夫婦円満の秘訣?


シャワーを浴びながらあることを思い出して、身体を拭きながら首を傾げた。四六時中密着していると、私はよくても相手が飽きるかもしれないのか、なるほどね。
パジャマを着て、牛乳を飲んで、階段を上って、部屋にいたリゾットちゃんに訊いてみた。
「飽きない?」
「……何が?」
そりゃそうだ、唐突すぎた。
順を追って説明する。日々のマンネリ、お互いへの飽きを避けるためには、寝室か寝床かを別にしたほうがいいという説があること。ということで私は自分の部屋で寝ようと思ったこと。
「ってわけよ。どうかな?」
どうかな、と訊かれても。
リゾットはそんな表情をして目を細めた。なんかその細め方怖いんだが。
「飽きたのか?」
「え?私?飽きないよ?」
なんで私が飽きるんだろう。むしろ飽きるのはリゾットちゃんの方なのでは。人との接触嫌いそうだし。まあハグとかしまくってるから今さらだけど。
「……」
「……」
沈黙。ただ黙っているのも何なので、リゾットの隣に座ってぱたんと後ろに倒れる。手を上にすると、めくれたパジャマの裾がちょいっと直された。ありがとう、お腹冷えるもんね。
冷えると言えば、私はおっぱいがデカくて脂肪がいっぱいあるからか、冷え症とは無縁だ。ぽかぽかまではいかないものの、足の指や手の先がそれほど冷えることもない。寒さにかじかむことはあっても慢性的に冷えているわけではないのでとても楽だ。冷えるとうまく動かなくなるもんね、先端は特に。
それにしてもリゾットは体温が高そうなのに(筋肉的な意味で)、暑苦しくなくてどっかしらひんやりしてるのはなんなんだろうね。表情が無感動だからか?喋りが少ないからか?変温動物なの?
変温して寒さに動けなくなるリゾット。かわいい。それ、見たい。かわいすぎてニコニコしてしまうな。暖房をつけたりホッカイロを貼りつけて、ようやくぎこちなく動けるようになるリゾット。トカゲか。
「飽きていないならいいだろう」
「ん?」
何の話だっけ。リゾットが変温動物な話?
雑念を払うと、本題を思い出せた。ああ、私が自分の部屋で寝るって話か。
「リゾットは飽きないの?」
「飽きない」
「へー……じゃあいいのかな」
円満かどうかは置いておいて、問題はないもんね。私は。私は。大事なことなので二度言いました。私は問題ないんだ。楽しいし落ち着くし。安定いいよいいよー。
ちなみにさっきパジャマの裾を直してもらった時から、リゾットたんの手が腹に乗りっぱなしです。ある意味安定。重みがあると落ち着くことあるよね。羽毛布団も重い方が寝やすいとかさ。
「それで、そんな話を誰に聞いたんだ」
「誰って……」
誰だ。日本のワイドショーか街角インタビューだと思うけど、まさか正直に言うわけにもいかない。
「どっかで聞いたのを思い出した、って感じ」
「そうか……」
「でもヨーロッパじゃあそっちのほうが珍しいのかな。他のとこは知らないけど」
ドラマなんかではみんな同じベッドだもんね。私も元は日本人だけどイタリア人になって染まり切ったのか、気恥ずかしさとかないしな。慣れただけか?慣れってスゴイ。もともと薄化粧だったけどすっぴんに抵抗がなくなるとかね。まあ、目が赤いとインパクトありすぎて化粧が似合わんというだけの理由だったから、むしろすっぴんの方が自然だ。
起き上がって、ずりずりとリゾットから離れて、そのまま今度は横に寝っ転がる。膝枕かてえ。あったけえ。
「飽きるかどうか賭けるか?」
「おっ、めずらしい。じゃあ飽きたらー……うーん……、……飽きないでほしいから思い浮かばねえ……」
「ならやめよう」
「うい。そういえば、この間ホルマジオにおんぶして貰ったんだけどさ、あれ楽しいね。ぐるぐる回されてビビらされたけど後ろから首絞められるからこっちが有利だし」
「……ホルマジオか」
「イルーゾォはのっかったけど持ち上げてくれなかった。おっぱい重いからかな」
「イルーゾォもか」
「ソルジェラは安定してた」
「一体何をしたらそんな状況になるんだ」
「じゃんけんで勝ったの。なんでもする権を賭けたから、おんぶをお願いしたってワケよ」
撫でてくれていた手が止まった。はあ、とため息が落ちる。なんで呆れてんだよ。メローネには際どいお願いはダメだぞって釘刺したよ。ものすごく残念そうにしていたけど。
結局メローネは今からくすぐるから抵抗しないでって言ってきた。くすぐられてくすぐられてもうやめてええって言ってもくすぐられたから最終的にしつこいんだよって蹴ったらベネ!って言われた。あの子、何をしたらめげるんだろう。
ギアッチョはしばらく俺に絡んでくんなって命令してきた。最近ちょっとおっぱいネタが多かったから仕方ないね。純情だし。ごめん。
ペッシはポルポの手料理が食べたいなあってすごくかわいいお願いをしてきたので、いいよいいよ今度うちにおいで、泊まってってもいいよ、と招いたら、ポルポの家に泊まったら絶対ポルポが客間に入り浸ってリーダーが可哀そうなことになるからそれはいいよ、と爽やかに言われてしまった。一体君の目にはリゾットがどんなふうに映っているの?
プロシュートにはパシられた。今度は絶対マクドナルドでスマイルくださいテイクアウトでって言わせてやる。マジでテイクアウトしそうなところが悔しいけど。
リゾットもテイクアウトしそうだな……。ていうかスマイルくださいってセリフが似合わねええええ。どのテンションで言うんだ。どんなふうに言うんだ。どれ?「スマイル、テイクアウトで」「スマイルをくれ。持ち帰りだ」「テイクアウトでスマイルを頼みたいんだが」「お前の笑顔が欲しい。テイクアウトで」
そもそも本人がなかなか微笑まねえんだからどれもしっくりこない。そもそもリゾットとマクドナルドがミスマッチすぎて笑う。何食べるの?チーズバーガー?ピクルス増しでとか言うの?
また頭を撫でられて、くああとあくびが出た。はふ、と息をついて目にうっすら涙がにじんだ瞬間にリゾットの指が私の耳を掠めてぞわわー。やめろくすぐってえんだ。オラくすぐったい星のくすぐったい王子だから。
ふるりと身震いして、目を閉じたままぷすぷすリゾットの太腿を突く。眠いから寝ていいかな。もうゴール(入眠)してもいいよね。
だらんと腕を落として、このまま寝ちゃうけどリゾットはどうするのかな、とぼんやり考えた。昼寝した私の寝椅子になっていたこともあるし、もし朝起きてもこの姿勢のままだったら笑ってしまう。やっぱり変温動物みたい。
おやすみ、と言おうとしてむにゃむにゃになってしまったのでもう黙ることにする。26歳にもなってむにゃむにゃ。もうだめかもしれんな。

朝起きて安心した。よかった、お互い横になってる。
リゾットより早起きしたのは久しぶりだったので、起き上がって上からじーっと寝顔を眺めた。寝息立ててるのかな。薄い。浅い。気配も何も薄い。やってられんのか?
そういえば眠りも浅いとか言ってたな。私が起きた時点でもう起きてるんだろうか。
俺より先に寝てはいけない俺より後に起きてはいけない、みたいな。いや先に寝たし後に起きてるけど。全然関白じゃねえ!すげえ!イタリアってこうなのかな。そして今の例えがまったく脈絡なくて自分で驚いた。この雑念まみれの思考、どうなってるんだ。
「メタリカって寝るのかな……」
ロオオオとか言ってたからあの時は覚醒状態なんだろうけど、もしかしてリゾットの血中でやっぱり叫んでるんだろうか。なにそれスタンドこわい。メタリカって血中にいる?らしいけど?それどこ?ヘモグロビン?赤血球?酸素を運ぶメタリカちゃんかわいい。輸血したらどうなるんだろう。メタリカちゃんって増えるの?エアロスミスの弾丸が尽きないようにメタリカもどんどん増えていくの?細胞分裂?
謎すぎる。
謎すぎて面白かったのでリゾットを撫でた。冷や汗とかかくのかなこの人は。足を切られた時はびっくりしてたかもしれないけど、日常生活で足を切られるわけもないしな。
「……」
それにしてもかなり見つめているのにまったく起きないな。疲れてるのか?昨日はえげつない依頼の遂行をお願いしちゃったし、そうかもしれない。ポーションとかぶっ込めればいいんだけど、ないし。やくそうどこ。せかいじゅのしずくをくれ。あと私にはパンをくれ。お腹すいた。
黙って見ていると、かわいいなあ、と愛しさが沸いてきた。ちょっと離れてみてもやっぱりむずむずしたので、起き上がって、ベッドに手をついて、そーっと顔を近づけた。寝こみを襲うってどうなの?
そっと唇を合わせる。自分からやった記憶が少なくて恥ずかしかったけど、やりたかったんだよ。
濃密な一瞬を越える。身体を離すと、ふっと視界の端に赤いものが映り込んで驚きすぎてちょっと飛んだ。目開いてた。
「起きてんなら最初から目開けてよ!」
「今起きた」
んなわけないだろ。どこの眠り姫だよ。オーロラ姫かよ。
のっそり起き上がったリゾットがこちらを見る。ポルポちゃんドッキドキ。あとお腹がスッキスキ。ご飯を食べに下りたいのですが構いませんねッ。構いません、……よね?
あまりにも目が据わっていたので、怒ってんのかと思ってしまうよ。これくらいでは怒らないって知ってるけど。
ぴくりとも動かずに目を合わせていたら、リゾットが私に近づいてきたのでそのぶんのけぞった。なけなしの腹筋がうなる。うならない。うなってるのはむしろ胃袋である。壁に頭が当たって、えええまだ近づいてくるのこれ何の流れそうかキスか、と理解したら唇が重なってアホかーと胸中で罵った。数分前の私落ち着いて考えよう。私普段自分からキスすることないからなーあははーと現実逃避もできない。
「ん、んあ、んー、んー!」
マットレスを叩いてギブアップを示すと離れた。おkおk、それで終わりにしようね、と息を整えていると、真顔でパジャマの中に手を差し込まれて震えた。二重の意味で。
「い、いや、冗談だよね?ちょっとしたジョークですよね?今何時よ?」
「4時ぐらいだ」
「えっ早……」
どうりでリゾットがまだ布団に入っているわけだよ。ていうかなんで時計も見ずに時間が判るの?それとも見たのか?体内時計が正確なのかな?あ、そうか、任務に出ている間は時計なんて見ずに時間を計る必要があるからか。暗殺者に必要なスキルなわけね。へえへえへえ。3へえ。プロってすごいなあ。
「う、うあっ、や、やめて、おなかがす、ひ、すいているんだよおお、わひゃッ、私はごはんが、ごはんが食べた、いんですよおお」
「ポルポ」
「ひゃ、はい」
手が止まった。え、諦めてくださるんですか、やったー!
「朝食の時間までは3時間ある」
「……」
うわあああ諦めてないじゃないですかやだー!!
詰んだ。

朝ごはんはとてもおいしかったです。