まともでいさせるために


なんだこれ、ダンスのあるパーティ?……うまい!リゾットもメローネもダンスうまい!ダンス!ダンスイェー!!!
「(あんなうまく踊れるわけがねえだろ)」
無礼講でご自由にお楽しみくださいって言われたので私はもしゃもしゃとご飯を食べた。立食形式にしたのが主催者の敗因だったな。頼まれなくてもお皿空っぽにしちゃうよ?嘘だよしないよ。さすがに私も場はわきまえてるよ。

無礼講、と言われているものの、さすがに女性や青年の少女がすすすと私たちの方に近づいてきて、ポルポさんのお連れのお方ですよね、もしよろしかったらわたくしと一曲踊っていただけませんこと、とどこの貴族ですかと訊ねたくなるほど優雅に微笑んでリゾットとメローネに話しかけてきたのにはさすがの私も感嘆した。よく、ひとのパートナーと腹心(パーティの様子を見ていると、腹心というのは貴族ギャグで、実際は従者のような扱いのようだけど)に堂々と声をかけられるなあ。勇気ある。
誘いを受けたメローネはにこりと笑って、いいかいポルポ、と私に伺いを立てた。止める必要なんてないので、どうぞごゆっくり楽しんできてねと薄っぺらい笑顔でへらへら見送った。隠しもせずに私を値踏みするように見ていた彼女らは、俺と踊ってくれるかいと改めてメローネから誘いを受けて、勝ち誇った微笑みを浮かべてその手を取った。優雅!なんでアッサシーノなのに手馴れているの?どんな状況で暗殺して来たの?とても気になる今日この頃。
「わたしもこちらの、そう、Signor.リゾット。わたしはあなたのお眼鏡にかなうかしら?」
Signorキター!そんなふうに呼ばれてるリゾットやべええなにミスターリゾットなに。格好いい響きなのにこの腹筋に訴えかけてくる笑い。ハンドパワーで体内から刃物を生成しますとか言ってキてます!とかありそう。ない。
蠱惑的に微笑む女性。さすが貴族は違う。貴族かは知らないけど。
せっかく女性の方から誘いをかける、という勇気の要ることをしてきてくれたのだから、断るとかわいそうだ。プライドもあるだろうし。
「あなたのようなうつくしいお嬢さんに声をかけられて断る男はいませんよ、ですよねリゾットさん」
「……そうだな」
「まあポルポさん、わたしはあなたたちのことを少し誤解していたみたいですの、ごめんなさいね。リゾットをパートナーに選ぶくらいですもの、きっとおふたりは恋人同士だと思っていたんですけれど」
恋人同士だと思ってたのによく声かけられたな。スゴイ。あるいはこっちを揶揄するための嘘かなあ。
「そう見えました?ありがとう。お互いパーティを楽しみましょう」
「えぇ」
す、と差し出されたリゾットの手に自分の手を重ねて、うつくしく着飾った彼女は、生演奏の音楽につつまれるステップの海にまぎれて行った。頑張れリゾット、私はここから応援しているぜ。
「(踊るのうまいなー)」
ウエイターに勧められたシャンパンをちびちび飲みながら人の波を見ていると、時々見覚えのある金髪がひらりと揺れる。いつものようにざんばらでもよかったのだが、興の乗ったソルベとジェラートに整えられた、人の目を惹く綺麗な髪形になっている。少し可愛いくて隙のある姿に細いフレームの伊達眼鏡をかけたメローネが現れた時は笑うかと思った。色気もあるし格好いい、のだが、なんで眼鏡。確かに普段と違った魅力があって似合っているんだけど、マスクといい眼鏡といい、目元になんかあんの?拘束具を外すとビームでも出るの?それとも目元を晒すのが恥ずかしいの?照れてる?それはかわいいな。
「お」
リゾットとあの子も結構目立っている。そりゃ、美丈夫と可憐に咲き誇る花がひらりひらりと流麗に動いているのだ、あれを見ずに誰を見る。
引き寄せられた腰や、繋がれた手や、時々動く少女の口を眺めつつもうひと口。ダンスって一種のロマンだ。ハーレクインでも必ずイベントが起こる。敵対するひとにドレスを汚されたり破かれたりは序の口。ヒーローとヒロインが踊り合っている途中に甘い雰囲気が漂うか、あるいはどちらかが気を損ねて離れるか。社交界にはうんざりだという本音を優秀な微笑で隠して壁の花に徹していた男か女のどっちか、あるいは両方が違う相手に誘いを受けて踊っているお互いのパートナーに嫉妬したり、考え始めるときりがない。万能ステージ、ダンスホール。パーティを抜け出した女の方が酔った噛ませ犬に壁ドンされてヒーローが助けに来るところまでがテンプレ。
とはいえ、残念ながらこの場合の女役が私であるという点で、すべてただの空想だ。うまく踊れねえし。数回やっただけだし。しかもその相手って男じゃなくてビアンカだし。
「(なんで踊れるんだろう……)」
やっぱり不思議。パッショーネでの訓練にダンス部門もあったのかな。踊っている少年暗チ。ひえええ見たい。
「楽しんでいますかな、ポルポさん」
「おや、アイアス氏。このたびはお招きいただきありがとうございます。おかげさまで夢のようなひと時を過ごさせていただいています」
数人のグループと話し合っていた主催者が、壁際の私に近づいてきた。整えられた口髭が笑みの形に動く。それはよかった、君はいろいろなパーティに出席していると聞いたから、お気に召してもらえるか心配だったのですよ。この業界では若輩の身ですからみなさまにお気を遣っていただけて心苦しいと同時にありがたく思います。いやいや気にすることはない、ところで君のような魅力的な人が壁の花とは勿体がないですな、よければ私のせがれと一曲踊っていただけませんか。
は?せがれ?
ファンデーションで武装した面の下で、ん!?と困惑から眉根を寄せ、しかし表面上はたおやかに首を傾げて見せる。
「そんなお誘いをいただくのは初めてだわ」
「世には見る目のない男ばかりがいるようだ。本当は私がエスコートしたいのですがね、失礼、今日は脚の調子がよくないので」
「まー、お上手」
棒読みになっていなければいいんだけど。
アイアス氏が大きくはない声でひとりの男性を呼ぶ。彼はすぐにグラスをウエイターに渡してすたすたとやってきた。自信にあふれたきりりとした表情。私を見てその目元がうっすら弧を描く。
「ポルポさんですね、失礼ながら、ちょうど今あなたのうつくしさについて友人と話していたところでした」
「私のせがれのバルトロです。私よりも妻に似ていてね」
目元なんかはアイアス氏にそっくりッスよと適当こいてお互い泥を擦り付けあうように褒め合ってから、バルトロは洗練された動きで礼をした。よろしければ私と踊っていただけますか?手を差し出されて、まっさかここで断ることもできない。私は七割の本気を冗談で隠して、足を踏まないように気をつけますねと、男の手に自分の手を重ねる。

まばらに集まり各々自由に会話を楽しむ野郎さんたちの間をすり抜け、ドレスとタキシードの裾が翻る花の群れに紛れ込む。
バルトロはしっかり私の手を取って、腰を引き寄せた。おいおい若人、ちょっと密着しすぎじゃねえの?おっぱいがあるから私少し仰け反ってるよ。周囲を見る限り、いちゃつく真実のパートナーたちはこれくらいの距離でくるくる回ってるから問題はないんだろうけれど。
後ろで髪飾りをつけてまとめられた金髪がふわふわと空気をはらむ。高いヒールを鳴らさないように気をつけて、バルトロのステップについていく。時々アレンジを入れられてそのたびに「意地悪なんですねバルトロさん」と聞こえるように呟いて、内心でこの野郎なにしてくれとんじゃこっちは必死なんだよと数回足を踏む妄想をした。
「あなたは最近、こちらの世界に事業を展開したんでしたね」
そっすね。裏に入ったのはかなり前だけどね。このことは私たち以外知らないので言わないけど。
「ねえ、ご存知ですか?父はあなたの請負業のせいで、私たちの取り分が減っていると考えているんですよ」
だろうなとは思っとったよ。何かにつけて突いてくるもんね。
「少し、身の程をわきまえさせる必要があると言っていました」
「身の程、ですか。とはいえ、依頼が舞い込んでくるのは私どもにはどうしようもないんですけれど」
「断ればいいじゃないですか?」
「こっちもタダで生きているわけじゃないんで、仕事がないと食べていけません」
「あなたならそう言うと思いましたよ」
食べていけるけど。うちワーカホリックが多いもんで、働かないと落ち着かないらしいんだ。だから仕方ない。
バルトロはくすりと私の耳元に顔を寄せた。囁くような、空気を多分に含んだ声が耳朶を打つ。
「あなたは強い。だからきっと、あなた自身に何をしても、立場をわきまえることはないでしょう。けれど、それがあなたの大切な仲間だったら?そう、――パートナーに選ぶほど近しい仲間が、人間としての尊厳を脅かされたとしたら……?」
「……リゾットに何を?」
くつ、くつ、とバルトロは喉の奥でおかしそうに笑った。
「さあ、私はそこまでは。父の指示ですからね、あなたの身動きを取れなくし、同行者から切り離すように、と」
「そうか……なるほど。つまり私に喧嘩を売っている?」
「喧嘩なんて。今後のことをご相談したいだけですよ。さ、もうひとりの従者はどこですか?リゾット・ネエロでしたか、彼の冷静そうな無表情が崩れ、苦悶にゆがみ、悲鳴を上げるところを眺めながらお話をしましょう」
私が何か言う前に、ああ彼ですねとメローネを見つけたバルトロがダンスの集まりから不自然でないステップを踏んで抜け出した。私も腰を抱かれ、ついていかざるを得ない。
こちらを見ながら軽く手を上げたメローネに、バルトロがにこやかに話しかける。私には、何も言うなという脅しのつもりか、きつく腰を掴んでくる。イテエです。
「メローネさんでしたね。少々お付き合いいただきたいんですが」
「俺?構わないけれど、……ポルポがどうかしたんですか?」
「リゾットの具合が悪いんだってさ」
「へえ?リーダーの具合が、ねえ」
私を見て目をきらりと輝かせたメローネが、いいよ、案内してもらえるかな、とシャンパングラスを持ったまま言った。

まさかヒロイン役にリゾットが選ばれるとは。
それほど広くない部屋に入れられた私とメローネ。勧められるままメローネと隣同士に椅子に座る。背は壁に向いて、バルトロが私の前の椅子を引く。
ぱちん。ここでまず噴いた。電気をつけてから座ればいいのに、座ってから指を鳴らしたのだ。そして点く明かり。にやにやが止まらない。なんで指鳴らすんだよ。カッコつけてんのか?それとも毎日電気つける時は指鳴らしてるの?雨の日は無能なの?
そして部屋が明るくなってとうとう堪えきれずに手で顔を覆った。肩が震える。
「うっ、く、りぞ、っ」
「ポルポ落ち着けよ」
落ち着いていられるかよ!!私はテーブルの下でメローネの足を踏んだ。そういうお前の声も笑ってるじゃねえか。
私たちが背を向けているのとは反対側の壁にもたれるように立ったリゾットがボーっと(意訳)こっちを見ていた。たぶん、入る前からこっちに気づいていたんだろう。もちろんそれだけじゃ私は笑わない。何やってんだリゾット、と二度見するだけだ。問題はその片腕。
リゾットの腕は、なんかを吊るす?のであろう杭?みたいなものから伸びた鎖に絡めとられて、頭上に持ち上げられていた。いわゆる女騎士が敵国に捕えられてくっ私は貴様らに降伏なんて絶対にしないぞのポーズ。タキシードの上着はベッドの足元側に投げ捨てられ、シャツのボタンが引きちぎられて前がガン開き。チラリズム腹筋。どんな表情でされるがままにしていたのかを想像するともうダメ耐えきれない。
「さあ、顔を上げて見なさい。そして父を喜ばせてください、ポルポさん」
「ち、ちなみに、こ、このあと、あの、もしかして、隣に立ってる男が、その」
「ええ、そうですね私が合図をすればすぐにでも」
バルトロは人相の悪い、いかにも下種そうな男を振り返った。男はぎらぎらとナイフに明かりを反射させてくるくると手の中でもてあそんだあと(あまりにテンプレすぎて額を押さえた)、にやーっと笑いながらリゾットの開かれたシャツの間の素肌にその切っ先をつーっとすべらせた。傷がつかないていどの力加減らしい。
「ポルポさあ、これどーすんの?」
テーブルに肘をついてニヤニヤと状況を傍観していたメローネが、ひたひたとナイフの腹を頬に当てられているリゾットを見てとうとう口を開いた。もう私瀕死。
「どうするってあんた、どうするのよ」
「彼を助けようなどとは思わないことだ、ポルポさん。一声かければ、部屋の外から私の部下が入ってきますからね」
マジっすか、用意周到だね。
私は演技で泣いたりできないので、わっと両手で顔を覆った。
「リゾットが傷物になるのを黙って見ていることしかできないなんて!私は上司、……ん?上司?として、なんて無力なの!」
「あははは、ちなみにリーダー、尻は無事なの?」
「メローネお下品!」
「ポルポが言ったのもそういう意味だろ?」
そうですけども。
ひくりとこめかみをひくつかせたバルトロが、状況が判っているのか!?と声を上げた。
「おっさんうるさい」
あんたより若いと思うよ。
「もっと見ていたい気持ちもあるけど、リゾットちゃんの柔肌に怪我を負わせるわけにはいかないからね。この辺りでトンズラこきますか」
私はよっこいしょと立ち上がった。メローネも立ち上がった。
状況を把握できていないのは、バルトロと男だけだった。ご不運。直後に男がえずいてカミソリ吐いた。うぎゃあああと言う悲鳴。立つ私。立ち上がりかけたバルトロを背中から蹴って床に転がしたあげく、脚と背中の上に立つメローネ。ガンッと力強く上から踏みつけてバルトロを動けなくして、部屋の鍵をかけてしまうメローネ。
「手錠の鍵どこ?」
「そこの引き出しの中だ」
「どれどれ。……手錠の鍵ってこんなんなのか、初めて見た。鍵穴どこにあるの?」
「ポルポは素人だなー。貸しなよ、俺がやってあげる」
「あんたの手つきが慣れすぎてて怖い」
ちゃっちゃか開錠したメローネは、まあ実際慣れてるし、と平然と頷いた。やっぱりそうですよね。
「助かった」
まったくそう思っていなさそうな声で礼を言うリゾット。いざとなったらひとりで全員倒せそう。リゾット怒りの射程10m。
私はかわいそうなふたりを振り返った。ほんとうに相手が悪くてかわいそうだ。捕まえたのが私だったらまだいいセンいったかもしれないのにね。よりによってリゾット。よりによってリゾット。
メローネはかちりと窓の鍵を開けて、大きくガラスのそれを横に引いた。吹き込んだ風にカーテンが揺れる。
「二階でラッキーだったねリーダー。ほらポルポ、抱っこして連れてってあげるからおいでよ」
「ん?うん、えっと……もしかしなくても窓から逃げるのね?死なない?怪我しない?」
「へーきへーき」
にやにやと眼鏡の奥の目を細めたメローネは、近づいた私にそっと耳打ちした。
「リーダーの顔見てみ」
振り返って後悔した。
「真顔!!こわい!!!」
最近こんな反応しかしてない気がする。リゾットとメローネを交互に素早く見て、メローネが面白そうに笑っていたので、図られたのだとようやく察することができた。そりゃリゾットとメローネがいてメローネを選んだらさすがのリゾットも苦笑い。いや笑ってない。
「や、やっぱごめん、リゾット、お願いしてもいいですか」
ぴゃっとメローネから離れてリゾットに手を合わせると、当たり前だと言われた。だいたい他に選択肢があると思うほうがおかしい。あ、はい、すいません。
ボタンの切られた上着を羽織って、取れたネクタイをポケットに突っこんで、リゾットが私を抱え上げた。今度俺の部屋でおんなじことやろうなとメローネに誘われたので、一瞬わくわくしたけど冷静に辞した。首の傷痕ぐりぐりされちゃう。なんでリゾットはことあるごとにぐりぐりするんだろうね。心理学的にナニ?
「お先ー」
床から天井近くまである窓のサッシに腰かけ、足場もないのに器用に両手だけでぶらさがったメローネが、予備動作なく壁をけった。ええええ、下とか確認した?大丈夫?
この時の私は知らなかった。メローネの心配より、自分の心配をした方がよかったということを。

たぶん私を抱えてたのがリゾットじゃなかったらビビりあがって死んでた。怖すぎて声が出なかった。ものすごい勢いでリゾットにしがみついた。なんなの。ジェットコースターは好きだけど、足場のない浮遊感怖すぎる。なんでリゾットもメローネもあんな平然としているの?特殊な訓練のたまもの?状況に駆られて仕方なくやっているうちに慣れたの?
がさりと中庭らしきところに下りた(足首とか痛めないのかな)私たちは、メローネに先導されてエントランスの方へと歩いた。私は横抱きにされたままだった。なんでやねんと言及する前に、メローネが「ポルポの具合が悪くなったことにしたら、出ても不自然じゃないだろ?」と説明してくれた。あと、リーダーの前も隠せるし。そうだね、襲われたのかと思うほどボロボロだもんね。どんな手口で呼び出されてどんな手口で拘束されてどんな手口で服を乱されたんだろう。問いかけても、「救いようがないほど稚拙だった」としか答えてくれなかった。リゾットに救いようがないと言わせるほどのやり方って……?

メローネのレベルマックスコミュニケーション能力のおかげで何も知らない雇われの使用人に見送られた私たちは、来る時に使ったレンタル車(メローネが普通車の免許を持っていたことに驚くのはもう済ませた。バイクに乗ってるんだから持っていてもおかしくないとは思ったけど)でトンズラ。あばよ。今度はもっとまともなパーティに呼んでくれ。
「でもリゾットが無事でよかった。これでリゾットに何かあったらあいつらを潰すだけじゃ済まなかったわよ」
「俺はそんなヘマはしない。何が狙いなのか様子を見ていただけだし、あの程度ならいつでも抜けられる」
「手錠されてたのに?」
「前に外したことがあるタイプだった。奴らは人を脅すことに慣れていないんだろう。拷問役、……というよりは嗜虐趣味の男がひとりだけで、見張りもスタンド使いも置いていないなら、スタンドを使わなくても勝てる」
「へえ……」
リゾットつよい。
後部座席で私が感服していると、でもさ、と運転席のメローネが、助手席のリゾットに一瞬視線を向けた。目はすぐにフロントガラスに戻ったが、その声はうきうきしている。
「捕まえたのがリーダーで良かったよな。そりゃあポルポに対する見せしめとしてリーダーを選んだのはなかなかのカンだと思うけど、こっれがポルポ自身に"言い聞かせ"ようとしてたらどうなってたか」
「どう、って……つまり私が掻っ攫われて手錠で拘束されてシャツ破かれるってこと?エロ漫画みたいに?」
「そーそー」
「リゾットやメローネの色気ならともかく、私じゃあ華がないと思うけどねえ……」
そうしたらどうなるか。ふむ、と想像をめぐらせて、そもそもふたりが私を見失うことなんてないと思うんだけど、と言ったら、例えばの話だよと笑われた。想像に難い。
でも私がそんな危ない目に遭って、私とメローネがそうされたようにリゾットとメローネがその部屋に呼ばれて、ナイフを胸とか腹にすべらされたりほっぺをぴたぴたされたりしたら、どうなるってあんた、開始一秒で部屋が血まみれになってバルトロが首折られて死んでそう。
「容赦なさそう」
「だっろー!?幸運だったよなー、あいつら。生きてるんだもん」
メローネがけらけら笑った。笑うところか、これ?
「ポルポはあいつらをどうするつもりなんだい?」
「とりあえず、大口の依頼が入らないようにするかな。あと、密輸系で稼いでるらしいからそっちのルートも塞き止める。一気に潰すよりじわじわやるつもり」
ジャジャーン、こういう時にパッショーネで培った伝手が役立つのです。
指折りお仕置きを数えていると、あははは、とまたメローネが笑った。
「ポルポって今怒ってるだろ?」
「ん?うん、だって、私の大事な人たちに手を出すっつーのはズルくない?」
「そういうトコ好きだぜ」
おうありがとう。
「きちんと覚えといてくれよ。ポルポが俺たちのために怒るように、俺たちもポルポになんかあったら冷静じゃいられないってことをさ」
「……うん、ありがとう」
今、メローネはどんな表情をしているんだろう。笑ってるのかな、真剣なのかな。声は真剣だから、真顔なのかもしれない。
私はじんわりと胸に広がる歓喜と親愛を感じてゆるゆると微笑んだ。メローネが、だからさ、と元気な声を出した。その声は明るいのに、芯には凍り付くような冷やかさがあり、バックミラーに映った目はまったく笑っていなかった。
「間違っても殺されないでくれよ。断言するけど、"誰一人として"、"まとも"じゃあいられなくなるだろうから」
「……」
上がっていた口角がその状態のままひきつった。おい、誰だここに不発弾放置したの。
「そういやあ、今日食べた料理の中で何が一番おいしかった?俺はカルパッチョかミートローフかで悩んでるんだけどさ」
一気に話題が540度くらいぶっ飛んだ。私は飛び飛びの頭で必死に、並べられていた料理を思い浮かべる。
「ポルチーニ茸のピッツァかな、……ははは……」
零れた小さな笑いは乾いていた。