ポルポの遊び


私は本を閉じた。枕元に置く。
リゾットのベッド(私のだとも言うべきか?)に仰向けで寝っ転がりながら読んでいた本の内容は、隠すこともない、ただのスパイVS刑事の漫画だ。デキるスーパー警察である主人公♂が深夜にスパイ♀の襲撃を受ける。ベッドで眠っていた主人公を手にかけてから情報を得ようと男に近づく女スパイ。ナイフを首にすべらせようとしたその瞬間、男の手がすばやく動いて女スパイの手首を掴む!そして自分の寝ていたシーツに女スパイを引き倒して逆に尋問。よくある流れだ。
「ふむ」
ロマン、ですよね。
起き上がってリゾットを見る。
椅子に腰かけて机に向かっているリゾットは、いつもの自己主張の激しい頭巾も、目立ちすぎる前開きX字ベルトのコート(直着?)も身につけていない。そりゃここは家だ。
でも暗チの元アジトでは自分の部屋にいたのにあの服着てたな。なんだろう、気分の問題なのか、暗殺チームでなくなったことであの服を身に着ける必要がなくなったのかな。あれは制服だったの?
でもメローネもホルマジオもイルーゾォもソルジェラもギアッチョもペッシもプロシュートもあのままだよ?リゾットだけ、あ、いや、みんなで集まる時はあれ着てることもあるなあ。やっぱり何かあるんだろうか。どちらの格好でも私は構わないけど、冬なんかはベルトの金具が寒いと思うんだよねえ。
そうそう、リゾットの今の格好だったっけ。
暑い時はTシャツのこともあるけど(初めて見た時感動した)、今日はそれほどでもないのでワイシャツ、よりもカジュアルなシャツを着て、上のボタンを二個外している。私がおっぱい苦しくてボタンを開けるのと同じように、ぴっしり閉めるのに違和感があるのかもしれない。筋肉あるし、前の格好なんて首が楽ってレベルじゃないし。
袖は数回捲られている。シャツの袖のボタンを全部外して袖口をゆるくして捲るのっていいよね。女子高生がやっているのを見るときゅんとする。リゾットがやっているのを見てもきゅんとする。惚気乙。
発音として、パ→ン→ツ→というべきかズボンというべきか。グーグル先生教えて。どっちでもいいや、そのうちwikiろう。
何にしても、今の彼の格好はいわゆる、"普通"の男性のものだ。
それなのににじみでる格好よさとオーラ。イケメンというより、端正、うーん、精悍、うーん、整った顔立ち、うーん、表現が難しいね。魅力あふれるお方だ。
街を歩く時は、気配がないと逆に怪しいので一般人レベルに調節して、足音もそれなりに立てて歩いているが、その雰囲気は隠しても隠しきれない。触れたら切れそう、とまではいかないけど、ピリッとしてて、きちんと筋肉がついていて所作もきっぱりしている。カッコいい抱いて!と道を行く女性が思わなくもないのではないだろうか。実際、そういうところを見たことあるし。その時は私も一緒だったけど、隣にイルーゾォがいたから親しい関係に見られなかったのだろう。逆ナンの現場を初めて見て驚いた。
そうそう、リゾットの服の話だ。
リゾットのクローゼットには、一緒の部屋で眠るようになって気づいたのだけど、いつの間にか一般的な服が加えられていた。いつ買ったんだろう。もともと持っていたのかな?気になる。服を買いに出かけるリゾット。気になる。試着室に入るリゾット。気になる。裾上げをまったく必要としないリゾット。気になる。洋服屋さんの紙袋を持つリゾット。気になる。ユニクロをメチャクソスマートに着こなすリゾット。気になる。
おっと、違う違う、リゾットの格好はこの際どうでもいいんだった。
本題に思考を戻そうとして、ふとリゾットの足元に目が行った。
私のお願いを聞き入れてくれたリゾット以下元9人は、この家ではスリッパに履き替えてくれる。全員、イタリア生まれ土足育ちなのに適応が早く、せっかく履き替えるなら、とそれぞれお気に入りのスリッパを持ち寄った。ソルジェラのスリッパがお揃いで笑った。
リゾットも同じように自分用のスリッパを用意して、ずっとそれを履いている。
もし私がそのスリッパをうさちゃんのふわふわスリッパにすり替えたらどうするんだろうか。スリッパを見て、私を見て、そのまま履いて起きるんだろうか。うさちゃんスリッパのリゾットが見た過ぎる。自分の想像に笑ってしまった。
「(あーっと、また本題から逸れた)」
私の集中力のなさは異常。
私はスリッパを履いてリゾットに近づく。背もたれごしに後ろからだらーっともたれかかるも、コアラの子どもでも背負っているように、平然と建物の見取り図に目を通している。
「一息ついたら教えてください」
リゾットちゃんすはすは。
お願いをすると、リゾットの手がすぐに止まった。いや明らかに途中だよ。いいよ、終わってからでいいよ。どんだけ優しいんだよ。君は初対面の人間の足元にナイフを投げて転ばせて相手が顔面打ち付けて鼻血出してても何だ追手じゃないのかーって納得して戻ろうとするくらい冷酷だろ。あれ?もしかして冷酷なんじゃなくて天然?それなんてブチャラティ?リーダー同士気が合うの?
「まだ15時には早いが、お腹が空いたのか?」
おなか。リゾットがおなかって言った。私がいつもお腹って言うのに合わせてくれたんだろうけど、リゾットがおなか。萌えたわ。
「まあ空いてはいるけど、まだ平気。実は、リゾットちゃんにちょーっとお願いがあるんだ」
「珍しいな」
「え?そう?毎日なんかしらお願いしてない?」
腹筋触らせてとか膝枕してとかハグしようとか出掛けようとかついでにアイス食べようぜとかやったージェラート売りのおっさん久しぶりだねポルポさん元気になったみたいで何よりですよとか頭撫でてほしいとか働きたくないでござるとかアレ食べたいこれ食べたいとか俺は蕎麦を食べるぞジョジョ―ッ(グラッツェヤナギサワ)とか。関係ないものが混じっているけど。
「"お願い"と言われることはあまりない。まあ、……」
「なんじゃ」
「なんでもない。それで、何をすればいいんだ?」
何を言いかけたのか気になる。「まあ、……」ってなに?わたし、きになります!
訊いても答えてくれなさそうなのでやめよう。
私はリゾットから離れて、椅子を回したリゾットと向き合った。
「リゾットって、寝てても敵に反応できるんでしょ?スタンドの使えない暗殺者がもぐりこんだとして。どっちかって言わなくても暗殺者は君だけど」
「そうだな」
「あっ、メタリカはなしね。あと、周りに味方はいないものとして、助けも呼べません。敵は私だと考えてください。私は気づかれないように頑張ってリゾットの部屋に侵入して、寝首をかこうと刃物を持っています」
「お前はなぜ俺を狙っているんだ?」
えっその設定重要かな?
「えー、情報……を手に入れるため、とか?殺す前に何かしら尋問をしようと考えています」
「俺はスタンドが使えないだけで、手足も自由で、薬を盛られているわけでも、その部屋に催眠ガスが噴霧されていることもないんだな?」
「え、えぇ、ないですね……」
なんだその発想。そういうことしたことあるの?催眠ガスを噴霧って。ガスマスクをしているリゾットちゃん?
「そんで、私はリゾットちゃんの枕元に近づきます」
「お前の強さは決めているのか?」
「私?私はー……リゾットより弱いです。でも私はリゾットのことを軽んじて、自分の方が強いと油断しています。スタンドの存在も知りません。こんな男、多少筋肉があってチームのリーダーだっていうけど、あの厳しい訓練を乗り越えて力を手に入れた私にはちょろい任務だわ、って感じです」
「なるほど」
「刃物を持ったその私が枕元に来て、リゾットの首にナイフを突きつけて、情報を吐け!って脅したらリゾットはどうする?」
「一応確認しておくが、そのお前と俺はまったく顔も合わせたこともない他人なんだな?お前は資料を見るまで俺の存在も知らず、俺も侵入されて初めてその存在に気づく、という」
「そうそうそう、全然知らない同士」
そうか、とリゾットは頷いた。
「事を荒立てるのも面倒だな」
リゾットの腕が伸びて、私の身体の各所をひとつひとつ指さした。油断しているお前のこの辺りを打って腕を折るか切って落ちた刃物を刺して逃げづらくして、応戦して来たら何かしら近づいて手と足を固めて尋問、あるいは逃げようとしたお前を追いかけて適当にその辺りに叩きつけて同じように質問する。
「(わあ逃げないようにしよう……あっどっちもダメじゃん……)」
「それが知りたかったのか?」
「まあ、そうっちゃあそうなんだけどさ、一番気になってるのは、そのうつぶせにしてかためるやつなのよ」
ちょいちょい、と手招きして、立ち上がったリゾットの背中を押してベッドに誘導する。
「ちょっといつも通り寝っ転がって」
横になってもらって、掛け布団もかける。パジャマじゃないと寝っ転がりたくない、なんてタイプじゃないので(土足圏の人ってそんな感じ)、されるがままにしてくれている。ペン借りていい?構わない。どうも。
リゾットの机のペン立てから一本ボールペンを拝借する。ベッド脇に戻って、順手に握ってリゾットの首に当てた。
「こんな感じで」
「お前は本当に向いていないな」
「……」
そら素人だから。しみじみと言われてしまったが、私が悪いのか?
「この状態で、私をうつぶせにして動けなくしてほしいの」
「……今度は何を読んだんだ?」
「う、まあ、いいじゃん」
しまった枕元に置きっぱなしだ。少女漫画だからちょっと恥ずかしい。影響されすぎ。26歳ですけど。
話を逸らして、ぺしぺしとボールペンでリゾットの首をつつく。
「リゾット・ネエロ!えー、えーっと、えー……」
何を尋問したらいいんだろう。リゾットのことで知りたいことって何だ?好きな食べ物?好きな色?そんなのただ訊くだけで教えてくれるしなあ。"あの謎のポーズ何?"いやいや、今はそもそもそんなポーズ取ってないし。靴下も履いてるし。"あの頭巾の飾りは特注なの?"
一通り悩んで思いつかなかったので、今食べたいものに絡めることに決めた。いつの間にか俯いていた顔をぱっと上げて口を開く。
「今食べたいジェラ、っ」
今ボールペン持ってた私の手どうなった?どっちの手で掴まれた?右か!右だったのか!?
私の腕を掴んだまま起き上がったリゾットは私が「アサシンやべえ!」と目を白黒させている間に身体を起こして私を引きずり倒した。痛くなかった。配慮された?されたよね?
自分の腕が背中に回されてちょっと肩がきついというか力が入らない。えー、これやられても尚抵抗するプロフェッショナル凄いなあ。
足で抵抗しようにも、うつぶせの腰らへんが膝かっこ予想かっことじで押さえられてるっぽくて難易度Aだった。
「ディ・モールト驚いた」
「満足したか?」
「もうちょっと。んー、……うー、うー、んー!起きられん!んーッ、んー、うーむ、無理!これは私の筋肉の問題?」
「かもしれないな」
今コイツ適当なこと言ったぞ。
ところで私の左腕は自由なわけだが、こいつはリゾットがあえて見逃しているってことでいいんですよね。なんで放置してるんだろう。面倒くさかったんかな?
ずりずり動かそうとして、肩の稼働がうまくいかなくてやっぱりやめた。腕をベッドから持ち上げられないし、仕込み武器とかがないならこれでいいのかもしれない。落としてしまったペンを手だけで探していると、上から手を握られた。君、敵にもそんな優しいことしてるの?してるわけねえよな。キュンキュンしちゃうだろポルポ的に考えて。
「私は決して、えー、ご主人様の指令を漏らしたりなんかしないからなリゾット・ネエロ!私の心は、えーっと……ご主人様に捧げてあるからな、うん」
おっぱいがデカいので押しつぶされて、クッションになるかと思いきやちょっと痛いし苦しい。
腕をほどこうと引っ張りながら、この場に即した負け惜しみを言うと、背中と腰にかかっていた重みが増した。なんで体重かけるんですかーやだー。
「屈さずにどうするんだ?」
どうしたらいいんだろう。
「普通はどうするの?」
「俺が?敵が?」
「敵」
「少しつつくと、情報を吐くか自害するか、だいたいそういう感じだ」
抵抗しないのかよ!頑張れよスパイ!びっくりしたので言及したかったけど、横顔がシーツにくっついているので喋りづらい。もごもご言っていると、もう満足したか?とまた訊かれた。したけどもうここまできたら満足したって言えなくない?
「今君は私の片手を握ってるわけですが」
「そうだな。お前は弱いからな」
あんたらに比べたらだれだって弱いよ。スタンドが使えるプロの暗殺者とか、その辺に転がってる経歴じゃないからな。履歴書になんて書けばいいんだ。私も大学中退から先何にも書けないんだけど、それは棚に上げよう。
「じゃあもう片方の手は何をしてるの?」
素朴な疑問。
「今は何も」
「何をするための片手なの?」
「首を絞めたり……?」
あっ気絶の方向ですか。
「そんで、今食べたいジェラートのフレーバーはなに?」
「そうだな、……レモンだな」
「レモンかー。私は、んー、メロン……」
おお、メローネ。普段は名前としか認識していないから、いざ食べ物として口にすると面白いな。まあリゾットもそうなんだけど。
「メローネあはは、メロンだと思うとかわいいわ。ふつうでもかわいーけど。ねえ、あとでジェラート食べに行こうよ。……うん!?ジェラート!ジェラートか、そういえばこっちもだ」
もう食べ物いっぱいだなあ暗殺チーム。ホルマジオもプロシュートもペッシもソルベもジェラートもメローネも。ギアッチョは……氷は食べ物と数えるのか?かき氷は食べ物だし、食べ物グループに入れてしまうか。
「メローネとジェラートを食べる……なかなか訳のわからん状況だね。食べるってことは私が攻めなのか?どういう状況?あのふたり、強すぎて絶対襲えな、ぐえっ」
膝ですごい押された。完全に油断していたので変な声出た。カエルのつぶれたような声ってこれか。カエルをつぶしたことがないから判らないけど。
「すみませんでした……調子のりました……」
そうだね、3Pとか言いかけたのは私が悪かったね。言ってないけどね。
でもその状況を考えるくらいはいいんじゃないか?実際にやってるところを想像するわけじゃないし……ていうか無理だろ……メローネはもう弟みたいなもんだし、ジェラートはソルベ以外とは同じベッドにすら寝なさそう。
「"屈した"か?」
「屈した!かんぜんに負けました」
最初から勝つつもりなんてなかったけど、もう意地だったよね。
圧迫感がなくなる。はー、と息をついて、左手を使って身体を起こす。腕が解放されて初めて、少ししびれていることに気づいた。
「ご協力ありがとうございました。今度肩をもむよ」
「肩は凝っていないから揉まなくていい」
そうかい。

私はうーんと伸びをして、サッと視線を走らせた。ボールペンはシーツの波の中にある。よし。
「仕事の邪魔してごめんね。15時になったらさ、よかったら一緒に出掛けて欲しいな」
「あぁ、判った。……楽しみにしていよう」
今フッてちょっと笑った?そんなにジェラート楽しみなのか。レモン味が食べたかったのか。
にっこりと笑顔を浮かべて手を後ろに回す。リゾットが音もなく私に背を向け、私はその姿から目を離さずにボールペンを探って握り、スリッパは音が立つので脱いで、素足にタイツで忍び寄る。いや、これ、気づかれてる……いや、いいよ。気づかれていてもいいよ。一矢報いたいよ。
ぴたり、ボールペンの先を背中に突きつける。
「撃たれたくなかったら、えー……えーっと、ちょっと待って」
「最初から決めておけ」
「すみません」
軽く振りかえってペンを取ったリゾットが、代わりに私の鎖骨のまんなかの少し下にぴ、と切っ先をつけた。
「打たれたくなかったらジェラートはイチゴ味にしろ」
かち、とペンの頭が押された。冷たい点が突く。
「返事する前に打つなよ!!」
リゾットに日本語でいちごって言ってほしいなとか考えている場合じゃなかった!
引いたペンをくるりと指先で回して上下を正し、リゾットが親指でその頭を押した。かちり、芯が戻る。
「(今度からくだらないこと思いついても正直に口に出すのやめようっと)」
まあ、私が心に決めたことってなかなか成功しないんだけど。