しろくろまだら


白猫黒猫斑猫。
ホルマジオの部屋には3匹の猫がいる。ホルマジオの猫だ。たぶん、この白猫は紙面で瓶に入れられてしまっていたあの子だ。
今年の初めに、なんかくっついてきちまってよォと猫をひっつけて帰ってきていたから、それから飼い方を勉強してこっちのアジトに引っ越す時も連れてきたのだろう。にゃんこにゃんこ。
私は彼らに会うために、かなり頻繁にホルマジオの部屋を訪ねている。この間リゾットにホルマジオの部屋から出るところを見られて不思議がられた。まさか猫のためにほぼ日参してますとも言えなくて、ちょっとね、と誤魔化した。どんだけ猫と触れ合いたいんだ私は。こんだけ触れ合いたいんだよ私は!
でも私は生き物を飼ったことがないから(フーゴたんは野良にゃんこだし人間だし)、飼う勇気もなく野良猫と戯れるしかなかった。
それが、しかし、そこにホルマジオが!ホルマジオの猫がいるとなったらもう!触るしかないだろ。
今日もホルマジオの部屋の戸を叩く。開いてるから好きに入って来いよと言われてはいるのだが。
「お邪魔しまー」
す。
「勝手に入って来いっつってんのに、律儀なヤツだよなァオメーも」
「だってホルマジオがエロ本読んでたら悪いじゃん」
「そーいう気遣いは出来んだな」
「できるのよ。はい、これ、つまらないものですが」
「いえいえどーも、……っつーかよォ……」
小芝居にノッてくれたホルマジオは、私からケーキ屋さんの箱を受け取って、ため息をついた。私は足元に近づいてきたにゃんこたちに夢中。ひゃー、白ちゃん可愛い。斑たんのしっぽが私の脛をくすぐってひゃんひゃんかわいい。
ホルマジオは皿とフォークを出して、箱を開く。私のぶんとホルマジオのぶん。
「どっちがいい?チーズケーキとショートケーキにしてみた」
「オメーまさか俺の名前にひっかけたつもりか?」
「あっ……全然考えてなかった。そうすりゃよかったね。ふぉるまっじお」
「あァー、ま、食いモン前にしてオメーがそんな複雑なこと考えられるワケねェか」
「失礼じゃない?」
確かに、自分でも単純な思考だとは思うけれど。
猫がすたっと私の膝に乗っかってきた。やったー!撫でたりくすぐったりして2匹と一通りじゃれる。
「リゾットちゃんは相変わらずクールねえ」
「リーダーの名前で呼ぶなっつうの。あいつは黒だって何度言やァいいんだ?」
「ホルマジオもリゾットっぽいって言ってたじゃん。あ、チーズにするんだ?」
「言ったぜ、あんまり愛想がねェからなア……」
ホルマジオがホレホレとにゃんこたちを散らす。私は立ち上がって、ホルマジオの向かいの席に座った。ショートケーキとフォークが置かれて、ホルマジオは自分の椅子の背もたれに手をかけていた。見上げると目が合う。
「オレンジジュースでいーか?」
「うん、ありがとう」
私が猫目当てに頻繁に押しかけるようになってから、毎回持参している手土産へのお礼のつもりか、それとも私への心遣いか、どっちもだと思うけど、ホルマジオの部屋の冷蔵庫にはオレンジジュースがキープされている。ホルマジオも毎朝一杯飲んでいるらしいから、賞味期限の心配もない。マジオは甘いものが嫌いじゃないので、ジュースの消費が苦じゃなさそうで良かった。意外とうめェよなって言ってるし。朝飯代わりになるし、って言ってた時はもっとちゃんとしたもの食べろよって思ったけどホルマジオジョークだった。
猫に毛糸の玉を投げてやって気を逸らしたホルマジオは、ケーキにフォークを入れる。
「オメーの目利きも大したモンだよなァ」
「ん?」
「今まで一ッ度も土産が被ったこたあねェし、そのどれもちゃんとした味だろ?」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。私とホルマジオの味覚が近いのかもね」
「かもなァ」
ショートケーキのてっぺんからイチゴがころんと落ちたので、私はそれをさっくり刺してホルマジオに差し出した。
「……なんっだかんだ、オメー、そのイチゴ誰かにやってるよなァ……」
「あーん」
「……あー」
てっぺんのイチゴって誰かにあげたくなる。
ホルマジオはイチゴを飲みこんで、お返しにとチーズケーキをひと口くれた。ありがたくいただく。クッキー生地がおいしいよね、チーズケーキ。
「ものっすごくうめェから言いづれーんだが」
「うん」
「毎回持ってこなくていいんだぜ、マジで」
「やっぱり迷惑かね?私もさすがにほとんど毎日……連続、だから逆に悪いなって思ってた」
「迷惑じゃあねェよ。うめェし。だが、これで3日連続だからな、今週」
「だよね。飽きた?」
「っつーか……」
おいしいというのは本当なのだろう。ケーキを食べる手は一定のペースだし、食べ始めてから2回も、センスいいなって褒めてくれた。
「ショートケーキ、ひと口食べる?」
「お、食う食う」
微妙そうな表情で言葉を選んでいたホルマジオのほうにお皿を押しやると、ホルマジオはぱっと頷いてフォークを刺し込んだ。甘さ控えめでイイな。気に入ったようだ。もうひと口さっくり行っていた。代わりにチーズケーキをひと口くれた。やったー。
で、ナニ?
「オメーと違って俺は余分なカロリーは消費しねェと太るんだよ」
なるほど。
「太ったの?」
「いや全然」
「運動量増やしてるの?」
「いや全然」
「お腹の調子悪くなったの?」
「いや全然」
「やっぱり飽きた?」
「いや全然。オメー、毎回味変えてくるし、チップスの時もあるし、楽しみにしてるぜ」
じゃあ何が問題なんだよ。
「問題ねェんだよなァ」
「ないじゃん」
「ねェんだが、今までこんな短ェスパンで間食してたことがねェから、なーんか違和感があるっつーか」
そうかもしれない。パッショーネにいた時は二週間に数回くらいのペースだったし、おやつを持っていくこともあんまりなかったもんね。ホルマジオと私が2人でテーブルに向かい合うのは引っ越してからだし、猫恋しさにこのひと月くらいは頻度が高かった。
「あ、じゃあ連絡するよ。今までふらーっとホルマジオの部屋にお邪魔してたけど、食べたい気分かそうじゃないか、相談しよ」
「俺はいつでも食いてェよ。オメーの持って来る食いモンうめェんだもん」
「私にどうしろっつうんだ」
お互いお皿を空にして、膝に飛び乗ってきた猫を片手間に可愛がる。ホルマジオは両手で猫を抱き上げて、かりかりかりっとその顎の下をかいてやっている。
「気分じゃなくて、ナニを食うか相談しねェ?」
「あら。それでいいならそうしましょっか。ごめんね、今まで勝手に持って来てて」
「謝る必要はねーって」
そう言ってもらえると。
お皿もそのままに猫に没頭。ホルマジオも、猫が肩に上ったりしっぽをゆらゆら動かすのに任せたまま肘をついている。お互い無言。
「……そーいやァ、土産より気になってっことがあんだけどよォ」
「うん?」
斑猫が膝から降りていってしまった。顔を上げる。
「オメーさあ、リーダーになんて言ってここに来てんだ?」
「"ホルマジオんとこ行ってくる"」
「だからか……?」
ナニが?
身体ごと向き直ると、ホルマジオが頬杖をついた。いやァ、な?
「俺んちでナニやってんだって首かしげてたぜ。今月は一週間の4日は来てんだから、いい加減内容伝えとけや」
それもそうか。暇見つけてはこっち来てるもんな、最近。
「でもホルマジオが言ってくれたん、じゃないの?そん時に」
「言ったぜ、息抜きに来てんだってよ、って」
「そしたら?」
「もっと首かしげてた」
そりゃそうだろうよ。ホルマジオの部屋でどんな息抜きしてんのか謎すぎるだろ。リゾットはホルマジオが猫飼ってることを知ってるのかな?忘れているのかもしれない。憶えていたら、ああ私だしな、って納得するだろうし。
「訊かれたら言っとく」
「訊かれる前に、俺んとこ行ってくる、じゃなくて俺んとこの猫と遊んでくる、に言い換えりゃいいんじゃねェの?」
「憶えてたらそうする。にゃんこのことを考えるともうわくわくしちゃうからさー」
「鳥かオメーは」
「あんまり頭良くないのよ、あはは」
「よく言うぜ」
今のは褒め言葉の一種なのかな?褒められたのかな?
褒められたことにしておこう。私は立ち上がって、キャットツリーのてっぺんでゆらんゆらんと揺れる黒いしっぽを目指して一歩踏み出した。