暑苦しさが


スリッパがわずらわしかったので脱いで、裸足になって、クーラーの効いた自室から出た。仕事中は暑苦しくて集中できない、なんてことがないように冷風をまわしているが、部屋の外は大きな窓を開け放ったり換気扇を回したり、空気を循環させるようにしているから、からりと暑いだけで不快ではない。湿気の問題もあるのかも。日本はじっとりしてるとかいうもんね。
「お」
階段を下りてびっくりした。
大きな窓の近く、風が入って一番気持ちのいい位置に、ジョルノ様にお願いして日本から取り寄せてもらった籐編みの寝椅子がある。使うのはもっぱら私で、仕事に飽きた時や音楽を聴きたい時にだらーっと横になって趣味に耽るのだけど、そこにリゾットがいた。
おやつの時間に呼びに来ないと思ったら、ここでのんびりしていたのか。涼しいもんね、その椅子とポジション。
近づいて、顔を覗き込む。本当に眠っているわけではないだろう。でも、目を閉じて穏やかに呼吸していた。これが29歳の色気か。
まつげといい、薄く開いた唇といい、軽くお腹の上で組まれた手といい、寝椅子の長さを補うために同じ籐でつくられた足載せにのせられた足といい。その脚も、開くのではなく、組むまではいかず、片脚の上に片脚がのっかるようになっている。この脚の合わせ目に潜り込むコロボックルになりたい。
ぴと、とリゾットの頬に手の甲をくっつける。私の身体はクーラーで冷えているから、普段以上にリゾットをあたたかく感じる。
頬がひんやりしただろうに、まったく気にせず睡眠を選ぶリゾット可愛い。あぁあもう可愛い。どうしよう。
この椅子で寝てることも可愛いし、どういう流れで寝ようと思ったのかも気になる。ていうかリゾットこの季節でも長ズボン履いてて暑くない?半ズボン履いてるリゾット見たことない。さすがに夏まっさかりなので、シャツは長袖じゃなくて半袖だ。6月の半ばまで長袖のワイシャツを着ていて、たまに「……暑いな」って言ってたのも可愛かったけど(暑いなら着替えなよって思ったけど可愛かったから黙ってた)、いよいよ暑さに負けて(勝負してたわけじゃないというのはおいておいて)薄い半袖のTシャツをひっぱりだして来た時はもう、着替えているところを食い入るように見つめてしまった。いや、私が横になっている時にリゾットが着替えはじめたからね。見るしかないよね。がっつり見た。かわいい。Tシャツかぶって、頭を出して、袖に腕を通したリゾットが本当に可愛すぎて布団の中で死にかけた。
「リゾットかわいいなー……」
見ているだけで元気チャージ。
薄っすらと額や首に汗をかいているところも非常に、ディ・モールト、可愛い。これですよ、夏はこれ。汗ばむリゾット。
あああリゾットかわいいうあああ。
可愛すぎたので床に座り込んで、あっ床って冷たいな。べたりと横になった。
しばらく身体を、さむい、と思うくらいまで冷やして、立ち上がって、リゾットをまたいだ。ゆるやかに上下する胸に顔をくっつけて、身体を預けて、夏なのにこの密着。暑苦しい。だがそれが楽しい。安らかに寝ているリゾットには非常に申し訳ないが、どうしてもやりたくなったんだ。冬のアイス、夏のラーメンと同じように。いや、リゾットとの密着は年がら年中好きなんだがね。
リゾットは眠っているから、もちろんその手は私の背中にまわったりしなくって、この距離感。これこれ、これがいいんですよ!私は頬をすり寄せて目を閉じた。
「ごめーん、これ私ばっかりたのしい……」
呟いて、暑いなあと思いながらそのままでいた。私よりリゾットのほうが暑かったと思う。

暑いなーというより、安らぐわー、と思って目が覚めた。よく寝てたな私。
明るさは、さっきとそれほど変わらない。イタリアは日が長いからなあとは思うけど、そう長い時間は経っていないだろう。
リゾットは起きただろうか、と腕に力を入れて身体を起こすと、変わらずすやすや目を閉じていた。眠っていると言いきれないところがリゾットクオリティ。
見ると、私がくっついていたシャツの部分がぺたりと汗でぬれていた。私か。ごめん。あるいはリゾットだ。ふたりの汗でカクテルでも作るか?え?ごめんいま私ものすごくキモいこと言った。黒と黒が混じっても黒にしかならねえよな、ごめん。
よいしょとリゾットからおりて、ぺたぺたと裸足なのでどうしても立ってしまう足音をくっつけてトイレに行って、手を洗って、ぺたぺたと足音をひっつけて戻ってきた。またリゾットに乗っかるのは悪いかなー。でも気持ちよかったなー。
リゾットを見下ろしながらものすごくものすごく悩んだ結果、さすがに二度は申し訳ないなという結論に至った。一度でも暑苦しかっただろうなあと思ったので、部屋からうちわを持ってきた。寝椅子の隣にスツールをひっぱる。
「(そーの、眉間のしわに、まあしわ寄ってないけど、えーっと、そよかぜを……)」
リゾットの前髪とか、シャツとか、ズボンとかをそよそよと扇ぎながら午後の時間を過ごした。手が疲れたら、リゾットの手の上に手を乗っけて色々なことを考えた。好きだなあとか、好きだなあとか、好きだなあとか。

冷製パスタとサラダとスープとパンと、季節外れもいいところなポットパイをつくった。ポットパイはリゾットが食べるかわからなかったので、焼くだけ焼いて、自分のぶんは穴を開けて冷ます。
カトラリーをセットしたあたりで、リゾットが起き上がった。このまま丸一日寝っぱなしになるかと危惧していたから安心した。
「おはよー。シャワー浴びる?」
「……お"そ"よう」
「う、うん、おそよう」
そういう洒落とかいいから、君は水分を摂るべきじゃないかね?よく脱水を起こさなかったね。私もお水あげればよかったね、ごめん。あっなんか草花と同じ扱いをしてしまった。
見ていると、リゾットはいつもより遅い動きで洗面所に向かった。ざー、と水音がして、しばらくして、きゅ、と蛇口が閉められた。ぱち、灯りが消されて、ぱたり、ぱたり、とスリッパの音がする。
「(足取りも遅い……)」
大丈夫なのかなこの人。変温動物だから夏は夏で動けなくなるのかな。一昨年以前までどうやって過ごしていたんだ?去年はここまでじゃなかったんだけど、年なのか?年齢のせい?2歳差ってそんなにデカいか?
席に着いたリゾットのグラスにお水を注いで、ボトルのキャップを閉めたところで手が滑ってそれを取り落としてしまった。床に対してほぼ垂直に落下するボトル。うおあっと反射的に身をすくめて、狭まった視界にリゾットの手が入った。
びっくりして息が詰まった。えっこのひと、落ちるボトルを途中で掴んだ?
「(誰だよ夏は夏で動けなくなるのかなとか言ったやつ……)」
私だ。
リゾットは何も言わずに立ち上がって、私のグラスに水を注いで、ボトルのキャップを閉めて、それをテーブルの端に置いた。
「あ、ありがとう……」
Mr.&Mrs.ネエロかよ。夫婦じゃないし、プロなのはこの場合夫だけだけど。

フォークとスプーンの動く速度ものっそりしていた。なのに所作が綺麗で間延びしないのは、リゾットさんだからなのだろう。ポットパイは食べていた。物言いたげな視線が向けられたので、「あの、ちょっと食べたくなっただけだから、無理しなくていいよ、私たべるし……」と後ろめたくないのにおろおろすると、リゾットは小さく首を振って、「このためだけにパイ生地を捏ねたお前の、食に対するこだわりを改めて感じただけだ」と言われた。う、うん、捏ねたけど、決して褒めてないよね、それ。
「ご、ごめんね……」
安眠を邪魔した自覚も、食卓の調和を乱すメニューをつくった自覚もあるので、非常に申し訳なかった。
リゾットが気だるそうだったのもあって、つとめて話をしないように気をつけた。気だるそうなリゾットを見ていたらあっという間に食べ終わってしまった。リゾット可愛い。デザートに、冷凍しておいたみかんのゼリーをつくっておいたので、それを出して洗い物をした。手を拭いてテーブルに戻ると、心なしか、リゾットの手つきに速さが戻っていた。私も食べた。つるんとしていていいですね、ゼラチンはいいやつだよ。

シャワーを浴びて、パジャマを着ると寝苦しそうだったので袖のないゆるいワンピースタイプの寝間着をかぶった。
怒ってるのかなリゾット。昼寝しているところに乗っかって数十分寝ちゃって、そのあともうちわで遊んだり安眠妨害しまくったもんね。リゾットが怒っているところを想像できなかったけど、もしかしたら今まで怒っていたけど私が気づかなかっただけかもしれない。怒ってる?って訊くのやめようかな。怒ってても、リゾットは怒ってないって言いそう。いや、……そうか?そうだな、怒っている、って言いそうだぞ。アレ?
リビングに戻ると、ソファに座ったリゾットがぺらぺらと私の雑誌をめくっていた。ただのゲーム情報誌ですみません。
「私、先に横になってるね」
今日は夜もとくべつ暑くて、いつもの時間に布団に入ったのでは、暑くてなかなか寝付けないかもしれない。
「早いな」
やったリゾットの意外そうな表情ゲット。じゃ、ない。
「夏は寝つきが悪いから、早めに寝ようと思って。……あの、今日、寝てるの邪魔してごめんね」
「いや、邪魔をされたとは思っていないし、まったく影響はなかった」
リゾットがそう言うのならそうなんだろう。それならどうしてあんなに動きがぐだーっとしていたのかな。バテてたのかな。夏バテ?夏バテだったらもっとごめん。ポットパイ、すごいごめん。無理しなくていいんだよ。明日は食べやすいものつくるね。

一足先に布団に入って、タオルケットをお腹のあたりまでかけてうとうとしていると、リゾットが部屋に入ってきた気がした。もうそんな時間か、やっぱり寝つけなかったな。リゾットの枕とベッドの隙間に顔突っ込んでてすみません、ここおちつくんです。
眠くて唇が重い。身体を動かすと眠気が飛んでしまう気がする。
私がぷすぷすと、寝息に変わりつつある息を吸ったり吐いたりしていると、そっと肩を押された。あ、はい、スペース的に邪魔ですよね、すみません。わかってはいるけどこの微睡が気持ちよくて気持ちよくて。
「りぞっとー……」
邪魔だったら私をごろんと転がして壁際に寄せてください、と言いたかった。言えなかった。二重の意味で。
私のすぐ隣にリゾットの気配と体温と呼吸が近づいてきたので、眠るのかと思ったら、私の腕の位置が修正されて、身体の横に下ろされた。それから、ふー、とリゾットが息をついて、ゆっくりと私の上に寝転んだ。
「(重っ……)」
冬の羽毛布団と毛布より重いよ。当然か。それより軽かったらリゾットの天使疑惑がいよいよ濃くなる。†漆黒の堕天使†さんがログインしました。
息をするのも重くておっくう。でもこれリゾット?リゾットが私の掛け布団になってくれてるってこと?え?
眠い頭で頑張って考えて、おお、と脳内で手を叩いた。昼間の仕返しか。
でもこれご褒美だな。重いけどご褒美だな。むしろ重みが加わったことで呼吸がゆっくりになって寝やすいかもしれない。
すぐ近くにあるリゾットの肩にすり寄って、なるほどこのために腕を下ろしたんですねリーダー、と自由な手をリゾットの背中に置いた。
「あこーもっだてーび……」
それが私の最後の言葉だった。グッナイ。
ちなみに、朝目覚めてもまだ重かった。気を遣ってくれたのか、寝る前とは反対側の半身+3割が重かった。そんなリゾットは眠れているんだろうか。私は汗をかいていたし、リゾットも汗をかいていたけれど。
まあ、いいか。