12 嘘をついている味


ブチャラティのあのチートな能力っていつ身についたものなんだろうか。生まれつきかな。それとも特殊な修行をしたのかな。
ブラスコがあいつおもしれーんだぜとブチャラティの小さいころのあれやこれや可愛いエピソードをげらげら笑いながら教えてくれるのと一緒に薄い本で大活躍しそうなスーパー味覚のことも思い出させてくれたので、その時から頭の中でぐるぐる回って仕方ないのだ。

どうしても気になった私は、ブチャラティに直接聞いてみることにした。ビアンカに邪魔をされると困るので、ブチャラティのアパートにお邪魔する。
暗チのそれと比べると、生活する人数が違うからかかなりこじんまりとしたソファが置かれている。私はヒールのつやつやした靴を脱いで、スカートがまくれるのをちょいっと直しながら遠慮なくそこに寝っ転がった。いつものことなので、ブチャラティも何も言わない。初めて寝転がった時も何も言わなかったけど。
どんな嘘をつこうかな。確かめたくなるくらい盛大なのがいい。私も動揺しないように言わないといけないな。でも、嘘をついた時にそんなに汗ってかくだろうか。首筋にじんわり、とか、生え際にしっとり、とかはあるかもしれないけど、さすがに手の中に目ん玉握らされたりしない限り垂れるほどの冷や汗なんて流さないのでは。
考えていても仕方がないので、あいさつ代わりにデカいのを投下してみた。
「私、幹部クビになっちゃったー」
「……そうか」
えっ、終わり?上司が上司じゃなくなるんだよ?もっとなんかあるだろ。こう、どうしてそんなことになったんだ、とか、俺たちはどうなるんだ、とか。いや、ないか。パッショーネの特性上、任期中だった幹部が突然変わることもなくはないので、下には影響がないようになってるもんな。
「あの……嘘だけどね?」
「知っている」
「えっなんで?」
「本当にクビになっていたら、ポルポはのんきに報告に来るよりも、トンズラするから荷物まとめろ、とかなんとか言って、俺たちと別の部下を引き抜いて組織に大穴を開けたあげく姿を隠して隠居するだろう」
やべえそこまで考えてなかったけど言われてみたらせっぱ詰ったらそれくらいするかもしれない。ていうかついてきてくれるのか。ありがとう。私以上に私のことを知っているぞこの男。
ごくり。生半可な嘘じゃあ騙せない……!今この時から"嘘"は"勝負"に変わっているんだぜブローノ・ブチャラティ!
「じゃあ、私彼氏ができたんだよ」
「そうか、おめでとう」
「……」
もっと真剣に見分けて!ていうか私に視線を向けてくれ。さかさまの視界で見ている限り、さっき以降こっち見てくれてないよね。
「……今のも嘘だけど……」
「そうだろうなと思った」
「……」
「"じゃあ"、と言うのはおかしい」
そうだね。
ほんじゃあなんて言えばいいんだ。後ろから抱きついて妊娠したのとかかませばいいのか。するわけないだろ!
「なぜ俺に嘘をつこうとするんだ?」
「……なんとなく……」
「嘘だな」
「えっ、ちょ、……ちょっと待って、なんで言い切るの?」
今こっちも見なかったよね?私の答え、別に不自然じゃないような、あ、でも、理由もなく嘘をつくって言うのはおかしいのか。どうやって切り抜ければ……いや、正直に嘘を見抜いてほしかったんです、って告白すれば丸く収まるぞ。
待て待て、何だその理由は。彼氏にわがままを言う彼女じゃあないんだから。私はブチャラティの上司だぞ。上司としてそのセリフはアウトだろ。威厳とかどっか吹っ飛んでいくだろ。
慌てて考えを巡らせていると、電卓をたたいて仕事をしていたブチャラティががたりと立ち上がった。仰向けじゃ敵に腹を見せまくりだと気づいて、うつぶせにひっくり返る。
「新しい遊びでも思いついたのかと思ったが、違うらしいな」
「あ、あそびって……」
その手があったか。嘘は言ってないけど本当のことも言ってない、その逃げ道を選ぶべきだったーッドジこいたーッ。これが柱の男との戦いだったらたぶん私は両足を捨てる羽目になっている。ブチャラティが相手でよかった。
とはいえ、完全に逃げ道をふさがれている。私は起き上がった。
「い、いいじゃん、べつになんとなく嘘ついても」
「誰かに何か言われたのか?」
「えッ」
ブラスコ。
そうだね、言われたといえば言われたね。言われたことをきっかけに思い出しちゃったね。
背中がひんやりしたあと、どっと熱くなった。アカンパターンやこれ、確かに嘘つくと汗かくわ。それも、ばれたくない話をどんぴしゃ突かれるとめっちゃ冷や汗出るわ。ごめん、誰に謝ればいいのかわからないけどごめん。
「さっきのは騙すつもりもない嘘だったが、今度は何かを隠しているな?」
「か……隠してるってわけじゃないよ。いや、……いやまじで」
まじだよ。隠してるっていうか、上司としてのプライドがね、あってね、だから手を伸ばさないでくれ。
二人掛けのソファの、空いたスペースに座ったブチャラティは、片手をクッションについて、私の頬を手で包んだ。やめろこわいから。
「……ポルポ、嘘をついた経験があまりないだろう?」
「ん……うーん……言われてみればあんまりないかも。そんなのわかるの?」
「嘘をつき慣れている人間は、自分が嘘をつく時にどんな反応をするのかを知っているから、それを隠そうとする。ポルポにはそれがない」
へえ、そうなんだ。目をじっと見るだけでそんなことわかるなんてすごいね。素直に感心してしまって、はっと我に返った。違う違う、すごいけど違う。ていうか嘘をつくのになれてないギャングとか弱そう。すごい弱そう。ボスからして嘘まみれだし、次期ボスのジョルノも正直だけど嘘を隠し通してたし。強い人は嘘がうまい。
「見え透いた嘘をついて何がしたかったのかと考えると、……俺がそれを見抜けるかを試したかったのか?」
「う……いや、……試すっていうか……」
とりあえず手を離してくれ。距離めっちゃ近いし。そう思ってブチャラティの手を取ると、ブチャラティが、ス、と視線を動かした。
「汗をかいている」
「えっ、ちょ、まって、うそ、いやいやいや、ちょっと興味があっただけなんだって!まじで!」
それ手汗だぞ。それでもいいのか。なんでもいいのか。そういえばカバの汗ってピンクなんだってね。ははは。あと飲むとピンクの汗が出るかもしれない薬があるんだってね、あはは。

「ひょああああ」
べろりと手のひらを舐められて、私は水をかけられた猫のしっぽのように飛び上がった。取り返そうとした手はしっかり握られていて、びくともしない。こいつ、細身の癖に筋肉もってやがってよう、メローネかよ!ちなみにギアッチョはスケートしながら敵を追いかけるから、脚の筋肉がすごいよ!リゾットは見るからに均整のとれたスゴイ綺麗な筋肉だろ。でも筋肉ある癖に細い。ご飯ちゃんと食べなねって思うよ。
現実逃避をしている場合じゃなかった。手のひらを舐められたのだ。手汗だよそれ、大事なことだから二度言った。
「それは本当だな」
「部分的にわかるの!?」
手を舐められた衝撃も吹っ飛ぶわ。そんなのずるいだろ。
「ちょ、ちょっと待って、じゃあ、えっと……なんか質問して」
「いいのか?」
「え?うん、なにが?」
「いや、いいならいいんだ」
ブチャラティは説明せずに首を振った。ちょっと考えて、質問を口にする。
「ポルポの下にあるもうひとつのチームの構成人数は?」
なんだその変化球。ボールが来ると思ったら魔球が軌道を変えてバッターにぶち当たった時のキャッチャーみたいな顔をしてしまった。どんな顔だ?こんな顔か。
「えっと……11人いる」
適当に口にして、死ぬかと思った。11人いるってなんだよ。萩尾望都かよ。私はヌーが好きです。
こらえた笑いは、ブチャラティに今度は手の甲を舐められて暴発した。ちょ、おまえ、なにしてんだ。まさか、さっき「いいのか?」ってきいたのはこのことか。そりゃそうだよね、嘘を見抜くんだからいちいち舐めるよね。
「嘘だな」
「うん、嘘だよ……」
「なら次は、この間酔って俺に電話をかけてきたが、あの時一緒にいたのは同僚か?」
「ちょっと待って、私そんな電話したの?」
「あぁ。ひどく酔っぱらっていて、色々と……そうだな、色んなことを言っていたぞ」
自分が怖い。何を口走ったんだ。処女ですとかおっぱいでかいですとか叫んでなかったらいいんだけど。ぼくのおっぱいはおっきいでーす!!
同僚と飲んだ記憶はないしそもそも同僚はいないというかみんな大体淘汰されちゃったというか。同期の部下はいるけどね。
「同僚じゃあ、ない」
手首を舐められた。なんかだんだん慣れてきたわ。ブチャラティってちょっと猫っぽいしな。嘘が見抜ける猫ってことでいいんじゃないか、もう。
「本当だな。じゃあ誰だったんだ?」
「え?いや、部下だよ。……ってそれも舐めるのかよ!質問だったの!?」
「質問をしろと言ったのはポルポだろう」
ちょ、まって、めまいがしてきた。物理的に舐められているのは私なんだけど、ポルポって呼ばれるとあっちのデブが浮かんじゃって、ポルブチャなんていうクソみたいなカップリング……いや、この場合はブチャポルなのか?いやどっちにしてもクソだ。名前を呼ばれるとなかなか慣れない。もうミドルネームを前世の名前にして、そっちを馴染ませるべき?でも今さら改名とかおかしいよね。いい感じの名字の人と結婚してついでにちょちょっと名前を変えるしかない。
「わ、わかった、もうブチャラティがすごいのはわかった。私が悪かったよ、怒んないで」
「怒ってなどいないが……」
まじか。真剣にやっててあの気迫なのか。真剣だからこそ目が本気でこわかった。でも怒ってなくてよかった。
「ブラスコにきいてさあ、本当に私の嘘が見抜けるのかな、って気になって、ちょっとやってみたかっただけなんだよ」
ブチャラティはそうだったのかと頷いて手を離した。舐められたところがすーすーするのを気にしたら負けだね。わかった。
「でも、すごいね。どんな嘘でも見抜けるんでしょ?相手が自分を好きか嫌いかとかもわかるなら、あー……恋愛じゃちょっと苦労するのかなあ。ねえ、それってどこの汗を舐めてもわかるの?手でも首でも背中でも?」
「背中の汗を舐める機会はあまりないと思うが、試した限りではどこでもわかる」
「へえー!」
どんな味がするんだろう。汗のしょっぱい味なんだろうか。その微妙な変化を感じ取れるんだったら、ブチャラティの舌ってソムリエもびっくりな素晴らしいものなのでは。

試した限りでは、ってあっさり言ってたけど、実験のために色んな人のいろんな部位の汗をいろんなパターンで舐めさせられたブチャラティ、かなり悲惨だ。拷問の一種じゃん。おっさんの汗とか舐めたくないだろ。部位で言うなら腋の汗とかも試したんだろうか。一気に気持ちが落ち込んだ。そりゃ、私の手汗なんか物の数に入らないよね。気軽にからかってごめん。
申し訳なくなったので、謝る代わりに頭を撫でてみた。
「どうしたんだ?」
「ん、いや、ブチャラティも凄い苦労してるなあと思って……」
きょとんとしているブチャラティが可愛いけど、うっ、もう涙なしでは見られない。よく人間嫌いにならなかったね。
私の言いたいことをなんとなく察したのか、ブチャラティは苦笑した。笑ったと言っても、ほんのちょっぴり目元を緩める程度だったけど。
「俺には目標があったからな」
「ふうん?」
ブチャラティの目標というと、なんだろう。父を守る、とかだろうか。その為に汗を……?ピンとこない。
編まれた髪を崩さないように、梳くように撫でていると、ブチャラティが、わからなくていい、と呟いた。まぶたを伏せたブチャラティの長い睫に見惚れる。私より長くね?私よりボリュームあるんじゃね?もう私がブチャラティに勝てることって預金の額とおっぱいのカップくらいしかない。人としての器も度胸も思いやりもなにもかも負けている。
「ところで」
「はい?」
睫を見つめていたら、突然開いた群青の瞳とばっちり目が合った。
「リゾットと言うのは誰だ?」
「……は……?」
思考が停止した。なんでその名前を知っているんだ。誰って、どうして私にきくんだ。情報が漏れてるのか。それとも私の管理がまずかったのか。ブチャラティのところにあっちの書類が紛れ込んだのか。いやそれだったら全員の名前を把握して、誰だなんて聞かないはずだ。
「な、な、な、なんで、なんでリゾットのこと知ってるの?」
一瞬で色んな可能性が浮かんでは消え、絞り出せたのはこの言葉だった。ブチャラティはまったく動揺していない目で、ポルポが、と私の名前を挙げた。
「酔ってかけてきた電話で色んなことを言っていたのだが、そこで叫んでいた。嫁ぎ遅れたらリゾットにもらってもらう、と」
自分絞め殺す。なんつうことを叫んでるんだ。リゾットに殺されなくてよかった。
「そ、……それだけ?」
「あぁ。どういうことか聞き返そうとしたんだが、それで電話が切れてしまったから、ずっと気になっていたんだ」
「あ……そう……」
ホッと胸をなでおろす。ネアポリスでブチャラティがジョルノに、「暗殺チームとかもいるらしいが、正直そいつらとはすれ違いたくもないな」みたいなちょうひどいことを言ってるのを読んでどんだけ嫌われてるんだよと爆笑したおぼえがあるが、うっかりその彼らと知り合いにさせてしまうところだった。
「リゾットは……そうだな、筋肉ある。腹筋とか。でも細い。ブチャラティ……よりはウエストあるかな?ちょっと触らして」
「待て、そいつのも触ったことがあるのか?」
あるよ、べたべた触ってるよ。
ブチャラティの腰に手を回す。やっぱりブチャラティより少したくましい。というか、ベルト?ベルトの差かな?わからんけど、硬さはリゾットの方がかたい。
「そんで無口。私よりふたつ年上で、無口だけど、私が何してもだいたい許してくれる寛大な人だよ。さすがにパフパフしたら距離とられたけど」
「……そんなことまでしたのか?」
「うん。ブチャラティがパフパフ知ってることに驚き。誰かにやられたことあるの?」
ブチャラティは否定した。ないのか。
やろうか、とはさすがに言えなかった。だって、「リゾット……か」って深刻な面持ちで呟いてるんだもん。何かのフラグかと思うよね。リゾブチャ……か。
私が一通りリゾットについて褒めると、ブチャラティはきっぱりと言った。
「私見だが、結婚相手にするには少し考えた方がいい相手だと思う」
そんな言いづらいことをよくぞ言った。人生のパートナーというより、リゾットはお母さんだから安心してほしい。ブチャラティもお母さんっぽい。立場かぶるな。
「そうかもね。次はブチャラティも候補に入れておくね」
話を切り上げるつもりで、冗談めかして笑いかけたら、ブチャラティはそうだなと頷いた。二度見したら、安心してくれと言葉を続けた。
「俺は年の差は気にしない」
「あ……そうですか、そりゃどうも……」
イタリア人カッコいい。