俺があんたであんたが俺で


知らない天井なんだけど。隣にリゾットもいないんだけど。ていうかここどこだよ。マットレス硬すぎるしこれもうせんべい布団ってレベルじゃないよ。ねえこんな薄い掛け布団でやってられるの?この季節これでいいの?ていうかここどこだよ!!
朝起きたら知らない部屋にいた。いやいや、まさか成り代わりだけでは飽き足らず私は異世界トリップまで果たしてしまったのか?色々な可能性が駆け巡って、ばかな、と呟いた自分の声にびっくりした。私の声じゃない。
「あーあーあー、……メ、……メローネ!?」
私の声がメローネのものだった。起き上がって(腹筋で起き上がれた感動)手を、脚を見てみると私のものじゃなかった。男のだ。メローネの手ってよく見たらこうだったのか。へえ、頭脳線長い。感情線がうすいのはなんか触れてはいけない闇を感じさせるね。指綺麗だな。爪の状態もいい。相変わらず殺風景で生活感のない部屋に住んでいるのに、栄養状態はばっちりみたいだ。計算してそうだしね。メローネとソルジェラとリゾットから滲み出る、"食事は栄養素の補給"感。食事を食事として楽しまずに栄養素を摂取できそう。口の中に入れた食べ物がどの味蕾に刺激をもたらしているのかを冷静に分析しそう。だから味とかどうでもよさそう。まあそのくせ料理うまいんですけど。ていうか今のは全部私の妄想ですけど。
「なんで私がメローネになってんだよ……」
関係ないけどメローネがパジャマではなく下着とシャツだけだったの笑うかと思った。お前、その状態で眠っていて敵襲に対応できんのか?できるんだろうなあ。いざとなったら全裸でも戦えるんでしょ?さすが企業戦士ならぬ暗殺戦士メローネ。頭脳も肉体もキレッキレですね。

ベッドの上で止まっていても仕方がないので、降りるか、と床を見た。おお、スリッパがあるよ。なんだろうか、私の家でスリッパの習慣がついて、家でも、着替えるまではそうするようにしたのかな?とりあえず使わせてもらおう。あと、さっきから気になっていたのでパンツの中を覗いた。おお、ご立派さま。やっぱり健康な成人男性だしね。朝立ちするよね。グッモーニンチンコ。うん下品だった。
「んー……」
声がメローネだから落ち着かないなあ。トイレに行きがてら、自分の腕の届く範囲と背の高さを確認しておく。男女の差ってけっこうあるな。え?あ、立ちション余裕でした。なんだろう、もう人間って排泄の欲求は仕方ないわけじゃない?しないといけないことに対しては適応力がものすごく発揮されるのよね。中身が私であっても。これ正直邪魔だなって思ったけど。女だったからね。胸はアレでも股間は要らない。あーでも生理とかないのか。
「待てよ……?私がメローネ、ということは、メローネはいったい……」
嫌な予感。彼が私で私が彼で。たぶん、メローネの精神は私の身体に入っているのだろう、けど。
「よかった……生理じゃなくて……」
心底安心した。生理だったらあいつハッスルしまくるだろうし私は居た堪れないわなんか色々採取されそうでもう死ぬしかなくなる。死なないけどね。
使わなかったけど、なんとなくトイレットペーパーを三角に折っておいた。トイレペを三角折りするメローネ。絵面。おい絵面。
案外違和感なかった。


ある一瞬、1秒にも満たない刹那を跨いだ瞬間に気配が変化した。明らかな変化に、状況は理解できなかったが、リゾットの身体は反射的に動いた。サッと目を開き、その気配が誰のものかを判別する前に隣にいる人間を押さえつけた。手足が動かせないように固め、その姿が見覚えのある、間違いなく今まで隣に眠っていたポルポのものであると理解して、眉をひそめた。口を開こうとして、ク、とリゾットの下にいる彼女が、彼女自身の声で喉を鳴らした。
「くく、あははは、やっべえリーダー、全然鈍ってないね。知ってたけど、さっすがだね。たぶん俺の身体でも反応できなかったぜ」
「……メローネ、か?」
「あ、わかる?そりゃそうか。なあ、胸が苦しいから離してくれない?ああ、別にそういうシュミがあるんだったら俺は全然いいんだけど、それは本体の時に頼むぜ。まあ俺はあんたにやられるよりポルポにやられたいしポルポにやりたいんだけどー」
愉快そうに笑う声音は確かに彼女のものなのに、飛び出る言葉と口調はメローネのそれだ。リゾットは要求されても戒めを解かなかった。
「お前の仕業か?」
「そうだね、俺の仕業。前から"飼ってた"スタンド使いがいたんだけど、そろそろタイミングイイかなって思ってスタンド使わせたんだよ。ってのも、それが、そいつの左手にある魂と右手にある魂を一日だけ交換するっていうわっけわかんねえスタンドでさあ。面白そうだろ?」
「ということは、今、ポルポの魂はお前の肉体に入っているということか」
「そ。ちなみに魂っつってもスタンドの性質上の概念みたいなもんだから、命には全然問題なしだぜ。実験は何度も繰り返したから安心していい」
リゾットはその点については心配をしていなかった。わずかに懸念は過ったが、メローネはポルポの不利になることをしないし、彼女を傷つけることも絶対にしないと知っているからだ。
ポルポの上からゆっくりと退くと、彼女の身体はのんびりと起き上った。んー、と固められていた身体を伸ばして、リーダーの寝こみは襲えそうにないねと彼女らしからぬ表情でにやりと笑む。リゾットはそれを見て、どうでもよさそうに目を細めた。
ポルポ―――メローネは、自分の顔にぺたりと触れた。形を確かめるように触れて、唇をじっくり指で確かめ、首に触れて、鎖骨をなぞり、わくわくしながら思いっきり胸を揉んだ。リゾットの冷めた視線が突き刺さる。
「ポルポだ!」
メローネはとても嬉しそうに笑った。メローネなのにポルポの笑顔。リゾットはひどく複雑な心境だった。言葉選びも口調も違うしそもそも気配がまったく違う。ポルポのこととなると鋭すぎるリゾットでもなければ気づかなかったかもしれないが、なんにせよ、リゾットにとって確かなのは、目の前の彼女がポルポではなくメローネだということだ。ポルポじゃないからだろうか。彼女の顔に浮かべられた満点の笑顔は可愛いなと思ったが、まったく心癒されなかった。
「にしてもお腹すいてるなあ。ポルポって大変だよな、燃費悪くってさ。俺はあんまり食欲とか湧かない性質――あっ今のはタチじゃなくてセイシツって意味だぜリーダー。食欲とか湧かない性質だけど、ポルポの身体だったらなんか飯がおいしく食べられそうな気がするや」
メローネはパジャマのボタンをぷちぷちと外しながら言う。全部外して、改めて胸を揉んで、それからズボンに手をかけた。わくわくした表情のままちらりと目だけ動かしてリゾットを見る。夕焼け色の瞳がメローネらしい好奇心に輝いている。
「俺はそれはそれで面白そうだから気にしないけど、できれば朝飯が食いたいから欲情しないでくれよ?」
「……」
誰がするか。


お腹は空いているけど、冷蔵庫にはなぜか血液パックとかホルマリン的なもの(見たことなくて何かわからなかった)とか飲み水とかスタンド用の小瓶に採取された血液とかしかなかったので扉を閉めた。どんな生活してるんだろうこの子。
事情はもう把握している。テーブルの上にメモがあった。メローネが、困惑しているだろう私に宛てた説明書きだ。俺とポルポの精神交換ってやつさ、一日で戻るからお互い楽しもうぜ。説明にしてはざっくばらんすぎたし私にとってデメリットしかもたらさなそうなのだが、楽しもうぜと言われたら楽しまないわけにはいかない。未知の体験にわくわくしているのは事実だし。
私は空腹には敏感な性質なので、あっ、タチってタチネコのタチじゃなくてセイシツの性質ね、念為。
私は空腹には敏感な性質なので、食材のないこの部屋に長居するわけにはいかない。
メローネのクローゼットを開けて、中に例のメローネの戦闘着(常にそうだけど)が5着並んでいるのを見て大笑いした。メローネも潔癖なところがありそうだと思っていたけど、というか血で汚れたらその服を簡単に捨てられる冷酷さがあるように思っていたけど、まさか一週間毎日替えているのか?それとも予備なのか?普通の洋服はないのかな、と探してみたら一応シャツとジーパンがあって安心した。
「でもせっかくメローネだし」
ひらひら切れ込み二重丸ルックを選んだ。


「いつもはどっちが朝食をつくってるんだい?」
「……」
「だんまりは大人げないぜ、リーダー」
着替えを済ませたリゾットは、同じく着替えを済ませてポルポの自室から出てきたメローネを静かに見下ろした。メローネが階段を下りながらリゾットを揶揄する。けれどもちろん、リゾットは痛くもかゆくもなかった。面倒な会話をスルー、あるいは無視するのは通常運転だ。イクセプトポルポ。
「あーっ、俺もう、楽しみでしかたない!ってことでトイレ行ってくるね!」
「……」
こいつの目的はそれなのか?リゾットは眉根を寄せた。少しイラついている。ポルポの肉体で好き勝手やってんじゃねえよ。意訳すればそのようなところだ。肉体は彼女のものだと言っても、中身が違う男だとなると気分はよくない。むしろ最悪だ。
ぱたんと楽しそうに閉じたトイレのドアを見送って、リゾットのため息が落ちた。これから一日耐えられるのだろうか。
「(朝食を終えたらあっちに向かうか……)」
きちんと朝食を整えるのは、リゾットのためでもメローネのためでも、もちろんない。空腹を訴えて切なく鳴いているポルポの肉体のためである。


自分の身体にメローネが入って、いったいどんな発禁なことが起こっているのか、ちょっと知りたい。
もちろん私がメローネの身体でそうしたように、メローネも私の身体でトイレに行くのだろう。まずそこでメローネはどうするんだろうか。私の身体だけど興奮しすぎてエクスタったらどうしよう。ていうかリゾットどうしよう。絶対私がメローネ、えーっと面倒くさいな、私の身体にメローネが入ってるって気づいてるよね。こっちから家に向かったほうがいいのかな?
私はソルベとジェラートの部屋で朝食をごちそうになりながら首を傾げた。
「どう思う?」
「んー……うぶっふひゃ」
「ぷふふっ、ぐ、もう、もう、メローネの身体でグフッ、ポルポが、ぶっは」
「……」
ダメだ相変わらず使いものにならない。けれどパスタはおいしい。
朝だというのにがっつりパスタをつくってくれたソルベは、メローネの身体に合わせた量を取り分けてくれた。なんてデキるおにいさんなんだ。笑いの沸点が摂氏5℃くらいじゃなかったらもっと良かった。
「ふぐ、ぐふ、……まあ、リゾットのことだから朝飯食ったらすぐこっち来んだろ、ぶふ」
「メローネを連れてな。ぶはははあぁっはははは!メローネなのにポルポ!ポルポやべえ!おもしれえ!!」
この面白さは私がつくったのではなくメローネの仕業なんですよ。


リーダーの手料理なんて初めて食べたよと白々しくのたまったメローネは、るんるんと気分良さそうに、折に触れては自分の身体を眺めている。かつんかつんと鳴るヒールの音すら愛おしそうだ。あはは、ポルポってばもう食欲湧いてる。自分の内臓の動きを楽しそうに追って笑う。
「お前のそれは……」
「ん?」
なんだろう、同じ「ん?」なのに、ポルポとメローネではその響きがまったく違っている。短く的確に言うと、リゾットはメローネの「ん?」が不愉快。
「ポルポとの同化欲求の表れなのか?」
ふつう、誰が考えるだろうか。好意を持った相手と肉体を交換したい、などと。
メローネは首を振った。
「ただの興味」
「……」
けろりと答えられて、リゾットは相槌も打たずに前を向いた。もっと別の所にエネルギーを使えばいいのに、メローネの優秀な頭脳はその八割が、他人にとっては意味の解らない理論でいっぱいだ。
「さっきポルポの身体を色々探ってみたんだけどさ、ポルポってやっぱりかなり感じやすいね?俺、女の身体で快感確かめるの初めてだったから結構驚いたんだぜ。女のそれは男の10倍って言うけど、んー、まあ今度詳しく分析して数値化して知らせるよ」
「……」
激しく要らないしその記憶を飛ばさせたい。
やっぱりこいつを一日気絶させておくんだった。リゾットは無表情の下で静かに後悔した。


ソルベとジェラートの部屋から一足先に失礼して、さーていつも通りに上の部屋に行くかと腰に手を当てたら、ホルマジオが出てきた。
「オメー、あいっかわらずその恰好だけどよォ、寒くねェのか?もう10月だぜ」
「それなりに寒い」
「寒ィなら着替えろよ。ポルポも言ってっけど、オメー年がら年中その恰好だから意味わかんねェんだよ。季節感っつうのを知らねェのか?」
お前に言われたくないよ。メローネの格好も確かに奇抜だけど、たぶんソルベとジェラート以外は誰もメローネのことを責められないよ。あんたらだって年がら年中同じ格好してんじゃねえか。
「マジオさあ」
「ポルポならまだしも、オメーがマジオって呼ぶんじゃねえよ」
ホルマジオに続いて階段を上りながら呼びかける。即座に返ってくるツッコミ。イイね、26歳組みは優秀だよ。私も含めて。異論は認める。あとなにそのデレ。
「魂の存在って信じる?」
「あ?……あー、なんかオメー前もンなこと言ってたよなァ。同じように答えたと思うけどよォ、スタンドがあんなら魂もあんじゃねェの?知らねェけど」
「だよねー」
ホルマジオが鍵を開けてくれる。ありがと、私メローネの部屋のどこに鍵があるのかわからなかったんだよ。
がつがつと土を落として廊下を進む。朝なのにプロシュートとペッシがもうカッフェを飲んでいて笑った。あんたらいつから待機してんの?ご飯もここで食べてるの?
「今からあんたらがびっくりすること言うから、口になんか入れとかない方がいいわよ」
「は?」
「メローネ、口調が」
「気持ち悪ィぞ」
「失礼だなあんたら……まあ私、いや、えっと、……俺?俺もそう思う」
なんて言うのが正しいんだろうか。メローネが私の姿で「俺」って言ってるのは、まあ許せる。メローネだし。でも私がメローネの姿で「私」って言うのはどうだろう。やっぱ不自然だよね?
どうしよっかなーと腕を組んでちょっと悩んでいると、ペッシがぱちくりと瞬きをした。
「ポルポだね?」
「……え!ペッシちゃんすごい!判るの?!」
「う、うん、俺、ポルポと話しているとこういう感じがするから、メローネの姿だけど……ポルポだって判るよ」
ペッシ凄い。感応能力とか持ってるの?
ホルマジオが上から下まで私を見た。
「どう見てもメローネだが、……オメー今度はナニしたんだ?」
「ちょ、おい、なんで私の仕業みたいに言うんだよ!どう考えてもメローネだろ!」
「意外性っつう意味ではどっちもどっちだろ」
「プロシュートまでひどいよ!私とのことは遊びだったわけ?!」
「あァーもうオメーメローネの姿と声で面倒くせェ流れつくんな」
怒られちった。


ポルポの姿でポルポの口からポルポの声でぽんぽんと飛び出る脈絡のない言葉。それはいつも通りなのだが、中身がメローネだというだけで、否、それがメローネだと判っていなかったとしても、この胸の中を渦巻く違和感を抑えきれない。リゾットはそろそろ苛々が溜まってきた。黙って歩けと言ってもメローネがそれを聞くわけもなく、へえリーダー今苛々してるんだ?とリゾットの心情を見透かして意地悪そうに笑ってみせる。
「ポルポならこういう時なんて言うかな?リゾットちゃん、苛々にはカルシウムが利くのよ、牛乳飲も!こんな感じかい?」
「メローネ、今日一日を平穏に過ごす気はもちろんないんだろうが、後に痛い目を見ないために、せめて俺との間には波風を立てずにいようとは思わないのか?」
「思わないね。痛いのは嫌いじゃないし、なによりこんな面白い玩具、こんな時じゃないと楽しめないだろ?」
「……」
玩具と来たか。リゾットの赤い瞳と、メローネの―――ポルポの朱い瞳がぶつかる。片方は不機嫌そうに細められ、片方は悪戯っぽく朝陽にきらめいた。
「最初はあんたにムカつくこともあったけど、よく考えたら俺、ポルポならどんな姿でもどんな形でも愛してるからさ、もしあんたがうっかり俺に―――ポルポにムラッと来ちゃったってんなら、セックスすることも吝かじゃないぜ。んー、今ちょっと気になったんだけど、最中に俺とポルポの精神が戻ったらどうなるんだろうね?突如襲ってきた快楽に驚くポルポ、あーっそれ見たいけど、そん時俺は自分の身体かー!……あっ、俺の身体を使ってるポルポがその時近くにいたらいいんじゃね?!」
「……」
誰か病院連れて来い。


お前はどの姿でもお前だな、とイルーゾォさまが肘をついて仰ったので、わたくしはそりゃどういう意味だいとプンスカして腰に手を当てた。
「ひどくない?それがホルマジオの身体でも同じこと言えんの?」
「めちゃくちゃ気持ち悪ぃけど中身はお前だろ。変わんねえよ」
「気持ち悪いって言われたー」
「俺だってオメーに身体乗っ取られてるトコを自分で見たらそう思うぜ」
「まあ私もホルマジオの声が女言葉を喋っていると思うと腹抱えて笑うけど」
「お互いのためにならねェからやめようぜ」
そうね。
不揃いに長い髪が視界にチラついて邪魔だ。メローネって普段こんな視界で過ごしているのかあ。耳にかければいいのに、この髪の毛。
あ、でもこんなサラサラで触り心地いいなあ。
ちなみにマスクはソルジェラにつけてもらいました。まったく視界に影響がなくてびっくりした。見えづらいのかと思ったのに。まあプロが自分から視界にハンデつけてどうすんだよって話ですが。
「ねえプロシュートさあ、やっぱりイケメンの身体に入ったからには一度は女の子を―――」
がちゃ、とドアが開いた。言葉の途中だったが、テーブルにかけていた体重を戻す。ここにいないのは2人。それはリゾットとそれから―――。
「ポルポ!どうだい、俺の身体?楽しいかい?」
私だ。たかたかとヒールを鳴らして駆け寄ってきた"私"ことメローネ。とても楽しそうに笑っている。私の顔だけど。あと私、客観的に見るとやっぱりおっぱいデカい。
「楽しいかっていうと、まあ、これでナンパでもしたら楽しいんでしょうけど、ただ過ごしてるだけじゃあんまり変わらないわよ」
「あはははは!俺の声でポルポが喋ってるってすっごく興奮する!立つものがないからどうなんのかなって思ったけど、女の身体って興奮するだけじゃあんま反応ないんだね。ああ、でも何度かやるとだいたい濡――」
「言わせねえよ!!?」
「イルーゾォありがとう」
なぜかイルーゾォが私の尊厳を守ってくれた。優しいね君。お礼を言うと、お前のためじゃなくて俺が聞きたくねえんだよと言われた。ツンなのかマジなのかわかりづらいけど、この場合はたぶんマジ。私も、自分の身体じゃなければどうでもいいしむしろ煽るんだけど、さすがに自分の肉体が今濡れてるか濡れてないかとか知りたくない。なんて言うべきかちょっと迷って首を傾げる。
「なんでもいいけど、洗濯物増えるからパンツ汚さないでね」
ソルベとジェラートが爆笑した。
「そこ!?そこなんだ!?気になるのそこかよポルッばあははははははぁガッハ」
「ゲホゲホッ、女王さんやべえそこ!?そこかー!」
でも、他のどこになんと言えばいいの?
「あるだろ!色々あるだろ!」
「的確な言葉が浮かばないのよねえ……」
「お前の無駄な語彙を活かせよ!!」
イルーゾォ、テーブル叩くとプロシュートが怒るよ。カッフェこぼれるから。
こつ、こつ、と靴音をあえて鳴らしてリビングに入ってきたリゾットは、メローネに思いっきり抱き着かれて目を細めた。眉もしかめられている。逆にすごい。リゾットにここまで嫌そうな顔をさせるあんたがすごい。感心しながら見ていると、リゾットと目が合った。おはよう。
「"身体は私なのに中身がメローネで複雑だなあ"」
「……そうだな」
「でも、メローネの身体に入ってる私とハグしたって気持ち悪いっしょ?」
「俺は全然気にならないしむしろベネ!リーダーと抱き合うよりずっと嬉しい!」
あまりにも早すぎる身の返しでリゾットを突き飛ばしたメローネが私の胸に飛び込んできた。おっと、と軽く踏ん張るだけでよろめきもしなくて感動した。
「メローネかっこいい!私の体重を支えても揺らがないよ!?」
「当たり前だろ?俺がポルポを抱き止められないって思ってたのかい?」
「いや、受け止めてもらえるのは知ってたけど、自分で体験してみると感動がひとしおというか、メローネも男の子なんだなあと」
「お前ら自分の絵面見直してから会話しろ!!」
私もちょっと不自然だなって思ったよ。自分の顔を見下ろしながら喋るのって微妙な気分だ。でもメローネだし。中身はメローネだし。
テメーの長所はそれだな、とプロシュート。え?ナニ?適応力を褒められた?よくわかんなかったけどメローネと両手でハイタッチ。
「ねえ、メローネって私のこと持ち上げられるの?」
「ん?うん、ギアッチョだって持ち上げられるぜ。ただしギアッチョが気絶してたら。肩に担ぐだけだけどね」
「オメーの前では死んでも気絶しねえ」
「あはは、何言ってんだよ、死んだら気絶できないのは当たり前だろ?」
「違えええええ!判っててうぜえこと言ってくんじゃねえ!!」
ギアッチョも元気だね。さっき私が試しにナデナデしてみたら、「……いつものじゃねえから気持ち悪ぃ」ってめっちゃ可愛いこと言って顔しかめてたのに。みんな私のこと大好きだね。うん、もう最近これ自惚れじゃなくね?って気づいてきた。
私はメローネに向き直った。その拍子にホルマジオと目が合ったので、いつもの癖でにっこりしたら苦笑された。メローネの顔なのに邪気がねェな。メローネ、あんた普段ホルマジオにどんな笑みを向けてるの?おねえさん心配。
「ちっちゃい子供を抱き上げる感じ?」
「そーだね。こんな感じでー」
メローネが私の首に腕を回してしっかり抱き着いてきた。手を俺のウエストに当ててさ、と指示される。あ、こうか。そうそう、それで持ち上げてみ。
猫をべろーんと持ち上げる時のように、よいしょ、と私は"私"を持ち上げた。特にしんどさを感じない。
「おー!」
感動したのでくるくると回ってみた。あははは、ポルポ嬉しそうだね、と耳元でメローネに笑われたけど、そりゃ嬉しいさ。人生で一度はひとを抱き上げてみたいもんだ。
目が回る前にステップを止めて、ちょっとメローネを顔を見合わせて、ほとんど同時に笑った。私の身体に入ったメローネが、メローネの身体に入った私の首筋にすり寄る。剥き出しのほうだから体温が伝わるね。
すとん、とヒールを床に戻してやると、メローネはぎゅうっと私を抱き寄せた。
「メローネ的には、自分の身体を抱きしめてるってことに違和感はないの?」
「ないことはないけど、……興奮する」
「私があんたであんたが私だから?」
「そう。これってスゴクイイ」
私の声なのにどこか色っぽくて感心した。へえー、私こんな声出せるんだ?興味深かったので、もっと色んな声出して、と要求してみた。お前その辺でやめとけよとイルーゾォストップがかかったので、ダメだったか、とメローネにごめんやっぱりなしで、と伝えようとして間に合わなかった。
「"メローネ"……」
「ん?」
とろけそうなくらい甘い声だった。
反応してしまった私も悪かった。メローネが自分の名前を呼んだものだから、やっぱりそれは自分の肉体に呼びかけたのかな、と思ってしまったのだ。メローネの腰に手を当てたまま視線を戻すと、メローネは、いや、"私"は凄くおもしろそうに笑っていた。さっきの声とは似つかわしくない表情だ。
「"メローネ"、"愛してる"」
自分からこんな声が出るのかー!
私じゃとても出せないような声に感銘を受けたので、私はメローネの頭を撫でた。なんかこの子、私のお願いに応えてくれて、すごく可愛いなあ。表情が緩む。
「すごく可愛いよ」
肉体が逆だとかそういうのはどうでもよくなったので、もう一度メローネを抱き上げた。くるくるー。
「ディ・モールト、ベネ!」
「あはは!どうだった?」
「おもしろい!もっと別のやつもやってほしい、けどイルーゾォがやめとけって言ってるからもうこれでおしまいね」
「えー」
私の顔で残念そうにふくれないでくれ。あんまり可愛くないんだ、私。
私から少し離れたメローネは、くるりとスカートの裾を翻した。ちょっと広がるスカートを選んだのね。君って自分の服はてらってらでよくわからんセンスなのに、私の服を選ぶ勘はいいよね。私、その組み合わせ気に入ってるんだよ。憶えていただけかな?
「先に釘を刺しておくけど、私の身体だからって誰かの唇を奪ったりしないでね?」
「ポルポの唇にそんなことするわけないだろ!?」
「うわ急に大声出すなよ」
ものすごい勢いで振り返られた。今君あっち向いてたじゃん。
「ポルポの身体にだって触らせないぜ、俺!リーダーはなんか隣に寝てたから仕方なかったけど、俺、ポルポの身体は俺にしか許さないから」
「あ、そう?なんか君、私よりガード硬そうだから安心だわ」
「おかしいだろ!メローネに安心を抱いてどうするんだよお前は!!」
「ジェラートが椅子から落ちたからもうやめてやれ」
「だってほら、ストーカーは一種のボディーガード、みたいなあれよ」
「諸刃の剣すぎるだろ!!」
西洋の剣はだいたいが諸刃だろ。

今日の仕事はなしにしよう、と、喧噪を眺めながら肘をついて考えた。仕事どころじゃない大騒ぎだ。まあ、騒いでいるのはソルベとジェラートとイルーゾォとギアッチョだけど。私とプロシュートとペッシとホルマジオとリゾットは無風。優雅にカップを傾けている。私はグラス。
「客観的に見てどーなんだよ」
「ナニが?私のおっぱいの話?」
「違ェーよ。オメーがぎゃーぎゃーやってるトコを、オメーが見てみて、どうなんだよ、って話だよ」
「どうもなにも、私って声高いなとしか思わない。あと、メローネは私の身体を大切にしすぎてて押しが弱い」
「あれで弱いの?」
「だっておっぱい揉ませたりしないじゃん」
「しねェだろうよそりゃ」
メローネは私の身体を大切にする、って宣言してるし、見ている限り、手や足は出してもソルジェラのちょっかいという名のボディタッチも華麗に躱している。私よりも身のこなしがいい。私も肉体はメローネのはずなのに、どうも活かしきれてないよね。
オレンジジュースを飲む。んー、なんか胃に溜まる感覚も違うし、朝をがっつり食べたからかお腹もそんなに空いていない。メローネってやっぱり食に薄いな。
「リゾットは朝起きて隣にメローネがいてびっくりした?」
「……そうだな」
まっすぐ視線を向けられて目が合って、少し不愉快そうに目が細められた。
「あー、ごめん、今私メローネだからね。あんま話しかけないようにするわ」
「……」
そーいうことじゃねェだろ、と呟いたホルマジオの声はソルベの笑い声にかき消されて聞こえなかった。
「(どー考えても、表情の雰囲気とか言葉はオメーなのに瞳が違って違和感バリバリ、っつう顔だったろアレ)」
「(リーダー、入って来た時から機嫌悪そうでしたよね兄貴)」
「(朝からメローネのテンションに付き合ってんだからそりゃそうだろーな)」
「(さっきもあれ、……メローネ、絶対リーダーに当てつけてたもんなあ……)」
「(わざと自分の名前を呼んだもんな。ポルポの声で)」
「(ポルポもメローネの顔ですっごく優しく笑ったから、俺びっくりしちゃったよ。あんなメローネの顔見たことなかった)」
「(メローネじゃなくてポルポだからな)」
「(こんがらがる)」

何をして過ごそうかな、と考えて、メローネの部屋を思い出した。メローネはあそこをただ寝るだけの場所だと考えているようだし、別にその考えに対して何か思うわけではない。この子ちゃんと眠れてるのかなー、それくらいだ。人生のうち、25年分は眠っているとも言われる、そのひとの大切な眠り。それを少しでも快適にするお手伝いができないだろうか。
「安眠ねえ……」
くぴり。オレンジジュースを飲む。
リゾットがこちらに視線を向けたけど、目だけ合わせてスルー。メローネの顔でにっこりされても嬉しくないだろリゾットは。肘をついたままソファのほうを見つめつつ、思考を巡らせる。安眠といえばラベンダーだけど。
「ねえメローネー」
軽く呼び掛けると、ひとり掛けのソファに座って笑い声の中猥談に勤しんでいたメローネがぱっとこちらを向いた。立ち上がる。その膝が、私が自分の肉体を扱っている時よりもきっちり綺麗に閉じられていて反省した。もっと気をつけます。
メローネは、なになに?とにこにこしながら近づいてきた。
「メローネはどんな香りが好きなの?」
「香り?そうだなあ……」
椅子に座っている私に、メローネが抱き着いてきた。メローネの肩が私の口元に来る。
「もっと俺の首のほうに顔を寄せて」
「こう?」
「そう。そんで息吸って」
「……あのさあ、私の匂い、とかそういうオチはいらないのよ?」
息を吸う前に私が言うと、メローネは離れて、ちょっと怒ったように眉根を寄せた。
「本当にそうだから言ってるんだよ」
「んー……、そっか、ごめん」
「ううん」
メローネは少し目を閉じて、小さく首を振った。茶化してしまって申し訳ない。ごめんね、とメローネの頭を撫でると(私が私の頭を撫でていることになってちょっと複雑だけど)、メローネは、いいよ、と呟いて私を見た。すーっと自然に背がかがめられて、朱い目に私が、メローネが映る。
「はいはいはい、口はダメ―」
「俺はいいのに」
「私もこの身体だったら誰にキスしたって構わんけど、私の身体にだけはしないわよ」
「あはは、やっぱりそうだと思った。……でも、あれだろ?ポルポ」
「ん?」
メローネは私からするりと離れて、ホルマジオの横を通ってテーブルを大きく回った。私の向かいに座っていたリゾットのカップの横に手をつく。その手がこぼれ落ちたくすんだ金髪を耳にかけて、またテーブルに戻される。メローネが、どうでもよさそうに、ちょっと機嫌悪そうに自分を見たリゾットの額をつんつんと指でつつく。
「ポルポの身体だもんな、あんたは絶対傷つけらんない、ってワケだ」
何事かを囁いたメローネが、ぐい、と両手でリゾットの輪郭をつかんだ。それからメローネは、いや私は、あれやっぱりメローネは、思いっきりリゾットにキスをした。
「おお!?自分のキスシーンなんて初めて見た!!」
「お前の反応はおかしい!!」
「メ、メ、メローネオメー……勇気あんなァ……」
「あ、ああああ兄貴……あれ絶対舌入ってますよ兄貴……」
「ビビんなペッシ。俺たちには関係ねえ話だ」
「オメーら傍観者気取ってんじゃねェーよ!」
「リゾットがまったく無表情でウケるっはは」
「メローネin女王さんも見てんのはポルポinメローネだけだからぜんっぜんなんの色気もねえな、あははは」
「野郎と野郎のキスシーンなんか見て誰が得するんだよクソが……」
ごめん、リゾットとメローネだと考えると私得。でもリゾットと私の絵面だからなあ、ちょっと微妙だよね。ていうか私は自分からあんなに舌を絡められないよ。あと、リゾットがそもそもキスを受け入れたことが不可思議。防ぐこともアイアンクローで遠ざけることもできるのにね。
ちゅ、と音を立てて離れたのはメローネ、いや私?いやメローネだった。まったく温度のないリゾットの赤い瞳と目を合わせた彼は、私の姿でぺろりと唇を舐めて、ほんのり上気した顔で背筋を伸ばす。
「男とキスしたのは初めてじゃないけど」
「ちょっ待っうあああああ待って!!待って!!!」
「どうしたんだいポルポ?」
「だ、だ、だ、誰といつキスしたの!?無理やりされたの!?」
「ああ、10年くらい前にちょっと誘われたからどんなもんかなと思ってやってみただけだぜ、心配しなくってもそいつはもう死んでるから」
「あ、あぁ、そう……どう考えても淫行罪だけど、襲われたんじゃなくてよかったわ。話の腰を折ってごめんね」
「そこじゃないだろ!!なんで誘った方が死んでるのかが気になるだろ!!」
だってメローネだし。
メローネだからな。
メローネだからなあ。
「けど、……リーダーってやっぱレベル9だね。俺今結構濡れたんじゃないかな?痺れたもん」
「やっぱりリゾットってレベル高いのかー。メローネをしてそう言わせるってことはさすがの腕前よね」
「だから、お前、そこじゃ、ねえだろ」
イルーゾォにこめかみをぐりぐりされた。痛い痛い、それ痛いやつ。ホルマジオがため息をついた。ジェラートが笑ってソファから落ちた。ジェラートー!とか叫びながらソルベが笑い転げてその上に落ちた。ギアッチョがそれを踏んだ。
「リゾットはどうだっ、……あー、ごめんごめん、メローネね。今私メローネね。話しかけるの控えます」
丁寧にハンカチで口を拭いていたリゾット(可愛かった)がこちらに静かなまなざしを向けてきたので、あっこれは黙ってろってことかなと察して数回頷いてみせた。オッケーオッケー。適切な距離を保つね。
私は立ち上がった。
「ねえメローネ、私の家の鍵持ってる?」
「持ってるよ」
メローネはいつも私が使っているポシェットから鍵を取り出して、ちゃりん、と私の手のひらに置いてくれた。ありがとう、とニッコリする。メローネがちょっと眩しそうな顔をした。ん?私逆光?そんなわけないか。
受け取った鍵をちゃり、と鳴らして、私は椅子を戻す。
「ちょっと家までおつかい行ってくるわ」
「俺も行こうか?」
「メローネはゆっくり遊んでて。イルーゾォ、なんかあったらよろしく」
「なんで俺なんだよ……そんな信頼微妙すぎんだろ……」
脱力しながらもいってらっしゃいと言ってくれるイルーゾォはいいやつだ。立ち上がりかけたリゾットに、いいよいいよと手を振って玄関を開けると、すぐ後ろから声がした。
「俺らが護衛するぜ、女王さん」
「うわっビビるから足音立ててくれ。……ありがとう、じゃあよろしく」
うっかり拉致されてしまった経験があるので、なかなか信用してもらえない。まあソルジェラならいいか、と思って、私は階段を下りた。私に気を遣ってくれたのか、足音は3人分立った。


「メローネ、オメーよぉ……あんまリーダーを怒らせるようなことしてんじゃねェよ」
「へえ?リーダーってこれくらいで怒るんだ?どんなふうに怒るわけ?まさか怒ったらメタリカ、なあんて幼稚なマネはしないだろ?」
「だーかーらー!そうやって絡むなっつってんだよ!ポルポの身体をのっとっただけで満足しろよお前は!」
「あ、メローネ、あの……さっき楽しそうに行ってたトイレ、すごく楽しそうな笑い声がきこえたけど、あんまりポルポの身体に可哀そうなことしたらダメだと思うよ」
「ペッシ……」
「なんでプロシュートが感動してんだよ」
「心配しなくても、可哀そうなことじゃあないと思うぜ。傷なんて絶対つけないし、ポルポの爪ってそんな長くないし」
「お前はいちいち言うことがキワドイんだよ!!」
「え?爪の話しただけだろ?イルーゾォってばナニ想像してるわけ?」
「お前と話してるの疲れる!!」
「あははは」
「にしても……あいつ、今度はまたナニを思いついたんだろーなァ」
「ソルベとジェラートがついていってるなら安心だけど……」
「安心っつうか、もし襲ってくるやつがいたら俺はそいつに同情するね」
「えげつねえからな」
「……ああ……そうでしたね兄貴……」
「あはは、ペッシが遠い目してる。あん時はひどかったもんな」
「オメーもだろーがよお」
「お前もな」
「オメーもな」
「テメーもだろうが」
「お前もだろう」
「テメーにだけは言われたくねえ」
「リーダーにだけは言われたくない」
「リーダーにだけは言われたくねェ」
「ひとのこと言えんのかよ」
「リーダーは……ちょっと……」
「あはははは、リーダー、ダメだってさ」
「……堂々巡りにしかならない」
「そうだな」
「あ……そういえば、さっき……メローネがすごく……なんだろう、嬉しそう、ううん、幸せそうな顔してたの、……あれはなんだったんだい?」
「……ああ、……あれね」
「鍵渡す時のアレか?」
「なんかあったのか?あ?」
「……んー……」
「(言いよどむってことは猥談じゃねえな。許可する)」
「……ポルポってさ」
「……」
「にっこり笑うだろ?……俺は今ポルポの身体にいるけど、俺はポルポの笑顔がつくれない」
「……」
「楽しいなって思って笑うけど、それって、ポルポの笑顔なのに、ポルポのものとは全然違う。自分で鏡の前でやって、何回やってもうまくいかねえなって思ったんだけどさあ」
「まー、オメー見てると完全にメローネだもんな」
「だろ?……でさ、さっきポルポが、俺の身体でにっこり笑ったんだけど、……俺の身体の俺の顔なのに、全然違ったんだよ」
「(あいつ、ぜんっぜん何も考えずにいつも通り笑ったんだろうな)」
「俺の顔なのに、ポルポだ!って思って、なんかすごくきれいだなって感じたんだ。まあ俺の顔なんだけどさ。ポルポって、姿じゃなくて、やっぱり精神なんだなって実感して、ちょっと嬉しくなったワケ」
「お前……」
「ん?」
「まともなこと言えるんだな……」
「あはは、驚いたかい?……でもポルポ、凄いよな。もともとそうなのか、それとも自分の身体だからなのか、相手が俺だからなのかわかんねえけどさ」
「お?」
「男に女が抱き着いて密着して胸も押し付けたし腰もすり寄せてみたのに、ぜんっぜんムラッとした様子がなかった」
「メローネ……そういうことしか考えてないの……?」
「ペッシ、俺たちには関係のない話だ」
「う、うん、兄貴」
「それは俺も気になったんだけどよォ、あいつ、前にも話したけっど……あー……」
「……どうした、ホルマジオ?」
「いや……、端的に言うと、あいつは食欲に性欲が食われてんじゃねェのか?」
「あー!わかるわかる、三大欲求のうち、一個欠けてそうだよな」
「メローネでもそう思うのか……。あいつ……大丈夫なのかな……」
「なんでオメーが心配してんだよイルーゾォ……」
「いやなんか……大丈夫なのか!?」
「なぜ俺を見る」
「あんた以外の誰を見たらいいんだよ?!プロシュートか!?」
「俺に振ってくんじゃねえ!俺はペッシがクロスワードを解いてんのを見るのに忙しいんだよ!」
「あんた年々エスカレートしてるよな!!」
「兄貴は俺を助けてくれるだけなんだよ、イルーゾォ。俺、兄貴に見てもらってるとすごく安心するんだ」
「ペッシ……」
「(こいつも判っててやってる部分と無意識な部分があっから、ポルポによく似てるっちゃあ似てるよなァ)」
「んー……」
「あん?」
「お前がその表情をした時はろくなことが起こらねえからやめろ」
「真剣に訊きたいんだけど、リーダーってポルポと一緒に生活してて大丈夫なワケ?」
「……なにがだ?」
「前までは寄ってきた金髪の女で済ましてたのかもしんないけど、コイビトとして一緒に暮らしてるだろ、ポルポと」
「……」
「(否定しろよ)」
「(事実なんだろ)」
「(案外いるもんな、金髪で胸デカい女)」
「(6年間よくがんばったよなあ……)」
「(母親かオメーは)」
「(気色悪いこと言うんじゃねえよホルマジオ)」
「俺だったら、一緒にクチーナで飯つくるだろ?そん時、ポルポが野菜に添えてる指を見てムラッとくる。ていうかポルポがいるだけでムラッとする。ていうかもういつでもイイんだけど、あんたがそんな感じだったら、ポルポはあんな感じだし、大変なんじゃないのかなあって言う俺の?気遣い?みたいな?」
「わあ嘘くせえ」
「笑ってんぞメローネ」
「そうかい?で、どう―――」
「メローネー!ちょっときてー!」
「あっ戻って来た!!今行くぜポルポ!」
「……」
「……」
「……」
「爆弾投げてどっかいくのやめろよ……」
「え?ナニこの空気?笑える」
「ウケる」
「うるせえのが帰ってきたし……」


私はメローネを玄関前に呼び出して、ガチャリとドアを閉めた。メローネは私を見上げてくる。
紙袋を渡した。受け取ったメローネはきょとんとして、それを開いて、中のものを取り出した。柔らかいクッション。
「これ、……」
取り出してぽかんとして、それからひく、と匂いを嗅いだ、らしい。ぱああと顔が明るくなった。一か八かイケるかなと思ったらイケたようでよかった。
「ポルポのだ」
「そう。ついさっきまで私の部屋にあって、私もほら、なんか抱っこしながら本読んだりするからさ、使ってたんだけど」
「すごくポルポだよ」
どういうことなのかはちょっとわかんなかったのでスルーした。
「もしよかったら、メローネにプレゼントフォーユー」
「えっ……」
もう軽くクッションを抱きしめていたメローネが、目をまんまるにして私を見た。わあ、自分のぽかん顔初めて見たけど、メローネのそれには千倍劣るな。
「え、い、いいのかい?」
「使い古しで悪いんだけど、なんの香りが落ち着くのって訊いたら私の匂いだっていうから、よくわかんなかったんで部屋にあるもの持ってきた」
「わ、……わあああ……!」
無邪気に喜ぶ"私"。
メローネはぎゅう、とクッションに顔を押しつけて、はっとしたようにそれを紙袋にしまった。どしたの?
「外だったら、ポルポが逃げちゃうかもしれないだろ?その前に俺の部屋に閉じ込めなきゃ」
「あ、そう」
言い方が危うい。ポルポ(の匂い)が、ね。そこ重要ね。
私がメローネに部屋の鍵を渡すと、かんかんかんとヒールで階段を駆け下りた彼は自分の部屋に入ってしばらくしてから出てきた。がちゃりと鍵を閉めて、かんかんかん、と普通のリズムで上がってくる。
「ありがと、ポルポ」
「いえいえ。なんかあったらうちに来なね。あ、そうだ、今度みんなでゲーム大会しようよ」
「いいね。ビデオ鑑賞もしようぜ、俺イイの持ってるからさ」
「おお、どんなのかわかんないけど楽しみにしてる」
スナッフとかじゃなきゃいいんだが。私はあれは苦手だ、というか響きがやばすぎて手を出すのをやめた。知らなくていいアングラだと判断した。
私はドアを開けて、メローネに先を譲った。あれ、なんかいつもと逆だね、と言われたので、肉体的には同じだよ、と言ったら笑っていた。それもそうだね、あはは。


リゾットはソファに座っていた。隣にはポルポがいる。ポルポは実に愉快そうな笑みを浮かべて、うーんと伸びをした。
「楽しい一日だったね、リーダー?」
「……お前はそうだろうな」
「あれ?リーダーは不満だった?ごっめんごめん、キスだけじゃ物足りない?」
「……メローネ、長針が回るのを黙って待てないのか?」
「こんな時間にこんな距離でリーダーと話すことなんてなかなかないし、もったいないだろ?」
「俺はそうは思わないな」
「俺はそう思うんだよ。な、ポルポって今俺の部屋で何してんのかな?寝っ転がってんのかなー。誰のこと考えてんだろ。俺かな?」
「……」
「……つまんねーの、ちょっとはノッてくれたっていいだろ」
「ひとりで喋っているのかと思った」
「あはははは、いつもポルポがそうするみたいに?」
「……あれは」
「リーダーに話しかけてんだよな。知ってる。ポルポってぺらっぺらぺらっぺら、よくあんなに喋ることを思いつくなって俺、いっつも楽しいよ」
「……」
「どんなこと考えて生きてるんだろうなー、俺のことかなー」
「……」
「……」
「……」
「リーダーは言わないタイプだよなー、つまんないけど、そういうとこも面白いぜ」
「……メローネ、秒針が15周するまで、黙っていられないのか?」
「黙っててほしいの?」
「読書に集中できない」
「ふーん……」
「……」
「ポルポが喋ってる時はどうしてるのさ」
「……」
「どっちに集中してんの?」
「……」
「……」
「それは訊く必要のある質問か?答えの判りきっていることをわざわざ?」
「一応訊いとこうかなって」
「暇なのか?」
「暇じゃあないぜ。ポルポの内腿にひとっつだけほくろ見つけて今めちゃくちゃ興奮してる」
「……」
「ここかあー……」
「……」
「リーダーってあんま表情変わんねえじゃん?」
「……」
「もしリーダーとポルポの身体が交換されたら……」
「……」
「めっちゃ無表情なポルポと、にっこにっこしてるあんたが出来るのかな?」
「……本当にお前はそれが見たいか?」
「全然見たくない。そもそも、ポルポの身体に、ポルポ以外の誰かが入ってるって考えるだけでおぞ気がする」
「……」
「俺なら、"俺"の考えた行動だけしか取らないだろ。けどあんたとか、……プロシュート、とかだったら、ポルポの身体で未知のことをするかもしれない。それはポルポじゃないし、見ててきっとすごく気持ち悪いと思う。あんたが今日俺を見てて思ったように」
「……」
「だからやんない。俺とあんたで交換することはあるかもしんないけど」
「……それは楽しいのか?」
「ポルポがどっちにふらふら近寄ってくか見るのは楽しいと思うぜ」
「結末の見えている勝負がしたいのか?」
「結果だけ見てる男はこれだからダメなんだよリーダー。物事には過程ってもんがあるのさ。ポルポがよく言ってるだろ?」
「……」
「あー、そうだ。ポルポが今度、みんなでゲームしたいって言ってたぜ。あと、ビデオ鑑賞。期待通り、今週押しかけるつもり」
「具体的にはいつ来るんだ?」
「内緒にしとく。どっきりしたほうが楽しいだろ?」
「俺はまったく楽しくない」
「ポルポは楽しむと思うぜ。……あー、……もう時間か」
「……」
「一日楽しかったぜ、リーダー、ポルポ」
「……よかったな」
「あはは、リーダーやっさしー!全然感情こもってねえー!」
「……」
「あ、そうだ。せっかくだし脱いどこう」
「……」
「胸はあんま効果ないから、下、ショーツだけにしとくよ」
「……」
「全然むらむらしないだろ?」
「しないな」
「人格って大事だよな。じゃ、チャオ」
「……」


あっ0時だ、と思った瞬間、ぱちんと弾けるように視界が変わった。うおああ!変化についていけなくてびっくりして何かから落ちた。床にしりもちをついて、倒れないように後ろに手をつく。
「な、なんだリゾットか……あれ、……ああ、ソファ……」
びっくりしたのもつかの間、リゾットに名前を呼ばれて状況を把握。
魂の定着には問題ないのかしらね、錬金術的な意味で、と視線を下ろして硬直。な、なんで私はパンツ一枚なんだ。見えた袖口からすると上は確かにパジャマを着ているのに。でも襟がすごく開いていた。
「お、おわああ、な、なんだこりゃ」
リゾットがこちらを見ていてさらに混乱。メローネがやったのか。あんたも止めろよ。メローネは何で私のズボンだけ脱がしていったんだよ。なんかやってる途中だったの?この状況でナニをやっていたの?リゾットを誘惑してたの?なんで?
慌てて、脱ぎっぱなしにされていたズボンを太ももの上にひっぱりよせた。パンツ隠れろ。
「な、なにがあったの?」
「……」
「……わ、わかりません……」
「少し確認しただけだ。気にしなくていい」
なにを?
答えてくれなさそうだったので、私はいそいそとズボンを履き直した。まったく、びっくりさせてくれるなよメローネ。
「お前はあっちで何をしていたんだ?」
「メローネの朝ごはんつくってた」
「……」
「冷蔵庫に食材がなかったから、うちから持ってってさあ、調理道具もないからソルベとジェラートんちのやつ借りてつくって、片付けして、メローネの部屋に持って行ってメモ書き残してぼーっとしてたら切り替わってびっくりしたわ」
「……喜ぶだろうな」
「喜んではくれるだろうけど、口に合うかしらねえ」
苦手なものが何かわからなかったから、定番のオムライスになってしまった。ケチャップでハートマーク書いておいた。ハートマークをつければ世の中なんでもうまくいくと思っているし、実際今まではうまくいってきた。今回もたぶんうまくいく。
ソファに戻って、リゾットをじーっと見つめる。リゾットもじーっとそのまま黙っていた。
「もうメローネの身体じゃないから色々喋っていい?」
「最初からダメだとは言っていない」
「そうだね、ごめん」
「……」
リゾットのほうにもたれようとして、時計を見て、あ、と気づいた。
「そうそう、0時じゃん。もう寝ないとね」
「……」
「あれ?リゾットって日付が変わる前には寝るって言ってなかった?」
「……そうだったか?」
「そんな気がする、け、ど……あー、まあ、たまにはね、そうじゃあない日もあるわよね」
うっかりすると日付が飛ぶどころか私の意識が飛んでることがあるから、あまりつつくのはやめよう。ポルポは賢明になったよ。
見ていると、リゾットはぱたんと本を閉じて(あれ、栞は?)立ち上がった。私も立ちあがった。
いつも通りに戸締りを確認して、灯りを消して、私がぺらぺら喋るのをBGMに部屋に戻ってベッドに上がる。
「あー、おちつくー」
「……そうか」
うん。ごろりと仰向けになる。
「メローネ、いまどうしてんだろうなあ……」
「……」
「……え、なに?」
ふと見たら目が合った。よく合いますね、いえいえこちらこそ、みたいな。ナニが?
「何が気になっているんだ?」
「んー……メローネにクッションあげたから、抱っこしてるかなあって思って」
「……クッション?」
「そう」
部屋にあったやつ。
「たまにお前が抱いていたクッションか」
「そう。メローネちゃんにおねえさんからプレゼントして見たら喜んでもらえてよかった」
「なぜプレゼントをしようと思ったんだ?」
「なんかメローネって精神結構危ういじゃん」
「そうだな」
「即答。……だから、せめて睡眠くらいは安らかだといいなあと思って、なにが落ち着くのか訊いたら私の匂いだっていうからクッションあげてみた」
「……」
もぞもぞと布団に潜り込む。
「え、……リゾットもクッション欲しかった?」
「いや、そういうわけじゃない」
意味ありげな沈黙だったので布団から顔を出した。否定された。じゃあなんだ。メローネの精神の危うさについて本気出して考えてたのかな?あんまり追求しないほうがいいと思うよ、私が言うのもなんだけど、追求したらずるずるになってこっちを精神の支えにして動けなくなるか、すっぱりこっちとの心の交流を断ち切るかのどっちかだと思うから。まあそんなの私よりリゾットのほうがよく知ってますよね。
見つめていると、赤い目で見つめ返されて、あーそういえば今日こんなシーンあったなあと思い出した。メローネはあの声を私の声帯のどこから出したんだろう。
「リゾット……」
お、こんなかんじ?似てる?似てるも何も私の声だけど。
「リゾット、愛してる」
そうそう、こんな感じだったような気がする。
似てた?という想いをこめてにこっとしたら抱き締められてしまった。いったいどうした。あざとすぎた?なんか寂しかったのかな?そうだね、メローネin私だとちょっときついかもしれないね。濃い。キャラが。
「そういえば、今日さ、リゾット、よくメローネとキスしたね?」
「……ああ……」
「忘れてたのか。私絶対リゾットはガードすると思ったんだけど」
「身体はポルポで心がメローネだと、どうなるのかなと興味を持った」
「へー。どうだった?」
「特に……」
そりゃないだろ。メローネはあんたのこと褒めてたぞ。褒め……てたんだったかちょっと憶えてないけど。悪いことは言ってなかったぞ。
リゾットにとっては数ある中のひとつなのかもしれませんね。
私は眠かったので考えるのをやめた。
「もうねるから、なんか、もう明日にしよう」
「……もう今日だ」
「間違えた。一度寝て、起きたらにしよう」
「そうだな」
言葉に敏感だねリゾット。イタリア語は正確に使いましょうってこと?ポルポイタリア語苦手。日本語も苦手。

寝て起きたらなんかご飯めっちゃ豪華だったしぺらぺら喋ってたらいつもよりご機嫌になったようだったしまたぺらぺら喋ってたら頭撫でられたしやっぱりぺらぺら喋ってたら最終的にキスされてうおあこいつレベル9か、ってその威力を知った。まあ今さらですけど。ちなみに寝る時までぺらぺら喋ってたら、そういえば今度あいつらがゲームとビデオ鑑賞をしに来るらしいぞって言われた。えーっポルポびっくり。いつだろうね。