トリックスターにお任せ★


機は熟した。
ソファに腰かけて、ソルベがつくったカクテルを傾けるリゾットはどこかリラックスした様子だ。軽くアルコールが回っているのだろう。
それもそのはず、ソルベの話術はじつに巧みで、私のようにただペラペラ喋っているだけではない。リゾットの反応と相槌からその機微を正確に理解し、機知に富んだ話題を振るのだ。合間合間に話題を酒に向け、きちんと一定のペースで杯を進めさせている。ソルジェラは単体でも有能だった。判りきったことだったけど、私は改めて"おにいさん"達を尊敬した。
「ポルポ、次はベルベット・キスなんてどうだ?」
「ロマンチックな名前だね」
絹の口づけって。絹って。
最後のひと口、青くぱちぱちと軽く弾けたドリンクを飲んで、私は人好きのする笑顔を浮かべたジェラートを見た。ジェラートは名を挙げたカクテルの内容を説明してくれる。へえ、バナナリキュール。
「……うーん……私、バナナ断ちしてるからなあ……」
「そうだっけ?じゃあラスト・キッスにしようか。ラムとブランデーとレモンジュースだからイケるだろ?」
それなら飲める。しかし、結構度数の高そうなカクテルですね。そしてさっきからキスシリーズで攻めてくるけどなんか含んでるんですかね。ポルポさん全然読み取れないよ。
「あ、ジンとベルモットでつくった方が好みかな?」
噎せるかと思った。ジンとベルモット。ただの酒なんだけどね。判ってるんだけどね。ジンとベルモットが交わればマティーニができるんですね、はい。黒と黒が混ざっても黒にしかならねぇんですね、はい。
かろうじて奇行を防いだ私は、ジェラートのおすすめがいいな、と当たり障りのない返事をした。
「オメー、さっきからペース早くねェか?」
「ん、そうかな?おいしいからついつい進んじゃうってやつよ」
リゾットと違い、私はテーブルについている。物置から出したスツールに腰かけるホルマジオが、自分のビールに口をつけて言った。
「そいつは光栄だ」
カウンターテーブルの向こう、キッチンに引っ込んでふんふんと鼻歌をうたいながらかちゃかちゃと、自宅から持ち込んだシェイカーを振るジェラートは、君本当に素人だよね?と訊ねたくなるほど手馴れている。本業が暗殺者だとは思えない。オシャレなシャツに、二股に分かれた先が鋭角を描く少し長い裾、そんな黒いベストを羽織っている。ズボンも、パンツというよりズボンというより、細身のスラックスに近い。似合っている。とても似合っている。そして当然のように、ジェラートはソルベとお揃いだ。違うのはシャツのボタンの色くらいじゃないだろうか。細かいよ、細工が。
「なあポルポ、俺は一度もバナナリキュールを口にしてないんだけどさあ」
「うん?」
「カクテル飲まないなら、俺としようよ、ベルベット・キス」
空いているジェラートの席にずけずけと座ったメローネが、私の方を向きながらすっとぼけたことを言ってきた。ちょっと面白かったから褒めておいた。やったーと喜ぶメローネ。オメーはそれでいいのか、とホルマジオがメローネとの距離を少し開けた。
「やっぱイルーゾォがいないと誰も突っ込んで来ないから、ちょっと精細に欠けるわね」
「え?突っ込んでイイの?」
「ほら、やっぱりオチないじゃん?」
「オチとかねェだろ!こいつはマジだろ!」
「ホルマジオのツッコミじゃ足りねえよなー。ほれポルポ、くっと行けよ、くっと」
戻ってきたジェラートの手にはグラスが。
くっと行け、なんて、手間をかけてカクテルをつくった人のセリフじゃないと思うんだけど、ソルジェラは本気で言っているんだよなあ。
以前、私がおいしいお酒を飲み干すのがもったいなくてちびちびと飲んでいたら、女王さんのためなら何杯でもつくるぜ、と笑われたことがある。当然社交辞令だと思うじゃん?ちびちび飲み進めるじゃん?あれ、ふたりとも姿が消えたな、連れションか?なんて思うじゃん?プロシュートとペッシとホルマジオと会話してるじゃん?ふたりが戻ってくるじゃん?トレイの上に、私の飲んでいるものと同じカクテルが並んで出てくるじゃん?
数回それが続いたので、もうお言葉に甘えることにしている。
「ありがとう。綺麗なレモン持って来てたけど、どこで買ってるの?」
「そこらへん探せば置いてあるぜ」
「(どこだよ……)」
ソルジェラの説明はアバウトで、そこらへんってネアポリスかな、と思ったらドイツだったりするからな。
「あァー、……よォ、ジェラート」
ソファの方を見て、ホルマジオがのそりとこちらに近づいてきた。私の向かいに座って自分のドリンクを飲んでいたジェラートと、無音で言葉を交わす。それを見たメローネがへえー、と面白そうに笑った。読唇術スゲエ。便利。
私にはそんなスキルはないので、ちらりとソファを、リゾットとソルベの方を見た。
二人掛けのソファに、ひとり分のスペースを空けて、いつもの定位置にリゾットがいる。その上体は背もたれに預けられている。もしかすると、私のために場所を用意してくれているのかもしれない。八割がたそうなのだろう。だってリゾットが自分の隣にメローネやホルマジオを座らせようとするとはどうしても考えられない。そのリゾットは何を質に取られているの?残る二割は、ただついうっかり癖で端に寄っただけという可能性だ。
ソルベはローテーブルを挟んだ向かいにスツールを持っていき、一時間くらいバーテンダーのまねごとをしている。それだけならジェラートと同じだが、ソルベはリゾット専門で、彼だけにドリンクをつくっている。私やメローネ、自分のぶんもつくって話に興じているジェラートとは役目が違う。おっと、ホルマジオはカクテルよりもビールやワインを好んでいるので、ジェラートも彼につくる気はまったくない。
「(どれくらい飲んだらほろ酔いになるんだろう、リゾットは)」
ふたりが静かに言葉を交わしていることは、ソルベの動く唇から察せる。見ていると、リゾットがローテーブルからグラスを取って傾けたその、ソルベから視線を逸らした一瞬、ソルベが私を見てぱちんとウインクした。その目が素早くリゾットに動き、また私を見た。来いってことだね、ソルベおにいちゃん!
私はジェラートと目を合わせて軽く顎を引いた。ジェラートはそれですべてを理解して、面白そうに片眉を上げる。

「おー、女王さん。なんだ?ジェラートに飽きたのかい?おにいさん張り切っちゃうぜ?」
「ソルベが恋しくなっちゃってさあー」
「ぶっ、ぶふふっ、っく、まじか、俺が恋しかったの?そいつぁ光栄だ、ポルポ」
適当なことをぶっこいてみると、ソルベが笑いをかみ殺してのけぞった。トントンと衝動を逃がすようにつま先で床を蹴ってすらいる。何がそんなに可笑しかったのやら、と考えて一つ思い当った。もしかして私がリゾットではなくソルベの名前を出したから、リゾットの反応を見て笑ったのか?そう考えると怖くて隣が見られませんな。数十秒前の私シャラップ。
ふはー、とどことなく熱い息を吐きだした。やっぱりお酒はおいしいけど酔うな。当たり前だ。
「ポルポって今ナニ飲んでるんだっけ?」
「ラスト・キッス」
「へー、名前で選んだのか?なかなかロマンチックじゃん」
そうだね、ロマンチックかもしれないね。選んだのはあんたの相棒だけどね。
手に持ったグラスを見つめて、ラストキスねえ、と独り言ちる。ラストのあとになにかつければだいたいロマンチックになる気がする。ラスト・ホニャララ。ラスト・心中。……いや、やっぱりならないわ。
「あ、いたたた」
瞬きをすると、右目がちくりとした。こちらを向いたリゾットに、目になんか入っただけ、と伝える。心配をかけてしまうので、無闇に痛いとかしんどいとか言わないようにしていたんだけど、酔ってんのかなあやっぱり。
「あー、ダメだぜ女王さん。そのまま」
「うん?」
目をこすろうと手を持ち上げたところでソルベの待ったがかかった。目が痛くなるので閉じることも開けることもできずに薄く目を開いていたのだけど、ソルベが近づいてくるのが判る。ソファに手をついたソルベは、私の目を見て、さかさまつげ、と呟いた。細い指が間近に迫って思わず目を閉じようとすると、その寸前に触れられてすぐ離れた。あ、痛くない。
「睫毛が長えとよくあるよなあ。ジェラートもそうなんだぜ」
「あ、ありがとう。取るのうまいね」
「四六時中練習台がいるからな」
ご馳走様です。
ソルベは自分の人差し指にある私の睫毛を見て、私がティッシュを取る前に軽く手を掲げた。
「メローネ、今ポルポの睫毛取れたけど」
「まじで!?それ欲しい!」
「アホか!!人のまつげを手に入れてどうすんのよ!」
ソルベも変態をけしかけるのやめて!私はソルベの手をとって、ティッシュでまつげを拭き取った。ありがとう、感謝はしているけど怖いことはしないで。メローネも残念そうな声を出さないで。
グラスを置く。
「これゴミ箱に捨てるけど、私が席を外してる時に漁って中からまつげ取らないでね」
「そんな心配しなくってもしないって。欲しくなったら直接言うよ」
「……」
何が安心なのかわからない。
私の前で背筋を伸ばしたソルベは、あっれえ?とリゾットの方を見て声をあげた。
「リゾット、もう中身ねえじゃん。お代わりつくってやるよ、ほれ、グラス」
「あまり甘くないものにしてくれ」
「今の甘すぎた?悪ィ悪ィ」
苦笑するソルベ。リゾットが差し出したグラスをその手が受け取る、と見せかけてリゾットの手首を掴んだ。
「ま、甘いのはあんたも同じ、ってな」
「なにを―――」
リゾットが反応するよりも早く、ソルベのスタンドが発動した。リゾットの姿が変わる。見開かれた目がどこかつやりと煌めき、輪郭にまろみが出る。キューティクルが完全補修されたと言ってもいいほどサラサラの白い髪は腰と肩甲骨の間らへんまで真っ直ぐに伸び、ソルベに掴まれた手首が、その腕が細くたおやかにシャツの長袖をたゆませ、グラスを持つ手がたおやかなものに変わる。肌もうるおい、すべすべして見える。シャツの肩は余り、三つボタンが開けられひらいていたシャツの襟元から、華奢な首と繊細な鎖骨、その先に続く特有の曲線はシャツに隠れているが、ウエストが細くなり余ったベルトが想像を掻き立てた。
「これで一仕事ッと。残念なことに俺の記憶力は優秀でね。さあて女王さん、ご期待に沿えたかい?」
「ソルベ大好き!!」
リゾットから手を離してウインクしたソルベに、私は立ち上がって思いっきり抱きついた。こういうのが許されるところはラテンの国様様。ハグを返されて、感激を腕の力で伝えると、私はぱっとソルベから離れて、ソファから腰を浮かせかけているリゾットに飛びついた。首が細い、肩がまろやか、やわからい!やわらかい!
「……ポルポ」
「なあに、リゾットちゃん!おねえさんになんでも言って!」
声も高くなってるよー!それなのに静かでカッコいい女性だ!28歳という年齢もあって、もう完全にヒールで丸の内を闊歩する、色っぽいのに禁欲的な憧れの的にしか思えない。
身体を離して立ち上がってリゾットちゃんに応えると、リゾットちゃんはス、と目を細めた。わあまつげが色っぽい。
「……」
リゾットちゃんが細い指で自分のこめかみを揉んだ。イラついてるのかな。
「ソルベがやけに飲ませてくると思ったらこれか……」
「そーいうこと。リゾットがなっかなか近寄らせてくれねえんだもん、しゃあねえ、よな?なあジェラート?」
「そーそー、しょーがねえんだよ。女王さんがあんなに懇願してきちゃあ、断れねえもん」
懇願って言うほどでもないけど。肩揉みながら持ちかけただけだけど。断るどころか快諾してきましたけど。
「リーダーってこんなんだったっけ?へえー」
近寄ってきたメローネが、後ろからリゾットの髪をつんつんと指でつついた。勇気あるね。いつもは絶対しないくせにね。
「ポルポ、リーダーの女体が見たかったの?」
「見たかったんだよ。ていうか、誰のでも見たいよ。メローネもいっとく?」
「んー、そしたらポルポ、俺に構ってくれるかい?」
さっきから構ってなかったか?メローネは後ろから私に手を伸ばす。私も伸ばした。ぐにぐにと親指で手のひらを揉まれた。
「もっと、こう、さあ。おっぱい触っていいからさ」
「マジか。マジか。ソルベ様お願いしてもいいですか?」
「もっちろん、俺が断る理由はねえぜ。ほれ、メローネ、腕出せ」
人のおっぱいなんて触る機会ないからハッスルしてしまった。私はソファの後ろにまわったソルベと、彼に腕を差し出すメローネを見つめる。どぎゅん、とスタンドが発動し、メローネの身長が少し縮んだ。確かにメローネだと判るのに、その姿は女性のものになった。
「め、め、め、メローネちゃん……!」
私がふらふらとソファの裏にまわろうとしたら、後ろからぐいっと服の裾を掴まれた。リゾットちゃん、そうね、標的を逃がしてはくれないよね。すまん。
メローネの方から近づいてきて、私と同じくらいの背になった彼――彼女はにっこり微笑んだ。私は、その25歳とは思えないあまりの可愛さにメローネをひしと抱きしめた。
「君が妹だったら私は一生養うのに……」
「えー、じゃあ俺ずっとこのままでいよっかなー」
「ぎゃはははは、メローネが妹!ポルポぜってー騙されてるって!」
騙されてもいいよ。もうなんでもいいよ。
メローネから離れて、一歩引いて眺める。うん、その怪しい服の切れ込みからささやかなふくらみが見え隠れしていますね。これはいけませんね。しかしメローネ♀が貧乳だというのはとてもイイ。そういうの好きです。変態なのに貧乳。変態だからこそ貧乳。
「これってどれくらい?」
自分のおっぱいを揉むメローネ。私もよく自分のを揉んでみるけど、ひとがそうしているのを見るとあっあっいけない、そんな粗末に扱っちゃいけない、とドキドキしちゃうね。繊細なおっぱいだと特にね。
「触ってもいい?」
「もちろん、ポルポならいいよ」
「か、かわいい……25歳?ほんとに?」
へらへら笑いながら私の手を取って、メローネは自分の胸に導いた。そのテクどこで身に着けたの?私が男だったら股間にキテると思う。
ふに、としたその感触。Aかな。でもアンダーが細い。65かな。
ふにふに揉ませていただいていると、メローネが恥ずかしそうに顔をそむけた。
「俺、こういうの初めてだから……ポルポ、どうしたらいい……?」
あざとーーーい!!
でも可愛いから許す。
「交換日記から始めよう」
「えー」
えー、じゃない。残念そうにするんじゃない。こんなかわいい子が入社面接に来たら完全に内定だな。そして有能だからむしろお得。
メローネの胸から手を離す。
たぶん、私も結構酔ってたんだね。うん。メローネのまろい輪郭を包んで、私は彼――彼女の頬にキスをした。ほっぺ、ふにふにしてました。
「あ、わ、あ、い、いま、ポルポ」
「うん?ごめん、ほっぺは誰かに操立ててた?」
「前もそれ言ってたけど立ててないよ!も、もいっかいやって!」
女の子だしいいか、と考えた私は、いいよ、と軽く頷いた。ぶふくっ、と噴き出すような笑い声が聞こえて、ん?とソルベを見る。完全に笑いを堪えきれていない。ジェラートはもうテーブルに突っ伏して、声は我慢しているのか肩だけが断続的に揺れている。ホルマジオと合った私の目が、彼の俺もう知らねェからな、という仕草を視認した。メローネちゃんにキスしたらよくないのかな?
「ポルポおねえちゃん、……もっかい……」
ズキュウウウン!
16歳の小娘か、と普段なら笑い飛ばせるその催促も、今のメローネから飛び出ると、ほのかにピンクな花が咲き乱れるような衝撃をもたらす。酔っぱらっていた私は、ちゅ、と音をつけて二度目のキスをした。やったー!と両頬を手でつつんで赤い顔を隠したメローネちゃんは、私からぱっと離れてテーブルに戻った。見ていると、椅子に腰かけて、熱を冷ますようにぱたぱたと手で顔を扇いで、それからちらりと私を見た。目が合ったのでニコッとすると、あわあわとした様子で目をそらされた。何あれ可愛い。純情メローネちゃんなの?マジだろうと演技だろうともう関係ないよね。
「すごいなあ女体化、あ、うわうわ、ちょっとまって」
ソルベに軽い拍手を送っていると、ぐいぐい後ろから引っ張られる。ちょっとたたらを踏んで、私はソファに腰かけた。放っといてごめんよリゾットちゃん。
「ごめんね、だまし討ちして」
「それについては構わない」
「いいんだ?」
「お前は前から言っていたから、いつかはソルベの存在を思い出すと思っていた」
さすがリーダー。私なんてついこの間気がついたのに。
グラスを取って飲む。ラスト・キッス、その名の通り、これが最後のキスかあ、と考えてしまうような味だ。なんつってさあ、酔ってますね、はい。
ひと口ふくんだところで視線を感じた。口からグラスを離してリゾットちゃんを見る。
「どうしたの?」
「ポルポは、俺の性別を転換させてどうしたかったんだ?」
目的か。目的はただリゾットちゃんを見たかっただけなんだけどね。正直に言うと怒られそうだったので、うろうろと考える。でも思いつかないなあ。
「前にリゾットちゃんが女性になった時は、状況が状況だったから、綺麗だったっていうのしか印象になくって。だから改めてその姿を見て、記憶に焼き付けたかった、っていうのが一番かなあ」
「二番は?」
「もともとリゾットちゃんは色気があるから、ほろ酔いの女性になったらどれほど美しいのかを確かめたかった、っていうのが二番」
あー言われてみれば今のリゾットってほろ酔いの女なのか、ぜんっぜんそそらねえー。ソルベが笑った。ジェラートも笑った。
「このリゾットちゃんを見て興奮しないの?こんなに色っぽくて可愛くて綺麗で、それでいてどことなく禁欲的な抑制された雰囲気のリゾットちゃんを見て?」
ソルジェラが爆笑した。ホルマジオが、オメーよく考えろ!と言いながらビールグラスをテーブルに強く置く。どんな美女に見えたって、そいつはリーダーだぜ!
そうだね。
「やっぱり知ってると興奮しない?」
「しねェー……ぜんっぜんしねェー……」
「へえー……こんなに素敵なのにね、リゾットちゃん」
「それは褒められてもあまりうれしくないんだが……」
「それもそうだね、ごめん、あんまり綺麗だから調子に乗っちゃった」
グラスを置くと、リゾットがそれを取った。ぐい、と呷る。たん、と置く。
「喉渇いたなら何か持ってこようか?」
「いい」
ラスト・キッスが飲みたかったのか、あるいは間接キスを狙ったのか。たぶん前者。リゾットはそんな面倒なことしないもんな。
リゾットの、華奢で、けれどきちんと綺麗な筋肉がついている身体に抱き着く。おっぱいがあるリゾットちゃん。女体化おっぱい、略してにょっぱい……。素晴らしい。
もはや習性になっているのか、リゾットちゃんは軽く抱き返してくれた。
「リゾットちゃんには申し訳ないけどさ、その姿がまた見れて嬉しい。すごく綺麗で、すごく格好良くて、もう、私が男だったら絶対結婚を申し込んじゃうなあ」
「へえ」
ソルベが感心したように呟いた。私はリゾットちゃんにへらりと笑って、ソファに座り直す。
すすいで水でもいれるか、と空になったグラスに手を伸ばして、その手首が斜め後ろから素早く伸びた手にがっしりと握られた。
「!?」
数回折られたシャツの袖を見て、ソルベだ、と気づいた。気づいて、一気に血の気が引いた。腕を引いて逃げようとして、できなかった。ソルベの手は、腕は、男の物にしては細いのに、どこにその力が秘められているのか、びくともしない。
「ま、まさかソルベ、最初からこのつもりで」
「だからさあ、女王さん。前から言ってるだろ?俺らのことを信用しちゃあいけねえ、ってさ」
凡ミスだったな、と楽しそうな声が耳朶を打つ。悪態をつく前に、どぎゅんとスタンドが唸った。

ゲンドウポーズ。これほど汎用的なポーズもないと思う。
「くっそおおお……ソルジェラいつか……いっつっかッ泣かす……!」
ぎゃはっはははは、と笑い声が重なる。テーブルの方だ。
「女王さんが俺らを泣かしたいってよ、ジェラート」
「いつでも相手になるぜ、いつでもさ」
「っのやろー!あとで泣いて許しを請うても!この私が容赦すると思うなよ!私には、えーっと、えー……うーん……誰もついてねえな……」
「ぶはッ、笑かすのやめろよ!」
「カッコつけるなら最後までやりきれって!もっとあんだろ!一万の軍勢がついてるとか、バックにパッショーネがあるとかさあ!」
「一万の軍勢なんかいたら金が飛んで仕方ないし、ジョルノをバックにするっていうか私がジョルノのバックだよ!!」
私、何も持ってねえ!9人が敵にまわったら孤軍!奮闘もできない!
再びゲンドウポーズ。慰めのつもりか、ローテーブルにはソルジェラのつくったカクテルが置いてある。しかもなんつう名前のカクテルだよ!オーガズムってなんだよ!ひどすぎるだろ!!
「バニラアイス入ってっから元気出せよ」
「ま、オメーの自業自得、……って言いてェところだが、今回ばかりは相手が悪かったなア、同情するぜ」
ホルマジオにもそう言われてしまって消沈。これが私の業なのか。
「ごめんよリゾットちゃん……まさか仲間に裏切られることがこんなにショックだとは……」
「俺はまったくショックは受けなかったが、ひとつ賢くなれてよかったな」
はい、すみませんでした。
私はゆっくり上体を起こした。
ソファの背にもたれる前に、ぷちぷちとボタンを外して中を見る。ぺったんこ。ささやかな胸の飾り。ぺらぺらの腹筋。ぺらぺらすぎて女の時とあんまり変わらない。
ズボンの裾をまくってみた。えええ!びっくりした。
「この世界の男はみんなつるつるの脚なのかよ!!」
日本人びっくりだよ!ジョジョどうなってんだよ!!
思わず動揺してしまった。すね毛ない。そういえばリゾットちゃんのそれも気にしてなかったし、いわれてみればつるつるだな。どうなってんだ?スタンド使いは体毛がないの?スタンド使いじゃない人の裸を見たことがないから判らないよ?
「俺はあるぜェ」
「ホルマジオはあるだろうよ」
「どーいう扱いしてんだァオメーはよォ」
だってありそうだもん。でもメローネは見るからになかったし、今はちょこちょこと私の後ろから首を触ってみたり耳を触ってみたり頬を触ってみたりと忙しい。リゾットは無言で飲んでる。
「なんかポルポさあ、26歳の男なのに元とあんまり変わんねえな」
「う、うわあ……女の心を持っているはずなのに、なぜかそう言われてすごくショック……」
ちょっと筋肉は増えたみたいだけど、とぺたぺた背中に手が当てられる。三度目のゲンドウポーズ。気にすんなよポルポ、俺はどんなポルポでも好きだからさ。ありがとうメローネちゃん、でも今の私に言うと、ダメ男を養ってる頑張り屋の彼女みたいにきこえるから気をつけようね。
「うーん、ちょっと骨ばったかな、ってくらいだしなあ」
手首と手の甲をかざして眺める。指は少し節が目立つ、かも、しれ、ない。手は女の時より大きくなったと思う。
「リゾットちゃん手貸して」
「あぁ」
私の意図を把握してくれたようで、手のひらが向けられた。そこに手を重ねる。私のほうが少し大きい。指もちょっと長い。
「うーん、こんなもんか。もともと貧弱だしなあ、私」
私の特徴ってナニ?赤目とおっぱい?おっぱいがなくなったらどこにアイデンティティを見出せばいいの?
「ポルポの胸ってデカかったじゃん?」
「うん」
「おっぱいって女性の象徴とも言えるじゃん?」
「うん」
「なくなったじゃん?」
「うん」
「今男じゃん?」
「うん……うん!?つまりあれか!デカいおっぱいが!……いや、ごめん、さすがに怒られそうだ。バベルの塔に変化した、と」
言いかけた瞬間、合わせっ放しだったリゾットの指が私の手をきつく掴んできた。すみません、でもいまは男だからセーフじゃない?ソルジェラはバベルの塔発言にまた腹を抱えだした。どんなセンスしてたらその言葉が出てくるんだか教えてくれよ女王さん!やっべーもっとポルポの表現聞きてえから思いつくやつ全部言ってくれよ!
いいけど、今の私がそれをいうと完全なるセクハラになるのでは?
「ポルポだし」
「ポルポだしな」
「女王さんだからな」
「オメーだからなァ……」
どういうこと?貶されてる?褒められてる?
リゾットちゃんに訊ねると、決して褒められてはいないが貶されてもいない、と答えられた。わあ政治家の答弁みたい。
視線が集まってしまって逃げられそうになかったので、私は息を吸い込んだ。

いくつか、カクテルの肴にするに堪えない名前を羅列して、思いつかなくなった頃に切り上げた。
一瞬の沈黙のあと、ジェラートが笑いすぎて椅子から転げ落ちた。ホルマジオは頭を抱えてしまっている。
「オメー……どこでそういうの学ぶんだ……?」
「さあ……どこかなあ?ギャングの幹部だと色々話が聞こえてくるのよねえ」
適当ぶっこいておいた。
「何個ぐらい挙げたっけ?」
「32個だよ、ポルポ」
「ありがとうメローネ、数えてた君におねえさん、じゃなかったおにいさんびっくりだよ」
即答ですかさすが。女になっても芯は変わりませんね。
ふと見ると、リゾットが真顔になっていた。
「お、怒んないでよ、今のはソルベとジェラートの希望に応えただけじゃん!」
「怒っているわけではなく、なぜそれほどの語彙を持っていながら性的なことに対してまったく自覚も警戒も持たないのかが不思議だっただけだ」
「フィクションはフィクション、現実は現実じゃないの。……あっ!私いま童貞じゃん!やばい!」
「やばいの?ポルポが童貞ってすごいしっくりくるけどな、俺」
「美女が処女とか、ビジネスマンとしてバリバリ成功しているインテリくんが童貞とかはある種の高揚をもたらすけど、こんな金しかない26歳が童貞ってどうなの?しっくりくるとか言われちゃう私の童貞くささなんなの?童貞がしっくりくる男ってナニ?やっぱり顔が平均レベルだと、レベルの高すぎる野郎どもから見たらランクが違いすぎてそういう認識になるのかしら。君たちの世界にはたぶん同レベルの人間しか近寄れないんだと思うよ。
「凡夫だから童貞でも仕方ないわよ」
「ほら、そもそもそれ、女の時と変わらない口調だけど、違和感ないもんな」
もう完全に男として終わっている。
四度目はゲンドウポーズではなく、うわああんと泣き真似をしてリゾットに抱き着いた。メローネの言葉が男心にぐさぐさ刺さるよおお。
「あ、それにポルポ、忘れてるぜ。今のポルポは童貞だけじゃなくて処女でもある」
「な……なんと……!」
リゾットの柔らかい太ももの上で私は震えた。童貞処女。たしかに、それは私がネタにしまくっていたことだ。童貞処女。私がいま再び処女に戻った……?
なんか混乱してきた。そもそも"私"と"ポルポ"と二つの人生を持っているのにさらに男女で分かれてどうする。落ち着けもちつけ。ぺったんぺったん。
「もういいよ童貞処女で。メローネだっていま処女でしょ?リゾットだって処女なわけだよ。ていうかあんたら全員処女じゃん!男にしたって女にしたって処女じゃん!まあソルベとジェラートは違うけど」
「安心しろよ、処女だぜ」
「童貞じゃあねーしな」
「オッメービビらせんな!!一瞬マジかと思ったじゃねえか!」
ソルジェラの童貞喪失エピソード、かなり気になりますけどスルー。爆弾が降ってきたら今度こそ死ぬわ。
きちんと危険を察知した私は、けれどとりあえずひとつ訊ねておいた。
「ジェラートが処女であるかは今発言にありませんでしたが、そこのところは……」
「面白い!細かすぎて面白い!」
「酔ってるだろポルポ!まあ酔わせたのはジェラートだけどよ!」
素面でこんなことやってられると思うか?
オメーならやりそうだけどな、とホルマジオがビールを飲んだ。メローネは、私の尻をズボン越しに撫でている。なんで撫でるの?私もリゾットによくやるけど、何の意味があるの?リゾットのはいいケツだが私のは貧相だよ。
はあー、とため息をついて起き上がる。メローネ、手、尻に敷くぞ。俺はそれでいいよ。私が良くねえ。
「ねえねえリゾットちゃん、せっかくだしおっぱい揉ませてほしい。あとお腹とかお尻とか触らせてほしい」
「……」
「何そのため息……やっぱダメかな……?」
「別に、俺は構わないんだが……」
やったー!ありがとう、と私はリゾットちゃんの頬にキスをしておいた。さっと立ち上がって、テーブルでジェラートと並んで座っているソルベに近づく。
「あのさ、自分のおっぱいとか身体と比較しながら触りたいからさ、一回戻してくれない?」
「そーいうことならお安い御用。ホレ」
「!?」
ぱちん、とソルベが指を鳴らすと、急にシャツの胸がきつくなった。さっきうすっぺらくなってたから閉めておいたんだよね。
「ありがとう。……でも今指鳴らしたのって完全に演出だよね?」
「そ。カッコいいだろ?」
「すんごくカッコいい」
私も指ぱっちんして何かしたいな。イルーゾォに頼んだら手伝ってくれるかな。
ぷちぷちとボタンを外しながらソファに戻る。七分丈のスキニーモドキのポケットからヘアゴムを取り出して、さっくり手櫛で髪をまとめる。準備万端。
「俺のは触んなくていーの?」
「ええ!メローネ、まだ触っていいの!?」
「さっきはおっぱい揉んだだけだろ?腰もいいし、お尻もいいぜ」
「そ、そ、そ、それはなんと魅力的なおさそい……」
ふらり、と吸い寄せられるようにメローネの方に傾いた瞬間、メローネ、と女の声が静かに彼―――彼女を呼んだ。続いて、私の名前が呼ばれる。
呼ばれたので振り返って、手招きされるがままにソファに腰かけた。
「ちぇー。リーダーずっりぃの」
なんだそのふくれかた。かわいい。
メローネはぷくりと片方の頬を膨らませて、するりと酒を求めてテーブルに戻っていく。ぱちん、とまた音がしたので、もうこれ以上私が構ってくれないと判断して戻してもらったのだろう。間合いが落ち着くーと笑う声が聞こえて、やっぱりそういう影響はあるんだな、と興味がわいた。
が、今の主題はそこじゃあない。
いそいそとリゾットちゃんの方を向く。といっても座っているので限界があるのだけど。
「いただきます」
「……どうぞ」
なにそのセリフチョイス。私は萌えた。隠す必要もない。完全に萌えた。
そーっと手を伸ばして、ふに、と指で押す。う、うわあああ柔らかい!
「私のと違う!!」
「そうか?」
首を傾げたリゾットちゃんは、自分のそれを揉んでから、私の胸を揉んだ。
「大きさの問題じゃないか?」
「そうかねえ。リゾットちゃんはどれくらいかなー。Cかなー」
キュートカップだね。ふにふにと指で揉んで、それから手のひらで下から包むように持ち上げた。ふにふにじゃー!すごいよこれ!ひとのおっぱいってやっぱり魅力的だね!背後で、たぶんソルジェラがばしばしとテーブルを叩いた。笑うところかなあ今の。
緩急をつけて揉む。うんうんなるほど、私のはデカすぎてよくわかんないけど、このくらいが揉みやすいかな。つつつ、とシャツ越しに指でなぞって、ふむふむ。
「ノーブラってところがまたいいね」
「……」
何その物言いたげな視線。
「ポルポもつけてなかっただろ?」
そういうことでしたか!!すみません!!
「あー、……今日はね、ときゅべつね、あは、はは……あの、……胸当てつきのキャミソールは着てるんですよ、ほんとに……」
噛んだ。もう駄目だ。私は頑張って理由を述べた。ソルジェラがせっかくうちでおいしいごはんをたくさん作ってくれるっていうから、私すごく楽しみで、下着の限界なんかに邪魔されたくなかったんだよ……。
どっちにしてもアウトだぜ。なぜかふたりの声にホルマジオが被さった。みんな味方じゃなかった。
誤魔化すように揉む。もみもみ。リゾットちゃんのおっぱいって考えるとものすごくベネ!ただCカップの胸を揉む、というより、リゾットちゃんの胸を揉む、ということが大切。はあ至福。
えんえん揉み続けて、こねくりまわしてみたりつんつんしてみたりなぞってみたりふにふにしたりちょっと形を変えるくらい揉んでみたり揉んでみたりわー乳首可愛いーとぐにぐにしてみたりしていたら、はあ、とため息が落ちた。
「ご、ごめん、胸気に入りすぎた。次お腹いこう、お腹」
「そう、か」
疲れたような声。ご、ごめん……お腹いったら終わりにするから。たぶん。
シャツの上から撫でさすろうと思ったら、リゾットちゃんがべろりとシャツをめくり上げた。白くてなめらかなのに引き締まった綺麗なお腹だあああと感動するよりも前に焦った。
「だ、だめだリゾット!大切なお腹をそんな簡単にさらしちゃイカン!仲間内なら良いけど、これが外だったら襲われちゃうわよ!世の中何があるかわからないし、たとえ相手が信頼できるひとだったとしてもなんかあったらどうするのよ!」
「……」
物言いたげな視線。な、ナニ?
「ぶはァッもう駄目俺もう駄目!!」
「最初っからダメだったゲハァッだろぅぶあふははは」
背後で爆笑。またか。またお前らか。
「オメーよォ……そういうジョーシキ持ってんだったらよォ……」
「あはは、それがポルポの可愛そうなところだよな」
「!?いま私かわいそうって言われた?!なんで?!女体化した恋人の胸と腹に興味を示しているから!?」
全員から否定された。唱和されるとビビる。謎の一体感。
とりあえず、リゾットちゃんのシャツを戻した。えらそうなことを言っておきながら、あんまりにも白く滑らかに輝いていたので、耐えきれずにそっと触れた。ひゃああああすごいいいい。どんなスキンケアしたらこうなるの?
「はわあー……いいっすね……いいおなかしてますね……」
離れがたかったので、腕の上からシャツを戻しておいた。さすさすさすさすまさぐる。なめらか。曲線美。わーおへそだー。くるくる撫でた。
「はぁ……、もう、飽きたか?」
「うっ……飽きたかといわれると飽きない……たぶん永遠に飽きない……逆に、どうやったらリゾットちゃんを触ってて飽きることができるのかが知りたい……」
「……」
また物言いたげな視線。何だよ、言ってくれよ。私はソルジェラみたいにアイコンタクトができるわけじゃないんだよ。
でもちょっとは判るようになってきている。リゾット限定だけど。今のこれは怒っているというより、なんだかなあ、っていう感じだ。まあ全然解決にならないんですけど。なんだかなあって何ですか?
「あっじゃあ、お腹やめる、お腹やめるから頭と顔触らせてほしい」
「俺はいいんだが……」
「"だが"?」
「……いいなら、いい」
「うん?」
リゾット語ムツカシイネー。
ふと、かちゃかちゃという食器がこすれ合う音に気づいてテーブルの方を見ると、ソルベとジェラートが片づけを始めていた。メローネは見ているだけだけど、ホルマジオがテーブルの食器とグラスをキッチンシンクに運んでいる。
「あっ、ごめん、私も手伝う」
立ち上がろうとすると、いいからいいから、とソルジェラの声が重なった。
「つくったの俺らだし、酒持ち込んだのも俺らだし、最後まで片づけてくって。ポルポんちのクチーナ、何回も貸してもらってっから完全に、カッテシッタルヒトノイエ、だし」
「な、なんという慣用句を知っているんだ……カッコいい……おにいさん……」
「だろ?」
日本語を混ぜてきたことに驚愕。普段をどんな風に過ごしているのかとても知りたい。
リゾットと遊んでろって、と言われたので、お言葉に甘えることにした。リゾットちゃんの方を見て、どうやって顔を触らせてもらおうかな、と考えて、ぴんとひらめく。
「そうだ、リゾットちゃん、私の膝にのっていいよ!」
「……体格的には、俺の方が背が高い」
「リゾットちゃんがしんどくなりそうだな。ふーむ……」
そこに、とリゾットちゃんが私の前の床を指さした。ちなみにラグは敷いてあります。
「膝をつこうか?」
「えっ、……いや……リゾットちゃんの膝がもったいないよ。うーん、どうしたらウィンウィンになるかな」
ウィンウィンウィン。あれ、ギターの真似だったのね、私知らなかったよ。
「女王さんさあ、もうリゾットを押し倒しちまえばいいんじゃねえの?そしたら問題ねえだろ?」
「ラグも敷いてあっから冷えねえだろうしさ」
キッチンから飛んできたアドバイスに、なるほど、と私は手を打った。
お前らなァ……、とホルマジオが顔をひきつらせていたことには気づかなかった。
私はよいしょとローテーブルを向こうに押しやってじゅうぶんすぎるスペースをつくる。
「リゾットちゃん、どうする?どっちが上になる?」
「……顔に触りたいなら、俺が上だろう」
なるほど、私が両手を使えるもんね。そして手をつっぱることになるリゾットちゃんは抵抗ができないというわけだ。一石二鳥だね、頭いいね。
私はごろんと横になった。くくっていた髪の毛が邪魔だったので、ついでに外した。
男の時はなんとなく、わあやっぱ筋肉ー、と感動していたけど、女のリゾットちゃん、いや、もはやこれは女性、ときちんと言った方がいいリゾットちゃんが私に覆いかぶさると、一瞬私は彼女の胸に目が行った。重力に従うCカップ。罪だ……。
鎖骨がきれいでパイオツさまもちょっと気になったので、私は寝っ転がりながらリゾットちゃんのシャツのボタンをひとつ開けた。
「はあー……なんでしょうね、やっぱり元?元の素材が良すぎるのか?」
錬金したアイテムで言うとランクS?依頼人も大変喜んじゃうね。ゲラルドハッピー。
ふにり、ともう一度胸をつっついてから、私はあ、と思いついた。
「その姿勢、やっぱりリゾットちゃんがしんどそうだしさ、お互い座ればいいんじゃね?」
リゾットちゃんが小さく首を傾げて上体を起こした。膝立ちになっている。
私もよっこいしょと起き上って、そこ座っていいよ、と自分の脚を示した。リゾットちゃんはちょっと考えてから、私の身体から拳ふたつちょい、くらいの距離をとって座る、と思いきや腰を落としただけで座ってこなかった。
「太ももつらくない?」
「つらくなったら座る」
「うん」
女性になっているのに筋肉?それ筋肉?すごいね。
私に重みをかけないようにと気を遣ってくれたのだろう。どんな姿でも私に優しくて、ほんのり喜びが広がった。酔っているからか、すぐに顔がゆるんでしまう。
「好きだよ、リゾット」
「……」
ぱち、とリゾットちゃんがひとつ瞬きをした。それから頷いて、そうか、俺もだ、といつものように言った。女性の声だったけど。

リゾットちゃんの輪郭に触れる。髪の毛が長くてきれいだなあ。肌もすべすべだ。肌理もこまかい。むにむにと頬を親指で楽しむ。リゾットちゃんが少し俯いた拍子にさらり、と横の髪が滑ったので、私はそれを指で梳くって耳にかけ直した。私の肩にかけられている手がぴくりと動いて、あ、ごめんくすぐったかったわね、とすぐに手を離した。でも耳たぶを見てしまって欲望に駆られたので耳たぶをむにむにした。やっべええこれが耳たぶの柔らかさですよ。白玉をつくる時のあれですよ。
「はー、本当に……いつももすてきだけど、女性でも凛として涼やかで、はー……、……ああ、私酔ってんなこりゃ……」
さっきからたまに指がふらつく。指がふらつくっていうのもおかしいけど、手に力が込められなくなっていく感覚だ。
ちょいちょい、と指で示して少し背をかがめてもらう。両腕を細い首に回して、すりすり。やわらかいし、なに?なんかいい匂いしない?女子力……?言われてみれば高いわ。ものすごく高いわ。
離れ際に、ちゅ、とほっぺにキス。やわらかいです。ポンデケージョ。ポンデケージョに触れたことないけど。
それからするりと長い髪をまとめて背中側に流して押さえて、露わになった首筋をナデナデ。ナデナデシター。はああ素敵。この髪の毛がアップになっていたら本当に色気むんむんだろうな。街を歩かせられないな。などと首元でひとりごとを言う私。
ふわ、と一瞬テンションが上がって、今しかできないんだしもう味わうしかないな、と思考がぶっ飛んだ。
唇で温度を確かめる。熱くない。オッケー。なんか震えたような気がしたけど気のせいか。
「あー」
ん。
かぷり。小さく開けた口、ひらいた歯でかじった。肩にかけられた手、その指に力が込められて握られる。痛くはないのでスルー。それが堪えるような仕草だったことには、やっぱり気づかなかった。
かじかじと何回か噛んだところで、がたがたと椅子が鳴った。振り返る前に声がする。
「そのまんまで聞いてくれや。俺らそろそろ帰っから、ポルポたちもさっさと寝ろよー」
「邪魔したな、また今度性転換の感想、ブフッ、聞かせてくれよ」
「ポルポ、俺からのアドバイスだけど、酔ってる時にはあんまりいろんなことしない方がいいぜ。まあ俺にしてくれるのは全然いいんだけど。今度してくれよなー」
「変態がたまァーにまともなこと言うとビビるから黙るか喋ってろ」
「マジオのくせに理不尽じゃねえ?」
えっ、まてまて。振り返って、ソファの陰で見えない彼らに声をかける。
「後片付けありがとう!あと、帰るのはいいんだけど、ソルベー!リゾットのやつ解いてから帰ってー!」
「あー」
混じり合っていたよっつの足音のひとつが立ち止まった。気の抜けたソルベの声。
「まだポルポ、"探検"の途中だろ?あと五分だけこのまんまにしとくからよお、その間に終わらせろよー」
「えー!ありがとう!見送らなくてごめんね、すぐ遊びに行くからー!」
「へいへい、お土産よろしくなー」
気のない返事だ。まったくお土産を期待していない声だ。
がやがやとした声が遠ざかって、扉が閉まると聞こえなくなった。防音凄い。
「来た時も速かったけど帰る時も速いね、あの子たち」
「……そうだな」
「えーっと、あそうそう、あと五分だっけ。なにしよっかな。……リゾットちゃんはナニまでなら許してくれる?」
「何、か。お前がどこまで何をしたいのかは判らないが、まあどこでもいいんじゃないか?」
「そう?じゃあもっかい耳触ろう」
某探偵漫画でやっていたけど、耳の形ってひとりひとり異なるんだってね。でもリゾットちゃんはリゾットなわけだから、それは一緒ってことじゃん?なんか不思議だよね。
私はくにくにと耳を触って遊んだ。あと首も撫でた。最後におっぱい、おっぱいお願いしますと手を合わせたらリゾットちゃんがシャツの前を全開にしてくれた。えええいいんですかああ!
「残りの時間は2分だ」
「正確!!」
さすがプロ。私の体内時計は狂いまくってるよ。お腹がすいて起きたら朝だし、仕事中に空腹を感じたら昼だし、一番あたたかい時間におなかがすいたらおやつだし、お腹がすいて外が暗かったら夜だよ。時間とか超越してるから、何度でも朝ごはんを食べることが可能。
そっと両手でふにふにを楽しんで、たぶん今の私、目が輝いている。酔っぱらっていることもあってすごく高揚している。
「いいなあ、コントラストいいなあ、なんか桜思い出すな……」
桜を思い起こさせるビーチク様やばいよね。もう神々しいよね。
ふにりふにりと軽く触って、それから寄せるようにぐにぐにしたり、痛くないの?と訊きながらもぎゅもぎゅしてみたり。きゅ、とその麗しい眉がしかめられたので、わあ、と私は手を離した。ごめん、痛かった?痛くはない。そりゃあよかった。
「あと5秒」
「すげえ正確!!」
ポルポびっくり。
手を後ろで床について待つ。
「また付き合ってくれる?」
「その方がいいのか?」
「ん?」
ぱちん、とどこかから音が聞こえた気がした。エーッ帰り道にいるはずのソルベがここまで音を届かせたんですかーッ!?
私は死ぬほどびっくりした。まあ死なないんですけど。
のちに答えを聞いてみると、なんにせよ小さな破裂音がするらしい。へえ、そうなんだ。
指パッチンの音に驚いて玄関の方を反射的に見た私は、残念ながら女体が男体に変わる瞬間を見逃した。視線を戻したらもうリゾットだった。
「おつかれさまー。ありがとね、付き合ってくれて」
結局座らなかったなあこの人。
なんとなく全開のシャツが、というよりその奥の胸が気になったので、ぺたりと触った。やっぱりねえな……。どういう仕組みなんだろう。変装だぞ。ただの変装なのに。使い方によってはものすごく万能なのでは。
ぐい、と肩を押された。押されたので、そのまま倒れた。ちょっと視界がふらついた。覆いかぶさってきた。なんでしょうか。なんか嫌な予感がしますね。真顔ですか。
「あの……やっぱり怒って……ます、……か?」
「いや、まったく怒ってない」
だ、だよね、目はそんな感じだもんね。
「じゃあ……なんですかね、この雰囲気、私、なんか……デジャ、ブ……」
う、舌が回らん。カクテルー!カクテル飲みすぎたかー!やっぱり腹を満たしたとはいえ数杯はヤバかったか。
「まとう、ちょっと待とう。わ、私はいま、いま酔っぱらっています」
「そうだな。メローネを変装させた辺りからかなり酔っているなと思っていた」
「思ってたんかい」
じゃあ止めて!私を!
あっでもそうだよね、自分を無理やり女にしてきたやつに助言はしたくないよね、自業自得だった。
「ちょっと面白かったので放置したんだが」
どれが!?メローネの胸が晒されたことが?!私が酔っぱらったことが!?それとも私が男にされたことが!?
「俺とお前の性別が逆転したことが」
「あ、そう……メローネは……」
「どちらでも変わらないだろう」
やっぱりリゾットもそう思ったか。私も思ったよ。気が合うね。
「確かにポルポが言った通り、前に性別が逆転した時は状況が状況だった。実際、特にお互いの姿に興味を持つ暇もなかった。だが今日、ソルベのスタンドで変装させられてふと気になったんだ」
「えー……当てよう」
「どうぞ」
「毎回それ言われるたびに何かドキドキするよ。えーっと……そうね、リゾットちゃんが興味を持つことでしょ。あん時でもう間合いとかは把握しているだろうから……身体の違い?どこがどんなふうに変わっているのか気になった?」
「そうだな、近い。変化というのも興味のひとつにある。もうひとつは、どこが同じなのか、ということだ」
同じ、ですか。まあ、リゾットちゃんの場合同じところは魂くらいじゃねえのかってほど変貌しましたけど。
どうでもいいことですが、私、寝っ転がっていることもあってだんだんフワッフワしてきてるんだよね。このままだとあと十数分放置されたら眠りたくなってくると思う。
「眠そうだな」
「まだ……まだ起きてられるけどさ……その興味の結果、どこがどんなかんじだったのか、明日改めて聞かせてもらえると嬉しい……」
「ふむ」
ふむ、も毎回聞くたび、ふむ、っていうのは正しい表現じゃないんだ!もっとこう、ふん、いや、なんかふう、に近い。でもふう、って相槌としておかしいじゃん。だからあえてふむ、っていうふうに脳みそが理解しているんだよ。なんかもう、録音して何回か聞いて言語を数値化したい。そしたら判明するだろ、なんて言ってるのかさあ。
「なら寝に行くか」
「え、寝ていいんですかやったあー、絶対この流れダメだとおもってたーわーい」
ダメなパターンかと思ってたけど認識を改めた。ごめんよリゾット。
膝をついたリゾットちゃんにぐいーっと引っ張って起こしてもらった。イエーイ寝られるぞイエーイ。
「あー……シャワー浴びてないから浴びないといかんな……」
「明日は洗濯の日だし、そうでなくてもべつにいいと思うが」
「あー……じゃあいいか……」
明日洗濯の日か。晴れるといいですね。
立たされて、先導されたのでイエーイリゾット優しいイエーイとちょっと眠気が覚めたので、なんとなく手を伸ばしてお尻を触って、ああああ!と気づいた。
「触り忘れた!一生の不覚!!」
「今までのその言葉を数えると、かなり後悔の多い人生だな」
「そんなに言ってたか私。たぶん全部くだらないことだわそれ。後悔とかないしな」
人生常に楽しい!まあ死ぬか生きるかっていうあの8年はきつかったけど、それくらいだ。私生きてるしー、恋人いるしー、大切なひとに囲まれてるしー、もうリア充。何の心配もないし、たぶん心配事があってもすぐ忘れるので問題ない。
「あー……おふとん……」
スリッパを脱いで上ってうつぶせになろうとしたらおっぱいが邪魔だったのでもにょもにょ仰向けになって、よかったーブラジャーつけてなくて、と呟いたら、理由があってつけなかったようだが、だとしても問題だと言われた。やっぱり?相手の見たくないものを見せつけてしまう形になる害悪女ポルポです、すみません、善処します。

ぷちぷちとボタンを外してもらってなんか楽ちん。私はこのまま寝ていればよいのですねリーダー。
安定のリゾットクオリティに落ち着きを感じつつ、わーベッドサイドの明かりちょっと眩しいーと思って腕で目元を覆った。ジー、とチャックを下ろす音がして、そういえばなんかウエストが楽だなあ。目を閉じかけて、あれ、と起き上がった。腹筋はないので腕を使ったよ。
「ボタンはありがたいけどチャックは良いのでは……?」
「さっき、どこがどんな感じだったのか明日聞かせてほしい、と言った」
「言いましたね」
頷くと、ベッド脇のちょっとした小物置きにある時計を指さされた。見た。
0時5分だった。
「……」
「明日は今日だ」
「う……うえええ?!そんなのアリ!?目が覚めたよ!!」
あまりの驚きで目が覚めた。何それスマート。
「でもなんで脱がせてるの?口頭で説、……」
言葉じりが喉で消えた。
「……ちょ、ちょっとまって、何について興味を持ったんだっけ?」
なんか頭痛がする気が。眉間を指で揉む。
「女体と男体の同じところと違うところだ」
「……えっと……リゾットは女の人になったわけですが……」
それって、ナニが消えてナニが増えてナニをどう感じるかって話ですか。どう感じるかって、どう感じたんだよ。
はっと気づいた。
「わ、……私、胸を揉んだり致しましたか……」
「していたな」
「さ、……参考までに、それって……」
「刺激の感じ方はやはり違うものなのだな、と思った」
「……」
え?ナニ?え?
男として経験豊富(意訳)だったリゾットが、自分が女に変化したことで、まさか身を持ってその感覚を知ったとしたらそれって。
「ぎ、ぎゃー!!猫かと思ったら豹だったー!」
「猫だと思っていたのか」
「うわあー寝かせてー!私ねむい!ねむいよ!」
「大丈夫だ。眠くなくなる」
「まったくありがたくないよー!」
こんなに抵抗しているのに続けるあんたが怖い。学術的興味か?仮説が正しいかを証明したいのか?それにしたって楽しそうだこいつ!

朝ごはんはおいしかったです。小学生並みの感想でお茶を濁そう。今後懲りずに湧き上がるであろう自分の好奇心も濁りますように。