01 彼と暮らす


あの時言われた言葉の意味は、なんだったのかな。
ぼんやり、窓の外を眺めながら考える。いつも答えが見つからず、首をかしげて終わる時間だ。
体制を整えるのは意外と簡単だった。この社会、お金があれば大抵のことはなんとかなるのだ。新しい、小さなコミュニティを築くまでの間、余暇を与えられた彼らは、最初こそのんびりとそれを楽しんでいたものの、だんだんそわそわしてきて、やっぱり仕事がないと落ち着かないな、と言いだした。じゃあ手伝ってよと書類を差し出しても首を振る。俺たち、肉体労働の方が得意だから。要するに暗殺じゃねえか。みんな立派なワーカホリックである。

フーゴから週刻みで届く手紙には、いつも隠し撮りしたと思われる人々の写真が同封されている。あんたが寂しがらないようにしてやってるんですよ感謝してください、とツンツンされたけど、まったく気にしてない。今度はフーゴが写った写真がほしいなと手紙に記したら、バカじゃないですか手紙を覗かれて勝手に写真撮られたじゃないですか!とプンスカ怒りながらもフーゴの照れ顔が同封されてきた。やったー!

あんな感動的な別れ(私主観)を済ませたというのに、ジョルノってばいじわるだ。私が新しい、小さな請負業を立ち上げたと誰よりも早くどこからか聞きつけ、専属の契約を交わしてきた。それだけならいいけれど、頻繁にパッショーネの本部として使用されている建物に私を呼ぶのだ。廊下でブチャラティに会って、よっ、と挨拶した時はものすごく驚かれた。一緒に会議室に入って、後から来たジョルノに驚かれたんだけど、と訊ねたら、えぇ僕が内緒にしていましたからねと輝かしい笑顔を向けられた。この子本当に私より10歳年下?

そんな私が生活しているのは、ネアポリスの郊外にある、ちょっと人里から離れたところに建てられた家である。それなりに広い二階建てで、残念なことに赤い屋根の白い壁ではないものの、風通しも良くて過ごしやすい。
キッチンとリビングは一階でソファもテレビもラグもテーブルも椅子も、カタログを眺めたり家具屋さんを回ったりして、9人プラス私の趣味を混ぜ込んで整えた。庭は面倒だから何も手をつけないでおこうと思っていたのだが、イルーゾォとペッシが何やらせっせと花壇をつくったりプチトマトを育ててみたり、可愛らしいことをしているので任せた。生活に適さない物置のような部屋がいくつかあったので、そこには日本文学の資料(ディアボロがちゃんと毎月送ってくれていたものだ。気まずいけど、これらに罪はないし)とか、買いあさった日本の漫画とか、そういうものをしまう書庫にしたり、本当に物置として使ったり、大きな鏡を置いて、イルーゾォが勝手に入って来られるようにしたりしている。一度、つい鍵をかけて放置してしまったら、洗面所の鏡から現れたイルーゾォにアイアンクローで仕返しをされた。故意じゃないのに。
二階には寝室などの居住スペースがある。私の部屋は角部屋で、趣味満載のインテリアや、これだけは傍に置いておきたい漫画、もっぱら仕事に使っている机など、生活感あふれる普通の部屋だと思う。
引っ越しを済ませてから5か月、仕事の供給も需要も安定してきた夏真っ盛りだが、慣れはしたものの、未だに腑に落ちないことがある。私の部屋の隣にある、ほぼ私の部屋と同じ間取りの部屋のことだ。客間としてその隣にひとつ空き部屋はあるものの、それはどうでもいい。
シンプルな造りの扉。鍵もかけられるけど、一度もかかっていたことがない。扉を開くと、つやりと表面が綺麗に磨かれた木造りの机と、くるくる回転させられる椅子が見える。ベッドのマットレスは硬め。夏ということもあり、掛け布団はぺらぺらだ。目立つ家具として、本棚にはいくつか小難しそうな本が並んだり、私が置き忘れた小説や日本語の文庫本なんかが詰められている。壁に埋め込み式のクローゼットの中には、着回しできる服がいくつかと、それから一般的なシャツなどがある、のだと思う。一度も覗いたことはないから想像だけど。
そう、この部屋の主は、何を隠そう、隠してないけど、リゾットなのだ。
暗殺チーム――今は必殺仕置き人的請負業者として着々と名をはせている彼らは、この近くに建っているアパートに仲良く暮らしている。買い取ったので家賃はいらないらしい。私も行ったことがあるが、以前住んでいた所よりもしっかりした造りで広めだった。そのアパートでの部屋割りを決める時、彼らは私の家兼事業本部(いわゆる社宅)のリビングに集まって、あぁでもないこうでもないと話し合っていた。当然、私は全員がそこに住むのだと思ってこう言った。
「うち、広い家だし寂しくなりそうだから、みんなに頻繁に遊びに来てほしいなー」
とりあえず家を買ってみたものの、ひとりで暮らすには広すぎる。まあ、ペッシとイルーゾォが庭をいじりだしているところを見ると、アパートとの近い距離を毎日歩いてうちに来てくれるのだろうけど、なんとなくさみしい。今までと同じだろと言われてしまえばその通りなのだが、あの時は途中からフーゴが来たし、家もアパートの一室で、そんなに広くなかったしさあ。
などと言うことをオレンジジュースを飲みながら言っていたら、きょとんとペッシがまるい瞳を私に向けた。
「寂しがることはないんじゃないかい?」
「まあ、みんなすぐ近くに住むからそうだろうけど……」
「は?あれ?」
イルーゾォまでが首をかしげた。当然のように私を指さして、それから私の隣で新聞に目を通していたリゾットを指さした。
「リーダー、ここに住むのかと思ってた」
「……パ、……パードゥン?」
オレンジジュースを噴く余裕もなかった。は?それどういうこと?私はリゾットを見た。リゾットも私を見た。
「忘れたのか?仕事の都合上、何かがあると困るだろう。以前は側付きの部下がほぼ四六時中一緒にいたらしいが、今はそれも組織に残してきたままだ」
そうそう、ビアンカは私とパッショーネとの連絡係になってもらっている。ヘンな噂とか、微妙そうな構成員がいたらその情報を横流ししてくれる役目だ。ボス公認のスパイなので何も問題なし。私と離れることにぼろぼろ泣いていたが、そろそろ私離れしたほうが良いと思うよ。できれば誰かと落ち着いて幸せになってくれるといいんだけど。……ネクロフィリアだし、無理かなあ。
そうだね、と記憶を辿りながら頷く。忘れたのか、と言われるということは、私が提案したみたいだ。いつのことだろう。酒の席だったら覚えてないです。
「万一のことがないよう、誰かがポルポの家に残る必要があるな、と言ったら――」
「オメーがリゾットがいいっつってたからよー、もっかい話し合って決めねえとなーって言ってたんだが……あー」
「あん時のポルポ、しこたま酔ってたもんな」
「くっそ忘れてたならそのまま忘れてて欲しかったのに……」
「しゃーねーよ、ホルマジオ。リゾットも気ィ落とすなよ!おいメローネテーブル殴んな」
「気を落とすリゾットちょっと見たい」
「だいたいお前のせいだろ」
しかし、本当か。私が言ったのか。しかも指名。偉そうにしてすみません。でも今は上司も部下も曖昧だし、断ってくれていいんだよ。
「ごめんね、全然覚えてなくて。あの、酔っぱらってた時の話だし、リゾットも毎日私と顔合わせてんの面倒くさいでしょ?身を守る手段についてはそのうち考えるから、好きにしてくれて、全然!いいんだよ!」
こんなところまで私を殺しに来る追手なんてもういないだろうし。出てきたとしてもサバ……あ、サバスたんはもういないんでしたね。番犬でも飼うか。あ、いや、番犬は隠語じゃない。本物の犬の話だ。
私が謝罪の意を表すと、リゾットは私を見たまま言った。
「お前は嫌か?」
「ん?別に、私はむしろ嬉しい、けど……?」
なにせリゾットの母性はEX。ステータスカンスト振り切ってる。一家にひとりリゾットが居れば心が癒されること間違いなし。私の安定剤イコールリゾットだ。ペッシもギアッチョもメローネも可愛いけど、よしよしよしと可愛がって癒されて気分がホンワカ上昇する、リゾットとはちょっと違う種類の癒しだ。なんだろう、リゾットの母性ヤバいから、もうなんでもいいから受け止めてくれウオオオオ俺はあと一回抱きしめられただけで仕事頑張れるぞオオオオみたいな。私の表現力低すぎる。
「なら問題ない」
「え?いや、……え?いいのか?それでいいのか!?リゾットちゃん、もっと自分の人生よく考えよう!?近くに面倒くさい上――もう上司じゃねえや、……って上司じゃなかったらただの面倒くさい女じゃん!なんかごめん!!もっとよく考えて決めた方が」
「ポルポが気にしないなら俺は問題ない」
「……あ、……そう、ですか。…………あの、クーリングオフはなし、でお願いします」
「この場合クーリングオフされるのは俺の方なんじゃないのか?」
そうかもね。

ほとんど呆然としている間に事が進んでしまったのだけど、かくして私はリゾットと同居することになった。5か月経ってるけど、いまだにあの展開は謎。でも、毎日癒されていて落ち着く。ごはんおいしいし。
って、これ私が男の立場じゃねえか!
ハッと気づいてこの5か月を振り返ると、私がリゾットにしたことって何もない。
夕ご飯は作っているけど、それも私が自分の食べたいものをメインに作っているだけ。たまにリクエストがあるとそれも作ったりするけど、それくらいだし、家の掃除は定期的に、その時家に来ていたメンバーが手伝ってくれたりすることもあるが、それは家主として当然のこと。思えば、一緒に買い物に出かけた時も、私のペースで歩いてくれるし、買い食いしまくっても付き合ってくれるし、なんかこれ、完全に私がダメな男じゃないか?リゾットヤベエ。今まで違和感を抱かなかったのもヤベエ。自然。すべてが自然。でも使用中のバスルームに突撃(通算2回目)をかけたら扉を開けた瞬間シャワーをぶっかけられてびしょびしょになった。いや、今は関係ない話だったわ。ソルベとジェラートに煽られてやったんだけど、彼らは廊下の向こうから聞こえる私とリゾットのやりとりを聞いてリビングで爆笑していた。こっちまで届く笑い声だった。ゆるさん。

前述したように、もうあれから5か月が経ち、私は今、のんびりと空を見上げている。夏のぎらぎらした太陽と、からりとした風が窓から入り込んで、時折カーテンを揺らす。
ベランダの柵に腕を重ねて、痕も残さず完治した左腕の上に顎をのせる。
私は今、生きている。"ポルポ"としての運命に勝ったと、もう言っていいのじゃないか。
ローリングストーンは誰の姿を彫ったのだろう。私の大切な人は、今のところ、誰も死んでいない。これからもきっと、死なずにいてくれるだろうと確信している。なぜなら、運命の形は大きく変わったからだ。
その一端に私の命がひっかかり、そして現在へと繋がった。
私の瞳にある赤い色は、一生変わることがないだろう。大きく育ったこの胸もそうだ。私が"ポルポ"として生まれ、"ポルポ"として生きた人生も変わらない。がりりと指を噛む癖も直らない。けれど、5か月前に終わるはずだった運命を超えたというならば、私は。
「……」
"ポルポ"から卒業してもいいだろうか。
すっかり聞き慣れた私の名前。もとの名前は、ほんのわずかな残滓となって、それでも記憶の片隅にこびりついて離れない。
「――」
呼ぶ。私が私を呼ぶ。夢の景色はもう見ない。
急に名前を変えるなんて、きっとおかしい。だから私は誰にも言わない。けれど、心の中でずっと呼ぶ。私が私である限り、永遠に忘れない私の名前を。



0.5

センチメンタルな気分になってしまった。はずかしい。でも誰にも知られてないからいいよね。もうゴールしてもいいよね。私のゴールは老衰だけど。いうなれば給水ポイント。それくらいは許してもらいたい。
「ああああー……」
なぜ今、あんなことを考えたのかというと、残務がすべて片付いたためだ。
パッショーネから抜けるにあたって、すたこらさっさと姿を消せるかと思ったら、雲隠れ自体がジョルノ公認だったおかげで、組織に残っていた私の仕事の引き継ぎ手続きがなされてしまったのだ。えええ、そんなの詐欺だよ。仕事があるなんて聞いてないよ。言ってませんからね。にっこりした笑顔と、毎月送られてくる書類の束に言葉を失った。
そして今朝、組織傘下の速達で最後の委任状を送ったのだ。あとはもう私は関知しません、みんな頑張ってね。そんな内容だ。
つまり、"ポルポ"としての役割を終えたことになる。
「うおあああ……終わった……終わったよ……」
ばたりとベッドに倒れ込んで、それからぱっと起き上がる。じんわりと実感がわいてきたせいで落ち着きがない。オレンジジュースで祝杯を挙げよう。私は思い立って部屋から出た。階段を駆け下り、最後の二段をジャンプでフィニッシュ。お気に入りのグラスを取って冷蔵庫を開けて、オレンジジュースをとくとくとく。それを持ってソファに深く座って背もたれにもたれ、ぐびりとひと口。
「うううううまい!」
26年間まとわりついて離れなかったしがらみから解放されたあとのオレンジジュースは、仕事終わりのビールと同じ効果を持つと思う。半分くらいまで飲んで、ほうっと息をついた。グラスを両手で持って、緩く開いた太ももに置く。冷たさで表面が曇ったグラスは、暑さに負けて年甲斐もなくショートパンツを履いている私のむきだしの脚を冷やした。つめてえ。あとで濡れるなこりゃ。
「26年か……長かったなあ……」
自覚を持ったのは8年前だけれど。特異な目とファンタスティックおっぱいを揶揄されてきた時間は短くない。気にしすぎて豆腐メンタルが削れた時期もなくはないし。
「何が長かったんだ?」
「ううわあびっくりした!!気配ない!!」
すぐ後ろから声をかけられてものすごい勢いで身体が跳ねた。ちょっと飛んだかもしれない。大きく波打ったオレンジジュースの入ったグラスをローテーブルに置いて、私は心臓を押さえて振り返った。悪いな、とまったく悪く思っていなさそうな声で謝られた。
「それで、何が長かったんだ?」
「え、いや、……何って、ええっと……」
答えづらすぎる。人生を振り返ってその喜びをかみしめるっておかしいだろ。
「あの、……ええーっと……私の人生、色々あって、長かったな、っておもって」
「……それだけか?」
「お、おう。そうだね、ちょっと、仕事納でテンション上がってた、かな……」
納得したのかどうなのか、へえ、と無感動にうなずいて、リゾットは冷蔵庫のほうに歩いて行った。乗り切った。よし。ちょっと挙動が不審な同居人で済んだ。あれ、それってセーフなのか?
ていうか、「へえ」って。リゾットが「へえ」って。そこは「そうか」だろ。こまごました仕事が続いているから、疲れているのかもしれない。
自然と私の隣に腰を下ろしたリゾットの横顔は、いつも通りで疲れている感じはしないけど。
「肩でも揉もうか?」
「……なぜ?」
「疲れてんのかなって思って」
「いや、疲れてはいない。大丈夫だ」
そうっすか。私はグラスに手を伸ばした。肘掛けに肘をついてぐでんと身体を預けて、ガラスのローテーブルにわずかに映る家具の影を見て、ふと関係のないことを思い出した。そういえば私、ポルナレフの電話番号持ってんだったな。一度もかけたことがないから忘れていた。
「(ポルナレフに電話する用事って一体なんなんだ?)」
チャリオッツがレクイエムにならず、ディアボロの襲撃も、まあ大雑把にいうとなかったため、ポルナレフは死ぬこともなく生身でジョルノの補佐をしている。いいの?そこ、君が追い続けてた組織だよ?いいの?
ジョルノに明らかなる白の輝きを見た、ということなのだろう。なにせ彼はスターダストクルセイダーズの一員だったのだから。
視線をずらして、ぼんやりリゾットを見る。本体を巻き込むことなく死んでいったブラックサバスに未練はないが、ブラックサバスレクイエムの能力は本当に惜しい。男女逆転、それ何て素晴らしいスタンドマジック?
わずかに女性特有のまろみを帯びた輪郭、少しきつい目元、より長くなった睫毛と、光に反射して暗殺に不向きだよと言いたくなるほどキューティクルを帯びた髪。前開きバッテンベルトの奥に隠れた、隠れきれていないしなやかな身体のライン、そしてCはあろうという白い胸。ノーブラ。魅惑。私がマジモンの男だったらたぶんもっと興奮してた。だって魅力的な姿をしているのに、黒いコートと前のベルトがやけに禁欲的でギャップ萌えそのものだったんだもん。ちょうやばい。唇も、ぽってり、というよりはスッ、という感じなのに、視線を吸いつける何かがあった。パリコレとか出られるって絶対。声はアルトで落ち着いていて、今思えば、もっと色んな会話をしておくんだった。あるいはあの時録音機器を持っていたら。
「……あ、そういうスタンド使いをさがせばいいのか」
なるほど、この世の中には隠れているスタンド使いもそれなりにいるし、似たような能力のスタンドもあるのではないだろうか。ジョルノにお願いしてみようかなあ。
「何の話だ?」
「男女逆転の話。私、もっかいリゾットちゃんが女性になったところが見たくてさあ……ほんっと綺麗だったしかっこよかったし……」
「今ほどお前からスタンドがなくなってよかったと思ったことはない」
「そんなに嫌なのか」
男としての矜持が傷つくんだろうか。すまん。
でももったいない。
「それだとお前は男になるんだが、それはいいのか」
「えー……うーん……、どっちにしてもモテないなら、女より男の方が痛々しくなくていいかもなあ」
「お前の着眼点がわからん」
「他になんかあるかな?あ、でもただでさえ燃費悪いのに、男になったらもっと食費かかるようになるかも。それは嫌だわ」
「その程度か?」
おっぱいがなくなっても困らないし、冷えも改善されるし、筋肉ついたら重い物も楽々運べるようになるかもしれないし、月イチのもんも解決されるし、なんかいいことずくめな気がするぞ。あれ、私男に生まれた方が良かった?
「あ!でも、ダメだ!私が男でリゾットちゃんが女だったら、私、気軽にリゾットちゃんに抱き着けないじゃん!絵面的にダメだ!」
重要だぞこれは。なにせほぼ毎日癒されてるんだからな。私は即座にこの案を却下した。男女逆転は私のみ例外にしてもらおう。そうすれば問題なしだね。
身体を起こして、反対側、リゾットちゃんの方にだらーっと倒れかかる。ずるずる落ちて、リゾットちゃんに伸ばしていた腕が不自然じゃない方向に移された。位置を修正して、脚の上に頬をのせて、足を下ろしたまま横になる。
「男女が逆転したら、この絵面、完全に金で繋ぎ止めてるダメ男だしさあ……」
はー、ひざまくら、硬い。
すぐに起き上がって、のそのそ立ち上がりリゾットに前から抱き着く。あー今私下着つけてねえや。まあいい。
「こういうのも私が襲ってる感じになっちゃうじゃん。上司と部下やばい。上司の権力と金に脅される部下。自宅に呼ばれて何かを人質?にとられて嫌々従うしかない部下。引き裂かれるリゾットちゃんのベルト。もう上司じゃないけど。あとやった瞬間刃物吐いて死にそうだけど、そこは人質パワーで」
「そういう発想はあるのか」
「え?ありありだよ。……あっ、いや、別にこれしか考えてないわけじゃないから!もっと別の仕事のこととかも考えるわよ!」
クリムゾン。いやキングのほうじゃなくて。

がたりと廊下の向こうで音がした。べったりくっつけていた身体をそのままに、お疲れー、と言葉を飛ばした。おー、土産買ってきたぜー。イルーゾォだった。鏡から来ないなんて珍しい。ぱたぱたと足音が近づいてきた。
「ポルポお前何やっ……、……お前来客迎えんのにその体勢はねえだろ。つうか暑くねえのかよ。今何月だと思ってんだ?」
「エネルギー充電中。それが暑くないんだよ。風通しいいし、リゾットちょっとひんやりしてるし。血液のめぐり悪いのかな?」
「はー……お前、そんな調子じゃ絶対結婚できねえぞ……。リーダー離れしろよな。ぬいぐるみじゃねえんだから」
「もうリゾットが居れば結婚しなくてもいいんじゃないかな……あ、でも名前変えたいなあ……結婚と同時にちょちょっと書類いじってさ、名前変えられたらいいのにね」
名前?イルーゾォが首をかしげた。ポルポじゃ嫌なのかよ?
「だってタコって意味じゃん」
荷物を持ったまま、イルーゾォは呆れたように腰に手を当てて片脚に体重をかけた。反対側の爪先でぐりぐりと床をいじる。
「んなこというなら俺だって幻影って意味だしソルベとジェラートなんて区別もつかねえぞ」
「幻影はかっこいいしソルジェラは似合ってるからいいの。……私も似合う名前がほしいー」
「ポルポで似合ってんじゃん。お前指噛む癖あるし」
「ん?なんで知ってるの?」
人前で噛んだこと、あったっけな。不思議に思っていると、イルーゾォの指がリゾットを指した。
「リーダーが言ってたんだよ。ポルポが指を噛みはじめたらこっちに知らせろって」
「な、なんだって……」
私は子供か。まじですか、と、身体を離してリゾットに訊ねる。そんなことも言ったな。肯定されてしまった。はずかしい。
「うおお……私は一生ポルポのままか……」
再びべたべたとリゾットにくっつく。リゾットが口を開いて、息が当たった。この人、呼吸してんのかたまに心配になるくらい静かだから、心臓が動いてたり息をしてるのを感じたりすると安心する。
「そんなに嫌なら、愛称を浸透させたらどうだ?」
「愛称かあ。やっぱそれしかないかなあ……」
「(こちとら6年一緒にいるんだから、今さら難しいと思うけどな。リーダー判ってて言ってんだろうな……)」
その方針でいこうかなあ、と悩みながら、私は本格的にイルーゾォを迎えようと、リゾットから離れた。ソファの座面の端っこを膝でおさえて傾いた姿勢で立っているので、バランスを取るためにリゾットの肩に手を置く。ちなみに私が立ち上がった時にふらつかないようにか、リゾットの手はオンザ私の腰。助かる。気配りのできる男、リゾット・ネエロ。
「おい、デカめの袖なし着てんのか?落ちかけ、……て、……」
「マジだ、ありがとう。こないだおすすめされて買ったんだけど、ちょっと全体的にゆるいんだよねー。胸はそれなりなんだけど」
胸元を引っ張って中を見る。うん、圧迫されなくていいかんじだ。
「お前さあ」
「なに、真顔こわいよ」
イルーゾォが額を手で覆った。
「家ン中でも下着つけろよ!!アホか!!1人暮らしじゃねえんだぞ!」
「なんでわかったの!?」
「肩紐がねえのはおかしいだろ!つーかその状態でリーダーに抱き着いてんじゃねえよ!!アホか!!」
「二度も罵ったね!親父にも罵られたことないのに!」
「お前の親父のことなんか知らねえよ!お前はどうでもいいけどリーダー可哀そうだろ!!」
「私はどうでもいいの!?」
もう一度ノースリーブのキャミソールの中を覗く。いや、ブラジャーはつけてないけどこれパッド入ってるからセーフだと思うんだけどな。
「リゾットの純情傷つけてたらごめん」
「リーダーの純情ってなんだよ!!気になるよ!もうこの家に俺ひとりだと分が悪すぎて疲れる!!」
「三人いるじゃん!!」
「お前が一番問題だし止めないリーダーも数に入らねえよ!!」
ポルポしょんぼり。もしかしたらリゾットは貧乳党なのかな。今まで頓着しなかったけど、ファンタスティックおっぱいを押し付けられるのが嫌だったのだろうか。なるほど、リゾプロ……いや、でもプロシュートは女の子になったらボインだと思う。あ、でもそうか、リゾプロは男か。
カップリングの辺りは心の中にしまったままリゾットに謝罪すると、彼はザッと私の格好に目を走らせて頷いた。
「そうだな、下着はつけろ」
「おっす。気をつける」
「はあ……リーダーがマジなのかふざけてんのかわっかんねえ……」
「リゾットはいつも真面目だろ」
「うるせえお前が関わるとだいたい事態が面倒くさくなるんだよ」
ひどい言いようにさすがの私もむっとしたので、イルーゾォのお水に塩を入れておいた。
しょっぺえ!!一拍置いて叫んだイルーゾォに、グラスの中身をぶっかけられた。