09 観光


私、ナニ小恥ずかしいこと考えてるんだろ……。てんぷらを食べながら照れた。確かに私はリゾットのことが大好きだけど。
まあいいか、何でも。リゾット好きだしリゾット可愛いしてんぷらおいしいし日本懐かしいし。
「どう?初のてんぷら」
「おいしい」
「おお……!」
おいしい頂きました。今、ここでは私しか知らないことだけど、これは結構レアですよ。人前でおいしいって言うの、レアですよ。頻繁に聞いているようでレアですよ。それなりに味の感想を言うのは私が関わった時くらいですからね。ん?私いま凄いこと考えた?
「それにしても、リゾットちゃんはいつお箸の使い方を覚えたの?」
割り箸を扱う慣れた手つき。所作も、ある程度ゆっくりした、いつも通りの丁寧なそれだ。
練習しているところは見たことないし、そもそも家に箸なんてない。そこで思い出した。あるわ、箸。日本フェアのデパートに行った時に買ったわ。でもそれは私の部屋に保管されているし、やっぱりどこで知ったのか判らん。
さくさくときすのてんぷらを食べてから、リゾットは自分の手元を見た。
「今」
「……」
えっこいつイマって言った?イマって、ナウ?イマって、オーラ?今?
「ポルポの持ち方を見て、使っている姿を見て、そういうものかと真似をしていたら慣れた」
「ゆ、……」
有能にも程があるだろう、リゾット・ネエロ。コピー忍者なの?写輪眼持ってるの?私は自分の手元を見た。一応、正しい持ち方をしているけれど、箸を持つ指って結構複雑だと思う。力の入れ方とか、バランスのとり方とか。私はまだ右手じゃあできない。持ち方を知っていてもできない。
「……お味噌汁、おいしいね」
「そうだな」
相槌を打っただけなのか、本当においしいと思っているのか。リゾットの手元しか見ていなかった私には判別できなかった。
元が器用だし、そんなもんなのかもしれない。
お会計は、「日本のお金を使ってみたい」と言ったリゾットによって支払われた。へえそういう好奇心もあるのか、と思って先に食事処を出たけど、よく考えたらホテルに戻ってきた時に紙袋持ってたじゃん。日本のお金、使ったことあるじゃん。スマートに奢られてしまった。
ごちそうさま、とお礼を言うと、普段はなかなかさせてもらえないからな、と言われたけれど、なんだかんだで私ごちそうになってばっかりだぜ、リゾットくんや。

私も知らん街並みを並んで歩いて、てんぷらおいしかった本当においしかったていうか日本食がおいしいこの26年間で一度も食べたことがないのにすんなり受け入れられるこの馴染ませ方すごい天つゆ白米お味噌汁愛してる。お味噌汁空輸できるかな幹部の間にやっとけばよかった今度ヤナギサワに送ってもらわなきゃ。乾燥わかめ乾燥わかめそういや乾燥わかめ一袋全部乾燥させたまま食べるとわかめで胃袋破裂しかけるからやめたほうがいいんだよ、など、特に何も喋らないリゾットの隣で取り留めもなくペラリペラリと喋っていたら手を繋がれた。あ、はい、黙ります。
ぴたりと黙って指を絡める恋人繋ぎにして、ふらふら歩いて自転車を躱したりリゾットに引っ付いてみたり、リゾットが向かいの歩道のコンビニに興味を示したので横断歩道の白だけ踏んで渡ってみたりした。
私はコンビニでMr.ガリガリソーダ味を買った。リゾットはみかん味の濃厚なジュースを買っていた。おいしいよ、それ。

ガリガリしながら道を行く。リゾットの行きたいように歩いているので、私にはもうここがどこなのかホテルがどっちなのか、まったく判っていないけど、リゾットちゃんがいれば何とかなるので何の心配もしていない。私と違って方向感覚ばっちりの男だ。私も方向音痴ってわけじゃあないがね。夜だしね。言い訳じゃないよ。
「ガリガリする?」
リゾットに差し出すとガリガリしていた。冷たい、と言われた。当たり前だろ。
棒アイスって、最後のひと口を食べるのが難しい。暑い季節じゃないので、溶けて落ちることはないのが救いだ。零れないように、ちょっと立ち止まってあーん。ガリガリ。確かに冷たい。あと、はずれだった。
「わあ、口の中、すんごい冷えてる!今なら白い息出そう」
出ないのは知っているけど、ちょっと口を開けてはあ、と息を吐いてみたら、歩き出す前に、少し斜め前から私を見ていたリゾットが口の中に指を突っ込んできた。ぴと、と舌に触れる。ビビッて見上げると、小さく頷くリゾット。
「確かに冷たいな」
「だから、いきなり指突っ込むなってば……」
「あぁ……、忘れていた」
どんな確かめ方なんだよ。いいじゃん私の口の中が冷たかろうとなんだろうと。どの辺りが気になったんだ。
ジュースはホテルで飲むつもりのようで、部屋に戻るまで開封されなかった。

先にシャワー浴びてこいよ(意訳)と言われたのでお言葉に甘えることにした。たいてい、アメニティでは髪の毛がぎっしぎしになるので、自宅から小分けにして持ってきたシャンプーリンスを使った。ボディソープはどうでもいいのでアメニティ。後がつっかえているのでお湯は張らなかった。
薄っぺらいパジャマを着て、Mサイズはボタンを全部閉めるときつかったので開けた。腕か手でおっぱいを寄せたら谷間がいい感じに見えるよ。寄せないけど。
「おっさきー。シャンプー余ってるからうちのやつ使っていいよ」
「いいのか?」
「うん。なんかしら気になるなら使わなくてもいいけど」
「俺はなにも気にならない」
「あ、そう?」
そりゃあよかった。
冷蔵庫からオレンジ味の炭酸ジュースを取り出す。夕方に買っておいたのです。プシュ、と炭酸の抜ける音がして、今はまだそれほど進歩していない味を楽しむ。
「どれから食べようかしら、っと」
なんてことを言いながら、第一陣は決まっている。アーモンドチョコ。ビニールを剥がして箱を引き出し、ひと粒口にする。私はチョコレートを口の中で溶かして食べるので、進みは遅い。でもチョコのコーティングはそれほど厚くなくて予想よりも早く終わった。カリカリと最後にアーモンドを砕く。
「リゾットちゃんも食べる?チョコレート」
リゾットが旅行雑誌から顔を上げた。ベッドに座っているリゾットに近づいて、中のシートをめくる。わずかにリゾットの方に傾けると、ざらざらとチョコが箱の中を滑った。グラッツェ、とひと粒取って食べた。カリ、と音がした。へえ、噛むのか。私ももうひと粒含む。
25粒くらい入っているから途中で飽きるんだよね、チョコ。アーモンドチョコを半分にして、あとはアーモンドだけの商品も出してくれたらいいのに。それはもうアーモンド&チョコレートだろう。それもそうか。
自分からはもう食べそうになかったので、リゾットの口にもうひと粒突っ込んだ。
「明日、どこに行くか決めてるの?」
口を空にして訊ねると、じーっと私が食べているところを見ていたリゾットが小さく首を傾げた。あざといのにあざとくない。
「ポルポの行きたい所で構わない」
「私も特にないわね。んじゃあ一緒に決めようよ」
「あぁ」
リゾットがスペースを空けてくれたのでそこに座る。チョコを持っているので、リゾットの膝にある雑誌を覗き込んだ。びっくりした。これ日本語じゃん。
「イタリアには売ってないよねこれ。今日買ったの?」
「書店に興味があったから、この辺りに大きい本屋はないか訊いて行ってみた」
すでに異文化コミュニケーションも済ませている。女性に訊いたんだろうか。私が日本人の女性で、リゾットに場所を訊ねられたら、教えたあとにツイートするだろうな。ものすげえイケメンに本屋の場所きかれてイケメンパワーで死ぬかと思った、とかね。私が日本人の男性だったら、爆裂イケメンが話しかけてきた瞬間そのオーラで死ぬかもしれない。
「東京タワー、今日行った?」
「いや……今日は観光スポットより、趣味を優先した」
「(刃物かな)」
飛行機に持ち込めるのか?別の物に変化させるのか?日本にリゾットに合う刃物なんてあるのか?包丁?あれは鉄というより鋼だったような。今はステンレスのものもあったっけ?
「じゃあ、東京タワー行きたい。せっかく港区にいるんだし」
「そうだな」
「チェックアウトが11時だからのんびり起きられるとして、お昼ご飯はどうしようね。何食べたい?」
考えているリゾットにチョコを突っ込んだ。ちらりと私を見たリゾットが、ひょいと同じように突っ込んできた。私いままだ食べてる途中だったんですがね。もうひとつリゾットに食べさせた。リゾットは箱からふたつ取って、器用にブチ込んできた。
「んう」
私、4つも同時にチョコを食べたの初めてだよ。もごもごする。もう連続で押し込むのはやめよう。口の中めちゃ甘い。あとチョコレートが時間差で溶けるので、アーモンドをかみ砕くのが大変。
このやろう、と勝手に手を伸ばしてページを繰る。あ、浅草寺。
「豆腐」
「ん?」
私のメンタルの話?んなわきゃあない。食べたいものか。豆腐食べたいのか。
リゾットが手を伸ばしてきたので、取りやすいように箱を向けた。箱を取られた。そんなに気に入ったのか。
「それじゃあ豆腐が中心の和食にしよっふお」
また突っ込まれた。自分で食うんじゃないのか。箱を手にしたのはぶっ込み準備だったのか。3個食べさせられた。私がもごもごしてるところが面白かったの?君の興味の変遷が読めない。
「台東区、行った?」
「文京区までは行ったが、そこで時間を使ったからその先へは行っていない」
じゃあ浅草行こうぜ。あ、動物園のほうがいい?
リゾットが激しく思案するように沈黙してしまったのでやめた。いいと思うけどね、ヤギと戯れてるリゾット。

浅草の食べ歩き特集を見て人形焼おいしそうだな、と思っていると、またひと粒唇に押し付けられた。なんでそんなに食べさせようとするのかしらね。てんぷらをリゾットと同じ量で済ませたから、私が腹ペコだと思っているのかもしれない。大丈夫だよ、その前に蕎麦屋とファミレス3軒とファストフードを梯子してるから。さすがに言わなかったけど。
リゾットを見ると、目で促されてしまった。チョコの、唇についているところがゆっくり溶けてきている。食べずにはいられないじゃないのよ。私は口を開けた。チョコを転がすように入れられたので、そのままリゾットの指を食んだ。目は合ったまま。動揺しねえよなこの人。いつ驚くんだろう。
「……」
「んん」
離した。
「そうね、……うーん、"次は気をつけて食べさせよう"?」
「かなり遠い」
「さようか。難しいわね」
雑誌に戻る。
浅草を観光するだけじゃあ、夕食の時間まで時間が余るだろう。昼食で1時間、東京タワーで2時間くらい、移動に30分、買い食いしながらお寺に行って多く見積もり2時間。これでだいたい16時近くだ。旅館でのんびりするとしても、1時間はさすがに長い、と、思う。あ、お風呂先に入るかなあ。浅草寺の後に旅館に行って、それで訊いてみようっと。もし時間が余ったらお土産でも選ぶか。最終日はお昼頃に空港にいる必要があるからね。
「豆腐の和食屋さん、あとで予約頼むわ」
チョコを指でつまむ。
リゾットを見ると、不思議そう(まあ無表情なんですけど)だった。
「日本は初めてなのに、当てがあるのか?」
チョコをリゾットの唇に当てる。
「ヤナギサワが関東の観光のスペシャリストな、ふおあっ!」
指ごと食われた。これやられるとびっくりするな。実はびっくりしてたんだろうか、リゾットも。
薄く唇が開いたので指を取り戻す。うむ、驚いた。今度は自分のチョコを取って食べる。おっと、軽く暖房が利いているせいか、チョコのコーティングが溶けてきている。指についたので舐めた。指食いはこれでイーブンにしようね、という想いをこめてリゾットを見ると、リゾットも私を見ていた。
「……」
「ん?えーっと、ウーン……あえて言うなら……"チョコがおいしい"……?」
「チョコは甘い。そして違う」
とか言いながら、リゾットはもうひと粒食べている。あ、残りは2つだ。ひとつが私でひとつがリゾットちゃんだね。ひとつ食べた。
「最後のやつ食べてー」
「いらないのか?」
「2人いて、2つ残ってたら半分こじゃない?」
「そういうものか」
「そういうもんじゃないかな」
箱が空になった。

ひとりで寝るのは久しぶりだったので、朝起きた時に違和感があった。まあ、イタリアでもリゾットの方が早起きだから隣には誰もいないけど、私が目覚める時はほぼ毎日ベッドに座って、本を読んでたり、たまに私を見ていたりするからひとりという感じがしないのだ。なんで私を見てるのかは謎である。寝顔がヘンなのかもしれない。仮面かぶって寝るか?

7時だ。
朝食は私のためにビュッフェスタイルになった。ルームサービスだとお前が低血糖で倒れそうだと言われたからだ。一度倒れたことがあるもんね。
こんなにも腹ペコな私の内臓、どうなってるんだろう。異様な進化を遂げているのかもしれんな。あるいは現界するために大量の魔力を消費しているからエネルギーで補わないと霊体に戻ってしまうとか?それどこのサーヴァント。
「リゾットが牛乳飲んでるところ久しぶりに見た」
「味が同じかが気になった」
やっぱり、仕事以外は興味で動いているのかもしれない。
凄いなあ、と感心してしまう。幹部をやっていた時は藪蛇をつついて死にたくないなと思ってたから、ある程度は好奇心を持たないようにしていたけれど、リゾットがいてくれたら怖いことも調べられるわね。
さあて、デザートで終わりにしよう。
ヨーグルトと甘いパンとフルーツを胃に収めて、紅茶を飲む。
コーヒーの最後のひと口をリゾットが飲み終わるのに合わせてカップを空けて口をぬぐう。余は満足じゃ。

エレベータで部屋の階に下りる。廊下を歩きながらリゾットを見た。
「チェックアウトの時間までどうする?寝てる?」
「寝るのか?」
「それもいいわよねえ。あ、でも、お土産考えようかな。えー、15人分」
「……多いな」
だよね。そんな大人数にお土産を買った経験がないから、今からワクワクしている。友達の少ない人生を送ってきたなんて言わないでよお!
「同じのより、違う方が楽しそうだしなあ。リゾットは?記念になんか買う?」
「もう買った」
あぁ、あの紙袋か。東京タワーや浅草で買うより、そちらのほうがリゾットらしいかもしれない。東京タワーの形をしたボールペンとか、ピンバッジを買うリゾットも見てみたいけど、土下座しないとやってくれないんだろうなあ。逆に考えるんだ。土下座をすればやってもらえると考えるんだ。私の土下座でキュートなリゾットちゃんのスチル(脳内アルバムに保存)が手に入ると考えるんだ。安いもんだな。やりませんけどね。
ということで、私たちはチェックアウトの時間までをホテルの部屋で過ごすことにした。
「リゾットは暇にならない?私に付き合わなくても、お散歩とかしてきていいんだよ、鍵開けるから」
「昨日買った本を読む」
しまった、私も本を仕入れておくんだった。日本に来た目的のひとつをすっかり忘れてファミレスの梯子をしてしまった。くっ、後悔なんてしてないんだからな。
「(konozama使うか……)」
あるいは魔法の手段ヤナギサワ。
ふと見ると、リゾットがソファに座ろうとしていた。似合うな、ひとり掛けのソファに座る姿。しばらくベッドに座りながら見つめて、ぱたんと後ろに倒れた。雑誌をぱらぱらとめくる。
こけしはやめておこう。メローネは日本の隠語も知っていそうだ。

チェックアウトを済ませて電車に乗る。荷物をどうしようか。
海を越えた旅行とは思えないほど軽量、コンパクトにまとめられた荷物は、あとはお土産を詰めるだけの役割しか果たさない。もう購入したものをイタリアまで宅配便で送って欲しいよ。
思案していると、電話が鳴った。電車の中だったので切った。ヤナギサワだし、駅まではもうすぐだ。ごめんよと胸の中で手刀を切った。
「さっき電話かかってきたから、ちょっとかけ直してくるね」
「あぁ」
駅でリゾットから離れる。離れるといっても、1mくらいだ。だいじょうぶ、メタリカの範囲内だよ!ナニが大丈夫なのかまったく判らないファミ通の攻略本。
コール音のあとに軽快な声が聞こえた。あー、我が同志ちゃん、さっき電車だったかな、悪ィ悪ィ。
「こっちこそ切ってごめん。どうかしたの?」
「あんさー、昨日懐石料理の予約したじゃん?んで、そん時に俺、旅行のルート訊いたじゃん?」
「その件についてはありがとうね」
「ンー、そりゃ良いのよ、おっぱいのお礼だし。で、荷物どうすんのーって訊いたらさ、どうしようねえ、って完ッ全なんも考えてなかっただろ?」
「……」
昨夜、問われるままに答えていたのだが、そんな評価を下されていたのか。
「今×××駅?」
「そうそう」
「改札は?」
「中」
「そりゃあ良かった。ポルポちゃんのこったからすぐに掛け直してくれると思ってたけど、知らせるの遅かったかなってちっと気にしてたんだ」
いわく、この駅の改札を出てすぐ右が出口への通路だが、左に進んで階段を下りると、そこに荷物預かり所があるらしい。東京タワーを観光する外国人のために設置されているのだけど、なにせこの駅が地味なために知名度が低いのだという。私は全力でヤナギサワに感謝した。君は天界から降りてきた天使なの?違うよ天使は俺の彼女だよ。
電話を切って、リゾットにそのことを伝えると、そいつ何者なんだよ(意訳)と言われた。私も知りたい。
英語ペラペラな受付の男性に英語で話しかけられて私がビビった。英語、あんまり得意じゃない。リゾットが対応してくれて惚れた。お母さんかと思いきや頼れるお兄さんだった。間違えた恋人だ。おっと、兄貴の座はプロシュートのものですあしからず。
「秋だから虫が少なくていいねえ」
「そうだな」
どうでもよさそうだった。
軽く歩いて、大豆ってやっぱりすごいよねそのままふかして食べてもおいしいし枝豆にもなるしお味噌にも醤油にも変化して豆乳も女性ホルモンに作用するらしいし豆乳のスープおいしいし豆乳ラッテも意外と癖になるし湯葉素晴らしいしちょちょっとにがりを入れればこれから食べる豆腐になるし、あっそうそう日本では節分って行事で煎った大豆を福豆として年齢と同じ数食べるんだ、今がその季節だったらそのパック買って帰ったのにそれはちょっと残念だなあ、などとリゾットを見ながら話していると転びかけた。腕を掴んで支えてくれたリゾットがじっと私を見てきたので、なるほど黙って前を見ろということだなと理解して口を閉じた。
料亭ののれんをくぐるとニコニコと迎えられて私もニコニコ。三和土で靴を脱いで靴箱にしまう。
すごくおいしそうな匂いがしてご飯が待ち遠しいですとお店の女性に言うと、うちの自慢の会席ですよと言われた。ますます楽しみ。
ちなみに、電話の向こうで確実にウインクしたであろう彼の言葉のとおり、案内された席は掘りごたつだった。足がしびれなくて済むよ、やったねリゾットちゃん。足がしびれるリゾットが見てみたかったとささやく私の中のガイアは無視。
リゾットと会話をして(ほとんど私が喋っているのだけど)いると、ほかほかと湯気の立つ土鍋がやってきた。同時に黒いお盆でお食事が運ばれてくる。イエーイ和食イエーイ。
「わくわくするねえ、リゾット」
「そうだな。……足りるか?」
「うん、大丈夫」
このあと浅草で買い食いするからね。にっこり笑って箸を取った。割り箸じゃなかった。さすがです。
ひと口ひと口感動しながら食べて、湯豆腐をフーフーしまくって適温にしていたら、リゾットがポツリと言った。
「豆腐はかなり脆いな。気をつけよう」
気をつけよう、という言葉とは裏腹に、私を見ている目はちょっと笑っている(まあ無以下略)。何に気をつけんの?
「豆腐メンタルに負担をかけないように、だ」
「……」
あっ、私そんなこと言ってましたか。豆腐メンタルって言ってましたか。ちょっとヘンな汗が出た。
「まさかと思うけど、……だから豆腐食べたいって言ったの?」
「そうだな」
わあ。
「イタリアの味に慣れているから少し薄味に感じるが、ポルポが興奮するのも判る気がする」
「おおお……!」
続けられた言葉に感動した。このままリゾットが日本食に目覚めてくれたら、私、家でもお味噌汁つくれる。大豆を手に入れてググって豆乳絞って豆腐つくれる。
あまりにも私の目が期待に輝いていただろう。リゾットがそっと目を細めた。

東京タワーですよ奥さん。
リゾットと東京タワー。なんて組み合わせなんだ。6年前には想像もしていなかったし、そもそも私が日本に来ることも、リゾットが恋人になっていることも当然欠片たりとも考えていなかった。私は彼らを気に入ってお給料上げたり可愛がったりしていたけど、そもそも暗殺チームの彼らが私を受け入れてくれることにもびっくりしたからな。いつマスターボール投げたっけ。閑話休題。
「あのさ、リゾット。私、エレベータじゃなくて階段で行きたいんだけどいいかな?」
「……アレか?」
階段はこちら、の案内を指すリゾット。そうです、アレです。
「珍しいな、た……、……わざわざ疲れることを選ぶなんて」
今、体力がないのにって言おうとしただろ。いいんだよ体力なんて。頭脳派だし、いざって時は頑張れる26歳だから。
体力どころか頭脳も目の前の男に完敗だという事実からは目をそむける。
「上りきるとね、ノッポン公認昇り階段認定証がもらえるの。私それが欲しくて」
「あぁ、なるほど」
納得してくれたようだ。
「リゾットは?ついてきてくれる?それともエレベータで行って、どっちが早く上に着くか勝負する?」
「結果が判りきっている勝負がしたいのか?」
「……」
ちょっと声がわくわくしてた。それはそれで構わないが、っていうのが裏に隠れてますね。なんでわくわくしてるんでしょうね。勝てるからじゃないですよね。私関連ですよね。すみませんでした。
階段の入り口で少年とすれ違った。おねえさんおにいさん頑張ってね、と言われた。がんばるよ。おねえさんがんばるね。
外階段だったので、階段の疲れもあるけど風とか景色にビビる。手すりにちゃんと掴まって、ひええと言いながら上った。
休憩の数が2回で済んだのはかなりがんばったと思うよ少年。後ろから上ってきた幼女にも応援された。私もう駄目なんじゃないのか人として。
でも認定証うれしいです。リゾットも当然それを貰っていてちょっと笑った。似合わねえ。あと、この人だったら走って上ることもできそう。
「うう、階段なんて久しぶりに上った……」
「……」
「"毎日家で上り下りしているだろうに"」
「大正解」
「やった当たった!」
さて、せっかく展望台にいるのだから、東京の景色を展望しようじゃないか。私は脚だけをぐいーっと背伸びのように伸ばしてから窓ガラスに駆け寄った。休日の入りだから少し人で混んでいるけれど、きちんとスペースは空いている。
「ふおお……ここだけでも結構高い……あ、あれ山か。へえー……あっちはなんだろ。ビルいっぱいあるなあ。この無機質な感じ、東京のイメージって感じがするわ。……うん、空も広い。今日は晴れてて良かったね」
「そうだな」
「あっちの窓行くね。……あー、あそこのビルのひとが屋上から双眼鏡構えたらこっちが見えるのか。観覧車でも同じことできそう……あっ、次に来る時は横浜行こっと」
大展望台だけで結構楽しめるなあ。街との距離がそれなりだから文字とかが見えやすいし。上はどうなってんだろう。私、東京タワーに来たことがなかったから判らないんだよね。せっかく港区に住んでるのに、と思わなくはないけど、バイト掛け持ちとかで忙しかったし。あ、でもそのぶん痩せてた。今もおっぱい以外はある程度スタイルを保てていると思うけど。(エネルギー消費が激しくて太るのが無理ゲーなだけなんだが)
ひととおり150mからの景色を楽しんだら少し口寂しくなったので、ハンドバッグから飴を取り出した。コンビニで買ったんだよ、ミルキーとパイン飴。
ミルキーはさすがに甘いのでパイン飴をあげようと思って、隣で景色を見ているはずのリゾットに顔を向けるとバッチリ目が合った。
「飴あげる」
「……パイン飴」
「うん」
もしミルキーを渡していたら、ミルキー、って復唱したのだろうか。聞きたいですね、リゾットの口からミルキー。
リゾットは礼を言って飴を口に含んだ。私も白くてなめらかな塊を転がす。血糖値が上がる音がしますなあ。ごめん適当言った。
それから2人でぐるりと大展望台を回って、エレベータの列に並んだ。飴を舐めているので何も話せない。アイコンタクトも習得していないので、持ち運んでいる手帳を確認することにした。10月に入ると面倒くさいんだよな、月初めにはパッショーネに表向きのショバ代のようなものを支払う手続きをしなくちゃいけないし。あれ?これだけしかない?あ、あったわ。別組織のひとと依頼がブッキングしちゃってるから、移譲のために待ち合わせしてるんだった。こっちは被ったら全部投げちゃうからさ、頼むから他の組織の保険にしないで欲しいもんだね。
エレベータ嬢に促されて搭乗する。うっ、気圧が変わって耳がキーンとする。飴を舐めていてよかった、唾が出るからさ。
リゾットを見ると、至って普通の様子だった。気圧の変化にもきちんと適応できるように訓練されているんだろうか。この人、東京タワーのてっぺんからガラスをバリーンて割ってルパンよろしくベルトから射出されるワイヤーで地上に下りても平然としてそう。あの黒コートのばってんの前ベルト、サスペンダー型伸縮ベルトみたいなモンなのかもしれんな。
特別展望台の景色は凄かった。うわあああ、と思わず出た声は感動だったのかビビっていたのか。
「す、すっげー高え……300mやべえ……300mってナニ……私が、えーっと……えー、約170人以上180人以下」
計算している場合じゃない。
手すりに掴まって身を乗り出す。ひええ高い。これを建築した人はどんなことを考えながら組み立てたんだろうか。絶対、同意書書かされたよね。不慮の事故によって死亡した場合の賠償とか取り決めがあったに違いないよ。だって死ぬもん。この高さ、死ぬもん。
いくらそれしか反撃の手段がなかったからって、サスペンダーがあったからって、こっから飛び下りて完璧なタイミングで手が離せた某眼鏡の少年、何者なの?ジンのセリフじゃないけど、何者なの?
「リゾットは怖くないの?いや、私も怖くないけどね、怖くないけど、男の人って高い所から下を見ると、背筋ぞわっとしたりお尻痛くなったりするって聞いたことあるよ」
「さあ、特に何も感じないな」
「まじか」
プロだからなのか、リゾットだからなのか。あと、リゾットに話しかけようとすると必ず目が合う。私はそんなにわかりやすい気配を出しているんだろうか。
「あっ」
ガラス張りになっている床を見つけた。行かいでか。
300mという高さにちょっぴりビビっていたので、リゾットと手を繋がせてもらった。いざ、鎌倉。間違えた、ガラス床。
「ッ……」
なにこれこわい。ぞわぞわぞわッと足元から鳥肌が立った。誰だよこんなの発案したの!
「リゾットこれめっちゃこ―――きゃー!」
振り返った瞬間に、ぱ、と手を離されてビビりすぎて跳んだ。ガラス床から飛びのいてリゾットの腕を掴む。しかしすぐにこいつが敵だと思いだして距離を取った。壁に背中が当たる。あまりの衝撃にミルキー飲みこんじゃったよ。
「お、お、おまッ……い、い、いまのは!反則だろ!!」
ひとつ発見した。私、テンパると日本語混じる。あと、背中に冷や汗かいた。
「すまん」
すまんで済むかこのタコ!!あっタコは私だった!!
リゾットの目は少し、いや、私の主観だけど、どっか楽しそうだ。ナニその眼差し。楽しいの?
まだ心臓がばくばく言っているよ。胸を押さえて下からリゾットをちょっと睨む。なにすんだよこのやろう。ちょうビビったじゃんかよ。
私の次に挑戦した男子学生がウオー尻イテーって言っててちょっと癒された。だよね、ビビるよね!私は君の味方だよ。
「(つうか、きゃーってなんだよ、きゃーって。26歳だぞ私は……)」
「……」
「ううっ……、"こいつちょうビビってておもしろい"」
「遠くはないがニュアンスが違う」
「……」
「"いつか泣かす"」
正解だよ。覚悟してろよこんにゃろう。睨みながら頷いた。私涙目じゃない?大丈夫?
す、と手を差し出された。握った。感じた恐怖を伝えてやろうと思ってぎゅううと手に力を込めたら、優しく強く握り返された。あったかかった。安心してしまうのが悔しい。

26歳ですけど。私、26歳ですけど。
はしゃいじゃっても、いいよね。
「浅草……!」
やって来ました雷門。荷物は一足先に旅館へ。
さすがにここに来ると、外国人観光客も多く見かけるようになる。みんな写真を撮ったり、ガイドブックを見たりと忙しい。
リゾットも私もガイドブックは荷物の中に置いてきたし、カメラも持っていないので、人混みをすり抜けて門をくぐる。これ、確か17時かそこらへんになるとたたまれてしまうんだっけ。予定の通り、今は14時の少し前だ。東京タワーではお互い、お土産に興味を示さなかったので、そのぶん時間が早まったのだろう。
「はあぁ……!」
色々なお店に目を取られ、景色に目を取られ、観光客に目を取られる。足元がお留守になっても安心。そう、リゾットちゃんならね。
「人形焼、人形焼買おう」
「落ち着け、店は逃げない」
「はい」
はしゃぎすぎましたね。
財布を取り出して硬貨をおばちゃんに渡す。10個入りの袋を渡してくれる。ありがとうございます!
端っこに行こう、と腕を引いて、人の波を斜めに進んで端に寄った。袋を開く。甘い匂い。
「リゾットちゃんには、そうねえ、提灯をあげよう」
「お前は?」
「私は鳥よ」
かじる。甘い。あんこイズ素晴らしい。
ちょっと見上げると、リゾットも人形焼をかじっていた。この日本旅行素晴らしいな。目に焼き付けておこう。
食べていると自分の人形焼がなくなったので(当たり前だけど悲しい)もうひとつ取りだした。
「どう?口に合うかね?」
「甘いな」
「そうだね、これは甘いね」
紙袋をリゾットのほうに向けると、もうひとつ食べてくれた。ああ、でもリゾットは私と違ってたくさん食べるとお腹いっぱいになる人だからな、気をつけよう。
リゾットが3つ、私が7つ食べて紙袋は空になった。本当は5個ずつ食べたかったけれど、リゾットが4つ目から私の口元に人形焼を持って来るようになったので、もう要らないんだろうなと思って食べた。お昼ご飯がいつもよりだいぶ少なかったからいくらでも入るよ。お昼ご飯をがっつり食べていてもいくらでも入るけども。
「次はあれ食べるね。揚げ饅頭」
宣言して進む。歩きながら、言い添えた。
「お願いだから、私がリゾットとはぐれておろおろしているのが見たい、なんて考えないでね」
「……」
「"そんなこと考えもしなかった"?」
「正反対」
「だと思ったよ。考えるのはいいとしても、実行しないでください」
危ないところだった。
これがメローネだったらわざとはぐれられてもすたすた先に進んで観光を楽しめるんだけどさ。なにせ彼はいよいよ現れなくっても、メローネがいないと寂しいなと呟けば飛んでくるからある意味安心だ。
リゾットは違う。絶対、余裕ぶっこいてた私が本当に心細くなっておろおろしてリゾットどこやねん、と見つけられるはずもないその姿を捜して気落ちするまで続ける。再会した時に私が稚拙な罵倒をするところまでがひとネタ。だってリゾットがまじに私とはぐれるわけがない。どんだけやっても結局私がリゾットを見たら安心して、その前よりひっついていくのを知っているとしか思えない。実際知ってるんでしょうよ。
うう、やめて……さっき私の豆腐メンタルに負担をかけないようにするって言ってたじゃんよ。東京タワーのアレでかなり負担かかった。これ以上はダメ、絶対。
揚げ饅頭をぱりぱりと食べて、ごまあんが出てきたところでリゾットに向けてみた。
「ん」
ありがとう、と毎回礼を言うところは律儀だ。私ならやったーありがとーとかじりつくのに。あれ?ありがとうって言ってるわ。
ごくり。私はじっとリゾットを見つめる。
目を手元の食べ物に向けて、すなわち少し伏し目がちになって、そっと唇が開く。かじる。もぐもぐ。
「(この色気……!!)」
以前、この破壊力に気づいて、それからちょいちょい楽しみにしているのだ。伏し目がちなリゾットちゃん萌えってやつですね。セクシーというにはエロくない。なんだろうねえ、静かな色っぽさがある。
じーっと見ていたら、揚げ饅頭を持つリゾットの手が近づいてきた。もういいのか、と受け取ろうとして、手が空を切った。
「えっ?」
警戒していなかった方向からのアクションに目をまるくした。
もう一度差し出される。食べろと。君の手から食べろと。さっきから物を私の口に入れたがりますね。
食べない理由はない。
あ、と小さく口を開けて食べる。衣ぱりぱり、中ほかほか。いいですねえ。
「すんごくおいしい。日本には、アイスクリームのてんぷらもあるんだよ」
「どう揚げるんだ?」
「ジャッポーネマッジーア」
おいしいんだぜ。
そのまま最後まで食べて、まったく私たちはどんなバカップルだよ、と自分に呆れた。バカップルでないのを知っているのは私とリゾットだけだ。あと、イタリアにいる8人な。私のそれに他意がなく、リゾットのそれは給餌行動だ。ヒナですいません。

浅草寺を観光したあとはお土産選びだ。幸運なことに、ここは観光地。面白いものも、良いものも揃っている。
私の買い物に付き合わせるのも悪いなと思ったので、リゾットにそれを伝えて訊いてみた。
「私はこれからみんなへのお土産を見るけど、リゾットはどうする?」
「特に土産を買う相手もいないからな。……少し、かっぱ橋を見てくる」
「そっか、楽しんでね。待ち合わせは、直接旅館に行くことにしよっか」
「あぁ、わかった。……手回りには気をつけろ」
「うむ」
と、いうことでお土産屋に。
ジョルノたちへのお土産はけっこうすんなり決まったのだけど(なにを渡しても喜んでくれるだろうなと思うと気が楽だ)、暗チがこりゃあややこしい。好悪の激しいひとがいっぱいだ。プロシュートとギアッチョが特にヤバい。
お土産の定番と言えばご当地ストラップだけど、携帯電話が発達し始めた今はまだ数が少ない。というか、イタリアにいて日本のご当地ストラップを貰っても困るだろうし。
最初に決まったのはソルジェラ。ペアグラス。切子だから日本らしいし、異様な仲良しさんだからね。
プロシュートには酒とかどうよ。ロックもよし、割るもよし。
ペッシには落雁と、それが外れた場合の滑り止めに日本製のお菓子を。あと、ほんのり波模様の風呂敷を購入したのでそれで包んで渡そうと思う。
ホルマジオには扇子。あいつ絶対扇子似合うと思う。
イルーゾォにはホッカイロ。これからの冬、寒いだろ。いっぱい買っておいた。持つやつと貼るやつ。それと手鏡。いざとなったら割って使え。
ギアッチョには眼鏡拭きと眼鏡スタンド。眼鏡だからな。スタンドはおしゃれなやつがあったからさ。
メローネ、ごめん。とても評判がよい爪切りと、それからとても言えない本を数冊。
お店の人が親切で、いくつか小さな紙袋を持っていたら大きなひとつにまとめてくれた。やったー。
それを引っ提げて旅館へ向かう。日本人女性がイタリアにいるとたいてい誰かに話しかけられるけど、イタリア人、いや、外国人女性が日本にいても誰も話しかけてこない。気楽でとてもよい。
「おかえりなさいませ、ポルポさん」
「あ、こんにちは、ただいま戻りました」
仲居さんが迎えてくれて、まあお土産ですか、と微笑まれる。そうなんですよ、家族と仕事仲間にって考えたらどんどん増えていっちゃって。
和やかに会話を続けながら部屋へ通される。さすが、どの業界でもプロフェッショナルは違うなあ。私、まったく何にも秀でていないから、そろそろなにかスキルを磨いた方がいいかもしれん。おっぱい以外で。
「お夕食は19時にお持ちしますね。お風呂は、どうされます?」
「時間もあることですし、私は先にいただこうかと思うんですけど、連れがちょっとわかりませんね。戻ってきたら訊いて、お伝えします」
「ありがとうございます。浴場は23時まで開放されていますから、ご自由になさってくださいね」
いえーい日本風呂いえーい。
浮かれながら私しかいない部屋で畳の上に寝転ぶ。
とても言えない本と一緒に買った、自分用の漫画を読んでいたら、その途中で眠くなってきた。部屋の鍵は開いているし、何かあったら仲居さんが知らせてくれる。
私はお腹の上に開いたままの漫画をのっけて目を閉じた。

まぶたの向こうに感じていた灯りが、ふ、と消えた。
「ん……んう」
あれ、これナニ?憶えのある感触だ、そうそう、朝とかたまに。
離れた。
眠気がゆっくり引いていく。私はうう、と不明瞭にうめいた。
「なんだ……猫……、……あれ?」
灯りを遮っていたのはリゾットだった。いつの間に戻ってきたのだか、まったく気づかなかったわ。私、寝すぎ。
「リゾット、お疲れさまー」
しぱしぱする目をこすりながら起き上がる。お腹から漫画が落ちた。
「何も掛けずに寝ていると風邪を引く」
忠告されてしまった。すまん、次は気をつける。畳は冷えるしね。
畳で寝転がる機会なんてそうそう訪れないわけだが。
ところで今は何時だろうか。時計を見ると、17時半。私、何時に戻って来ただろうか。まったく気にしていなかった。
「あ、そうそう、リゾット、お風呂どうする?ご飯は19時なんだけど、先にする?後にする?」
「ポルポは……先か」
「おお、正解。なんでわかったの?」
「タオルや着替えが出ている」
初歩的なミスでしたねワトソン君。いや、隠してるわけじゃないからどうでもいいか。
で、と返事を待っていると、少し考えた後で、俺もそうしよう、とリゾットが言った。
では早速、とお風呂セットを持ってスリッパでぱたぱたと廊下を行く。途中でちょうど仲居さんに会ったので、この通りお先にいただきまーすと報告した。どうぞごゆっくりと言われた。
赤青ののれんの前で別れた。リゾットなら日本のお風呂のマナーも完璧なのだろう。下調べが細かすぎるのは職業病なのかな。
「……に、しても……」
ちゃっちゃか服を脱いで籠に入れながら思う。生粋のイタリア人女性が日本の旅館でぺらぺら日本語を話して温泉にノスタルジーを感じているというのも確かに気になるのだが。それよりも。
リゾットくんはこれが初の温泉、ということになるのか。
どうだろうか。カランの勢いが強すぎて驚くリゾット。えーっ露天風呂ー!?と驚くリゾット。おそるおそる入ってみるリゾット。ごめん、最後のは有り得ない。おそるおそるお湯に足を浸けるリゾットが存在するなら、その場でそれを見ていたい。頭の上に手拭いをのっけてはふーと息をつくリゾット。
「(見てえー!!)」
なぜここは混浴じゃないんだ。くやしい。
くやしい気持ちは長続きしなかった。扉を開けた途端、むわりと押し寄せる湯気。あ、だれか女の子が入っているようだ。はしゃがないようにしようっと。26歳としてね。26歳としてね。
彼女の隣に座るのもおかしいので、ひとつ離れた手桶にお湯をためる。タオルじゃぶじゃぶ。髪の毛びしゃびしゃ。シャンプーは自分のものでがしがし。リンスぬりぬり。タオルで身体ごしごし。
おっぱいを持ち上げて下乳をごしごししていると、ふと視線を感じた。横を見ると、慌てたように女の子が私から目を逸らした。
女の子っつっても私より少し年下くらいだろうか。日本人は幼く見えるって本当だね、イタリア人に目の慣れた私でははっきりとした年齢がわからないや。
洗浄終了。髪の毛をタオルで包んで、かけ湯をしてから湯船に足を入れる。女の子も同じお風呂に入っていたので、目も合ったことだし、話しかけることにした。
「こんにちは」
「あ、……こ、こんにちは。あの……すみません、さっき無遠慮に見てしまって」
「気にしてないよ。私もイタリアに日本の子がいたら見ちゃうもん。特に君だったら凝視しちゃうかも、かわいいからさ」
「え……イタリアから?」
「うん」
そうなんですね。
彼女の視線がたまに、私の顔とおっぱいを往復するのが可愛い。お湯にほんのり浮くのよ。
「この旅館って隠れ家的で、日本人の知名度も低いんですけど、……誰かに紹介された、とかですか?」
「そうそう。日本に友人がいてさ。連れが旅館にも泊まってみたいって言ったから訊いてみたのよ。そしたらここを教えてくれてさ。彼もよく、大好きな恋人と一緒に泊まりに来るんだってさ」
「……」
彼女が思案するように俯いた。自分の胸と私の胸を交互に見て、あの、とお湯の中をつつつと動いて私に近づいてきた。
「そのお友だちって、……ものすごく、観光に詳しかったり……」
「めっちゃ詳しかったよ。駅の荷物預かり所とかも知っててさ、電話で指示されてびっくりしたんだよね。東京タワーの近くの駅にあるんだって」
「……」
あの、と控えめに訊ねられた。
「もしかして……そのひと……苗字が5文字なんじゃ……」
ヤ、ナ、ギ、サ、ワ。指折り数えて、そうだねと頷いた。
「最初にヤ、がつくんじゃ……」
「そうだね。次がナだね」
「や、やっぱり……!もしかして、ポルポさんですか!?」
ポルポびっくり。

どうやら彼女はヤナギサワの彼女さんだったらしい。私のおっぱいと瞳でもしかして、と疑念を抱いて、さらにイタリアからの旅行者ということでザワ……ザワ……して、ようやく確信して名前を呼んだというわけだ。
知らないひとと会話する時のどこか弱弱しい姿は話しているうちに消えて、露天に出るころには黄金比のクーデレがその顔を見せた。
「ちょっとおねえさんにおっぱい揉ませてみ」
「は、はあ!?あっ、……じゃ、じゃあ、ポルポさんのも触らせてくださいよ」
「恐れずに揉みなされ」
私の胸を外側からぽにょぽにょする彼女さん。その腕をくぐって、私も彼女さんの胸を揉む。
身近に乳のあるひとがビアンカしかいないからさ。あやつのを揉むとたぶんテクノブレイクで死ぬ。トリッシュは混浴はダメって厳命してきたからノン。
「うン、あっ……ちょっ、ポルポさ、あっ、だ、だめですよ!なんでそういう揉み方す、ひあ!からかわないでくださいってばぁッ」
すまん、ちょっと興が乗ったんだ、と手を離してテヘペロ(が許される雰囲気だ)しようと思ったら、竹でできた仕切りの向こうからザバアアッという音とともに声が聞こえてきた。
「サヤカーッ!今すごい可愛い声が聞こえたけど我が同志よ!あなた様はいったい何をしてくださったのか!!?」
「アレ、君の彼氏?」
「……すみません……」
彼女がいる時点で察しはついていたけど、お前もこの旅館に泊まってんのかよ。ブッキング仕組んだのか。至れり尽くせりでおかしいなとは思ったよ。あと、いまだに向こう側からサヤカ―ッ愛してるぞーッて声が聞こえるんだけどお前それが基本なのか。よく別れを切り出されないね。もうラブラブなのね。
頭痛をこらえるように額に手を当てていた彼女――サヤカちゃんは、ぎらりとその黒くてきれいなアーモンドの瞳をきらめかせた。彼女から気合が伝わって、気圧されて石段の上を尻が滑った。
「もう遠慮しません!」
「えっ、うわッ!あ、ちょ、待ッ、ひゃあ!あッ、サ、サヤカちゃあん、やあ、やめてー!ご、ごめんなさい!私が悪かったです!!」
「ポルポー!お前はいいからもっとサヤカにやっガボッゴボボボ」
「うるせえヤナギサワ!やろうと思ったらこれだよ!!あと今溺れた!?」
「溺れさせておいた方が世のためですから。どちら様か存じませんがありがとうございまーす!」
えええお礼言っちゃうんだ。もの凄く歯切れの良いお礼だった。普段どんなバイオレンスな恋愛してるんだろう。
そして、もしかしてこの仕切りの向こうにはリゾットが居るのかな?もしそうだとしたらヤナギサワに勝ち目はないから全力で逃げてね。
「おまっ、アホか!死ぬわ!!今俺らおっぱい同盟結んだだろ!?」
どんな同盟結んでんだよ。
「俺の片思いかよ!ちっくしょうごめん!!」
ヤナギサワ、めちゃくちゃ潔いな。



男湯のほうでかなりトラブルがあったようだけど、私たちにはまったく影響がなかった。熱いお湯が苦手だというサヤカと話しながら脱衣所の扇風機を稼働させてああああと宇宙人ごっこをして、着替える前にトイレに入ってスッと出たら彼女が扇風機の前で小さくあああと言っていた。ばっちり目が合って、彼女の顔がかああと赤くなっていったのが可愛かった。ニヤニヤしながらお互い裸のままいちゃいちゃしたらおりゃああと胸を揉まれたので寝技にもつれ込んだ。最終的にこの戦いは何も生まないと気づいてそっと浴衣を着た。
まあヤナギサワなら一番にサヤカに抱き着きたいだろうなと思ったので、のれんはサヤカちゃんに先にくぐらせた。軽く背をかがめて赤い布を避けた彼女。抱き着く浴衣の男。暑苦しいからベタベタしないで!ナイスパンチ。
「今日のはすごく良かったぜサヤカ!」
「ああもう、ポルポさんとずっと話してたいわ……」
「私もサヤカちゃん好きよ。ヤナギサワと夫婦漫才やってる時が一番輝いてるわね」
「やめてくださいポルポさん、こいつと夫婦なんて冗談じゃありませんよ」
「えへへ……」
ナニを照れているんだこの男は。
ある程度漫才をすると、2人はじゃ、と軽く手を振って去っていった。なんだろう、肩を抱こうとしたりはねのけたりと軽くどつかれているのに幸せそうな背中だ。末永く爆発してね。
私は自動販売機で牛乳を買った。そうそうこの紙のキャップね。剥がすのに失敗すると地獄なんだわ。
腰に手を当てて飲むのがマナーですね。一気はさすがにきつい。
「ふはー。どうだった、露天風呂?ヤナギサワ沈めたのリゾットでしょ?」
「そうだな。湯に浸かる習慣がないから少し驚いたのと、泉質が細かく分析されていて面白かった」
そうかい。
私は浴衣姿のリゾットが見られて眼福です。自然とニコニコしてしまうわ。
ちょっとしっとりしてる髪とか、軽く緩んだたもととかね。その帯を引っ張ってくるくるくるーってやりたい。
「はー、おいしかった。やっぱり温泉と言ったら牛乳だわね」
フルーツ牛乳は明日の朝にしよう。
着替えた下着とか肌着とか服をたたんで入れた(言わずもがな汚れ物はビニール袋に)ちょっとしたトートバッグを提げて、リゾットと並んで歩く。
「夕ご飯が楽しみ。リゾット、お腹すいてる?大丈夫?」
「大丈夫だ、すいている」
「よかった。なにが出るかしらねー。ご飯、おひつで来るといいなあ」
おひつご飯といえば初めにそのまま、次におかずと一緒に、そのままを挟んで最後にお茶漬けにするのがおいしいんだよね。お刺身とか出るといいなあ。あれ、生魚ってどうだろう。カルパッチョとかあるから平気か。醤油が合えば、あ、そっか、お昼ご飯で冷奴に醤油ついてたわ。あとはなにが出るかなあ。ホイル焼きはテッパンだけど、今はきのこの季節からはちょっと外れてるかな。大丈夫かな。私まつたけのおいしさあまり判んないけど。
リゾットを見ながら喋っていると、じっと見つめ返された。
「うるさかった?」
「いや、うるさくない」
「そりゃよかった。私適当に喋っちゃうからさー。ジョルノは要点をまとめて笑ってくれるけどアバッキオなんかは……あれ、そういやあじーっと黙って聞いてくれるな。その後に顔掴まれるけど、ひとつひとつ丁寧に突っ込みを入れてくれるからいいやつ」
なんだかんだでみんな反応してくれるわ。
部屋に入って、すーっとふすまを開けて感激した。
「やったー!お刺身ー!あっ、あっ、これ火つけるやつだ、なんだろう。セオリー通りすき焼きかな、うわーっどうしよう、ごはんおひつだ!よし、この戦い我々の勝利だ!!」
「……よかったな」
食卓というより、私の喜びようを見ていたリゾットがゆっくり頭を撫でてきた。落ち着けってことね、わかるわかる。でも感動したんだよ。
黙る代わりに抱き着いておいた。やっほー和食!
座椅子についてわっくわくしながら手を合わせていただきます。お箸を取ろうとして、とっくりの存在に気づいた。おしゃれな柄だ。
いれてあげるよ、ととっくりを取ると、リゾットが、す、とお猪口を差し出してきた。なにその指使い。色気たっぷり。つぐ前にちらっとリゾットを見たら目が合った。だからなんで私を見てるんだよ。お猪口を見ろよ。
「ひとのお猪口にお酒ついだの初めてだわ」
「そうだな、俺もひとからお猪口に酒をつがれたのは初めてだ」
「ですよねー」
なにせとっくりもお猪口もねえもんなイタリア。
リゾットの口から飛び出た「おちょこ」という響きに口元がゆるむ。なにそれもっと言ってほしい。リゾットに言ってほしい単語帳とかつくりたい。
お返しに私もついでもらって、軽くにこっとしてから口をつける。さっきから私微笑みまくりじゃない?日本ってスゴイ。
それから小さな土鍋に火をつけてもらって、中身はやっぱりすき焼きだったからご飯が進んで、お刺身を食べてご飯が進んで、おろしポン酢でいただくお肉とか食べてご飯が進んで、お酒を飲んでご飯が進んだ。ご飯うまい。
残念なことに、リゾットはうっかり口の端に米粒をつけるようなタイプじゃないのでそのイベントは起きなかった。リゾットの口の端にちょんとついている米粒。バチカンで保存すべき。
「はー……デザートまでついててさあ……ほんっと……」
幸せだ。
デザートの、ピンクと白の小さなお団子とミルクプリンをいただくと、とうとう食卓が空になった。
座椅子の背もたれにもたれて、ほう、と息を吐きだす。和食っていいですね。向かいにいるのがリゾットということもいい。
「明日は空港で食べ物のお土産買わなきゃねえ」
ちょうどお猪口に口をつけているところだったから、リゾットの返事はない。
「いくつ買おうかな。あ、しゅうまい……崎陽軒のしゅうまいの真空パックがあるといいわね。ありゃあかなりお手軽なおやつ」
「……」
「うん、しゅうまいはおかずだけどね。私にはおやつみたいなもんなのよ」
「判っている」
「知ってる」

食事の片づけをしてもらって、ではお布団を敷きますがよろしいですか、と問われたのでリゾットを見て、それからお願いしますと頷いた。今日は月がきれいですから、お月さんを見ながら一献いかがですか。わーい日本酒ー。
こんなふうに月を意識して見るのはどれくらいぶりだろう。夜の空がそこだけぽっかりくり抜かれているみたいだ。秋の月。中秋の名月。今って中秋かな?
お酒を飲もう。グラスを見る。ずっしりと重みのあるガラスづくりのそれには、大きな氷とそれを溶かす透明な日本酒が。ロックですか。
お布団を敷いてくれた仲居さんはもう仕事を終えて出て行って、この部屋には私とリゾットしかいない。心霊的なアレがあるとすればもう少しいるかもしれないけど、私は見えない人なので問題なし。ソルジェラとギアッチョは見えてそうだな。でも意外なところでプロシュートも見えているかもしれない。女性の霊にも男前な気風をふかせるプロシュート。兄貴カッコいい。
からり、と氷が角度を変える。
私は月ではなくて、外の景色を眺めているリゾットを見た。直に見るとすぐにバレるので、窓ガラスにうつるその顔をね。あと、ちょっとゆるんでるたもとね。胸元から、腰帯にかかったあの浴衣の色っぽい流れ、あれを微分方程式で求めたらどんな数字が出るんだろう。
あんまり見つめていると悪いので、また月を見ることにした。なんだっけ、日本ではうさぎに見えるけど、どっかでは蟹だったり、妖精だったりするんだっけ。身近なものに当てはめてしまうのかな。因幡の白兎とかかちかち山とかバニーさんとか。
バニーさんといえばバニー服。私はあれ、いいと思うよ。でも日本の女性がやるよりも外国の女性がやったほうが似合うと思う。日本の女性には逆に、抑制と自由のはざまをうろうろする大正時代の袴にブーツ、みたいな異文化の混ざった格好をしてほしい。大正喫茶。はんなりの心。絶対行くわ。
「んー……」
くあ、とあくびを噛み殺して深呼吸をした時、ちょっと胸がきつかった。帯紐をきっちり締めると、ちょっとね。
着物も浴衣も、胸がデカいよりもすとん、とした体系の人のほうが映える。セーラー服もしかり。やはり国の人に合わせてつくられているのねえ。リゾットはかなり、いやもうかなりかなりかなり似合っているんだけど、私は金髪だし、表情も落ち着きがないから、どっか外国人なんだよなー。それがちょっと残念。
椅子に身体を預けて、ぐい、と襟元を引き上げて余裕をつくる。あ、ちっと上げすぎた。まあいいか、適当に合わせときゃいいだろ。
「特に黒髪に憧れてるってワケじゃあないけどさ、やっぱり日本で黒髪の人を見ると、綺麗だなって思うわ。しっくりくるんだよね。緑なす黒髪とか、鴉の濡れ羽色とか、宵闇に溶けるとか、絹糸のような流れとか、紫につやめく髪とかさ。そういうことを考えると、東京も横浜もいいけど、やっぱり京都行ってみたいよね。鎌倉でもいいけど、京都は文化的に統一された雰囲気があるから憧れるし、きっと綺麗なんだろうなー。少なくともあと2回は日本に来ないといけないわ。あ、あと東北も行きたいな……3回か……、ふああ……」
「もう眠るか?」
旅館にいるのに、21時という早い時間に床に就く私。
「リゾットはまだ眠くない?」
「……」
リゾットが頷いた。いつでも眠れるしだいたいいつまででも起きてられる人だもんね。
「ふーむ……」
グラスを空にする。
「私が寝ちゃったらリゾットちゃん寂しい?」
「……」
「"めっちゃ寂しい"」
「そうだな」
「なんてどうでもよさそうな声なんだ……」
私は寂しい。リゾットが先に寝たら追いかけて眠れるんだけどなあ。
しかしそれを認めるのも悔しいので、私は小さなテーブルをずるずると自分のほうに引き寄せた。リゾットの前にある程度のスペースができる。そこに行って、グラスを持っていたリゾットの膝に乗っかった。だらりとリゾットに抱き着いてもたれて、はー、と一息。
「これで問題なくね?」
「誰にとって?」
「……私ですけど……」
冷静だな、こやつ。
「私はとっても堪能して楽しかったんだけど、昨日と今日、リゾットは楽しめた?」
「あぁ、普段は見られないものがいくつも見られて面白かった」
「おおっ、よかった」
なかなかの好感触。これならまた誘っても来てくれるかな?
「歩きまくったから、家に戻ったら私、筋肉痛になってるかも……なあ……」
とくん、とくん、と自分の心臓がだんだんゆっくりになっていく気がする。リゾットに抱き着いているからなんだろうか。それともガチで眠いのか?たぶん両方。体温落ち着くし、お腹いっぱいだし、お酒おいしくてほろ酔いだし、眠い。関係ないけど、ほろ酔いのほろってなんだろうね。帰ったらググるか。
すり、とリゾットにすり寄ると、リゾットが腰を軽くさすってくれた。
「リゾットがいてくれたからこんなに楽しかったんだとおもう……ひとりだったらきっと事あるごとに……りぞっ、ちゃんさがしてさみしかったんじゃないかなー……ねむ……」
もうゴールしていいよね?おっと死亡フラグ。
「ねていい?」
「お前がそれでいいなら」
「うむ……リゾットちゃんがいい……」
眠いっす。おやすみ。
深呼吸がひとつ。それで目を閉じて、自分の呼吸と、リゾットの体温と、支えてくれている手と、薄すぎて判りづらいその呼吸を感じながら、いつの間にか眠りに落ちていた。

起きて思った。わあ、私ほとんど浴衣脱げてる。
寝相が悪いのか、浴衣が脱げやすいのか。
そういえば何時だろう。うぅん、と起き上って時計を見て、まだ3時じゃーん、と二度寝ができることを知る。
乱れた浴衣の胸元を掴んで合わせて布団にくるまった。布団の中はあたたかい。
「うぅん……」
ホテルのベッドでも思ったけれど、いつも同じベッドで寝ているから、寝ているリゾットと物理的に距離があると不思議な感じがする。
3時だし。深夜未明だし。ちょっとくらいならいいのではないだろうか。
私は敷布団の上を、掛け布団にくるまったまま這って移動した。ふすま側の布団で眠っているリゾット(このひとよく仰向けで寝ているけど、それが落ち着くのか、すぐに反応できるようにしているのか、どっちだろう)に近づいて、布団と布団の合わせ目に辿りつく。仲居さんの気遣いだろうか。ふたつの布団はぴったりくっつけられている。
「リゾット、入れて……」
「……」
お願いすると、無言で掛け布団が持ち上げられた。目を開きもしない。
自分の掛け布団を置き去りにして、私はリゾットの布団に潜り込んだ。潜入したぞボス。いい状況だ、スネーク。
「はぁ……おやすみ……」
もう一度、夢に沈む。

朝を迎えて横を見ると肘をついて頭を支えたリゾットがこっちを見ていて、寝ぼけていた私がうずくまって布団恋しさに掛け布団のなかにもぐってリゾットのみぞおちあたりをデコでぐりぐりしたら、うざったかったのか、リゾットに掛け布団の上から軽く頭を布団に押し付けられてきゃーきゃーと遊んだり(遊んでたのは私だけだってのはこの際関係ない)、小さな食事の部屋で朝食をいただいてサンマをつついたり(私がぺろんと骨を取ったら上手だな、と褒められたけど、私のやり方を見て続いたリゾットのほうが器用に取れていた)、荷物をまとめて仲居さんにお礼を言ってチェックアウトしようとしたら朝風呂を済ませたヤナギサワとサヤカちゃんがひょっこり現れてまた来いよって言われたり(ヤナギサワがリゾットに親指立ててグッしてたけど仲良いの?と訊ねたら、風呂で一方的に喋っていたのを聞き流していただけらしい。一方的に喋るっていう点で私とそっくりだったので反省した。煩がられないようにしよう)、早めに空港に到着して茶葉とかお菓子を買ったり、金属探知機の前でリゾットがズボンからベルトを抜き取るのをガン見したり(そんなことやってた私がガンガン引っかかってボディチェックされて何もなくて時間食った。そういうことあるよね)、空港内の待合スペースに座りながらやっぱり私が色々なことを話してしまったり黙ったり(話ながら、朝ごはんのカロリーを補おうと飴を出したんだけど、口を動かしながら包みを開けようとしたら私より先に飴を取り出していたリゾットにそれを口の中に入れられたので、黙れという合図が来たと思って口を閉じて舐めることに集中した)、しばらくぼーっと窓の外の飛行機を眺めていたり、飴を舐め終わってもうひとつ舐めようかどうしようかとリゾットを見たら目が合ってゆっくり瞬きされたので私もよく判んないけど笑っておいた。
飛行機の中で昼食を終えてまた飴を出してもごもごして飛行機に乗るのってワクワクするよね、そうだな、なんて会話をして、気圧が急激に変化した時に私が耳がキーンてするんだがリゾットは平気なの?と一昨日気になったことを質問してみると、俺もキーンとしている(意訳)って答えられてちょっと笑った。してるんだ。
もうすっかり遅い時間にイタリアに到着したので、1時間後にチケットを取ってあった寝台列車を待った。私寝台列車も初めてだよ。
残念なことに、飛行機の中でたっぷり深く眠ってしまってあまり眠くなかった。リゾットを起こして付き合って貰うなんて選択肢はそもそもない。あったとしてもできないししない。
ぼーっと羊を数えたり九九を脳内で唱えたり子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥をえんえんループさせたり寝返りをうってほとばしる熱いパトスで思い出を裏切ってみたり、カーテンの隙間から白み始めた空の明るい光がうっすら差し込んできたのでこりゃ幸いとベッドの上に置いておいたバッグから小説を取り出して読んだりした。
静かに起きたリゾットの衣擦れの音が聞こえたので梯子のところからさかさまに顔を出して覗き込んだ。おはようー。手招きされたので梯子を下りてリゾットの隣に座ると、目を手で覆われた。そのまま後ろにゆっくり倒された。寝ろってことですか?
手洗いうがいならぬ手洗い顔洗いお花摘みを済ませて戻るとリゾットも戻ってきていて、ベッドに横になったリゾットの腹の上に、さっきと同じように倒されたので、そのままお互い黙ったまま手で遊んだりその手のひらにチューしたりリゾットの脚をすりすりしたりデコを撫でられたりと無言で戯れて駅に着くのを待った。
もうタクシーで見慣れた通りまで帰ろうかなあとケースをガラガラ引きながら、なんだかんだで駅から歩いて戻った。お土産でケースが重い。まあグラスとか酒とか入ってるしな。

汚れ物を洗濯に出して荷物を分別してお土産をまとめて、とのんびり、それでいて忙しなく片づけを済ませ、ケースの洗浄をして外に干す。
リゾットのパンツ?そういえば最初から抵抗なかったな。さすがにすはすははできないけど。おかしいだろその絵面。どっちかというと私の下着をリゾットに洗ってもらうほうが恥ずかしい。そんな機会はそうそう訪れないわけだが。
お昼を少し過ぎるころまでかかって、冷蔵庫にもあまり食材がなかったので、久しぶりに外食をすることにした。私はそれなりにホルマジオとかイルーゾォとかギアッチョとかと外に出ることがあるけれど、リゾットはどうなのだろう。ふたりで出かけるのは久しぶりだ、というだけで、もしかしたら私のいない時に出ているのかもしれない。
「日本料理を食べてからイタリア料理を食べるとさ、あぁ帰ってきたなあと思うと同時に、日本料理を食べて過ごしていたらそりゃ痩せて健康的になるだろうなあって理解するよね。アメリカなんかはそういうことで日本食ブームが巻き起こったりしてるしさ。あ、でもアメリカの日本食はカリフォルニアロールとか、アレンジされまくってて結局カロリー高いじゃん!てことになりがちだけど。カリフォルニアロールを日本が逆輸入したっていうのは面白い。でも肥満といえば、イタリアのひとで大きいひとってあんまり見ないね。オリーブオイルが健康にいいのかな?オリーブオイルだけちょっと飲むといいとか言うし……。わーピッツァおいしそう!リゾットのパスタも彩が綺麗でおいしそう!私も盛り付けを工夫しようかなー。見た目って大事だよね」
「……」
「いただこっ……か……」
ニコニコしながらリゾットを見て話しをしていたら、じいいと目を合わせて見つめられた。
「ええっと……、"ペラペラ喋ってないで黙ってお食べ"」
「喋っているお前を見るのは面白いが、俺ばかり見ているとピッツァが冷める」
「なるほど、ありがとう。いただきます」
カトリックの国なので食事の前には祈りを捧げる、と思いきや、なんだろうね、もうギャングの世界で暗殺者として生きてきた彼らに祈りなんて関係ないんでしょうね。私は無宗教に慣れ親しんでいるから食事と生き物への敬意、としていただきますとご馳走様を言うけれど、リゾットに食前食後の習慣について訊ねられてそう答えたら、なるほど、と頷いていた。小さく口が動いているので、何かしらは言っているのかもしれない。
なんにしても昼食だ。ピッツァとその後に食べたパスタとドルチェ、おいしかった。
そんで、なにに驚いたかって、はい、とも言わずに無造作に渡された小さなすべすべした紙袋。ありがとう、ととりあえず受け取って、開けていいの?と訊ねたら頷かれたので座って開いてみた。リボンのかかった小さな箱があって、それを開くと。
「か、かっわいい……」
白いウレタンの真ん中に、紅い石が控えめにきらめく細いブレスレットがあった。
「こ、これ、貰っていいの?」
「あぁ。ポルポに似合うだろうなと思った」
「うわああ嬉しい!ありがとう、リゾット……!」
喜びでじんわりと顔に笑みが広がる。リゾットがこれをくれたことも嬉しいけれど、これを見てリゾットが私のことを思い出してくれたことが幸せだった。リゾットの想いが詰まっている贈り物だ。
貰ったからにはつけねばなるまい。
アクセサリーの着脱は、幹部時代のパーティの準備で慣れていたので、右手首にまわそうとして、リゾットに止められた。うん?
「俺がつけよう」
「……うん、お願い」
まじか。
女性のアクセサリーの留め具を嵌めるリゾット。どれもが予想外すぎて混乱する響きだ。でも、その表情はどこか優しい、ように、見えた。光の加減か私の錯覚かはわからない。
考える間もなくするりと手が離れた。
「ありがとう。……つけるの早いね、慣れてるの?」
「いや、ひとにつけたのは初めてだ」
「やっぱり器用なのね。……」
見慣れた手首に、細い銀と紅が輝く。陽にすかして、手を戻して、それをじっと見て、リゾットを見た。
胸に広がる感情は喜びなのか、嬉しさなのか、愛しさなのかよくわからない。じわりと視界がにじんだ。
「すごくうれしい。ブレスレットを貰えたこともそうだけど、……うまく言えない。わかってもらえるかな?」
「あぁ。表情を見なくてもわかる」
感動で泣いたのは初めてだ。いつものように腕で拭おうとして、ブレスレットがあってできなかった。手のひらでぬぐう。なんとなく、すごくそうしたくなって、リゾットにぎゅうと抱き着いた。それから少し離れて、リゾットにキスをした。
そのキスの名前がなんだったか、しばらく思い出すのに時間がかかった。

なーんかぎしぎしする。これは筋肉痛の前兆だろう。
お風呂に入ると、夜を寝ずに明かしたからか眠気がじんわりとまぶたに宿った。呼吸がゆっくりで気持ちがいい。お風呂上がりで体温が上がっているのも原因だ。
「私、ねるね。もう、もう我慢できない……」
ねるねるねるね。
「そうなるだろうなと思った」
「うぅ……予想通りですね……」
ふらふらと階段を上って、リゾットの部屋に入る。ベッドに入って壁に背を向ける。いつもリゾットに抱き着いたり腕に触ったり手を繋いだりさせてもらっているので、家なのにリゾットがいないとちょっぴり寂しい。ちょっぴりね。26歳だからね。ちょっぴりだよ。
ということで、リゾットのふかふか枕を抱っこした。
ぎゅうと抱きしめると、安心して力が抜けすぎて、うっすら唇が開いた。
どんどんとベッドに身体が埋まっていくような気がする。枕やわらかい。
おやすみ。


0.5

リゾットって、暗殺者だからなのか、生来のものなのか、特に体臭があるわけじゃあないんだが。なんでしょうね、空気感なのかな。すはすはしてると落ち着く。アロマ?リゾットアロマ?やはりリゾットテラピーはあったんだ!ポルポは感じたんだ!天空の城リゾット。城……?
ナニが言いたいのかというと、目を開けるとそこにリゾットがいた、ということだ。アレ?私は枕を抱いていたはずなんだけどな。枕かと思ったらリゾットだった。ザ・ワールド?
私には身体を丸めて眠る習性がある。だからだいたい、起きる時は布団の中にいるか、横を向いて枕の下の方に頭が引っ掛かってるかのどちらかなんだけど、そうすると、まっすぐになって眠っているよりも頭がリゾットに近づいているというね。なんというラッキースケベ。スケベ……?
もぞりと動いて枕に肘をついて上体をささえる。片手でリゾットの髪の毛を梳く。くうっ、さらさらってわけじゃないのに触り心地がいい!直毛!羨ましい。愛しい。
リゾットより早起きすることって多くないから、まあ起きてるんでしょうけど、見つめているのが楽しい。わーまつげ。まつげかわいい。なにこれまつげ。まつげじゃん!!
私、酔っぱらってんのか?テンション高え。
そのテンションに任せてキスしておいた。デコな。
離れたら目が合ってうおああああああああああ!!!
「ビビったあああ!!」
目が覚めた。




0.5

「お、いらっしゃーい。ちっと熱いから気ィつけてな。……で、どう?どう?この旅館の温泉良くねえ?俺かなり気に入ってんだよなー……。っと、名乗らずに悪ィ悪ィ、俺ヤナギサワっての。下の名前要る?あ、要らなそーだから秘密な。今日恋人と泊まりに来ててさあ、あ、恋人も今女湯のほうに入ってんだけどね。ちょうど親友、っつーか同志?もう心の友っつーのかな。そいつが日本に来るっつってさあ。そいつ日本来たことねーのに超日本フリークでさ、せっかく心友がこっち来るってことで俺も気合入っちゃって、もー、ナニ?一緒に恋人さんも来るっつーし?こりゃスネークしないわけにゃあいかんと。あ、スネークってのは忍び込んで様子を見る的な意味なんだけどさ。ほんでさあ、俺の彼女、ちょおおおお可愛くってもう正直空から舞い降りた天使なんかメじゃねえくらい愛くるしくて凛として綺麗で俺のマイスイートハート……いや、もうそんな言葉じゃ表せねえくらい愛してんだけどさ!彼女の仕事が……あっ、俺、ルポライターやってっからほぼ年中ふらふらできんだけど、彼女は出版社に勤めてて忙しいんだよ、それがちょうど仕事に切れ目が入ったってことで、タイミングよく今日が空いたわけ。ちなみに彼女は俺の2コ下の24歳なんだけどさ、校閲がちょううまくて期待されてんだっていうからマジでスゴイよな、俺、そういう姿勢すんげえ尊敬してんだよ。出版社なんてどっちかっつうと男社会じゃん?そこにばばーんと乗り込んで、ひとりできちんと立とうとしてる。あいつの容姿も可愛さも弱さも強さも全部愛してるけど、それだけじゃない、俺の手が出せないカッコよさっつーのがあんだよなあ。あれ?何の話してたっけ。彼女がディ・モールト可愛いって話だっけ?えー、あー、えーっと……おお、違った、すまん、俺の話すぐ横道逸れっからさあ。心友に送る手紙も長くなっちまうんだよなー。あんたの手紙は短編小説みたいだよって言われたことある。そういうそいつも散文的だからお互い様だって俺は思ってんだけど。えーっと、あー……そうそう、タイミングよく今日が空いたから、そいつの旅行の日程とガッチリ合っちゃってさあ。前にイタリア行って顔は見たことあるし会話もしたんだけど、そん時に日本に来たら歓迎すんぜって言ったような気がすっからさ、俺たちがよく使う隠れ家旅館を教えて予約取ったったんだよ。で、どーせ偶然が重なるなら顔合わせた方がいいだろ?そいつも俺の恋人のこと気にしてたからさ、あわよくば2人の気が合えば、なーんて。まあそいつ俺と似てるから絶対相性バッチリ!だと思うんだけど?そうそう、俺の彼女、サヤカってんだけどさ、あ、ちなみに俺はヤナギサワ。忘れてっかもしんないから念為な。あ、念為は念の為の略。どうでもいいか。……サヤカにそいつのこと話したら、あんた――あ、俺な――あんたの心友をやっていられるのにとてもいい人そうで気になる、って言っててさあ、ただでさえ興味を持ってて仲良くできたらいいのになぁ、なああああんてかわいいいいいいいいいこと言って俺の心を乱してくれたんだけど、ついでにおっぱいの話をしたらめっちゃ目が輝いて……もう、俺、あんな可愛いサヤカ見たの初めてだったよ……ほんと……そいつ……いい仕事してくれるよ……ぐすっ、うう、……思い出してあの可愛さに耐えられない。主に俺のハートが。あと股間が。……じゃなくて、えー、そうそう、そいつの胸の話だった。サヤカもCカップあってかーなーりの美乳でもうほんっと俺は見るたびに感涙しかけるんだけど、あっ、心友はCカップはキュートカップっつってて全力で同意した。ほんで、サヤカは周りにキョヌーがいなくってそっちのほうにかなり興味持っててさ。心友の胸の話をぽろっとこぼした瞬間のあの輝き。普段は冷静な彼女がガタガタッて椅子を鳴らした衝撃。もう俺、決めたね。彼女のために命を捧げようって。前から決めてたけど、あの瞬間彼女からドスを渡されたら腹かっぴらいてたと思うわ。んで、マイハニーのお願い事を叶えるためにちゃっちゃかイタリアに飛んだんだけどまあそりゃ割愛。で、だ。今回そいつが日本に来るっつーだろ?サヤカの予定が空いただろ?俺はいつも暇だろ?じゃ、いつ面会させるか!」
「……」
「今でしょ!!っつーわけで俺は細工を凝らしてみたわけよ。時代劇ふうに言うと、細工は流々あとは仕上げを御覧じろって感じか?」
「……」
「そいつはFカップでさー、本人曰くファンタスティックおっぱい。想像はしてたけどありゃーお見事。でもまったくなんも感じねーよな。俺にはサヤカっていう……もう、なんて表現すりゃあいいんだ?こういう時ってなんて言うの?あー、陳腐だけど、永遠のパートナーが一番だからさ。俺が大切なのはサヤカ!そしてサヤカのものならなんでも愛している!それがペンで抜け毛でも!知ってるか?知らねえよな、サヤカは肩についてる髪の毛をついてるぜっつって取ってやると、いや、むしろ取らせていただくと、あっごめんありがとう、って鈴の鳴るような声で言うんだよ。あーもうどうしたらいいの俺?お風呂場に突撃してさあ、最初の頃はきゃあって悲鳴あげられてたけどもう今じゃ無言でシャワーぶっかけてくるかシャンプーの中身を目に向けて飛ばしてくるから、彼女の攻撃が的確すぎて愛おしい。でもそれくらいじゃ俺は止まらねえし止められねえんだな。もうそこまで行くと自分でも止められねーっつーの?あんたもそこに恋人がいたらキスするだろ?乳揉むだろ?俺もそうなんだよ。むしろ手を出さねえやつは俺と同じ性別とは思えねえ。ていうかサヤカを前にして抱き締めるのをこらえろっつーのは拷問だよ。まじサヤカラブ。数字じゃ計れねえし計るつもりもねえ」
「……」
「で、ナニが言いたかったかっていうと、つまりあんたの恋人のポルポもさあ、かなりいい乳してるわけだ。まあどうでもいいけど。あ、なんであんたがポルポの恋人さんかって判ったかってこと?が?訊きてえ?の?悪ィ、俺サヤカの考えしか読み取れねえし読み取りたくねえからテキトーに答えっけど、この旅館に今日泊まってんのって俺たちとあんたたちだけなんだよね。ハハッ、ちょー偶然。あ、マジで偶然だから。ブッキングを仕掛けたのは俺で、俺ら以外の客がいねーってのはサヤカは知らねえんだけど、これに関しては本気で偶然。女将さんに言われて思わず笑っちった」
「……」
「えっと……悪い、なんだっけ?」
「……」
「あー!そうそうそう、乳な。俺の恋人はCカップなわけよ。Fとは3サイズ離れてんだけど、やっぱアレだな、俺にとって重要なのはデカさじゃねえ。サヤカの乳かどうか、ただそれ一点のみ!あんたもそうだろ?どう考えても大好きな相手の乳が一番。それ以外はただの脂肪、みたいな。まあ心友の乳は脂肪っつーか芸術だと思うけど、黄金比は俺の彼女。それについてはお互い譲れないと思うから言及は避けようぜ、俺はあんたと争いたくねえし。だって心友の恋人だぜ?ぜってーサヤカに怒られるよ。あいつ、まじでポルポのこと好きみてーだから。だが、俺らはある意味仲間なわけだ。なにせ恋人が何より愛しくてあーずっとそばにいてえなーって思って目の前に乳があったら揉むから。まああんたがそう思ってっかはわかんねえけどポルポの手紙から察するに、あいつが気づいてねえだけでかーなーりフラグ立ってるしあいつ愛されてっからなんとなくな。で、えー、そうそう。つまり俺らは恋人限定のおっぱい仲間なワケ。俺もあんたも。いわゆるおっぱい同盟を結ぶべきだと思うね。結ぼうぜ。サインとか要らねえし締結の握手もないけどもう心の中で繋がる、みたいな。サヤカのおっぱいだけどさあ、もう、なんつうの?あれがマシュマロおっぱいか……ってもう俺、毎回触らせてもらうたんびに悟るね。理想郷はここだ、って。でもおっぱいがなくてもサヤカ好き!!もうサヤカなしじゃ生きていけねえから捨てられねえように頑張ってんだけどさあ。ま、なんつっても俺ら、ラ・ブ・ラ・ブ、なんッスけど!」
「……」
「あ、サヤカ出てきたかな?今音したよな?あいつぬるいお湯が好きだから、たぶん中に長居したんだろーなー。けらけら笑ってんのポルポか。あいつ酔うと笑い上戸になりそうだけどそこんとこどうなん?サヤカはめっちゃいちゃいちゃしてくるけど……はあ……可愛いんだよこれが……。露天風呂でサヤカはナニ喋んのかな……。俺のこと考えてくれるかなあ……」
「……」
「サヤカって」

「うン、あっ……ちょっ、ポルポさ、あっ、だ、だめですよ!なんでそういう揉み方す、ひあ!からかわないでくださいってばぁッ」

「サヤカーッ!今すごい可愛い声が聞こえたけど我が同志よ!あなた様はいったい何をしてくださったのか!!?」
「……」
「ちょっ今の絶対サヤカハァハァ」

「もう遠慮しません!」
「えっ、うわッ!あ、ちょ、待ッ、ひゃあ!あッ、サ、サヤカちゃあん、やあ、やめてー!ご、ごめんなさい!私が悪かったです!!」

「ポルポー!お前はいいからもっとサヤカにやっガボッゴボボボ」

「うるせえヤナギサワ!やろうと思ったらこれだよ!!あと今溺れた!?」
「溺れさせておいた方が世のためですから。どちら様か存じませんがありがとうございまーす!」

「ゴボゴボゴボゴボ」
「……」
「ゲホゲホ……おまっ、アホか!死ぬわ!!今俺らおっぱい同盟結んだだろ!?」
「俺は今までひと言も返事をしていない」
「俺の片思いかよ!ちっくしょうごめん!!」