10 「さよなら」も言えない


なんでこうなっちゃうのかしらねえ。

手足を縛られて動けないので、私は床に座って壁にもたれている。目の前にはふたりの男。部屋はとても殺風景で、ここで誰かが生活しているとは思えない。時計すらない。テーブルもない。かろうじて椅子がひとつあるが、それも背もたれのない質素なものだ。"こういう時"に使うための部屋なのだろう、と容易に察することができる。なんか血の跡とかあるし。もっと掃除しないとダメだよ。
「我々も手荒なことはしたくないんだ、ポルポさん。ちょっと話を聞いてもらいたいだけさ」
これ充分手荒だと思う。
「この間、うちのボスが殺されてさあ。まあ、それはいい。うちは汚いことにも手を染めて、麻薬も武器も扱ってた」
へー。
「ボスは殺されたって文句は言えない。昔っから言ってた。栄えには終わりがある、ってな」
盛者必衰の理というやつかしらね。あれは全部唱えないと意味がないような気もするけど。
「殺した人間が誰かは判らないんだ。手口が巧妙すぎて、足取りなんて掴めない」
それはすごいね。プロだね。
「だが、ボスの殺害を依頼した人物は判った。それで接触してみた。迂闊な野郎だ、それが、散り散りになった組織のなかで俺にくっついて新たに秩序を構築しようとした構成員だとも知らず、ぽろっとこぼしたのさ」
新たな秩序ってなんか聞き覚えありますね。あ、並盛?六道さんですか思い出した。
「ちょいとつつけば、こう言った。仕事人の仕事は確実だったなあ、とね」
うちじゃん。えー、そんなバカの依頼受けちゃったのかー。うかつだったのは私だった。
「そいつは殺した」
だよね。
「仕事人の正体が誰なのか、俺にはまだ判らない。巧みに隠れすぎている。手慣れたやつだ。だが、俺の下に、スタンド、っつうおかしな力を使うやつがいる。そいつは"糸を手繰れる"のさ。ボスから、依頼主から、メールから、回線から、パソコンから、あんたに辿りついた」
えーそれ凄い能力じゃん。カッケー。魔人探偵のアレみたいだね。
「あんたが仕事人の構成員だっていうのが判って誘拐した。すまねえな、薬品、きつかったろ?」
刺激臭がねえ。でもすぐに眠れてびっくりしたよ。
「俺の話はこれで終わりだ。これからはあんたに訊きたいことがある」
私が必殺仕事人のメインだってことはまだ知らんみたいだね。
「この依頼を受け、実行したのは誰だ?」
誰って。ていうかあんたんとこの名前も知らないんですが私。
「ああ、そのままじゃ話せないよな」
イテエ。もっと丁寧に剥がせよガムテープ。ていうかガムテープじゃなくてさるぐつわにしてくれたら飲みこんで死んでみるみたいなソルベジョークができたんだけどな。やらないけど。さるぐつわ飲みこむってどういう状況だよ。
「もう答えられるよな?誰なんだ?」
「ごめん、最初っからよく判ってなかったんだけど、そもそも君、誰さん?」
「……」
喋っていた男の隣に立っている拳銃構えた男が撃鉄を起こした。えっちょっと撃たないで。
「ピッツェリアの現ボス―――あんたんとこのクソ野郎が殺したボスの息子だよ」
ピザ屋キター。

おやおや大変。私、痛いの苦手なのに、脚撃たれちゃったよ。失血死しないように急所は外されているけど、もうやだ帰りたい。私ボロ泣き。片脚撃たれた時にあぎゃあって悲鳴あげたら(もっとかわいく叫べばよかった)うるさいって言われてちょっと笑った。じゃあ撃つなよ。焼け付くような痛みと心臓の鼓動に合わせてずきんずきんというよりがつんがつん痛む傷に泣いていたいよーって言ってたらうるさいからイエスノーで答えてくれってまたガムテ貼られた。ばっかやろー今この状況で口呼吸できなくなったら酸欠になるだろうが。
最初にこの、えーっと、まだ名乗ってもらえてないんだけど、ナントカさんが私に訊ねて来てからどれくらい経っただろうか。こちらも巧み(笑)な話術で相手の情報を探ったところ、例のスタンド使いさんは前ボスの雇われさんだったらしく、最後の仕事としてこっちを調べたけど前ボスに心酔しててもう彼のいない世界は嫌ですっつって死んでしまったそうで。なにそれどこのビアンカ?
「あんたも強情だよなあ」
イエスノーで答えた方がいいのかな。笑われた。嘲笑。
「俺もちょっと疲れたから、飯食べて来ていいかな?3時間もやってりゃあ、なあ」
3時間くらいで根を上げるなよ。もっと頑張れよ。メローネはもっとうまくやるぞ。
男は椅子から立ち上がった。ドアに向かう。向かいざま、私の腹を蹴って行った。イテエの苦手だっつってんだろ。咳き込んでえずいた。今の私やべー。傷だらけじゃん。
足はもう縛られていない。片脚撃ったからね。動けないもんね。わかる。せいぜい逃げようとあがいて俺の溜飲を下げさせてくれよ、だってさ。でもそれは甘いよ。私がリゾットだったら、いやリゾットだったらメタリカだわ。ごめん。えっと、私がメローネだったら、いや、メローネだったら懐かしいなあこの痛み、とか言って痛そうにしながら笑うかも。ごめん。まともなやつどこだよ。
ナントカさんは出て行ってしまった。ドアを閉める直前、そうそう、と思い出したように拳銃さんに声をかけた。
「お前なりに尋問しておけ。好きだろ、そういうの」
にっこりすんな。そしてお前もうなずくな。好きなのかよ。

もーやだよー知らんよー、とごろごろといもむしみたいに床に転がされながら涙と血をだらだら流して、もう何時間経っただろうか。私の不確かでもうろうとした体内時計で言うと2時間くらい経った。どんだけ長いごはんタイムだよ。寝てんの?シエスタ?
ふいに、ドアの外が騒がしくなったような気がした。気のせいかもしれない。ここで君たちの味方がどやどややってきて袋叩きにされたら私死んじゃうよーやだよー。
ばきゅーんとかカーンとか銃声やら金属がこすれ合うような音やらウオオオと叫ぶ声とかが、ドア越しにうっすら聞こえてくる。私は拳銃野郎と顔を見合わせた。ナニこれ?いや俺も知らんよ。拳銃野郎が考えていることは判らなかったので、私の妄想で補う。
拳銃野郎はサッとドアに駆け寄って、魚眼レンズを覗きこんだ。どう?どう?ナニが起きてるの?いまみんなで枕投げとかしてるの?エクストリームバイオレンスギャング枕投げ。参加したくねえー。
「クソッ……もう嗅ぎつけてきやがった」
「もごもご」
えーマジ?誰?うちの子?仕事早いね、
ここ、窓がないから判らないけど半日弱だろうか。私、雑な止血手当を受けて出血は止まっているものの痛いもんは痛いし意識も朦朧としちゃうよ。してないけど。手は縛られてるし口もふさがれてるし。これで手錠つけられて上から吊られたら完全にトラウマの再現だからやめようね。最近笑い話にできるようになってきたからね。でも全然思い浮かべたくないけど。
拳銃野郎はサッと戻ってきて、予備動作なく私の無事なほうの脚を撃ち抜いた。
「!!」
アホかー!!なんで撃つの!?この状況で!?
信じられないこいつ。どういう性格してるんだ。この状況で趣味を優先するとは意味が解らん。痛みに脂汗がにじむ。気を紛らわせるために息が荒くなる。うまく吸い込めないし、吐き出せないし、口が使えないって不便だ。心臓がうるさかった。
「話せ!」
いや無理だろ。脳みそ火薬で出来てんのか?口塞がれてるっつーねん。
拳銃野郎はドアの外に予想外の光景を見たのか、かなりテンパっていた。私の口に貼られたガムテの存在を忘れるくらいには。
私が脚の痛みを逃がそうと、うずくまってぎゃああと脂汗流して涙ぼろぼろで歯を食いしばっていると、ぐい、と髪の毛を掴まれて無理やり顔を上げさせられた。もっと丁寧に扱え。
「クソッ……ボスは恐らく逃げている……俺もここで死ぬわけにはいかねえ」
私の目を見ながらひとりごとを言うことに何の意味があるのか。
「だがお前は荷物だ……こうなったら奴らに俺たちの本気を見せつけるしかねえ」
なんかそのセリフどっかで聞いたな。俺たちの本気を……どこだっけ?暗チ?
「見た目は派手なほうがイイ」
拳銃野郎は拳銃をホルスターに戻した。あんたの個性が今消えた。
代わりにベルトに吊っていた柄を握る。ぱちん、と刃が飛び出た。わあナイフ。見た目が派手ってもしかして。
私が青ざめたのが判ったのか、極限状態のそれなのか、拳銃だった野郎はへへへ、と笑った。死にたくないです。ものすごく死にたくないです。現世に未練たらたら。おいおい前世より1歳長生きしただけじゃないか。まだやりたいことはいっぱいある。おいおいおい。ガムテープが剥がされた。え?悲鳴が聞きたいの?え?
雑念が一気に駆け巡って、首筋に冷えた感触。血管に直接氷を触れさせられたような冷たさ。それからあふれ、散った。
ばっかやろー!まじで切るやつがあるかよ!
髪を離された私は床に落ちた。バキューングサ、私は死んだ。ポルーポ。目を閉じるのが礼儀かな?もう、リゾットちゃん遅いよお。ごめん八つ当たりした。

あれ?
男の足音が部屋から消えて、ああ隠し扉でもあったのか私にはわからなかったなあ逃げ足の速い奴め、などと考える。ざーっと、たぶん頸動脈から血がだらだら落ちて床に血だまりが広がってると思うんだが、身体の痛みはまったくない。私死んでんの?なんか意識はっきりしてるんだけど死んでんの?え?
死ぬってこんな感じだっけ?
「……」
声は出ねえな。身体もぴくりとも動かせない。金縛り、に似ているかもしれない。それよりもずっと意識ははっきりしているけど。というかいつも通りなんだけど。ただ視界がまっ黒だ。それは私が死に際(と言っていいのやら)に目を閉じたからだと思う。いや、閉じるべきかなと思って。死んだら関係ないけど、目が乾きそうだし。
ガン、と大きな音がした。え、ナニナニ?床に耳をつけて倒れているのでちょっと響きますね。ガチ、ガチャン。それからまぶたの外が明るくなる。目を閉じていても、部屋に明かりがつくとその明るさを感じるのと同じですね。1秒にも満たないタイムラグがあって、足音は聞こえないけど、床続きで微弱な振動が伝わってくる。誰かが近づいてくる。
「――」
あれ?リゾットの声じゃん。どうした。なんか動揺してんのか?
って、そりゃ動揺するわ!!私死んでる!私の肉体どっからどう見ても死んでる!わああ意識はあるんだよ。なんでかわかんないけど意識はあるんだよ。でもそれを教えてあげられない。え?どうする?夢枕に立つ?イタリアにその風習はあるのかな。
ひたり、とあたたかい指が、切られたところに触れた。あたたかいんだけど。え?もしかしてリゾットがあたたかいんじゃなくて私が冷たい?え?やっぱ死んでる?
頬を包むように手が当てられて、ポルポ、と今度はそっちで呼ばれた。イエスアイアム。
抱き起されるけど、あっ頭かくんてなった。力入らねえー。おっと頭も支えられた。これ片腕でやってんの?死体って元より重くない?慣れてるのかなあ、死体の扱い。もう一度呼ばれる。返事したいけど、無理だ。また呼ばれる。私は死んでいるっぽいから声を出すこともなくこともできないけど、リゾットのその声がすごく、なんだろう、呆然とするような、ああうまい表現が見当たらない。心が波立って、泣きそうになった。
もう床伝いの音は聞こえないけど、そんなものを聞く必要がないほど明確な音が入ってきた。
「ポルポ!!」
「リーダー、あいつはッ……」
「ッ!!」
メローネ、イルーゾォ、あと誰だ息を呑んだの。でもたぶん全員集合だと思う。
カラン、と重い金属の何かが床に落ちた。
「嘘、だろ、……女王さん……」
「リゾット、……嘘だよな……?」
ジェラートとソルベか。いや、あの、私……生きてる……いや、死んでる……?
自分でも判らない状況なんですが、もしかしてこのまま火葬か土葬されたらヤバいのでは?冷や汗出た。出てないけど。身体死んでるけど。
ソルジェラの言葉がきっかけとなり、ドアのそばにあった気配が押し寄せるように近づいてきた。誰かの呼吸が乱れている。落ち着け。ギアッチョ、クソが、とかそういう弱々しい罵倒いいよ。かわいいね。
「ポルポ……?」
泣いてしまいそうな声だ。メローネちゃんですか?泣くなよ。おねえさんが抱きしめてあげるから泣くな。いや無理だけど。私いま死んでますけど。
クソ、という小さな舌打ち。何か軽いものが落ちて、じり、と踏みにじられる。ナニ?プロシュート?ペッシの様子見てあげて。
「……ああ……」
不穏な声音。え?今の誰?まさかとは思うけどイルーゾォさん?キレると最恐イルーゾォ先生ですか?心臓以外を許可するの?
「この血……。ついさっき、いや、俺たちが入る直前だ」
ぴちゃ、と水音に似た何か。ホルマジオ、血だまり踏んだ?靴汚れるよ。
私はどうするべきかなあ。意識はあるんですけどねえ。どうなってんだろうねえ。みんなーッポルポだーッ身体以外は元気だぞーッ。
「誰がどう見ても……」
「……完全に、死んでるな」
冷静に言うなソルジェラ。声が震えてる。この震え方、覚えがある。でもソルジェラが泣くところなんて私は見たことがない。じゃあいったい、どこで、いつ?
その答えはすぐに与えられた。
ポルポ、と名前が呼ばれて、どうしたのリゾットちゃん、先にこんなことになってしまって申し訳ない、とてもさみしいなあと思ったら強く抱きしめられた。死体でごめん。でもありがとう。どうしたらいんだ私は。幽体離脱するしかない。
愛してるよリゾット。
もうなんか、このままとりつきたい。しにたくないよー。しんでるけど。
それから身体が離されて、たぶん、全員の視線が集中しているなかで、死んだ唇にキスを受けた。