レベルと"普通"と対策について

本当にいつもに増して下品です


唐突に切り出したのはソルベだった。大概の場合、問題ごとを運んでくるのは彼とその片割れだ。
「ポルポさ、リゾットと同居してて、どうなん?」
どうなん?と言われても。

オレンジジュースをこくんと飲んで、私は向かいに並んでいるソルベとジェラートを見た。
テーブル席についている私。右隣にイルーゾォ、直角を挟んだ左隣にホルマジオ。正面にソルベ、その向かって右にジェラート。ホルマジオの正面、向かい側の辺に並んでプロシュートとペッシ。
ソファ席にはギアッチョ。ローテーブルを挟んでメローネ。
にやにやとホルマジオがテーブルに肘をついて、心もち身体を私に向ける。
「ほら、つい最近から付き合い始めただろ?俺たちの"おかげ"で」
きっかけと言えばきっかけだけど、素直に感謝できないナニかがある。
「前から同居してたとは言え、コイビト同士になったら接し方も変わるだろ?」
ジェラートが、グラスを持つ手をわずかに揺らした。
接し方、ねえ。
「特にナニっていうのはない気がするけど……、あ!パッド付きのキャミソールつけてるだけでうろうろしてもあんまり怒られなくなったわ」
「お前まだそれやってんのかよ……」
「つけるのめんどくさいからね。イルーゾォもメンズブラとかつけてみると判ると思う」
「なんっつうおぞましい響きなんだ……」
「それはつけてる人に失礼だよ」
身震いしているイルーゾォを肘で小突いた。
「オメーはどうなんだ?態度が変わったりとかしてねェの?」
「んー」
態度の変化、ねえ。
「リゾットに癒されたり、膝枕お願いしたり、部屋に入って仕事を邪魔してみたり、お酒飲んでみたり、一緒に家の掃除をしたり?」
「チームだった時とあんま変わんねェじゃねーか」
「お前……やっぱ可哀そうなやつだな……」
イルーゾォに同情されてしまった。
「じゃあ逆に訊くけど、イルーゾォの考える恋人への態度ってどんなのよ?」
じとりと右側に目を向けると、イルーゾォは、んー、と腕を組んだ。
「お前の好きな日本のことは知らねえけど、イタリアじゃあダータに出たり一緒に料理したりおんなじベッドで休んだりするんじゃねえの?風呂も入るやついるよな」
「それ誰調べ?」
「いいだろ誰でも」
それが一番気になる。
好奇心を押しとどめて、私は軽く頷いた。
「一緒に出掛けたり、料理を手伝ってもらったり、寝床が一緒になったりしてるよ。お風呂は成り行きでたまに。水鉄砲を仕掛けてみたら大変なことになったから、小細工はしないように心掛けてる。ひどいよねえ」
「ぶはっ!!おかしいだろ!!リゾットのぶひゃッ入浴中にくぐぐゥッ水、み、みず、ぶはっ」
「水鉄っぽ、ぷははははは!!」
いいだろ、水鉄砲くらい。送られてきたんだから活用しない手はないよ。ハイ、何度も言いますが私は26歳です。
ホルマジオとイルーゾォの声が重なった。
「ひどいのはお前だよ」
遺憾の意。
ふらふらっとメローネが近づいてきた。ホルマジオの横に手をついて私を見る。
「まさかただ寝っ転がってるだけじゃないだろ?」
「んん?夜戦の話?メローネは私のそういうの知りたがらないと思ってたわ。非処女になったっつったらため息吐いてたし。処女厨じゃないの?」
「夜ッぶぐああああ戦いあっははははっは!!」
「もうやめてポルポあはははははああははは!!」
私にとっては死活問題なんだよ。笑ってる場合じゃねえぞソルジェラ。
メローネはニコッと笑った。
「俺はポルポ厨だからポルポのことはなんでも知りたいのさ」
「へえー」
オレンジジュースを飲む。
スルーしてクラッカーにジャムをのせて食べていたら、もう!とメローネが可愛い声を出した。釣られて顔を上げる。ぷくりと頬を膨らませている25歳の男。
「いいだろ?教えてくれたって。減るもんじゃないし」
「まあ減らないわねえ」
「減るだろ!!お前の女としてのプライベートなスペースがガンガン減ってくだろ!!抵抗しろ!!」
「オメー、ほんっとうにダメだなァ……」
「なんで私が罵られなきゃいけないのかわかんない」
みかんのみ。

ようやくステータス異常ばくしょうから回復したジェラートが、笑いすぎて浮かんだ涙をぬぐいながらひいひいと口を開いた。
「クソ笑えた……リゾットに同情ぶはっするっくくく」
全然同情しているようには見えないよソルベさん。
私はイルーゾォとホルマジオを見た。
「興味ないっしょ?」
「なくはねェけど」
「ひたすらリーダーが可哀そうになるからな」
どういう意味だよ。可哀そうなのは私だよ!!
そこではた、と思いついた。そうだよここで情報収集しておけば地雷を踏まないで済むじゃん。
「そうだ、男の人ってどういう時にむらむらすんの?それ知ってたら対策が打てる!」
「ぎゃぁあははははははは!」
「逃げたいのかよ!エスケープヒャッフッジッフジーテぶあああっはは」
うるさい27歳ども。さっきから黙って酒飲んでるプロシュートと転寝してるペッシを見習いなさい。プロシュートの片手がペッシの頭にのっけられてたまに撫でているところは見なかったことにする。あのひとこわい。
「んー、俺はポルポと話してるだけでむらむらするけど」
「それは君だけだわ。今もしてんの?」
「うん」
「へえ……不便じゃないの、そのシステム?」
「べつに?むしろ楽しい」
「おいポルポこいつの話は何の参考にもならねえって判っててやってんのか?マジなのか?」
判っててやってるに決まってるだろ。メローネの話を鵜呑みにするほどマヌケじゃないよ。ところでメローネって最初のmを抜くとエローネだね。エロの伝道師だね。
「ソルベとジェラートは禁欲的よね。お互いがいれば女とかいらないんでしょう?」
くくくと忍び笑いを漏らしながらソルベが両肘をテーブルについた。
「ポルポって俺らのことなんだと思ってんだよ?普通にむらむらするって」
「女に?」
「おう、女に」
へえ、と無感動な声が出た。
「まさかとは思うけど女の趣味もそっくりで、同じ子に魅力を感じて3Pに踏み込んだりしてないよね?」
「くそ不意打ちッはははは!!」
「ふあははは!!」
すぱん、とイルーゾォに頭を叩かれた。女捨ててんじゃねえよ!私のいた世界じゃこれくらい世間話なんだよ。
ホルマジオもイルーゾォも、全員がその世界はギャングの幹部の世界だと考えたようだった。
「思い出してみりゃア、オメーもかなり悲惨だよなァ……常識が曲がってンもんなァ」
ひどい言い草だ。自分のことをまともだとは思わないけど、常識は曲がってないと思う。それおっぱいのことと下品な発想に基づいた憐みでしょ?おっぱいはともかく、あれくらいの軽口は日常茶飯事だったんだもん……。
「で、どういう時にむらむらするの?」
「俺はポ」
「オメーは黙ってろめんどくせェから」
ホルマジオナイス。
「なぜかオメーにはまったく感じねェんだが、カワイイ女の無防備なトコを見たり誘われたらむらっと来るんじゃねェの?ンなこと考えながら歩いてるワケじゃねエからわっかんねーけど」
「可愛い女じゃないからじゃない?金かおっぱいしかないからね」
「ポルポは俺の女神だし、言い尽くせないほど魅力的だぜ?なんならひとつずつ言おうか?」
またこの子はぶっ飛んだ表現を選んだな。女神て。女神て。
「はいどうも、こんど時間ある時に書類にまとめて提出してちょうだいね」
「任せて!」
メローネが物凄く活き活きした。スキップしながらソファのほうに戻る。目で追っていると、指折りなにかしらを数えはじめた。真面目な子だこと。
「私は無防備じゃないし誘ってもいないんだがなあ……」
「お前は無防備すぎるし、誘われてるって感じるのは男のほうだからな。そもそもお前の感覚が信用に足らねえ」
「さっきからイルーゾォ私にひどくない?ツンデレなのは知ってるけどもっと優しくしてよ!」
「ツンデレじゃねえよ!!まともなこと言ってるだけだろ!!」
ばん、とテーブルが叩かれた。オレンジジュース零れるからやめて。
イルーゾォに矛先を変えると、彼は眉根を寄せた。不機嫌なそれではなく、真剣に答えようとしてくれている表情だ。まともだと主張する割に、ノリがいい。
「お前はたぶんまったく知らねえんだろうけど、そもそも恋人じゃなくても男に下着つけずに正面から抱き着いたり椅子にしたりするってのはかなりキワドイ。お前がアジトでそういうことして癒されるとかのんびりしてるの見て、俺ら全員リーダーに同情してっから」
「それはないって。リゾットもそのまま本とか読んでるし、私のことなんてひっついてくる湯たんぽとでも思ってんじゃない?」
「はァ……」
「っべー!っべー!笑いてえけどポルポとイルーゾォのエロ談義聞きてえー!おいソルベぜってー笑うなよ!釣られて決壊すっからやめろよ!」
「俺のセリフだよ!」
これはエロ談義に入るのか?エロ談義っていうのはどの体位が好きだとかおっぱいは手に収まる方が好きだなとか着衣と脱衣について語ったりするアレじゃないの?
「イルーゾォはどうなの?透けブラ?清楚なフリルと大人しいスカートで可憐に微笑む彼女。突然のどしゃ降りに遭って彼女の白いブラウスがびしょびしょになって透けてしまい、っていうシチュ?」
「ちょっとイイなって感じた自分が悔しい」
「やった勝った!」
「勝負じゃねェだろーがよォ……」
ソルジェラにも訊ねてみた。
2人はそれぞれへらへらと笑う。
「俺は脚を組み替えた時の太ももかな」
とジェラート。
「俺はチラリズムだな。大胆なアピールより、半袖の女の子が上の方の物を取ろうと腕を上げてさあ、その半袖が肩の方にずり落ちるとことか最高じゃねえ?」
「あー!なるほど!わかる!私は下を向いた時に頬に滑り落ちてきた髪をさ、指で何気なく耳にかけてる女の子が好き!あらわになった横顔と耳!普段見られない姿っていうのがイイ!」
「お前はそこまで思いつくのに、なんでむらむらする行動が考えらんねえんだよ!」
だってこれは私の趣味だし。男性の心情なんて予想がつかないじゃん。女心は秋の空っていうけど、それだったら男心は入道雲だよ。どのタイミングで増えてどのタイミングでざあざあ降りになるのかわからん。
ギアッチョに訊くのは爆発しそうで怖いしなあ、と、唇に指を当てて考えていると、右の奥からおい、とプロシュートが話に入ってきた。
「テメー、ギアッチョに訊かねえのは判るが、俺をスルーしてんじゃねえよ」
酔ってんのか。まあ、酔ってなきゃこんな下世話な話、鼻で笑って傍観者に徹するもんな。
「プロシュートは入れ食いだから、むらむらするって言うかもはやそれは義務じゃん?」
「まあ否定はしねえが」
「でしょ?……でも参考までに聞かせてください」
プロシュートはグラスを手に取った。からん、と氷がグラスにぶつかる。
テーブルについている全員が口を閉ざした。しん、と沈黙が降りる。イルーゾォがごくりと生唾を呑みこんだ。逡巡するような沈黙が下りる。一拍の後、プロシュートがひとつ頷いた。
「風呂上がりだな」
「風呂上がり……って、いや、もうその状況確実にやるしかないじゃん。その時点でようやくむらむらすんの?」
「バカか。その前に色々見た上での風呂上りだろ」
「その色々が気になる。プロシュートが席を外してる時に髪の毛をまとめようとして、ちょうど君が戻ってくるタイミングでうなじがチラ見えしたり、強気な女性ばっかりと思いきやふいに涙を見せられたり、大人しげな女の子が頑張って君に声をかけて君が気に入ってちょっと街を歩いてる時に彼女がこけそうになって支えてあげたら照れたようにありがとうございます、ってはにかんでお礼を言われたり、その子にちょっと服の裾をつかまれて、お願いきょうは帰りたくないんです、なーんて言われて可愛いなコイツ、って思ってインするの!?それを経ての風呂上がりだろ!?」
フッ、とプロシュートが目を閉じた。
「判ってんじゃねえか」
「やっぱり清楚な女の子が好きだったか。読みが当たっておねえさん嬉しい」
「テメーのほうが年下だっつってんだろ」
呆れたように言われた。いいんだよ記憶的には君の倍、いややめよう。
ふむ、と、私は乗り出していた身体を椅子に戻して腕を組んだ。緊張が解けたように、イルーゾォとホルマジオも背もたれに身体を預ける。ソルジェラは奇跡的に笑いを堪えていた。
「私、どれもやってないな。風呂上がりってのは同居してるんだから仕方ないじゃん?」
「まーなァ」
ホルマジオの同意を得る。ビールグラスを傾けて、行儀悪く肘をついたまま飲んでいるホルマジオは、そもそもよォ、とグラスの中で声を揺らした。
「まァ言っちまえばぜんっぜん下手じゃあねェんだろ?」
なぜホルマジオがそんな確信を抱いているのか、すごくディ・モールトありえないほど気になるけどあえて置いておこう。暗殺チームの全員でエロの話をした夜とかがあったのか?6年の歳月は長い。そんな日があったとしてもおかしくはないだろう。
「比べようがないから判んない。レベルで言って」
「レベルってなんだよ!!誰を基準にするんだよ!!」
冴えているねイルーゾォちゃん。じゃあ基準はホルマジオにしよう。言い出しっぺの法則。
「言いだしたのはオメーだろ」
細かいことはいいのよ。
「んじゃあ10マックスで俺が5だとするだろ」
「おいホルマジオお前驕ってんじゃねえよ」
「なんで食いついてくんだよオメーはよォ。んじゃあ俺が4でオメーも4。そんでいいだろ」
「一緒にすんな!」
「じゃあ俺が4でオメーが3だよ話進まねェだろォが」
「もうメローネが5でいいから、今度お互い見学し合って納得するまで話し合ってね」
「するかよ!!」
「アホかオメーは!!何が楽しいんだそれ!!」
元気だなこいつら。私は早く対策が知りたいんだけどなあ。
オレンジジュースを飲んで、お代わりを注ぎにキッチンの中に入る。背後でぎゃあぎゃあ言ってる同い年2人とそれをニヤニヤ眺めているソルジェラ。もうおなじみの光景だ。

テーブルに戻ると、フーフーと激しく肩を上下させたイルーゾォが私に数字を突きつけた。
「俺らが3」
はいはい。
ホルマジオもイルーゾォも同じように言葉を交わしているのに、イルーゾォはひと言ひと言に全力を込めるから疲れちゃうんだろうな。それだけ真剣にやってるってことで、私は好きだけれど。
「んじゃア、俺らが3でメローネは変態趣味だし、ペッシは童貞だろ。省くぜ」
「ペッシはひとりの女を愛するタイプなんだよ」
はいはいはいはいはい。プロシュート乙。
右側から入った謎の愛に満ちた言葉は全員が無視した。
「ソルベとジェラートが5か6かァ?」
「俺らは5でいいぜ」
「なー」
すんなり頷き、かつ自分のレベルを下で良いと言うとは。
感心なんてしない。だってこの2人は事態を面白がっているから、自分たちのテクニックの評価とかどうでもいいもんな。レベル1だって言われてもそうそうって頷くに違いない。
「プロシュートが7……あー、こっち見んなよなァ、じゃあ8でいいぜ」
「テメーの評価なんざどうでもいいんだよ」
「とか言って5とか言われたら凄むんだろブフッ」
「かっわいいやつだよなあプロシュートも」
「うるせぇよ」
実際、8か9はありそうだよね。場数踏んでるし。でもなぜだろう、童貞だったプロシュートは12歳くらいまでしか想像できない。リゾットは16歳くらいまでギリギリ考えられる。
「と、考えて、だ。リーダーは低く見積もって8。9はあると俺は思うぜ」
それ想像だよね?ホルマジオがリゾットのレベルを断言するってちょっとドキドキする。想像だよね?
私の激しい感情を秘めた視線に気づき、ホルマジオがちょっぴり慌てたふうに否定した。
「オメーがナニ想像してんのか知らねーが、違ェからな。イルーゾォは論外として、俺らの中でもリーダーは手先が器用だし、観察力もあって技術の飲み込みも早え、っつー総合的に見た推論だからな」
まくしたてて否定されると悪戯心が湧いてきてしまうよ。しかしかわいそうなので掘り下げるのはやめてあげた。私が過去にそっち系の世界を楽しんでいたことは今生の黒歴史なのだよ一応ね。
あぁ、イルーゾォが論外だって言うのは、彼があんまり、そこまで器用ではないっていう意味だ。鏡を使う戦い方だから、物理的な技術に慣れる機会が少ないのかもしれない。
「ちなみにマックスは誰?」
イルーゾォに顔を向けたら、俺に訊くなよって言われた。だよねー。
「オメー、色々めんどくせェ脅しとか受けて来てっけどよォ、男が怖ェってわけじゃねェよな?」
「そうねえ」
「だよなァー。リーダーのこともオメーはかなり好きに見えるし、リーダーもオメーをかなり好きだ。つうかもうありゃ愛が深すぎんだろ。これは俺らの総意。重い。リーダー重い」
「あー……」
イルーゾォが遠い目をして、ソルジェラが笑った。
「お互い好き合ってる男女。そりゃ、やることやるだろォ?当然の帰結。なんでそんなに嫌がるんだよ?」
首を傾げられてしまった。
私もねえ、やることやんのはいいのよ。どうでも。おっと、ホルマジオもプロシュートも睨んでくんなよ、言葉の綾だろ。
「でも!ナニがどうなってリゾットのスイッチが入っているのかがまったく読めない!ボケーッと膝枕してもらって本とか読んでるののナニが悪いの!?昨日は平気だったじゃん!って私は言いたい!」
「じゃあ膝枕してもらうのやめろよ!!」
「だって居心地良いんだもんよ。イルーゾォはししとう食べるのやめられるの?たまにめっちゃ辛いのが当たるけど、アレおいしいでしょ?あんためっちゃ好きじゃん」
「うっ……」
はい論破ーと指さして笑ってみたらその指を間接と逆に曲げられた。痛い。
「だからどういう状況でむらむらするのか訊いたの。好きだけど、うーん、なんていうか、私全然慣れなくて毎回ものすごく居た堪れなくなる時があって」
はっ、今の言い方だと"好きだけど"がどの部分に掛かっているのかがわかりづらかったかな。好きなのは"リゾットが"だよ!?いや、嫌いかと言われるとそうは言い切れない部分も無きにしも非、いやもう私は何を言っているんだ。この話題の流れがそもそもおかしかった。なんで私は元部下現同僚にここまでプライベート話をしてしまっているんだ。そしてなぜ彼らは疑問も持たずに真剣にアドバイスをしようとしてくれているんだ。
「お前の理由は判ったし、納得できる。けど、なあ……」
イルーゾォの歯切れが悪い。ソルジェラの腹筋が限界。
「イイこと教えてやるよ」
ホルマジオが私の頬を人差し指でぐにっと押した。構わず振り返る。
かつてない爽やかな笑みを浮かべる剃り込みの男。彼は私の肩にぽん、と手をかけた。
「リーダーのゲージがどんなふうに上がってんのか、俺らにゃアある程度判る。男だからなァ」
「うん」
「オメーにはぜんっぜん予想がついてねェと思うしこれからもまだまだ理解できねェだろーよ」
"まだまだ"ということは今後、進歩する余地はあるということですね。
「俺らから情報を得て対策を立てようとするオメーの根性には感服する」
「マジか」
「無駄だって判ってねェところが面白ェし」
おい。
期待していたのに、肩透かしを食らって困惑した。無駄って何が。対策を立てても無駄ってどういうことなんだ。
「対策を立ててもオメーの行動は穴ぼこだらけだろうし、オメーが対策を立ててたってことをポロッと言っちまったり、、"もし"、こん中の"誰か"がうっかりバラしちまったりしたら、……まー、オメーはものすごく疲れることになるんじゃねェの?」
ソルベとジェラートは、ホルマジオにチラリと横目で見られてもまったく平然としている。私にひらひらと手を振る余裕すらある。それは"うっかり"が恣意的に行われることだという何よりの証拠だ。
「……今の一連の会話、なかったことにしよっか」
ただの冗談だと笑い飛ばせない。だってホルマジオの声は笑っていないし、イルーゾォも同情的だし、プロシュートは未だに理解できてない私がバカだみたいな視線を向けて来ている。ソルベとジェラートも、顔を見合わせて笑っている。
私がジッと2人を見ていると、ソルベとジェラートは27歳の明るい男性らしい笑顔を浮かべた。
「ははは、そんな警戒すんなよ女王さん」
「俺らがリゾットになんかチクったこと、あるかい?」
どうだったっけ。意図的に爆弾を落としたことはあっても、私の行動を見てリゾットに告げたことはあっただろうか。
パッショーネ時代の数年間はそもそも告げ口されるような出来事はなかったし、彼らがそうするメリットもなかった。今は私たちをからかうことに楽しみを見出しているようだけれど。
ここ数日はどうだろう。リゾットがソルベとジェラートに告げられ、私が驚かされた出来事は―――。
「あっ」
あるじゃねえか。めちゃくちゃビビったあの出来事が。
私はテーブルに手をついてガタンと立ち上がった。うん?と私を見上げてくる、一見気のいいおにいさんの笑顔。
「あったよ!この間、私が日本の友人と会って街を歩いてたこと、追っかけてきてリゾットに吹きこんだじゃん!!」
「あー、思い出しちった?」
「結局アレどうなったんだい?面白くなるかなーと思ってやってみたんだけどさ、リゾットもポルポも何も言ってこないだろ?気になってたんだよ」
どうなったも何も、あんたらのせいで私は色んなところかじられて痛かったんだよ。
「かじられた?」
イルーゾォがきょとんと目をまるくした。
私はあの日のことを切々と語った。
「床にぶっ倒されて首を噛まれたし、指も噛まれて血が出たし、前から首の傷痕触ってくんなーと思ってたら実は自分がつけた傷じゃないから気になってたとか、あまつさえナニを言い出すかと思ったら、自分の血でつくった刃物で切り直したいけど私が痛いの嫌いだからやめてるんだよテヘペロ、だって言うから意味が解らん。解るけどわからん。なんか爪でぐりぐりして苦しいし、私が苦しがってるってわかってるくせに続けて来るし。なんなの?アレなに?男ならわかるの?」
「あー……」
「そういう……」
「オメー……」
「リーダー……」
全員がゲンドウポーズを取ってしまった。ソルジェラすらも。
プロシュートを見ると、ものすごく哀れまれた。テメー、よかったな鈍くて。
「ポルポ、俺ら、今回ばっかりはなんも言わねえことにするわ」
「うんうん。マジに安心しろよ。こりゃあなあ……俺らも様子見ながらちょっかい出さねえとなー」
ソルジェラの苦笑は激レア。
「オメーはそのまんま、きっとずーっと変わんねェんだろォーなァ。それでイイと思うぜ」
すとん、と椅子に座ると、ホルマジオに頭を撫でられた。
「俺からもいいこと教えてやるよ」
「なに?」
「お前が考える小細工は、たぶんリーダーを面白がらせるだけだ」
「……」
そうかもしれないな、と頷いた。リゾットって私の反応を見てるところあるし。
にしても私はどうしてこんなに同情を集めているんだろうか。ソルジェラの悪戯の結果起こったリゾット嫉妬のかじりつきの話をしたらこれだ。
「もしかして、さあ」
私はおそるおそる、思い至った言葉を口にした。
「比べようがないからわかんないんだけど、リゾットのジェラシーって、……深い……?」
「……」
イルーゾォが視線を逸らした。
ホルマジオが言った。ソルジェラが続いた。
「6年だからな」
「6年だからなー」
「6年だからなあ」
そして全員が唱和。プロシュート、そして聞いていなかったはずのメローネ、ギアッチョまでが口をそろえた。
「しょうがねえよ」
今度は私がゲンドウポーズ。
6年だからか。
「(まあリゾットなら良いかって思ってしまう自分もかなりキてるな……)」
賢明なので口には出さなかった。