12 「さよなら」はいらない


リゾットの唇が離れる。
胸に直接お湯を流し込まれたようだった。どくん、と心臓が一度動いて、私ははっきり理解した。こいつ動くぞ。
「リゾッ、ト……」
この感覚知ってるわ。死んだふりから蘇った時のアレだよ。ということは犯人はジェラートか。
「……」
「え……」
「……」
「……おい」
「……」
「ポ、……」
「……」
「ぶひゃッ」
「くぷぷ」
笑ってるふたり、ばっかもーんそいつがルパンだ。
くそ、それにしても身体の動きがぎこちない。脚を引き寄せようとして、痛くてできなかった。い、いたい……いたすぎる……。涙目。
「ポ、ポルポ……?」
「うん?おお、メローネ、ごめんね、大丈夫?泣くな泣くな」
「泣いてない……」
「うん」
ふらふらと近づいてきたメローネがべしゃ、と膝をついて、私に手を伸ばした。私はぎこちなく手を動かして、それを握った。よしよししたくてもうまく指先が動かないので口で言った。よしよし。
それから、できる範囲でひとりひとりを見て、みんながもの凄く心配して、動揺してくれたことを知っているので、大丈夫です、という想いをこめて笑ってみた。
「おかえり、女王さん」
「身体、まだ動かねえだろ?無理に動かすとしんどいから、しばらくそのまんまになっとけよ」
ソルジェラ、アドバイスありがとう。よーし倒す。
ふたりの綽綽な態度で、全員が理解したようだった。視線がジェラートに向く。突き刺さる。一番近くにいたイルーゾォがジェラートにアイアンクロー。痛えよイルーゾォ。うるせえよ。ハモるイルーゾォ、ホルマジオ、ギアッチョ、プロシュート。
「ああっペッシちゃん、泣かないで。ごめんね、ごめん、うっかり死んじゃったもんだから悲しませちゃったよね、生きてるからね」
「ポルポ……ポルポ、俺……ポルポが……ううっ、泣いてないよ」
「う、うん、なんかみんな泣いてないね、えらい。泣いてるように見えるけどえらい」
まだ左手をメローネにとられたままだ。あたたかい、と言われて、体温戻って来たもんね、と思った。泣いてない?泣いてないよ。そうかい。
はあ、と力を抜く。
「死ななくてよかった……」
「……」
「リゾットちゃんも、ごめんね、びっくりしたよね。私もびっくりしたよ」
さっきから首に手当てられてるもんね。脈取られてる、私。そういえば切られたところはどうなっているんだろう。脚は痛いけど。
「……」
「……」
ものすごく、目が合っている。瞬きしてる?大丈夫?
「リゾット」
あっ呼んだら瞬きした。生きてるようだ。生きてなかったのは私だけど。
帰って来たぞ、黄泉の国から。おっとそもそも黄泉の国には行っていなかった。
さっき、私が死んでいた時よりもきつく、長く抱きしめられた。あー人肌。というかリゾット。身体が動かなくて残念だわ。あと、私が抱きしめられて手の位置が変わったのにずりずりくっついて来たメローネがとても心配。この子、病んでない?まだ大丈夫?手がちょっと動くようになったので、指でぴん、とメローネの額をつついて、近づいてきたメローネのほっぺを撫でて、頭をぐりぐりした。この間、私リゾットに抱きしめられたまま。うん、ちょっと息が苦しい。あと、BGMがソルジェラの悲鳴。笑いながらぎゃーぎゃーやっている。さっきまでの沈鬱な空気が嘘のように明るくなって安心した。まじで私、うかつに死んでられないな。
「ポルポ、お前、……」
「うん、リゾットちゃん、ちょっとくるしい」
「……」
ウッ苦し。もっと締められた。くるしいっつってんだろ。でも気持ちはわかるのでそのまま。自分に置き換えて考えた時、私がリゾットの死体を見たら、もう、想像するだけで泣いてしまうし、現実にそうなったら、なまじっかそういう知識があるだけに病んでしまいそうだ。生き返ったらもう絶対離れなくなりそう。怖い。自分が怖い。
苦しいことに目をつぶれば、私も気持ちがよくてとても落ち着く。私の心臓は前世含めてこれで3度止まったことになるが、だからなのか、すぐそこに感じられるリゾットの鼓動が懐かしく、安心をもたらした。
抱き締められながらメローネの頭を撫でていると、メローネが私の背中にぶつかってきた。それ血だまりにつっこんでない?服っていうかあんたの服だとすぐ素肌が血まみれになるぞ。
「リーダーちょっとどけよ!ポルポを抱きしめられないだろ!?」
「……」
「ポルポー、キスとかしないからハグさせてくれよー」
「んー、んんんんー」
「リーダー、ポルポの息が止まっちゃうんじゃ……」
ナイスペッシ。さすがプロシュートの弟分、とても気が利くね。
リゾットがようやく力を緩めてくれた。息を吸う。うーん血のにおい。
「オメー、貧血大丈夫か?止血は雑だし、右脚はそもそも血止めもされてねェぜ」
まじか。そういえばそうだな。
「死んだふりの弊害かと思ってたけど、これ貧血なの?」
「訊かれてもわかんねェよ。目の前がチカチカしたり、やけに冷えたりしてねーか?」
「体温は戻ってきてるみたいだ。んー、うん、ちょっと血が下がってるけど、致命傷の血はジェラートのスタンドの効果みたいだし、脚の出血も太い血管は外れてる。手当してあったかくしないとな。にしてもへったくそな撃ち方だぜ?プロシュート、見たかい?」
てきぱきとチェックしてくれるのはありがたいけど、メローネ、君ナニ?医療も心得ているの?暗殺者の心得?とても心強いね。
話しかけられたプロシュートは、ポケットに手を突っ込みながら、あぁ?と柄悪く顔だけ振り返った。足でソルベの背中を踏んでいる。なぜだろうか、ちょっと耽美。
「どこにどんな血管が通ってっかも知らねえ素人だろうな」
「尋問だから、血管に当てないようにしてるのかと思ってた」
「あはは、そうかもね。俺なら指とか折ってからそうするけどなあ」
コエエよ。
「ん……あ、だんだん動くようになってきた。今ならちゃんとナデナデできるわよ!ナデナデして欲しい子おいで!」
「やったあ!」
もう名前を言わなくても判る通りメローネだ。ナデナデしてあげてたら、メローネが体温が戻っているのを確かめるようにブラウスの上から私のわき腹や下腹に触った。みぞおちに手が移動して、うっ、と呻いた。私が。
メローネが私を見て、リゾットを見て、真顔でブラウスと肌着をまとめてめくった。おっぱいが邪魔で自分からは見えないので、リゾットにもたれておく。メローネが無表情になってこわかった。
「これ、誰?」
「え?」
「ポルポ、……誰にやられた?」
「腹?どうなってんの?」
メローネとリゾットに挟まれてるからなんか逃げ場がない。ペッシ助けて。助けを求めてペッシを見上げると、ぐっと唇を引き結んで私の腹を見ていた。ポルポ、誰にやられたのか言っておくれよ。う、うん、三方を固められている私。
「ピザ屋……ピッツェリアって組織のボスの息子、だったかな。そいつの父、前ボス殺害の依頼がうちに来て、完遂しちゃったもんだから恨みを買ったみたいで」
「ピザ屋、ねえ」
誰がやったか憶えてるかい、とメローネがソルジェラたこ殴り集団に問いかけた。集団が攻撃を止めて、ソルジェラがむっくりと起き上る。足跡だらけだ。
「それ、俺だわ」
ぽりぽりと首の後ろをかきながら、ホルマジオが名乗り出た。イルーゾォが腰に手を当てて片肘でホルマジオを小突く。追跡できる証拠残してんじゃねえよ。完璧にやったと思ったんだがなァー。
いやいや、ホルマジオは悪くないのだ。私はナントカさんが言っていたスタンド使いの話をした。
「便利なスタンドもあるもんだな」
「オメー、俺になんか言うこたあねェのか?」
「は?なんかあったか?」
「疑ってスミマセンでしたくれェ言えよ」
「あー」
「あー、じゃねえよ」
夫婦漫才がいつも通りでこっちも安心。イルーゾォー俺だー安心してくれー。
「なあ、でも、これって俺のファインプレーだろ?俺が予約してなかったら最悪の事態になってたワケだし?」
「俺らが何もナシに女王さんをひとりにさせるワケねーって」
ボコボコにされていたとは思えないほど爽やかによみがえったソルベとジェラートが、なー、と顔を見合わせた。それもそうだね、ありがとう。お礼を言うと、ずかずかと椅子に近づいたギアッチョがそれを思いっきり蹴飛ばした。ガッシボカ。椅子は死んだ。
「だったらそれを俺らにも教えとけっつう話だろおおおがよおおおお!」
「それは、ホレ」
「言わねえほうが面白くなるかなーと」
「クソッホモどもがッ!!」
「ホモじゃねえって」
お約束の流れだねコレ。
「でも、本当に教えておいて欲しかったよ。ソルベもジェラートも知ってて黙ってたなんて、さすがに悪趣味だと思う。ポルポが死んじゃったっていうのを知って、今までの出来事がいっぱい浮かんで、俺……」
「ペッシ、……泣いてんじゃねえよ」
気丈にジェラートを見ていたペッシが徐々に俯いていく。プロシュートがそれを見て、凄く優しい目をして(はいはいはい)、胸ポケットからハンカチを出してペッシに差し出した。ペッシはそれを受け取って、兄貴、とぐすんとべそをかいて目をぬぐった。ハイいまこの空間にペッシの癒しフレグランス散りましたーハイ癒されるー。プロシュートは私の視線に気づくと、凄く微妙な顔をして、それからハ、といつもみたいに口の端を持ち上げた。イケメーン!
「やっべえ今のプロシュートめっちゃかっこよかった!もっかい!もっかい!」
「うるせえ」
「最近ポルポさんに当たり強いよね?」
「胸に手を当てて考えてみろよ」
プロシュートにばっさり切られて、イルーゾォに呆れた声で言われたので、ぺたりとリゾットの胸に手を当てた。そういえば今日はばってんベルトコートなんですね。戦闘服?
「特に思い当ることはないけど」
「そういうところが問題なんだろ」
褒められたと判断していいのかな。ポジティブに生きていきたい。
「褒めてねえよ。……つうか、お前尋問されてどうしてたんだよ?」
「どうって……撃たれたり……されてた?」
「そうじゃねえだろ」
撃たれた、のところでリゾットの視線がそっちに向いた。メタリカやめてね、と言うと、それについては心配しなくていい、と答えられた。じゃあナニについて心配すればいいの?
「ナニについて尋問されたのかは知らねえけど、素直に答えてりゃあここまで撃たれねえし蹴られねえし打たれねえだろ?」
「あー……依頼を受けて、親父さんを殺したのは誰かってのが知りたかったらしいんだけど、いつの依頼か憶えてなくてさあ……」
「忘れてたのかよ」
「だって、依頼主の名前も教えてくれないのよ?思い出させる気があんのかも怪しいっしょ」
ちなみにホルマジオ、君の優秀な記憶力によるといつなの?
「4か月くらい前じゃねェの?オメーに関することなら憶えてっけど、知らねェおっさん殺した日なんか興味ねェし」
「なにそれホルマジオ私のこと大好きすぎだろ」
「おーおー、好きだぜ」
「はいはい両想い両想い。んで?憶えてねえって言ったわけ?」
イルーゾォが適当な相槌を打って、それから私に向き直った。腰に手を当てて、心もち体重を片脚にかけている。
今まで気にしていなかったけど、イルーゾォの服がまったく汚れていないの、すごく気になる。どんなふうにここまで駆けつけたのだろうか。鏡の中を通っただけだといいんだけどね。並み居る敵をすっぱすっぱと鏡の中に心臓以外をぶちこんでいたら怖いよねっていう話だ。
そんなふうに訊ねられても、どうしたらいいんだ私は。憶えてないって言うしかなくないか。憶えてないんだし。
「そういう時は誰かの名前出して、そいつらはスタンドで居場所を隠してっから連絡を取って待ち合わせをしてお前の姿が確認できねえと出てこねえとかいつもみてえに適当ぶっこけばいいんだよ。お前いつも真顔で冗談言うくせにナニ正直になってんだよ」
「私、根が正直者だからさあ」
「そういう感じにやっときゃあ軽傷で済んだだろ」
「えー……次はそうするわ……」
がっくり。叱られちゃったわ、とリゾットを見ると、リゾットは無表情に近い真顔で言った。
「次はない」
「……あ、はい」
頷くしかないよねこれ。


0.5

パッショーネにいるスタンド使いの医者を使おうぜ、と言ったのはジェラートだった。場をかきまわしたせめてもの詫びのつもりだったのかもしれないが、みんなで一通りボコボコにして、私も無事に生きていて結果的には最良の形に収まったので、口で言うほどは誰も怒っていない。プロシュートはこれにかこつけてソルベとジェラートをパシリにしているが、これもお互いにジョークと理解したうえでの遊びだ。大人の遊びってやつだろうか。年長と次年長組は仲良しだ。
わあめちゃくちゃへたくそな銃痕だねえと医者にも言われた。わかるのか。どういう判別の仕方なんだろう。
彼は左腕を怪我した時にお世話になったお医者さんなので、顔を合わせると、「あー!2年かかったえぐれさんだね。元気そうで何よりだよ、あ、元気じゃなかったかハハハ」とドクタージョークをかまされた。ギャング面倒くさい。

お腹のはただの痣だったので、ソルベが秘薬だぜと言って軟膏を塗ってくれた。市販の匂いがした。
「脚が治るまで、おにいさんたちが肩車しようか?」
「ポルポくらい軽いもんだぜ?」
「え、まじ?肩車やっ…………いや、いいや。天井に頭ぶつかるわ」
「ぶはっ、気にするとこそこ!?」
そこ以外になにを気にしろというのか。

ソファに座っていると、ペッシがラッテを持ってきてくれた。
「嬉しい、ペッシのラッテ大好きなのよ」
「……へへ」
ペッシがほんわり笑った。
「そう言ってくれるかなと思ってつくったよ」
「やだ可愛い。なでなでしよう」
ペッシに手を伸ばしたら、少しかがんでくれた。額をナデナデ。いただくね、とラッテに口をつけると、ペッシはまるい瞳で私を見つめる。おいしいです。感想を言うとペッシがありがとうとはにかんで、それからプロシュートのいるテーブルに戻ろうとして、ふと足を止めた。私を振り返る。
「ねえ、ポルポは前にギリシアの話をしていたよね。死者が河を渡るためには1オロボスが必要だって」
「ん?あぁ、身ぐるみ剥がされちゃうから口の中に入れるのよって話ね?」
「うん。……ポルポはそれって、どう思う?」
抽象的だね。私が死者で、口の中に銅貨を入れられて、河の前に立つとしたらどうかっていう質問だろうか。想像してみた。
「んー……なんか、硬貨が口に入ってたら金属くさくて死んでられなさそう。あ、おいしい食べ物で包んで入れてほしい。中華の餃子みたいな感じで」
「ぶはっ」
「げっほげほッ、飲んでる時に笑かすなよポルポ!」
私はペッシに答えたんだが。そっちが勝手に笑ったんじゃん。
ソルベとジェラートを半目で見て、ペッシに顔を戻すと、ペッシはきょとんとしたあとににっこり笑った。そうだね、おいしくなさそうだもんね。うん。
あの笑顔、なんだったんだろう。私の発想に激烈ウケたという表情じゃなかったぞ。
ちなみに、こっちを見ていたプロシュートには、口の動きだけでバカと言われた。私も無言で、このイケメン!とののしった。

怪我を治すためには自分のお腹に正直にならないとねえ。スタンド能力で治癒させているから食は関係ない、という正論は無視。
もくもくと間食に夢中になっていると、正面に座っていたイルーゾォが肘をつきながら私に言った。
「なんでお前、こっちに来てメシ食ってんだよ」
「は?なんでって、ホルマジオが来いよって誘ってくれたからだけど」
隣に座るホルマジオを指す。ホルマジオはイタリア版ねこのきもちから顔を上げた。
「リーダーもメシの内容考えんの大変じゃねェかなーっつー気遣いだよ、気遣い」
「おっまえ……そんなこと欠片も考えてねえくせによく言うよ」
「まァな。むしろ俺はオメーのためにこいつを呼んでんだぜ」
「俺?……なんで俺のためになるんだよ?」
ホルマジオがニヤッと笑う。サンドイッチをかじりながら、その視線の先のイルーゾォを見ると、心底怪訝そうな表情だ。
「オメーが言ったんだぜ。『あいつの姿が見えねえと、またぶっ倒れてんじゃねえかと心配になるよな』ってよォ」
なにそれイルーゾォデレ?イルデレ?
私がイルーゾォを見ていると、ガッタンと椅子を鳴らしてイルーゾォが立ち上がった。
「ばっ……あれは!会話の流れだろ!?そこだけ切り抜いてんじゃねえよ!」
「言ったこたぁ事実だろォ」
「俺が言いたかったのは!だから今度は予防策を立てとかねえといけねえなってことだよ!!」
「照れなくていいじゃん」
「照れてねえ!」
顔赤いぞイルーゾォ。私はホルマジオと顔を見合わせて初めてのアイコンタクト。デレたね。デレたな。正確にやりとりができた。

日本のゲーム雑誌を読んでいたら(大丈夫!ファミ通の攻略本だよ!)、ギアッチョが隣に座ってきた。珍しくてびっくりしたけど、懐かない猫が傍に来た時にうるさく反応してしまうとすぐに逃げられちゃうので、雑誌に集中しているふりをすることにした。
「……」
「おっ新作」
ふりだったはずなのだが、うっかり熱中してしまった。端から端まで読み込んで、こういうのが好きそうなギアッチョがそこにいたので、ねえあのさあと身体を傾けた。
「これとかどう?日本のなんだけど、ギアッチョって日本語も読めたよね?」
「あー……、オウ」
雑誌を渡すと、ぺら、と裏を確認してから、示したページを読み始めた。睫毛長いよなーとか思いながら横顔を見ていると、じろりと睨まれる。
「見てんじゃねえよ」
「ごめーん、ギアッチョって端正な顔立ちだよなあって改めて思ってさあ」
「……今度はナニ企んでやがんだ?」
褒めただけなのに裏を疑われてしまった。日ごろの行いが悪いのだろうか。ギアッチョの好感度どうなってんの?課金するから可視化して。あっやっぱりいいや。
可愛いなあって思ったんだよ、と言いながらギアッチョの肩にもたれる。うざったそうにもぞりと動いたが、ギアッチョは特に押しのけたりすることもなくまた雑誌に目を落とした。このシステムが新しいんだよと指さすと、確かに前まではなかったよなあとか相槌も打ってくれる。今日は機嫌がいいのかもしれない。ラッキー。
「ああああ!!」
私だけがビクッとした。ギアッチョが小声で、またうるせえのが来た……と呟いたのが聞こえる。君はメローネのことをなんだと思っているんだ。
叫んだメローネはだだだと足音も高らかに(ブーツだから重い音だ)ソファの後ろに来ると、私の肩を掴んでギアッチョから引き離した。そして後ろから首に腕を回してぎゅううと後ろから抱き着いて顔を寄せてきた。へいへい、と視線もむけずに頭をなでてやる。メローネの体温あったかいよね。ギアッチョがひんやりしているからバランスを取っているのかもしれない。ごめん今適当なことを言った。
「人恋しい時は俺を呼んでくれって言ってるだろ?」
「ひとって言うかギアッチョが恋しかった」
「うるせえ適当なこと言ってんじゃねえよ」
「ポルポってたまに意地悪だよなあ」
頭の上に顎がのっかる。そのまま喋られるとあがががってなる。まあイタリア語はなめらかな発音なのでそれほどつらくないけど。がぎくげごはつらいよね。
「じゃあメローネも前くれば?ハグしたげるわよ」
「え」
ぱ、と顎が離れた。ほんと?そんなくだらない嘘をついてどうなるんだ。
いそいそと前にまわってきたメローネに両腕を開くと、わーいと抱き着かれた。背中をぽんぽんと叩くと、額にちゅ、とキスされた。
「今日くらいは特別に許してくれる?」
とかいいつつ許可不許可を口にする前にさらりと横の髪がすべって唇が近づいてきたので、ぺし、とわき腹を叩いた。
「今日くらいって今日は何の日なのよ?いつでもダメだって言ってるじゃないの」
「あはは。たまにはいっかなーと思ったのに」
「へいへい。私はギアッチョとゲームの話がしたいのよ」
「俺はひとりで読みてえ」
「だってさ」
「残念すぎる」
軽くやりとりをしていると、そうだ、とにっこり笑ったメローネが私とギアッチョの間に無理やり入ってきた。メローネうぜえええええとギアッチョが面倒くさそうにスペースを空けた。うぜえとか言いつつ退かないんだ?可愛い。
不自然な3人掛けで主にメローネが喋り、ギアッチョと私が相槌という名のツッコミを入れて、午後の和やかな時間は過ぎて行った。たまに胸を揉まれた。

うっかり両脚が一時的に使いものにならなくなってしまったので、今の私はだいたい、パッショーネの謎の技術でつくられたセグウェイ的なものに乗って移動している。一週間弱の辛抱だ。でもこれがまた、楽しいんだなあ実に。
ちょうたのしかったのでジョルノ大好きー!と抱きついたらポルポは絶対こういうものが好きだと思いましたと抱き返された。完全に読まれている。
階段は上れないので、アパートの一階の部屋に呼ばれた時にしか行っていない。メローネの部屋はいつでもおいでと開かれているので一度お邪魔してみたら、まったこりゃ殺風景なこった、と呆れてしまうくらい生活感がなかった。前の住居と変わったのは広さくらいじゃないか?今度クッションでも買って渡してみようと思う。
階段を上れない、と言っても、私の部屋は二階にあるし、外出したセグウェイもどきで家に入るのもちょっとなあ、と出渋っていると、リゾットが言った。
「家の中では俺がポルポを移動させるというのはどうだ?」
イタリア語がよくわからない。
「いや、……さすがにそれは……ない、だろ」
「なぜ?」
「なぜってあんた……いや、一週間だよ。よく考えようよ。それ絶対めんどくさいって。リゾット疲れるって。ていうか私は風呂にも入るしトイレにも行くからそれはないって」
「俺は気にならないんだがな」
「それは君の懐が深すぎるんだよ」
リゾットの優しさの範囲が広すぎる。私限定で広すぎる。動けなくなったらどうなるんだろう。ぎっくり腰とかちょうヤバそう。
考えた結果、セオリー通り松葉づえを使うことにした。車椅子と同じように、一度は使ってみたいリハビリアイテムだ。不謹慎だけれど。
ふんふーんと毎回楽しくつえを突いて(床が傷まないようにつえ先にクッションをつけたのであんまり音がしない)鼻歌うたいながらお皿洗いとか(ただ立ったり、ちょっと動くぶんには痛くないのだ)(リゾットが何でもやってくれようとするんだけど、さすがに申し訳ない。この傷、自己責任だし)、洗濯物を干したりしている。もの凄く視線を感じて振り返ると必ずリゾットが私を見ている。まあリゾットしかいないからリゾットがこっち見てなかったら怖いんだけど。
「すっ転んだり、下手に体重をかけなければ痛まないんだし、心配しなくっても平気なのよ」
「あぁ」
相槌を打つだけで終わる。
松葉づえを使ったまま階段を上るのって大変そうだねえとか話しながらソファから立ち上がったら無言で抱き上げられてビビった。いや、そういう意味じゃない。知っている、と言われたけれど、知ってるならビビらせないでほしい。でもありがとう。

うっかり殺されてしまった経験は、意外なほどさっぱりと流すことができた。死んでなかったからか、賭かっていたのが自分の命だったからか、どっちだろう。どっちにせよ運が良かった。
三日もすると痛みがなくなってきて、もうイケるんじゃねえかなと気を抜いてシャワーを浴びて傷にめちゃくちゃ染みてウワアアアダメだったアアアとうずくまった。無音で30分くらい痛みに耐えていたからか、リゾットがやってきて頓服の鎮痛剤を飲ませてくれた。もーるとぐらっつぇ。
セグウェイもどきとお別れする時はさみしかったけど、改良したら試用を頼みますねと約束してもらったのでハッピー。私、色んな人に気を遣われている。26歳なのにね。
傷が完治して痕も残らずさっぱり綺麗な脚に戻ったので(綺麗ってのは傷がないって意味で)、いつも通りストッキング履いてイエーイと階段を駆け上ってアジトに突撃したらソルジェラにハグされた。うん、よくわかんないけどありがとう。
みんな優しかったので、たまには怪我してみるもんだなあと思った。ぽろっと口に出したらソルジェラが苦笑して、全員が口を揃えた。大まかに言えばこうだ。
「お前の怪我はスケールがデカすぎる」
おっぱいのデカさと比例するのかもしれないね。