06 まじる


美人は三日で慣れる、と言うけれど、リゾットにはいまだに慣れないなあ。カッコいいもんね。
慣れないと言っても、もうあれから三日も経っているのだ。

衝撃の泥酔告白から一夜明け、混乱したのも朝食の時間までだった。
リゾットちゃんがテーブルに並べたいつも通りの(私だけ)豪華な朝食に至福を感じ、片づけを終えて私がのんびり掃除機をかけたり洗濯をして、ちょっと早いお昼ご飯を食べて、んじゃあ仕事してくんねとお互いの部屋に別れて、小腹がすいたからおやつを食べにリビングに行ったらちょうどリゾットちゃんが降りてきたからドーナッツ食べようぜと牛乳淹れて飲んで食べてポルポ少し仕事のことで提案があるんだがとふたつめのドーナッツに手を伸ばしたところで言われたのでおkおkじゃあちょっと部屋にお邪魔するわっつってリゾットちゃんの部屋に入って仕事して解決して私の部屋に戻って仕事して、やってらんねえ!って思ったから散歩に出ようと準備していってきまーすって玄関出たらソルジェラがいて昨日の恨みはらさでおくべきか。
追いかけても逃げられたのでまったく逃げ足の速い野郎だぜと言い捨てて朝食用のパンを買って帰ったら今日は俺がつくろうとか言ってリゾットちゃんがエプロンつけて(強調)キッチンに立ってて興奮した。
いっつも思ってるけど、普通に家で着ているシャツとズボンなのに格好良すぎだしエプロンが似合いすぎて毎回元気出る。カウンターテーブル越しにそんなことを言いつつスナップエンドウの筋取りをしていたら平常運転でサラッと流されて、味見だって言って口にスプーンを突っ込まれた。黙ってろって意味だと察してそっから黙って棚のグラス磨いてたらまたスプーン突っ込まれて、別の味だなって思ってたら「どうだ」って感想を聞かれたのでなるほどこれは喋れという意味かと把握して平常運転で褒めた。とてもおいしいから胃袋掴まれちゃってもうリゾットちゃんをお嫁にもらうしかないね、と言ったところでアレ今私たちって恋人同士なんじゃねえのかと気づいて逆だなって思ったけど私は嫁げるようなスキルが金かおっぱいしかないのでスルーした。リゾットちゃんもスルーしてたから、ああなるほどいつもの距離感じゃん、何にも変わんねえやって納得して楽しく夕食の時間を過ごした。ご飯がおいしいと話も進む。
一日、特に何があったってわけでもないけど私の話は横道にそれたり迂回したり取り留めもなく散文的に続くので、コミュニケーション能力は低いけど話題がコロコロ変わって話は尽きない。

まだ話したいこと色々あるなあと思いながら片づけをしてソファに座って純文学に触れてのんびりしていたら横から頭を撫でられたので撫で返した。あるある、犬の頭を無性に撫でまわしたくなる時。
私も立ち上がってリゾットちゃんの正面からよしよしよしよしって撫でまわしていたらドクターストップならぬリゾットストップがかかった。髪が崩れるの面倒なのかもね。顔を押さえられたからいつもの癖でとりあえずその手をおっぱいに持って行って離れた。
ソファに戻って本を開いたらなんか視線を感じたので振り返ると、じいっと見られて軽く小首を傾げられたので、私もよくわかんないまま傾げ返した。何かあるなら言ってくれ。アイコンタクトはソルジェラの専売特許だよ。
何も言わないままじっと見られたので、デコに手を伸ばしてナデナデシター。あとは本に夢中。
自然とあくびが出たので本を閉じて、いつの間にかいなくなっていた隣のリゾットちゃんについてはいつものことなので気にせず、うーしシャワー浴びっかーとあくびしながらバスルームの扉を開けたらリゾットちゃんがいてびっくりした。半裸だったけどあの人仕事の時とか暗チの時いつも八割半裸だったから今さらだな、とじっくり眺めてからほかほかしてる腹筋をぺちんと一発いただいておいた。
戸締りチェックをしているとリゾットちゃんがお先に、と言ってきたんで、さっきはごちそうさまって返してシャワー浴びた。
髪の毛洗うの楽しい。シャンプーでまとめたあと、天井めがけて髪の毛をとがらせるの楽しい。26ちゃいだよ。言われる前に言った。自分に。
さっぱりして自分のパジャマ着て牛乳でも飲むかと寝る前にちょっと空いた小腹を埋めていたらリゾットちゃんが降りて来て、枕は自分の物を使うか?と訊かれたので、そりゃそうだろと頷いたら、その方が寝やすいだろう、と同意された。当たり前のことを何言っておるんだ君はと思いつつ会話をしながら階段を上って、リゾットちゃんの部屋をちらりと覗いたら、ありゃひとりじゃ広すぎんだろうなと思っていたちょっと殺風景なベッドにもう一枚掛け布団が用意されていて、あれ、これ同衾?と見上げると首を傾げられたので、もしかしてイタリアってこれが普通なのかなあと私も首をかしげて自分の部屋から枕を持ってリゾットちゃんの部屋を訪ねたらどうやらこれが正解だったらしい。
ベッドに腰掛けたリゾットちゃんが枕元の明かりだけで名刺のようなものに目を通していたから、目悪くなるよって声をかけてベッドによじ登った。
外側にリゾットちゃんのフカフカ枕が置いてあったので、流れ的に私は壁際だろう。これで立って寝ろとか言われたらイタリア男鬼畜すぎて逆に興奮する。なにそれ新しい罰なの、すごく気になる。
横になって布団にもぐりこんで、まだリゾットちゃんが名刺みたいなやつを一枚一枚確認していたので、目が悪くなったら眼鏡リゾットちゃんか、と想像してあまりの破壊力に死んだ。すげえ眼鏡リゾットちゃんベネ。やっぱり黒いシックなやつがいいですかね。でもあのクロスベルトコートに眼鏡はちょっと不自然かな。街を歩く格好とかちょっとフォーマルな時とかならディ・モールト似合そうだけど。
ぼんやり見ていたらリゾットちゃんの背中思いの外広いなと気づいたので、指で背中に文字を書いて遊んだ。スフォリアテッラ、カンノーロ、モンブラン、チーズケーキ、イチゴショートケー、まで書いてくすぐったいと言われたのでやめた。もっと早く言ってくれてもすぐやめたのに。
明かりを絞ったリゾットちゃんが隣に寝転がって、布団を胸まで引き上げて仰向けになった。
「リゾットちゃんってどこ向いて寝るタイプなの?」
明確な意識がある時にリゾットちゃんと枕を並べたことがないので興味本位で訊いてみた。
「特に意識したことはないが、壁に背を向けることが多いかもしれない」
さすが本業暗殺者、人に背中を見せないんだね、カッコいいよリーダー。などと感心して適当なことを言っていたら、リゾットは何か考えたあと、これからはどの姿勢でも変わらなそうだ、と言って仰向けのまま目を閉じた。どういう意味だかわからなかったのでそれはよかったと適当ぶっこいて私も目をつぶった。
ちなみに私は右を下にするタイプなので、壁に背を向けてリゾットちゃんの方を向いて寝ることになるわけですね。よかったー暗チの前のアジトで客間使いまくって、人んちで寝起きした時にどう対応するべきなのか勉強しておいて。
もぞもぞ動いてリゾットちゃんの腕に触ろうとして、リゾットちゃんって接触嫌いなんだっけとソルジェラの話を思い出したので指をひっこめたら布団の下で手が動いてリゾットちゃんの方に持っていかれた。マジか触っていいのかやったー。ライオンの檻に投げ込まれてやべえ死にそうって思ってたらライオンが泰然と地面に横になって構えたまましっぽぱたぱた動かしてたので決死の覚悟で腹にダイブしたらそのままもふもふさせてもらえた、みたいな気分だった。そんなことを考えているうちに眠ってしまった。


次の日の朝、夢の中で大切にしていたカナリアに逃げられてしまった私、ハッと起きて現実を認識して、隣にはもうリゾットちゃんがいなかったので二重の想いをこめて小さく、さみしかったなあと呟いて起きた。身体を起こしたのとほぼ同時にリゾットちゃんが足音も気配も薄く入ってきたのでちょうびびりながらも寝起きで反応が鈍くっておはようしか言えなかった。クッソ朝からビビらせんなよダルデレ系イケメンがよおくらい言えたらよかった。

ぼやぼやしながら洗面所に向かったらスリッパすべらせて階段から落ちかけてなんか寝ぼけてたせいでアレ私これ転ぶな、と思ったら後ろからリゾットちゃんに引っつかまれてセーフだった。時間飛んだかと思った。
片足すっぽぬけたスリッパは、私が呆然としている間にリゾットちゃんが拾ってきて履かせてくれた。至れり尽くせりでどうもありがとうところで今何が起こったの。リゾットちゃんは目を細めて、寝ぼけている時は階段に近づくなと言った。すみません。いくつだよ。26歳です。
その後の朝食は昨日買ってきたパンをトースターで温めてスクランブルエッグとサラダと、私だけ、インスタントのスープをつくって飲んだ。リゾットちゃんの味に慣れるとインスタントじゃ満足できないね、かなり本気でそう言ったけどそうかとスルーしてカッフェ飲んでた。クーッカッコいい、働くイタリアの男って感じだね。もっとも働くイタリアの男の朝の風景は君の以外そんなに見ていないから比較ができないわけだが。

ご飯を食べ終わってオレンジジュースを飲みながら掃除は昨日したし洗濯もしたから溜まってないしやっぱり仕事するしかないのかとうんざり。リゾットちゃんは仕事したくない時ってないのかな?
疑問に思ったので、濃すぎるエスプレッソをおかわりしているリゾットちゃんに質問したら、以前は任務に従うだけだったからそんなこと考えもしなかったが、上司がお前になってからは仕事とプライベートを自由に使い分けられる形態になったから疲れる前に休みが取れると言われた。えへへ照れる。基本的に課題提出型だもんね。真面目なリゾットちゃんならサラッとこなせるだろう。
ところでカッフェってそれめっちゃ苦いんだよね、それ飲んでるリゾットちゃんとキスすると私の口もカッフェの味になるのかな。
なんとなく思い浮かんだことを、経験豊富だろうリゾットちゃんに聞いてみる。
「カッフェを飲んだ後に人とキスをしたことがないからわからないな」
答えた彼は首をかしげながらカップに口をつけた。
話はそれで終わりかと思って、今日はちょっと暑くなりそうだとシャツのボタンを一個開けた私の顎がすくい上げられてキスされた。いきなりなんじゃ、と声を上げようとしたらうっかり口を開けてしまってホンギャーまさかの素面かつ朝のディープキスキマシタワーと混乱しながら息継ぎできねえよと思ってたら解放されてセーフ。
はあはあ息を整えて熱くなった頬をぱたぱた冷ましてたら、どうだ?と首をかしげられ何がだテクかと突っ込もうとしたら口の中確かに苦い。苦いわ。セカンドキスはビターってやつか。適当なこと言って照れを隠してぱたぱたしながら仕事に逃げた。恥ずかしい、のは私がおかしいの?イタリア人のカップルってみんなそうなんだろうか。周りに恋人同士の男女いねえー。男男は役二名それっぽいのがいるけど。期待はブチャトリあるいはアバトリにかけておこう。わあどっちにしてもキスまで長そうな組み合わせだな。
そんなことを考えながらパソコンで受領のメールを打ったり資料印刷したりしてたら時間が経ってるんだからぼろい商売だ。ひるめしじゃー、と階段をすっとばして降りて勢い余ってつんのめった。誰も見てなかったよな、といつ来てるかわからんイルーゾォの影を警戒し、いないことに安心してキッチンに向かったらいたー!リゾットいたー!もちろん大人として平静を装ったよ。今何もなかったから。見間違いだから。ご飯を食べている間じゅう視線が痛かった。なにもなかったんだってば。
悔しかったので洗い物をしているリゾットちゃんのケツ撫でてから逃げた。ばかやろう良いケツしやがって!カッコいい!と罵ってから部屋でカチャカチャ仕事していたら、これなんだがって真後ろ斜めから声をかけられてわあリゾットー!と椅子のキャスターが滑った。背もたれを押さえて止めてくれてありがとう。お前が原因だ。
ちなみに持ってきてくれた書類には私の誤字があって恥ずか死ぬかと思った。なんだよ。日本語で言うなら「ありがとうございまちた」レベルの間違い。アブネー!これをクライアントに送っていたらと思うと嫌な汗が出るね。リゾットちゃん君はお手柄だ。あとで特別に褒美を遣わそう。なにがいい?って半分仕事に気を取られながら言ったら思いついたら言うと残して去って行った。あー今頭撫でてもらいたかったな、残念。
煩悩を振り払って仕事をかなり終わらせて最後のメールを打って誤字チェックしてイエーイ解放イエーイ!
意味もなくエムステの曲を鼻歌うたいながら階段を下りてミュージシャン気分。レッドホットチリペッパー!あれはちょっとえげつない。夕ご飯は私とリゾットちゃんで並んでつくる気分だったのか、野菜を洗っていたら後ろからエプロンの紐のチョウチョ結びを直された。手先が器用そうだし結ぶのうまいのかなと思って、前でやってとお願いしたら超きれいな蝶結びをつくってくれた。これ左右のバランス完璧じゃね?さすがリゾットちゃんだわ。指先のマジシャンだね。やっぱり適当なことを言ってご飯を食べた。

「ところで鉄製の中華鍋なんかはメタリカで操れるんですか?」
「中華鍋は試したことがない」
へえそうなんだと相槌を打ったら、今度試そうかと言われたので丁重にお断りした。私の大事な中華鍋たんは渡せない。これがないとおいしいチャーハンがつくれないんです!
内容がないような(洒落)ことをくっちゃべりながらお片付け。もちろんくっちゃべっていたのは私ひとりだけで、リゾットちゃんが発した言葉なんて、「そうか」「あぁ」「注意が散漫になるなら喋らなくていい」の三つくらいだ。
最後のやつは、跳ね飛ばして却下した依頼メールのマジキチっぷりを情感込めてリゾットちゃんを見ながら語っていたら、洗っていた包丁の刃にうっかり指を滑らせて切ってしまった時のセリフだ。アチッ、と熱くもないのに言ってしまうこの現象。
すぐに振り返って布巾を置いて、包丁を私の手から取って、洗剤まみれの傷口を流水にさらしてくれたリゾットちゃんイケメーン!綺麗に洗剤を流したあと、手を持ち上げられた。心臓より高い位置に置くってことか、と思ったらぷくりと滲んだ血を舐められた。ピリッとするよリゾットちゃん。手近に血をぬぐうものがなかったからだと思うんだけど、それで舐めるという決断に至る君がわからない。もう一回流してメタリカで血を止めてくれたらいいじゃないですかあ。このことで刃物の取り扱いに対する信用がガタ落ちしたのか、食器を拭く係りと洗う係りが逆転した。包丁とシンクを洗っているリゾットちゃんの後ろで私ぽつねん。
仕事の速いリゾットちゃんのおかげで拭くものもなかったので、ご飯のあとの甘いものをお礼に分けることにした。私がだいたいいつも摘まんでいるトリュフチョコー、ババーン。これが外はぱりぱりっとして甘いのに中からじんわりビターなチョコの味が染みて来て舌の上で奏でるハーモニーなんだよとエプロンを取って定位置のソファについたリゾットちゃんに箱を差し出す。6個入りで、私がいま3個食べたところだから残りは3個、私とリゾットちゃんで1個ずつ、そして私が明日に最後の1個を食す。ラス1はこのポルポがもらう、依然それは変わりなくッ!もうここまでくるとトラウマとかどうでもよくなるレベルにあいつはネタキャラだよ。
口の中でチョコをちまちま溶かしながら食べて、リゾットちゃんのやつはおいしかったかな、と感想を聞くと、お前が好きそうな味だったと言われた。よくわかんないけど脳内のイケメン語録に書き留めた。

リゾットちゃんていつも何時に寝てるの?
「決まってはいないが日付が変わる前には寝るようにしていたな」
やっぱり身体が資本だもんね。そういやあ私と同居することになってから事務仕事ばっかりでつまんなくないかな?身体鈍って維持が大変?
ソファの上に四つん這いになってリゾットちゃんの腹筋と胸筋を押したり触ったりして確認。別に変わってなかった。筋トレしてるのかな。
腹斜筋かな?そこらへんのなるほどこれが筋肉!とわかりやすいところをなぞっていたらくるりと座ったままリゾットちゃんがこちらを向いて、指でクイッとこっち来いよと言ってきたのでスリッパを履いてリゾットちゃんの正面に立った。もう少し横、と言われて、閉じられた膝の横に立つ。膝を閉じてるリゾットちゃん可愛い、と言う前にわき腹をガッと掴まれて膝の上に乗せられていた。何を言ってるのか以下略。
そのまま、寝椅子オブリゾットちゃんに座っているような形になると、リゾットちゃんはすぐ手の届くところにある私のボタン付きのシャツのボタンを下から外して横にはだけ、キャミソールの上からお腹に触ってきた。触診でもしてくれんのかなと身を任せたくなるこの安心感。これがリゾットだ。恐ろしい。
ずり下がりすぎた腰が持ち上げられて位置が調節される。リゾットちゃんが私の肩のとこから私の腹を見てぺたぺた触ってるんだがこれはいったい。黙視していると、触れている指が一本になった。するり、と形をなぞるように動かされる。くすぐってえなにすんだ。腹筋が震える。
「あふはは」
指がわき腹の方からスーッとへその方に滑って、笑いながら私は気づいた。はい、これ、オメーがやってんのと同じだからくすぐってえんだよもうすんな、ってことですね。実地で教えてくれてありがとう。覚えてろ。
くすぐったさが後を引いて、どっかしらに触られるたびうひゃひゃと声が出る。この寝椅子じゃあリラックスできねえ。
私は手を振り払って立ち上がると、今度はリゾットちゃんの脚をまたいでその首に抱き着いた。よし、これがお互いにとって一番いい形だと思うね私は。適当なことを言ったら、そうかもしれないな、とため息をついて腰の後ろで手を組まれた。今なんで呆れられたのかな。理由がわからないまま対面コアラ状態でリゾットちゃんが新聞を読みなおす音を聞きながらボケーッと雑念にたゆたって、あー、とこの体勢になるたび私のエイトセンシズに訴えかけて来ていた既視感の正体に気づく。これ対面座位みたいなんだな。

新聞を読み終わったリゾットちゃんがシャワーはどうする、と時計に目をやった。先か後かって話か。
「じゃあ一緒に入る?」
冗談だったんだけど、重苦しく眉根が寄せられてしまった。この人真面目だから本気にとっちゃったのかな。私の間違いをどう指摘しようか迷うような仕草に、冗談だよと笑いかける。
「ごめんごめん。パンツ見せんのも恥ずかしいのにおっぱいだけなら良いけど全裸はもっと恥ずかしいよ」
言ってから気づいた。私がそのスタンスを貫くとやることやれねえな。
目が合って、あああ気づいてしまった私のアホめかかっちまったなアホがッと自分を罵ってリゾットちゃんの肩にデコを押し付けてぐりぐりした。他人のラブラブライフかっこ死語かっことじが判らないし、どういう雰囲気がそれにつながるのかも知らなすぎる。
顔の赤みがひいた頃に顔を上げて離れたので、ちょっとリゾットちゃんのシャワーが遅くなった。すまんこ。……こういう下劣なギャグは口に出せるんだが、やはり喪女の業は深い。
そういえばおととい私がべろべろに酔っぱらってリゾットちゃんのベッドにお邪魔した時は、もちろんシャワーなんて浴びてなかったのか。申し訳ないことをしたな。酒臭い女が横にいるとか。どうなの。恋人であってもどうなの。人としての節度は保とうと決めた。私が心に決めることってだいたい実行できなくてまた誓うことになるんだよな。
リンスが目に入って目があああと冗談じみた悲鳴をあげていたらノックされた。大丈夫か?だいじ、だ、だいじょうぶだもんだいない。かなり問題だった。

ほかほかしてリビングに戻ると、明かりはついていたけど人はいなかった。
ぱちりと消して階段を上ってリゾットちゃんの部屋に入る。リゾットちゃんはベッドに腰かけていたんだけど、もしかして私待ちなのか。リゾットちゃんが寝ちゃうと私がリゾットちゃんのしかばねもとい寝姿をこえていくことになるもんな。私が手前で寝たほうがいいのかな、と考えたが、先に起きるのはリゾットちゃんだし、暗殺者としてすぐに動ける位置についている必要があるのかもしれないと思い直した。
ベッドに膝立ちになってリゾットの肩を揉んだり(コリというか硬い)これこそコアラのように後ろから背中にべっちゃりくっついたりしていつ寝るのかと窺っていると、なんとそのままばたんと後ろに倒れやがったこいつめ!敵か!倒すぞ!リゾットちゃんの背中に太ももと腹を押しつぶされてちょっと楽しかった。けどこの遊びは遊びではなく、はよ寝ろっていう合図だったらしい。そのあとすぐにリゾットちゃんは寝た。私も目をつぶった。


そして目覚めた三日目。いないだろうなと思って、なくなったぬくもりを探すように目をつぶったまま手を彷徨わせてリゾットの寝ていた跡をなぞっていたら、暖かくてちょっと硬い手にしっかりと手を握られてびっくりした。
「リゾット、ちゃん……起きてたんじゃないの?」
「お前の顔を見ていた」
「……あ、そう。どうもありがとう。リゾットちゃんに見つめられていい夢見られたかも」
「そうか」
「うん」
ちょっと驚いたが、朝の会話はこんな感じだ。

それから着替えて、なぜか待っていてくれたリゾットと一緒に階段を下りて(昨日すっ転びかけたことを引きずられているのだとしたら恥ずかしい)、パンを焼く後ろでことことと音を立てる鍋を見て、リゾットを見て、器にスープがよそわれるのを見て、うわああこいつちょうイケメンだあああと何度目かになる尊敬をした。私の「イケメン」という形容詞の幅は広い。
「うれしい!すごく!リゾットのスープ大好き!」
やったあと感謝のハグを送って器を受け取る。朝食はほくほくだった。幸せだ。これがずっと続くと考えてかまいませんねッ。
私もなにかお返しがしたいんだが、肉体労働以外でできることはないかねえ。打たれ弱いから。私うたれよわいから!

それから仕事をするのは慣れた作業だから問題なし。休憩にリゾットの部屋に走って、回転するキャスター付きの椅子を部屋の端まですべらせてみたいなと思って、扉を開いて敷居よりすこし奥に座って待機してもらって、助走をつけて突撃をかけたのだが、ぎぎぎと椅子が悲鳴を上げるだけであまり滑らなかった。
「重いと滑らない」
「……うん、わかった、痩せたらまたやる」
「……」
「いや、言いたいことは判ってるよ!リゾットがリゾットであるかぎりむりだね!知ってる!ジョーク!」

夕食を食べてのんびりする時間もつつがなく。ここでべたべたーっとくっつくのも、よく考えれば前からしていたことだし、距離が近くなったと言っても、それについての実感はあまりない。だってやってること変わらんし。

リゾットを椅子代わりにしてもたれかかって映画雑誌をめくっていて、ぺらりとページを繰った時、ちょっと官能的な映画の紹介ページに当たった。お互い成人している身、私はもっとえげつな、いや、情報の氾濫する時代に住んでいたこともあり、この程度じゃあ動揺しないし、リゾットも経験豊富、なような手慣れた雰囲気漂ってるし、今さら女優のセミヌードで高鳴るような繊細な心臓はしてないだろう。もしドキドキしてたら耳当ててほあああああとか奇声発しつつ愛でてしまう。かわいいよそれはそれで。
「へえ、これ公開劇場は限定されてるんだ。内容が内容だし仕方ないか」
昼下がりの団地妻系のアダルトビデオを芸術作品にしたような内容、らしい。イタリア語で小難しく書いてあるのでニュアンスでとらえる。今生の母国語だろとは言わないでほしい。
「あー……なるへろ……ン!?おいなんだ撫でた?」
首筋を何かが掠めて、びくっと首をすくめる。ああ、と肯定されて、いやなんで撫でてるのかが知りたいんだけど、と自分の首に手を伸ばして、その手がひょいと掴まれた。雑誌の上に戻される。もう一度やって同じ結果になったので、大人しく雑誌をめくることにした。
「んー、もう2001年にもなるとねえ、なかなか迫力のある映画が出てくるよねえ」
魔法界のシリーズが始まったのっていつだっけ?イタリア語で出たら買わなきゃなあ。
「(あ、ポルノに入っちゃった)」
めくると、フワァーオな世界が広がっていた。見る?とリゾットのほうをちょっと振り返って、言葉もなく首を振られた。そうっすか。私は見よう。
イタリアじゃあ放映は難しいだろう映画を巧みに紹介している。さすが半分国境を越えてる雑誌なだけある。横流ししてもらったものです。
「前から気になってたんだけど、リゾットちゃんってエロ本とかどこに隠すの?」
「……どこだと思う?」
無感動な声だったので、逆に、当てられるものなら当ててみろよと言われているような気になって首を傾げた。
「え?あー……ベッドの下……だとしたらそのベッドに私と寝っ転がってるっていう倒錯的な趣味がメローネと合っちゃうか」
メローネ、そういうことに興奮しそう。
「ホルマジオなんかはちっちゃくしてそうだけど、リゾットはメタリカだし、……あ、そうそう、明日ホルマジオとイルーゾォとご飯食べてくんね」
ホルマジオで思い出した。
「……昼か?」
「ううん、夜。ちょっと遠いけど、おいしいとこ見つけたんだって!この間ふたりに仕事頼んじゃったし、お疲れさまってことで」
夜か、と呟いた声が耳朶を打ってぞくっとする。うおおだから耳元で小さく呟くのなし!なし!さすがのイケボ、といってしまうのがもったいない温度のないひやーっとした声が腰に来る。
「腰に来ると言えばさあ、リゾットって腰砕けになったことある?」
「ないな」
「なさそう」
何気ない話のチップスのつもりだったが、リゾットは思いの外真剣な声でそうだな、と考え込んでしまった。腰砕けになるリゾット。相手は誰かね。プロ……プロシュートは涙目で相手を睨みながら腰砕けになる方だからな。にゃんこ。バリタチリゾットがにゃんこになる相手……?
「腰砕けってそもそもなに?」
「何も手を加えられていないのにバランスを失って腰をつき、手を後ろにつく、という状態だ」
「なったことないし、永遠にならなそうだわ」
リゾット辞林は高機能。今日もありがとうね。
ぱたりと雑誌を閉じてソファに置く。飲み物でもとってこようかな、とリゾット椅子から立ち上がった。ほんと椅子にしててすみません。
ポルポ、と名前を呼ばれて腕を掴まれて、開いた膝の間に立ってリゾットを見下ろした。なんじゃらほい。
リゾットがぺらりと私のシャツをまくりあげた。色のついたやつだから地肌に着ていた私、ひやっとしてビビる。そろりと指先が肌に当てられて、こしょこしょとくすぐるように動いた。
「あは、うひゃ、やめてー、なになに、私くすぐったいの弱いんだって、あ、あははは、あは、ああは」
逃げようとしたら捕まえられた。なんでやねん、やめてくれよお。
ひーひー笑っていると、わき腹をくすぐっていた手が滑るように肌をなぞって下腹に移動した。ざわざわとなぜか首筋がくすぐったくなる。首をすくめて、お腹をなぞっていた指から意識が逸れる。
「あ、くすぐっうは、ちょ、ひぁっはは、やめれ、……んっ」
「ポルポ、お前の言った"腰砕け"は、たぶん、お前の言いたかったニュアンスではないと思う」
何冷静に言ってんだ。何言ってんだ、え、腰砕けがなに。聞いてあげるから指先だけでゆっくり触れるのやめて。やめろって。いやもう聞かせていただきますから手を離してくださあい!
もう私どこ触ってもくすぐったい状態になっている。くすぐったさのヘブン状態。背景虹色。
べしべしとリゾットの手を叩いて抵抗の意を示すと、片手で抑え込まれてしまった。おまえのぎじゅつはここで活かすべきじゃない!!!
「や、あは、やめ、リ、あっ、あ、んっふふばか!」
やめろっつてんだろ!芸人の二度目のやめろはマジのやめろなの!芸人じゃないけど、私芸人じゃないけど!
身体を縮めようとしても、こぼれる声を堪えても、しゃがみこむ前にびくんと肩が跳ねちゃってやってられないやってられるか大事なことなので二度以下略。
こ、こいつ酒が入って悪乗りしてるパターンなのか。なんでだよ!ほんとなんでなの。もう許してほしい。器用だな。仕事できる人間かよ!仕事できる人間でしたね。
悪態にならない悪態をついて、笑いの為かそれ以外の為か、目がうるんで、もしかして私、いまさっきリゾットの気に障ることをしてしまったのでは、と思考が極論を導き出した。
私なにやってたっけ、なんだっけ腰砕け?リゾットがバリタチだって話を口にしちゃったんだっけ?してないよおおお。
手がシャツから抜けた。引き寄せられて、バランスを崩す。リゾットを腕の間に閉じ込めるように、ソファの背もたれに手をついてしまう。意図せず、距離がとても近くなって、慣れているはずなのにどきりとした自分がくやしい。なにこいつなにこいつかっこいいな!
「ひ、人が苦しんでるのを面白がりおって……!!」
ちょっと目を細めて小首を傾げたからって可愛さで許されると思うなよ。内心で恨み言を言う前に、髪の毛がさっくり避けられて、あれっ小首をかしげているんじゃなかった、と気づいた時には遅かった。
露わになって涼しかった首筋にリゾットの唇が寄せられる。うわああやめろおお私は今じっとり冷や汗をかいている!もしかしたら冷や汗じゃないかもしれない!ブチャラティじゃないんだから、そこまで考えて思考がとぎれる。
私が指を噛むよりもずっとやさしくかまれた。じわりと広がった知らない感覚に、一瞬ぼうっとなる。
「ん……、ん」
間合いを取らなきゃ、と思うのに、リゾットに縋りついてしまいたくなる。普段は無駄すぎるくらいに戯言を浮かべる頭も、どんなふうに何を考えればいいのかを見失っているようだった。
首筋にちくりとした刺激を感じた。身をすくめてからすぐにその痛みの原因に気づいて驚いて、気づいたことでさらにむずがゆさを覚える。え?今なんか軽くサンダラかかった?え?

ようやく「逃げよう」と思考が回り始めて、私はリゾットから距離を取ろうとした。取ろうとして、失敗した。
震える腕には何とか力が入る。リゾットの膝に手をかけることもできる。ただ、腰から下がへろっへろ。
「こ、これは……」
「お前が言いたかったのは、"腰砕け"ではなく、"腰を抜かす"ほうだ」
「私の腰を……、……"抜かさせた"わけですか、君が?」
見上げると、無言でうなずかれた。じゃあその結論だけ伝えてくれればよくないか。楽しかったのかな、ねえちょっと。
これってつまりくすぐりから一転悔しいでも感じちゃうビクンビクンをされたってことでしょうか。なんでリビングで喘がされてるんでしょうか。情けなさすぎる。今の今まで、まったく頭が働かなかった。リゾットがこんなことをしてくるとはちっとも考えていなかったのだな、とも。
「っていうか違う!私が言ったのはちょっとこう……そういう辞書的な意味ではなくて……。私は腰を抜かしてるし正しい意味なのかもしれないけど、私が言った腰砕けっていうのは……いやいや、何だろう!?でも何か違う。違う、んだけど……」
立ち上がったリゾットが、私をソファに座らせた。リゾットの座っていたところだった。くっそ前ベルトのコートじゃないからってちょっと強気になって……いや全然強気になってないしむしろ無感動なんだけど……前がら空きじゃないから攻撃できないし……むしろシャツ一枚だった私が攻撃されてるし……。
「大丈夫か?」
「…………ものすごく……恥ずかしいです……」
安西先生……。
なんで私人前で喘いでんの?樹海行くか?あっでもひとりきりであひんあひん言ってる方が不自然ですか。
「ごめん……すごいごめん……あんなん初めてだから衝撃を受けている……あれが……あれが喘ぐってことなんだね兄貴……」
「悪いがプロシュートは呼べない」
「真顔!呼ばないよ!」
頭を撫でられた。髪を梳くように耳にかけられて、またぞわっとしたのでやってられない私、開いた膝に肘をついてゲンドウポーズ。おかしくない?なんで私あんなあんあん言ってたの?リゾットがすごいとかそう言う話ではなくただのくすぐりだよね?なんでくすぐられて喘いでんの?い、いやちょっと待って、くすぐられただけじゃなくて首にキス、いやあれ……いや、チクッとしたのは、予想はついている。前世含め、その手の物語は何度も読んだことがあるからな。となるともしかして今私の首には。
そこまで考えてから私は首を振った。やめよう、胸がどきどきして来た。
「ものすごく恥ずかしくて死にたいんだけど、この場合の正しい反応ってなに……?」
「俺の正しい反応か?」
「!?……違うけどそれ教えて」
「腰を抜かしたお前を部屋に連れて行く」
「待ってそして私が処女を卒業する展開じゃねえだろうな」
「逆に、それ以外に何があるのか教えてくれ」
「真顔!おちついて!」
「落ち着いている」
落ち着いてその発言なんだ!?
3日で落ちるの?26年間攻め入られなかった砦が!?うっ、その砦はすでに攻め入る価値がないんです、はい。
前世より声が高めだなとは思っていたが、まさか喘ぎ声があんなもんだとは。エロ漫画読んで勉強しておくんだったァーッドジこいたーッ!
私はリゾットにかじられ舐められ吸われた首筋をさすった。
「なんかまだ思い出すとぞくぞくするし……」
「……」
「真顔!なんかちょっと違う表情して!」
「いつもと変わらない」
ていうか見下ろされてるのがもう恥ずかしい。いやどこから見られても恥ずかしい。このまま穴掘って消えたい!穴を掘りたい!掘る!掘るマジオ!
「あの、あのですね、私、残念なことに誰にも喘がされたことがなくてね、ホルマジオとイルーゾォとエロビデオを見たことしかないんで現実がわからないんだ。普通の女の人って、ど、どうなの?」
私うるさくないか?自分で自分の声など、とても聞けたものじゃないぞ。
「どう……」
歴代の恋人のうちどの女性を思い浮かべるのでしょうか。関係ないけど気になる。
しばらく顎に指を寄せて考えていたリゾットは、あっさり首を振った。
「悪い、特に印象に残っていなかった」
「!?!」
ええええ!?恋人とのセッ……、にゃんにゃんが!?印象に残らないの!?そんなに仕事忙しいの!?大丈夫!?それ労基にうったえたら勝てるよ!ギャング労基とかないけど!
みんなそんなもんなのか?リゾットしか知らないので、全部がリゾット基準だ。
「リゾットがそう言うなら、みんなそんなもんなのかな……」
「……」
目が逸らされた。あまり信用しない方がよさそうだなと判断する。イケメンはな、入れ食いだから印象に残らんのかも知らんな。リゾットは特に執着薄そうだしな。くそっそんな餌に釣られたよ!クマー!
「あのさ、じゃあリゾットの意見を聞きたいんだけど、いい、ですかね」
頷かれる。ゲンドウポーズを解いて、ソファに身体を預けた。
息を整える。

26年間まったく経験がないことはもはや全員にばれているのだし、3日前に泣きながらマイナスなこと言いまくって否定されているし、なんかもう、なんでもいいだろこれ。なにこれ。
「私はリゾットのことが、たぶん言葉で表すと陳腐になってしまうくらい好きなんだけども」
「それについては断言できる、俺は、お前が思っているよりもずっとお前を好きだ」
「あ、……あ、ありがとう」
目標完全に沈黙しました。だれーシンジ君泣かせたのーだれよー。私です。私が泣かせて泣いてるのも私です。シンジ、君は私だ。
両手で顔を覆ってガード。暑いよー気温上げてんの誰だよー。上がってるのは体温だ。
リゾットから向けられる愛情の暖かさを知らなかった人生なんてクソだってこの速度なら言える。リゾットからってところがポイントだ。まああれはあれでリア充だったけど。リア充のジャンルが違うよクマ吉くん。ん?あれ?もともと愛情は向けられていたけど私が気づいていなかっただけだという可能性が微粒子レベルで存在する?
「面倒すぎる処女だけど、できればリゾットで卒業したいのですよ」
「……"できれば"?」
「こわいです。そりゃ、私はいいよ、突っ込まれるだけだからさ、リゾットが好きだなって思って待ってるか乗っかればいいんだから」
でもさ、突っ込む方は違うんじゃないのかな?
「まずメンタルの安定が必要で、体調も整えないといけないじゃん。雰囲気とか必要かな?シチュエーション?衣装?わかんないけど、何が一番大事って、突っ込む方からしてみたら相手、じゃないのかな?気に入らない顔だったり体型だったり声だったりしたら萎えるっていうシンプルなシステムらしいし、すんごくわかりやすいと思う、んだけどね、まあ処女だけど。伝聞で話してるけど」
「どこで聞いたのかは後にしよう」
「えっどこって色んなとこから聞こえてくるだけだよ。……そんで、それで聞きたいんだけど、……私はリゾットをなえさせてしまうでしょうか?」
なけなしの根性で、ハンドのガードを待機させながらも目を合わせたままでいると、リゾットがきょとんとした、ように見えた。気のせいかもしれない。
ぱちりと無感動に瞬き。答えにタイムラグはなし。きっぱり。ちょっと首かしげてる?気のせいかもね。2mmくらいの話かもね。長門なの?
「萎えねえな」
「え!?」
ねえ!?いま何つったこの人!?ちょっと口調が崩れたぞ!?あれがデフォルトなんじゃなかったのか、さらに先があったの?スタンドのその先にあるレクイエムみたいな感じで無感動リゾットのその先にあるきょとんリゾットみたいな!?
回答よりも喋り方に驚いてしまった。
え、ええと、萎えないの?
確認すると、静かに顎を引かれた。
「胸はあるけど、さっきみたいに、うう、ぞわっとするわ、あれ変じゃないのかな?エロ漫画?喋ろうとしたからダメだったのかな、黙ればいいのかしら」
「訊いているなら答えるが?」
「う……」
もう何を訊いていいのかわかんないよ。あれをください、選択肢を。フィフティフィフティとオーディエンス使うから。テレフォンって誰につながるんだよ。ボスか?クソだなそのテレフォン。
「リゾット……貧乳派?」
「気にしたことがない」
「さっすが……」
より取り見取りというよりは、戦いを勝ち抜いてやってきたレディをエスコートするんですねビロードのシーツのベッドに!
「じゃ、じゃあ、ずばり訊くけどいいかな!いいですね!?むしろ私がいいのかな?!」
「あぁ」
言ったな。私ももう後には引けない。
ソファから立ち上がってリゾットから距離を取った。目を合わせて、緊張して震えたので思いっきり顔を逸らして訊いた。
「リゾットって私相手にむらむらする?欲情する?いける!?食える?!」
「そうだな。6年前からな」
「まじでか!やっ―――、……え?ろくねん?」
ぱあっと目の前が明るくなった私は単純。そして言葉の途中で我に返った。
いつからだって言ったっけ。
ろくねんって、6年って、……初対面の年じゃないか。
「6年?」
「ああ」
しっかり目を合わせて頷かれてしまった。
6年前の私ってなにしてたっけ。20歳の私。
幹部になってお金稼いで、サバスちゃんでスタンド使いを生み出して、それでリゾットに会って、えらそうなこと言ってかっこよく上司ぶって仕事を回していって、あと、もう覚えていない。
「20歳から26歳、22歳から28歳まで、けっこう長いお付き合いですけど私たち」
「そうだな」
「私は普通にリゾットちゃんに抱き着いたりパフパフしたりシャワー中にドアを開けたりと勝手気ままに過ごしてましたが……」
「そうだな、縋り付いて泣かれたことも俺の上でお前が寝てしまったことも俺のベッドに俺のパジャマと下着姿で寝転がってくっついてきたことも俺が紙で切った指を『舐めておけば治る』と言って舐めたこともあったな」
「最後のは違うだろ!舐めときゃ治るよって言ったらあんたが『治してくれるか?』って指出して来たからおねえさんでいいのかいって訊いたら口ン中に指突っ込んできたんじゃん!!」
「舐めたことに変わりはない」
私が変態みたいじゃないか。
むっとしてリゾットを睨むと、彼は綺麗に話を逸らした。
「お前が酔っぱらって記憶を失った時の話だ。俺はそこで初めてお前がかなり敏感だと知ったんだが」
「くすぐりに、だろ?くすぐりに、だよな?」
「突き詰めれば近い。……そこで脚の間にホルマジオを入れてくすぐられて、―――まあ、笑ってひいひい言っていたが、あの場からすぐにあいつらがいなくなっていたら、かなりお前に危険が迫っただろうな」
「憶えてないことを言われても困る。もう判ってるけどその危険てあんただろ」
「そうならなくてよかった」
「真顔!こわい!!」
やっぱりくすぐりがキーなんじゃないか。くすぐられなきゃ笑わないわけだし、笑わなきゃ喘がないわけだ。私は笑ってるつもりなんだよ。でもだんだん喘ぎ声みたいに、うっ、うう、なっていってしまうだけなんだよミサッさああん!私は悪くない!これは悪くない!
「お前が幸運でよかった。あるいは俺が幸運だったというべきか?」
目を細められた。褒められたのかな、今。
「……参考までに、さっきリゾットちゃんが挙げた場面いくつかあったけど、あれのどれでむらむらしてたの?」
「普通にしている分には気にならないが、踏み込んで来られたり、"それらしい"接触があるとだいたい」
へえ……私に下ついてたら判る話なのかな……一瞬ついてたことあったけど……。
なんかもうどうでもよくなってきた。男と女が存在している以上、どっちかがどっちかにむらむらしたり興奮したりするのは仕方のないことなんだよ。私だってイケメン見てヒューッて口笛吹きたくなるし、リゾットに耳元でなんか言われると腰に響くし、さっきはひいひい言わされたよ。クソ。あれが恥ずかしくてもうやってられなくて抱けるか抱けないかって話を広げてどんどんここまで来て、過去の私に迫っていた身の危険まで親切に教えて貰っちゃったけどどうでもいい!過去の話じゃん。あん時もこん時も年齢と預金額しか変わってないよ。
「(まあ、その、恋人は出来たがな)」
先月の自分に言いたい。お前、今椅子にしてる人のこと好きになるんだよって。もう好きだよって言われるかもしれないと思って、やっぱり私って脳みそゆるいなって実感した。

私ははふう、と息を吸い込んで、腰に手を当てた。リゾットを見上げて、自然と胸を張ることになる。
「じゃあつまり、リゾットは私を抱け、る、と、いう?アレですか」
「そうだな、とても簡単だ」
「あ、そう……。ありがとう……?」
この話これで終わりにしたい。私から始まった話だけど。クソくすぐられたし。こいつなんちゅーことを。
すとんと腕を下ろして、ひとつだけ気になったことを口にした。喪女だからさ、小説か漫画かドラマの中でしかわかんないからさ。現実どこ。
「"それらしい"接触ってどんなの?」
私の言葉に、リゾットは少し眉根を寄せた。そうだよな、言葉じゃ難しいよなあ。
「あ、じゃあさあ」
ぱたぱたと音を立てて近づいて、いつもみたいにリゾットに抱き着いた。硬い胸に頬があたるように背を調節して、ぎゅううと強く抱きしめる。
とても自然に、力を入れて抱きしめ返された。
「とっても落ち着くんだけど、これは?」
「分類するなら、普通だな」
「じゃあ何にも問題ないのか。初めてのことで年甲斐もなく照れて混乱してごめんね」
「あまり普段と変わらないと思うぞ」
「……」
普段から私うるせえな。ちょっと黙ろう。白くて大きいわんこにまとわりつくポメラニアンかよ。あんなかわいくないけども。
そのまま抱き締めあっていてとってもとっても落ち着いた私は、元気出るなあとしみじみ思い、リゾットの背中に回している腕を片方だけ下ろした。ズボンの上から尻を撫でた。ナデナデ。
「これもオッケー?」
「……お前がいいなら」
新しい分類出してくんな。なにその私基準。ありがとう。嬉しいけど、この世で最も信頼してはいけないものは自分だって思ってるからね。まあ自分大好きですけど。
尻を撫でていた手を止めて、ちょっと座って、とソファに座ってもらう。
開いた膝の間に入って首に抱き着く。髪の毛が邪魔にならないように、リゾットの顔と反対側に避けてから、だ。
いつもの充電風景と何ら変わりない。
今何時だっけ。
少し身体を起こしてカウンターテーブルに置かれている時計に目をやろうとして、ふと、間近に耳を見た。
普段なら気にもしないただの耳。人の耳なんてなかなか見ないし、抱き着いている相手なら特にそうだ。整った形をしているなとは思っていたけど、ちょっと顔をくっつけてみるとひんやあり、冷えていた。えー、冷えてるんだ、リゾットの耳。
色々あって忘れていたが、私さっきリゾットに首がじがじされてすごくびっくりしたんだったよな。リゾットも急にかじられたらビビるよな。ビビったリゾットが見たいね。見たいよね。見たいんだよ。
「よし」
「!」
唇で温度を確かめてから、あーんと軽く開いて、歯を立てない程度にかじった。唇で温度を確かめるのは猫舌の癖だ。
かじった瞬間、私の腰の後ろに回されている腕とか、肩とか頭とかがぴくっとした。そんな気がするだけだけど、あの鋼鉄の心臓を持っているリゾットに動揺を与えられたならそれって快挙だよ。
あと舐められたんだった、と思い出して舐めておいた。すると、リゾットが私の肋骨のあたりを掴んで少し引き剥がすように自分から離した。やっぱりびっくりしたかな?私も驚いたんだよ。無断で舐めるのどうなのよ。
などと冗談めかして言おうと思ったら、ポルポ、と低く呼ばれた。私との距離を埋めたリゾットの声は私の耳朶を間近で打った。吐息が掠めて、ぞくぞくぞくっと甘く痺れる。甘く痺れるっておまえ、と自分の感覚に突っ込む余裕がビビって飛んだ。
ひ、と今までになかった未知の感覚に驚いて、私はそれをやり過ごそうとリゾットに小さくしがみついた。
「ど、どうする?どうする!?今ので、さっきみたいに腰がしびれたというか、これはナニ!?ダメなやつ……?」
これがダメ押しだったんだろうなと、翌日私は天井を見ながら考えることになるのだが、この時の私は腰の疼きに耐えようと必死で全然気づいていなかった。ダメなやつだった。

服にしがみついていた左手がリゾットの右手にとられて握りしめられる。少し安心して、は、と息を吐いてシャツから顔を離した私の右の頬に、髪を分けて頭まで支えるように手が添えられた。
「んうッ?」
手のひらの感触に安心していたら口づけられていた。何度かついばまれたので私もとりあえずついばんでおいた。やられたらやりかえせってばっちゃが言ってた。
ほんのわずか吐息の入る隙間ができる。息を吸わなきゃと小さく口を開いて、また息ができなかった。重ねられたり離れたり、どっちの吐いた息だか吸った息だかわからないくらいにまじりあう。
「うあー……」
目を閉じて刺激に耐えていたので、息ができるようになってまず息を吸いたかった、のだけど、いよいよ情けない声がこぼれた。
どうにかこの刺激を逃がしたいけどどうにもならなくて、いつもみたいに助けてほしくてリゾットにすり寄った。それな。冷静に考えればアウトだよね。余裕がビビって飛んでた。
リゾットの片膝にお尻を預けると、その微かな動きで反応した腰の居心地が悪くて、リゾットの太腿の上ですこし座り直した。この場合は、アウト、だったらしい。
一拍ぶん、きつく抱きしめられて、それから私はうわあっと慌ててリゾットの首にしがみついた。ソファの上で横抱きにされて、すっくと立ち上がられる。はっとここで気づいた。これってヤバい流れなのでは。
気づいても腰はどうにもならないし、遅くも早くもない歩みでリゾットの部屋の扉は近づいてくるし。いや、私たちが近づいてんですけど!
よし、扉を開けるタイミングで治ったって嘘でも言おうと口を開けたら、扉のノブがひねるタイプじゃなくて手で下げるタイプだったもんで完璧には閉じてなくって足で押すだけで開いてしまった。あああああわわわわ。言葉にならない。

どうしようどうしようリゾット落ち着く落ち着くけど怖い怖い怖いと思っている間に、そっとシーツの上に降ろされた。そのわずかな衝撃がやっぱり腰に響いて、無意識に脚をすり合わせていた。そして気づいた。スリッパがねえ。
さすが百戦錬磨の手練れリゾット・ネエロ、頭巾と前がら空きベルトコートを脱いだからといってその実力が変わることはないのね。いつの間に私のスリッパ落としたの?怒らないから教えて。あと冷静に部屋の扉を閉めに行かないで、カチ、って今鍵かかった?この部屋の鍵、一度もかけられたことなかったのに、今この状況でかけちゃうの?私どうなるの?どうなるって、お前。
暗闇の中でリゾットの動きを見ていて、扉に鍵をかけたその片手で、足音もさせずに歩きながらシャツのボタンを外してぐいっと襟元を緩めた仕草に胸がきゅんとした。やっぱりこういう動作が似合うっていうことは攻めなんだな、と再認識して、今の"受け"が誰なのかを思い出して震えた。私だ。
枕元の明かりがつけられて、橙色の間接照明がリゾットを照らした。ぎしりとベッドが軋む。ここで何かを言わないと、私は、確実に、成就から3日という速さで想いを遂げることになってしまう。もちろん嬉しいことなんだけど、私、衝動に突き動かされるまま動いただけで、何にも覚悟できてないよ。何か言わなくちゃ、何か、こんな時にリゾットに待ってもらう言葉を。
「わ」
愛しむように頬をするりと撫でられて言葉が途切れた。あぁ私、リゾットのこと、やっぱりどうしようもなく好きだなあ。
……じゃ、なくて!改めて愛を確認している場合ではなくて!言いたいことはちゃんとあるんだよお!
こんなアングルで人を見ることなんてめったにない。ふつうはない。いまはふつうじゃない。ですよね。
リゾットが私をまっすぐ見下ろしている。律儀に私の言葉を待ってくれているらしい。吐く息を震わせ、今この瞬間のために堪えようときつく目を閉じる。
すぐそばにある腕に触れて、リゾットに手を伸ばした。きっと今の私はびくついて、情けない顔をしているだろう。これを見て憐れんでおくれ。
「リゾット、あの、私……が、頑張るので、その、ごまんぞくいただけるようにですね、ですので、ですから、ちょっ、あ」
頼む時間をくれ。続くはずだった言葉はリゾットの唇に飲み込まれてしまった。最悪の所で切れた。
未だ慣れようもない口づけに翻弄されて二の句も次げない私から離れたリゾットの瞳が細められた。その瞳が、私にでも判るくらい激しい感情に濡れていて、それがつやりと光を受けて愛情を込めてこちらを見つめている。あ、なんかもう、今はこの人についていけばいいや。すとんと納得してしまった。
「それは俺のセリフだ」
一体何に対しての言葉だったのかも忘れてしまうくらい、鮮烈に焼きついた一瞬だった。右手で、伸ばされた私の手をすくい取って、その手のひらにキスを落とす。
こりゃあ、一生勝てないな。





*


××、と口の中で名前をころがす。
リゾットにだけあたえられた、彼女のもうひとつのなまえを。