「もうしわけごじあません」


アジト、年長2人と次年長2人を前にプレゼンめいたことを行っていた私。
パワーポイントもホワイトボードもないけど、4人に資料を渡して、各自必要と思った説明を書き留めてもらっている。4パターンの書類をつくるのが面倒だったんじゃないよ。なんかほら、着眼点が違うかなって思っただけだよ。ほんとに。ほんとだって。くそっ本当なのに念を押すほど嘘っぽくなる。本当なんだよ。
「ポルポ、こいつぁかーなーり派手になるけど、火薬の量に指定はあるかい?」
手を挙げたソルベが紙面に目を落としながら訊ねる。所持している美術品が贋作ばっかりだってばれたくないから強盗のふりをして炎上させてほしいっていう依頼だ。殺人以外も引き受けているんですよ。
「ないよ。でも、もちろん延焼しない程度に収めてくれるわよね?」
「そこについてはご心配なく。ってーと、ちっと買い足さねえといけねえかな。今日あたり仕入れとくぜ」
「心配してないけどね。あぁーっと、一個だけ本物があるの、気をつけてね」
「あぁ、えーっと確か……」
ジェラートが資料のページを戻ろうとしたので、名称を憶えていた私はジェラートの言葉に重ねた。クシシュトフ・キェシロフスキの絵ね。
「クシシュトフ・シェシェロフシュキの――」
「……」
「……」
「……」
「……」
やばい、と思った瞬間、全員が一斉に顔を上げて私を見た。かあっと顔が熱くなる。笑ってくれたらいいのに、こんな時ばっかりソルベもジェラートも真顔で私を見ている。プロシュートもリゾットも。でも私大人だからね。冷静にね。
言いなおす。
「クシシュトフ・キェシロヒュシュキの、……、……絵」
ソルベの肩が震えた。ジェラートが小突く。いいから笑えよ早く。それでこの空気を流してくれよ。
片手で額を押さえる。顔が赤い。絶対赤い。大人なら流して。言い直したんだから流して。直せてないけど流して。ね、大人でしょ?
「俺の資料だとインクの滲みで読めねえんだが、なんて画家っつった?」
プロシュートが追い打ちをかけてきた。ぎっ、と睨むとにやりと笑われる。聞き取れなかったんだよ、悪いな。
「ク、シ、シュ、ト、フ、・キェ、シ、ロ、フ、シュ――」
にやあーっと笑うプロシュート。端正な唇が嫌味ったらしく動く。
「"シュ"?」
「"ス"!」
「最初から言えよ」
「なんでだよ!もうゆるしてよ!ソルベ、ジェラート、ていうかもう理解してくれたでしょ!?私がなにを言いたいか伝わったよね!?」
ぷくく、と笑いを堪えきれていないソルベとジェラートに、ばん、とテーブルに手をついて訴える。2人は顔を見合わせて、ちょっと潤んだ目にたっぷりの笑いを含ませて首を振った。
「ワリイ、間違いがあるといけねぇからさ」
「もう一度教えてくんねぇかな?クシシュトフ……ナニさんだっけ?」
クシシュトフのほうは言えるんだよ!そっちじゃねえだろ!おのれ!
私はテーブルについた手をぎりぎりと握りしめた。プロシュートはにやにやしてるし、リゾットは真顔で促してくるし、ソルベとジェラートは手で口元を押さえて必死に笑いを堪える体勢。この謎の一体感。おねえさんを追い詰めないで。誰得。これ誰得。
すう、と深呼吸。歯を食いしばって脳内で復唱。イケる。
「キェシロフスキ!クシシュトフ・キェシロフスキの絵!」
言い切った。できた。私ってやればできる子だから。ものすごく安堵していることは秘密にしておこう。
ほっ、と息をついて、ゆっくり背筋を伸ばす。
「……解った?」
「おー、解った解った」
「悪ぃな、女王さん、っく」
「やーめろよジェラート、可哀そうだろ?っぶふ」
なんで大笑いしてくれないんだよ。中途半端すぎて私が本当に居た堪れないだろ。ここはひとつガツンと、仕事仲間をからかうなと言うべきだろうか。もう、手間を省いてあげようなんて考えるんじゃなかった。つけいる隙を与えるなんて、迂闊すぎた。
心を落ち着かせようとコップを取る。
「お前ら真面目にやれよ」
「あんたが言うな!」
プロシュートふざけんな。水飲んでなくてよかった。噴きかけるかと思った。なに白々しく言ってんだよ。

気を取り直して資料の5ページをご覧ください。
私はかなり脱力して、片脚に体重をかけて片手を腰に当てる休めの姿勢を取っている。もうやだこいつら。
「プロシュートとリゾットは、今回は見せしめってことでお仕事お願い。えー、ビャチェスラフ・チーホノフをリゾットが。ヤン・シュヴァンクマイエルをプロシュートが。2人とも同じ会合に出席するので、どのタイミングでもいいから、散会までにやっちまってください」
「逃走経路は次のページのこれか?」
「そう。別棟でパーティやってっから、プロシュートはその参加者に紛れられるんじゃないかな?無理でもそのまま出ていけるようになってる」
「だろうな。テメー、そーいうトコはマメだからな」
「私、何事においてもマメだと思うんだけれど」
「おい、こいつがなんか言ってんぞ」
話を振られたソルジェラが全開。
「ワーリィ、聞いてなかった」
「どんな贋作が並んでんのか楽しみだなって話してたからさあ、悪い悪い、何の話?」
プロシュートがくい、と顎で私を示して、2人の視線が私に向く。もうこうやっていじめるのやめてくれるかな。
「なんでもないです」
悔しい気持ちが声に滲み出すぎたのか、ソルベが笑った。ジェラートも笑った。カッワイー!って言われたけど嬉しくない。可愛くなくていいわよ。悔しくないしね。
やっぱり悔しかったのでプロシュートにイー!しておいた。鼻で笑われた。いくつだ、テメー?26歳ですけど。……ハ。
ハ、てなんやねん、ハ、て。イケメンだからって何でも許されると思いクマー!
ばちばちとプロシュートと視線でやりとり(できないので私が一方的に思いをぶつけているだけだけど)していると、ポルポ、とリゾットの声がかかった。はいはい、仕事?さっくり気持ちを切り替えて背筋を伸ばす。テーブルに置いた資料を取り上げてリゾットを見る。
「なに?」
「ターゲットのことなんだが、チュヴァンクマイエルというのは、……」
「……」
「……」
「……」
「……」
ガン見。全員の視線がリゾットに突き刺さった。沈黙。
リゾットは私と合わせていた目を、そっと逸らした。今この人、シュをチュって言った?噛んだ?恥ずかしくて逸らした?
急速に胸に広がった桃色やらオレンジやら青色やら混じり合った例えようのない感動(ひとはそれを萌えという)にめまいがした。やだこの子噛んだ。
あまりの衝撃に硬直していると、トン、とジェラートが数枚の資料の角をそろえた。ソルベが肘をつく。
「リゾット、そんでヤン・シュヴァンクマイエルの生家がなんだってんだ?」
「そろそろ女王さんのスプンティーニの時間だし、ちゃっちゃか進めようぜ」
「おいおいおいおい!!」
どうしたんだい、と私を見る2人。どうしたんだいじゃねえよ。
「なんで私の時はしっつこく追及したのにリゾットのはスルーするんだよ!?どう考えてもリゾットのほうが可愛いしオイシイしキュンとくるよね!?」
いやいや、とソルベが手を振った。
「リゾットの言い間違いを追及しても面白くねえし」
「可愛いかもしんねえけど面白くねえし」
「あんたらは0か1しか知らないの!?」
「そんだけ知ってりゃいいんじゃねえの?女王さんカッワイーな」
「ポルポの可愛さなんて最初から知ってんだろジェラート?ポルポが喜ぶ言い方すっと、俺ら、リゾットの言い間違い聞くの珍しいことじゃねえし」
「えええ!?」
慣れてるの!?リゾットが言葉を言い間違える、もとい、噛むことに!?
「そ、そそそそれ詳しく!」
「おいポルポ、仕事中に私事持ち込んでんじゃねえよ」
正論すぎてプロシュートむかつく。イケメンかよ。イケメンだわ。
「ごめん、後にするわ。えっと、それでリゾッ、……リ、……う、ぷふ、リゾットちゃん、シュヴァンクマイエル家がどうしたの?」
「……」
「聞いてる、きいてるから言って」
だめだリゾット見ると可愛すぎて笑ってしまう。ごめん。
リゾットは小さく咳ばらいをした。意外なことが連続して湧き上がった激情に耐えきれず生唾がこみあげてきたので嚥下。私の目、獲物を狙う獣のそれになってない?大丈夫?冷静沈着なポルポさんでいられてる?
リゾットと目が合う。
「("失敗した")」
なんかヤッチマッタ系の感情が乗ってる気がする。気のせいかな。私の願望かな。なんでもいいや可愛いから。

リゾットが話している間じゅう、穴が開きそうなくらい彼を見つめてしまった。これ私が悪いのかな。それともリゾットが可愛すぎるのが悪いのかな。イーヴンでいいよね?
もう一回噛まないかなーとちょっと期待してたけど、結局プレゼン会議終了まで一度も噛まなかった。なんかひと言ひと言、語尾にいつも以上にきちんと力が入っていた気がする。発音が明確だったし。もしかして意識してたのかな。なにそれ可愛い。持ち帰りたい。まあ今リゾットは私の隣にいるんですけどね。いや比喩じゃなく。