くなってくるもん。うう、撃つなよ……)」
「……」
「(ああああこの、この静かな音楽もう、あ、ああ、あ、あ)」
「(この場面が好きなのか)」

\シーター!!/

「……」
「……」

\パズーッ!/

「……」
「(なるほど、炭鉱で鍛えられているからこれくらいは支えられるという)」
「やったーっ、リゾットー!」
「……」
「ううう、何度見てもこのシーンは……!いいですね……!ね!」
「そんなに好きなのか?」
「好き……」
「…………」
「一度はやってみたいよねえ」
「どこからどこまでを?」
「『リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール』から」
「……"から"?」
「『パズーッ!!』まで」
「……」
「…………ナニ?」
「いや、こういう時は活き活きとした声を出せるんだなと思っていただけだ」
「(私のことを何だと思ってるんだろう。出してるよ、活き活きとした声)」

*

「(タイガーモス号の中は平和でいいよね。みんなかわいい。芋の皮むきしちゃう)」
「……」
「んー……」
「……」
「私ならルイとシャルルとアンリの誰かなー……」
「……」
「シャルル筋肉凄いしね……」
「……」
「やっぱドーラさまかな……」
「だろうな」
「……」
「……」
「見張りも憧れるよね」
「……」
「『でもパズーが冷えるわ』『平気さ』……みたいなこれ」
「やりたいのか?」
「やりたいって言ったらやってくれるの?リゾットちゃんが『……だがお前が冷える』って言うの?それで私が『平気よ』って?」
「俺が上着を渡されるのか」
「リゾットちゃんしかいないよー」
「……」

*

「(あっ、見張りの帆が撃たれた)」
「(まあ、撃たれるだろうな)」
「(あーっ飛ばされるー、これもう、あーでもラピュタきれいなんだよねえ)」
「……」
「これもうムスカ……」
「……」
「そういえばムスカって32歳なんだよ」
「32歳」
「うん」
「……」
「リゾットより4つ年上」
「……」
「生え際のことは言わないであげて」
「何も言っていない」
「うん、知ってる」

*

「(人がゴミのようだ)」
「……」
「(あああシータちゃん細いかわいいムスカロリコン疑惑かけられちゃうね)」
「(こういうギャングはよくいるな)」

*

「(経年によって蔦が茂ったというより、なんらかの防御装置のように見えるな。うまい具合に隠したものだ)」
「……」
「……」
「(『ははは、どこへ行こうというのかね』)」
「(ああ……負けるな)」
「ムスカ輝いてるねー」
「そうだな」
「額じゃなくてね」
「何も言っていない」
「うん、知ってる」

*

「これもやってみたい」
「"届くか届かないか絶妙な幅の壁を挟んで物品の受け渡しをする"?」
「やってみたくない?あー……やったことあるかな?私はないのよ」
「俺もないな」
「私だったら何かな?一番私っぽいもの……おっぱいは無理だからチョーカーかな?渡しづらいね。リゾット、私のチョーカーを持って逃げてー!」
「……」
「おおお……少女立たせて拳銃向けるとか……これなー……やられてみたいもんだわ」
「誰に?」
「誰だろ?」

*

「これこれ……おさげをね……私も一度はやられてみたいもんだわ」
「……」
「リゾット、拳銃使える?」
「俺だけでなく、全員が使える」
「そらそうか。撃ってるところ見てみたいけど、リゾットが拳銃使うような状況には立ち会わないよなあ……憧れるけど……」
「(俺に自分の髪を撃たせたいのか?)」
「きたっ、3分間だけ待ってやろう!」
「(ああ……負けるな)」

*

「(バルス)」
「(バルス)」
「(今リゾットちゃん頭の中で『バルス』って唱えたかな?もしそうだとしたらそのリゾットちゃんは何てかわいいんだろう。その呪文を固めて丸めてよーしよしよしよしって愛でたいリゾットちゃん可愛い……)」
「……」
「……」
「飛行石が放つ光が目をつぶすわけではなさそうだな」
「ムスカの目が光に弱いっていう説もあるし、たぶんそうだと思う。本体の光があんまり強いのかもしれないけど、ほら、ムスカサングラスしてるし」
「なるほど」

*

「これねー……」
「……」
「私いっつも見つけられないんだけど、今の落ちる岩の中にムスカいるんだって」
「いた」
「えっ」
「…………戻すか?」
「……ううん、いい」
「……」
「リゾットすげー……」
「……」

*

「さっきの『人がゴミのよう』な場面だけどさ、軍人さんたち、ああいう死に方は嫌だっただろうね。私だったらやだなー……」
「そうだな」
「どうしよう、私があのハゲだったら……ああー死ぬ道しかねえ……」
「お前が将軍だったら、黄金には目もくれずラピュタの風景を眺めたあと、ムスカを好きなようにさせて自分はゴリアテに戻って食事をしているだろう」
「……」
「ラピュタ下部から海に放り出された軍人たちの情報を受けたお前は、一緒に食事をしていた信用のおける部下に指示を出してムスカを置いて全力で逃げる」
「……」
「死なないな」
「そうね……」
「さらに、お前が将軍だった場合、おそらくドーラ一味はお前とグルだ」
「……」
「……」
「(時々思うけど、私、みんなに買いかぶられすぎてると思う)」

*

「……どうだった?ラピュタ」
「初めて見たから興味深かった。ロボット兵はどういう風に造られているんだろうな。あの呪文を口にしたあと、近くにいたロボット兵は稼働したが、もちろんラピュタにいるロボット兵は動かない。その範囲はどれくらいなのだろう?」
「(やっぱり射程が気になるの?)」
「フラップターもとても面白い。最高速で6分間の無音飛行。……ふむ……」
「(やっぱそっちよね)」
「お前が気に入っているあのシータ救出のシーンは……」
「うん」
「それしか方法がなかったら確かにそうするだろうなと思った」
「そうだね、それしか方法ないもんね」
「できればお前には逃げ場のない方には行ってほしくないんだが……」
「私も行きたくないよ。どうしようもなくなったら一番高い所に行くね。そしたらああやって助けてね」
「どうやるか、が問題だな。フラップターだからああ気軽にできたが、今の技術では小型のヘリが精いっぱいだろう。まさかパラグライダーというわけにもいくまい。となると、梯子を下ろしたうえで……」
「もう私がその梯子に掴まるしかなくね?」
「速度があるから難しいんじゃないか?」
「リゾットはイケるよね」
「さすがに最高速度で飛行されたら無理だ」
「それそのヘリあんたを助ける気ゼロだよ」
「そうだな。……お前は……握力が弱いから、ホバリングして梯子に手足をひっかける時間を与えたとしても素早く上って来られないし、追手の都合上発進することになったら掴まっていられるかも不安だな」
「そうだね。私、たぶん自分の体重支えられないからね。えーっと、握力の合計が体重に行ってないと支えられないのよね?」
「そうだな」
「(逆上がりが難しい私)」
「……」
「圧倒的に足りないわ」
「だろうな」
「これはおっぱいのせいよ」
「そうか」
「おっぱいがなかったら!おっぱいが!……Fカップがなかったら軽いのよ!ちょっとおっぱい持ってみて!重いから!」
「……」
「これ!この状態!私いま体重が軽くなりました!」
「そうだな」
「(どれに対する相槌?)」
「はあ……」
「……」
「もうリゾットが助けてくれるのを待ってる」
「……」
「梯子が下りて来てもしゃがんで待ってる……リゾットが下りてきてくれるまで待ってる……」
「そうしてくれ」
「なんかリゾットなら梯子使わないで飛び降りてきそうね」
「そうか?」
「イメージだけど」
「お前は階下から追ってくる敵に自分の靴を投げていそうだな」
「そう?」
「投げるものがなくなったら隅に寄って、その無―――……、有り余る語彙で敵を罵倒していそうだ」
「(今無駄って言いかけたな)」
「ただのイメージだ」
「沿えるように頑張る」
「沿わせないように努力しよう」
「どっから?」
「お前がひとりで屋根の上に逃げるような状況をつくらないところから」
「まったく心配ないね」
「九割はな」
「ん?一割は?」
「俺以下9人が全員出し抜かれてお前から遠ざけられ、スタンドを封じられ敵が好き勝手に動くのを許し、お前がひとり建物を上に上にと逃げることになる可能性がないわけではない」
「そうね。ないわけじゃないわね」
「敵から隠れているのでなければ、呼んでくれ」
「リゾットー!!って?」
「そうだな」
「シータばりに?」
「そうだな」
「じゃあリゾットは、ポルポー!って応えてくれるの?」
「そうだな」
「(叫ぶところが想像できない。頭を切り飛ばすところしか想像できない)」




(リクエスト『ポルポシリーズで日本のアニメを見ながらの会話文』に代えさせていただきます)
(リクエストをありがとうございました)