ただの抱き枕


布団を腹から下にだけかけて寝ていたら肩が冷えたので、そろそろ引っかぶろう、と仰向けになって布団に手をかけて引きずり上げた。リゾットは寒くないのかな。
寝る時は同じくらいに布団を下げていたし、素肌に薄いパジャマを着ただけだ。私は何気なく右を見て、びっくりして息が止まるかと思った。リゾットがこっち見てた。
いつもながらに瞬きの周期が私よりちょっと長い。目乾かないのかな。乾かないんだろうな。リゾットだもんね。
「起きてたの?」
「あぁ、ついさっきから」
へえ。やっぱり肩が冷えたのかな。寒かったの?と訊ねると、それほどでもない、と返された。筋肉か。筋肉があるからか。
首を触ったら暖かかった。やっぱり暖かいのか。
手を引っ込めて布団に突っ込む。はあ、じわじわあったかくなってきていいですね。眠い。
「私いま夢見てたのにさ……ちょっと冷えて起きちゃったのよ……」
ディズニーランドの夢だ。もうすっかり忘れかけている夢の国。いつか行きたいものだわ。1983年に開園したんだっけ?情報は伝わってきてたけど、幹部だった時はお仕事が不定期に舞い込んできたから日本になって行っている暇がなかった。
今はほとんど自由業だ。私がいなくても仕事は回るし、旅費もがっぽがっぽある。でも全員で行くとなると、一旦稼働をストップさせないといけないなあ。パスポートとかみんな持ってるんだろうか。どんな証明写真なの?見たい。
目を閉じてほわほわ考えていると(ほわほわって私にこれほど似合わない形容動詞も珍しい)、身体の下に腕が差し込まれた。隣でリゾットが私に近づいてきたのがわかる。それくらいは気配が読めなくても、ねえ。
「ん?」
上から、腹にも腕がまわる。その腕に手を置くと、引き寄せるように力がかかったので、リゾットのほうにごろりと寝返りを打った。
どうやらそれが正解だったようで、私がリゾットの胸元に額を寄せると抱き締められた。なにこれあったかい。あとなんか私の両脚の間に片膝がつっこまれて、もう片方の脚が乗っかってきたんですけど、それそっちの姿勢が苦しいんじゃないですか?と眠気の中でおぼろげに心配していたら、そのままリゾットが私の脚ごと自分の方に引っ張ってきたので彼的にはノープロブレムだったみたいです。
「あったかーい」
もごもごと口を動かすと、腕にもっと力が入ってきつく抱き締められる。でも苦しくないので放置。ついでに私も腕を上げて、リゾットに乗っけて軽く背中を撫でた。
悪い夢でも見たのか?レム睡眠で夢は……あっそうかレム睡眠の時に見るのか。暗殺者っていっつもレム睡眠ぽいもんな。ノンレム睡眠だと脳みそも寝るから気配とか読めなさそうだから、そう思う。でももし気配の察知が身体に染みついたなんかセブンセンシズ的なものだとしたら睡眠の種類も質もどうでもいいよね。
何の話だっけ。
あ、そうだ、悪い夢の話だ。
私はいい夢を見ていたけど、リゾットの夢は知らん。夢を見るのかも、色付きなのかもモノクロなのかも知らない。そんな話はしないしね。
でも、同じ布団に(まあベッドなんですけど)寝始めてから、こんなふうに抱きしめられるのは初めてだから、なにかあったのかもしれない。ただ寒かっただけならいいんだけどさ。
リゾットの背中にまわした左手で、私も力いっぱいリゾットを抱きしめた。私の、中華鍋を片手で振るのが精いっぱいな腕力が唸る。
「寝なくてもいいから、充電充電」
私はアダプタ。アダプタは寝ます。

アダプタの目覚め。何時かは知らぬ。
まだ抱きしめられている私。でも腕からは力が抜けてるので寝てるんでしょうね。それがレムだろうとノンレムだろうとどうでもいい。寝ているということが大事なのだよワトソン君。
「(起こしちゃうけど……)」
右手をリゾットの身体の下に差し込んだ。重くてこれ以上押し進められないな、と思ったら少し身体が浮いた。サンキューリゾット。おはようは言わない。
そのまま腕を入れて、おっぱいが邪魔だけどウォールリゾット硬い胸区でできるだけつぶして近づいて、そのまま両腕でぎゅうぎゅう抱きしめた。おっぱいが邪魔だし、この男女の骨格の差なに?いつも思うけど、今はさらに感じるよ!かっこいい!
すると、また抱きしめ返されておねえさん気持ちいいと同時にちょっと苦し痛い。ここがリングならタオル投げ込まれる。
でもまあ、リゾットだしオッケー。普段こんな姿勢でぎゅうぎゅうされることなんてないからちょっと面白さすら感じる。
……ん?じゃあ誰ならダメなんだろう。きつくきつく抱きしめられて、イテエ、って冗談で口に出す相手かあ。リゾット以外ならみんな言うかも。なんかありそうなら黙ってるけど。
「リゾット好きー……」
はー。
私アダプタだったけど、アダプタはコンセントにつながないとな。リゾットコンセント。
にしても、ずっとこの体勢だったのかな。腕痺れないのかな。
もぞ、とちょっと気を利かせてリゾットの腕にかけていた体重をへらしてみたら、そのぶんリゾットがくっついてきた。もう充分くっついてるだろうに。一つになりたいの?君の全身で私の全身を吸収しちゃうの?柱の闇の一族みたいなことはさすがのスタンド使いにも不可能だよリゾット。
こりゃ離れられねえなと悟った私。諦めるのが早いのは短所でもあり長所でもある。
私はアダプタ。アダプタは休止します。

アダプタ再稼働。
「ん……おなかすいた……」
毎朝空腹で目覚めるの、やめたい。でもそんな自分、嫌いじゃないよ。
やけにあたたかいなあと思って動くと、当然のように絡んでいた脚に力が込められて、私の左脚がぎゅうとなる。あれ、私いま脚キメられてる?気のせいだった。
「リゾットちゃん、ごはん何にする?」
へんじがないただのリゾットのようだ。
とくん、とくん、と心臓が動いていて安心。よかった生きてるね。まあ呼吸も頭上で感じるから生きてるのは知ってましたが。
「そもそも起きてる?」
へんじがないただねむっているようだ。
寝ているなら私も、これは何度寝になるんだろう。三度寝かな。
「起きている」
うわびっくりした。ナニ今のタイムラグ。音速が320m/秒だとすると、5秒くらいかかったから、私とリゾットちゃんの間には1600mくらいの距離が開いていることになるね。
うん、ならないことは知ってる。
「寝られた?」
「……」
へんじがないもうなんでもいいや。
寝られてないなら昼寝でもおしよ。
「耐えられないくらいお腹が空いているのか?」
「うーん……まだ我慢できるけど、……お腹すいたなあって思いながらリゾットちゃんと密着してるのは寂しいから、また食べてからこうやって寝たいですね」
お腹すいたなあ以下、何を可愛い女の子みたいな発言をしているんだ自分は、と思いながら半ば冗談で口にした。寝起きで声がむにゃむにゃしているからより26歳らしくないセリフも許されると思ってカッとなってやった。
「……なら、先に食べよう」
え?本気で?今の、なら、ってナニにかかってるの?「まだ我慢できるけど」?「また食べてからこうやって寝たい」?まあ後者だってことは私にだってわかる。
ぎゅっと一度強く締められて(あれはもうハグの域を超えている)、ゆっくりと身体が離れた。あったかかったのがなくなってちょっと寒い。でもそれは相対的なものだ。気温的にはまだぽかぽかですね。
のそのそと起きたリゾットが、私が起きてスリッパを履くのを待って、待ってどうするのかと思っていたら私を先に歩かせてキッチンに下りた。レディファーストじゃあない。明らかに私がどっか迷子にならないか確認しながら歩いていたね。家の中じゃ迷わないよ。あと私はトイレに行きたいよ。
それから、私がパジャマの上にエプロンをつけて卵をフライパンに落としたりパンを焼いたりやっぱり朝はオレンジジュースですよねと言ったりしたけど、どれにも頷くだけで返事がなかった。ちなみにパンを焼いている間に花を摘んできました。
さくさく朝食を食べて食器を片付けてエプロンをとる。
「二度寝する?」
頷かれた。私にとっては四度寝だけどね。
パジャマのまま、黙りこくって私の動向を見てきていたリゾットが可愛かったので、右手を左手で握って手をつないでみた。
特に何かを考えたわけではなく、ちょうクールでふらりといなくなったりしていた猫が初めて膝に乗ってきた時のような可愛さがあったから撫でる代わりに繋いだだけだ。
手のひらを合わせるだけのつなぎ方でリゾットを引っ張って階段を上ろうとしたら、するりと指が絡まった。照れるね、自宅とはいえ。いや、自宅だからこそ照れるね。自宅で恋人つなぎってどういう状況?
でも可愛いから。リゾットが可愛いから何でも許される。
「!?」
結構のんきしてた私も、リゾットが先にベッドに上って私が寝ていたところに横になったのにはビビった。位置交換ですか。
よくわからんまま同じように、リゾットが寝ていたところに上って膝立ちのままリゾットを見下ろす。じっと見返されたので、へらりと笑顔が浮かんだ。なんだこいつ猫かよ。かわいいな。私は君のことを優雅なライオンか豹かなんかそのへんかと思っていたけど猫か。ライオンは猫科だからあながち外れでもなかったかな。
「よいしょ、お邪魔します」
近すぎるだろ、と普段なら内心で混乱する距離まで近づいて、布団を自分とリゾットにかけてえいやと抱き着いて上から撫でくりまわしておいた。
眠いのかなと思ったので途中でやめてぴったりくっついて私も寝た。アダプタ寝すぎ。

お腹が空いたなと思って目を開けて、おなかすいた、と呟くと、何が食べたい?と返事があった。
「起きてたのか……」
「あぁ、ついさっき」
いっつもついさっきって答えられるから、それが本当なのか冗談なのか気を遣っているのかわかりづらい。「ごめーん待った?」「ううん、今来たところ」みたいな。
「リゾットは何食べたい?私はもっちゃ、おっとモッツァレラが食べられればなんでもいい」
ペッシに言ってほしい。あにきー!いいもっちゃれらが、あっ、モッツァレラがあったんですよー!たぶんプロシュートは萌えて一瞬固まる。
「特に思いつかない。ポルポの食べたいものがいい」
「そうっすか。じゃあカプレーゼちゃんとラタトゥーユとあのパン食べたい。あのバケットうまい」
そんな会話をして、あくびを噛み殺して起き上がって、遅いおはようを言い交してスリッパを履いた。
今度は見守られることはなかったけど、やっぱり昼はオレンジジュースだよねと言ったら、お前は朝も同じことを言っていただろう、と言われた。
なんだよ、ちゃんと聞いてるんじゃんか。優秀だな。ちょっと恥ずかしかったわ。