09 野良猫の名はフーゴ

夕暮れのネアポリスをぶらぶらと散歩する。仕事はあらかた終えたし、ビアンカとも(彼女の一方的な)涙の別れを済ませた。また明日もこれから先もずっと顔を合わせるというのに、去年くらいからほぼ毎日のように泣いていて、どうしてこうなったのか私が知りたい。
情緒不安定すぎる彼女が心配になって自宅まで彼女を送ったこともあった。数日続けて、助長させるだけだと気づいた。一緒にいる時間が長ければ長いほど、別れがかなしくてビアンカは泣く。まるで彼女を置いて帰る私が悪いことをしているような気になる。


いつもと違う道を歩いて、赤丸チェックを入れていたパン屋でしこたまパンを買い込んで店員に苦笑され、のんびりと家に向かって方向を変えていく。
人の少ない道の石畳をヒールで弾きながら歩いていると、ふと、ガサガサという音が耳についた。数歩後ろ歩きで戻って、日が暮れて暗くなりつつある細い路地を覗き込んだ。
猫でもいるのかなと思ったけれど、そこにいたのはあらま、人間だった。それもかなり若い。痩せぎみの若い子は、少し汚れたシャツとズボンを身に着けてゴミ箱をあさっていた。訳ありかな、とあたりをつける。今のネアポリスではかなり少なくなっているが、人生のレールから転落する人はゼロではない。
「おーい、そこの君」
彼は素早く振りかえった。小柄で、痩せて、わずかに汚れているから小さく見えるけれど、小学校を卒業するくらいの年だろうか。顔つきで少年だとわかる。
「なんです、物見なら、放っておいてください」
とげとげしい口調だ。それもそうだろう、大学生か、あるいはフリーターにしか見えない女が荷物を抱えて声をかけたのだ。
「見物っていうか、……お腹すいてない?」
「……空いてませんよ」
「そう?んー……なら良いんだけどさあ」
わかるよ、弱みを見せるのはよくないよね。相手が何を目的としているかわからないうちは特にね。少年、君の反応は正しい。そして、そう言うのなら私は手が出せないので、放っておくべきかなあと首をひねった。どうしようかな、私としては見過ごせないけど、"ポルポ"としては、見捨てちゃうだろうか。
立ち止まってちょっと考えていると、少年が、さぐるように顎を引いて私を見る。
「もし、空いていたらなんだって言うんです」
「もし空いてるんだったら、うちに来てご飯食べる?って言おうとしたのよ」
少年はぽかんとしたあと、ギッと眼差しをきつくしてこちらを睨んだ。
「そんなことをしてあんたにどんな得があるっていうんだ。……何が目的だよ。僕は金なんか持ってないし……」
それからぴん、と来たように、馬鹿にするような表情を浮かべた。
「あんた、食事の対価に僕に色を売らせようっていうわけか?」
「え?なに、そんな若いのに陰間なんて言葉知ってんの?すごいね君」
決して彼は陰間とは言ってないのだけど、それっぽいイタリア語に驚いて思わず言ってしまった。スレた少年だな。その年齢で、もしまだ彼が童貞処女であるならばの話だけど、女に男が色を売るという発想が出て来るなんてただ者じゃない。
荷物を抱え直して、私は路地に踏み込んだ。びくりと身をすくませて、逃げようと後ろを見た少年は、自分の背後にはゴミ箱と石造りの壁しかないことを思い出して乱暴な悪態をついた。ゴミを捨てるためだけの行き止まりなので、荷物をかかえた私の横をすり抜ける、というのも、まあギリギリ出来そうにない。
私はある程度の距離を保って立ち止まった。気分は野良猫ハンター。
「家は?」
「……なんで、答えないといけないんですか」
「だって、家があるのに私が連れ帰ったら誘拐じゃん。でも……まあ、栄養たりてなさそうだし、家出してにっちもさっちもいかなくなったか、あるいは勘当されたか、そもそも家がなくなったか、のどれかかな?」
「……」
少年は唇をかんだ。どれか、だったらしい。
どっこいしょ、と荷物を置いて、しゃがみこむ。少年の方が背が高くなって、私は彼を見上げる形で口を開いた。
「私はポルポっていうの。23歳になるわ。小さい子は好きだけど、別にショタコンじゃあない。イエスロリショタノータッチ。好きな食べ物はピッツァ。それもチーズがあんまり伸びないやつが好きだわ。チーズが手に垂れるとものすごく熱いから。それとオレンジジュースが好き。酒はおいしいけど、そんなには口にしない。だって高いからね。おいしいやつほど高いのよ。泡まみれのビールは安いけどおいしくない。嫌いなものは無駄遣いと、それからバカ。いい意味のバカならいいのよ。でも無能はちょっと、どうかと思うなあ。まあ私も頭よくないんですけど。あと、何か知りたいことある?」
「……僕をどうしようっていうんだ」
どうしようもこうしようも、特に何も考えてないけど。
「お腹すいてそうだからご飯食べさせて、洋服も寒そうだから着替えさせて、お風呂入りたかったら入ってもらって、眠くなったら寝てもらおうかなって思ってる」
「は、……はぁ?!あんたバカなのか?あんたに何の得があるんだ?寝てる間に売り飛ばそうって考えてるなら……」
「そんなへなちょこな子供、誰も買わないって。もうすぐ陽も落ちるし、とりあえずおいで。ご飯だけ食べて、洋服だけ着替えて、シャワーだけ浴びて、そんで帰ったらいいじゃん。君はお腹いっぱいになって気分もサッパリしてハイサヨナラ。私は野良猫にちょっとご飯をあげて自己満足に浸ってハイオシマイ。簡単に考えなよ、頭使うとお腹すくでしょ」
じっと黙った少年は考え込んで、それから何かの結論に達したのか、おずおずと顔を上げた。
「それだけ、……なんですね?」
逆に聞きたいけど、それ以外に何があるんだろうか。私ショタコンじゃないし。私ショタコンじゃないし。大事なことなので二度言いました。厳密には三度。この業界にひたってるとそういうお誘いが飛び込んでくることがあるんだけどね、全部摘発してるからね。イエスロリショタ以下略。
「それだけだよ。金持ちの道楽とでも考えてくれればいいさ」
荷物を持って立ち上がった私に、少年が手を伸ばした。手でもつなぎたい?と訊ねると、いえ、と首を振る。
「荷物が多くて大変なようなら、鞄を持ちましょうか」
「あ、そう?助かるわ、ありがとう。んじゃあよろしくね」
腕にひっかけていたハンドバッグを手渡すと、少年は一瞬変な顔をして、それからぎこちなく微笑んだ。

よく行く服屋で少年の服を新調し、着ていくか持ち帰るかを訊ねると、着ていくとのことだったので試着室を借りた。あの子隠し子?ときかれたので、私はまだ23だよと笑い飛ばす。
アパートの鍵を鞄の中から取ってもらい、受け取ろうとしたら僕が開けますと言われたのでそのまま任せた。
ついていない土を落として、土足で廊下を歩く。安くはないこだわりのテーブルに荷物を置いて、少年に椅子を勧めた。
「夕ご飯はパンにしようかと思ってたんだけど、君は何が食べたい?スープはあっためればすぐ出るけど、……嫌いなものある?あと、何日くらい満足にご飯食べてないの?」
「嫌いなものは……特にはありません。あと……少なくとも、ここ一週間はあまり」
痩せてるし、言葉の通りではなさそうだ。あまり脂っこいものはよくないな。"ポルポ"こと私の鉄壁の胃袋とは違うのだ。
ちゃっちゃかスープを温めて、カプレーゼをつくって(これは私が食べたかった)、米を炊いてリゾットをつくる。リゾットはつくってて笑ってしまうからあえてつくらなかったのだが、今日はそうも言っていられない。少年の具合を悪くしたら申し訳なくて土下座するしかない。
ついでに私の胃袋を満足させるために、茹でたニョッキをオレガノと調味料でざっと炒めた。パンとパンとパンもあたためた。
料理をそろえて、私は手を合わせてからフォークを手に取る。カプレーゼうめえ。
「ポルポさんは、おひとりで暮らしてらっしゃるんですか?」
「そうだね。べつに丁寧な口調じゃなくてもいいよ」
「いえ、年上の方には礼儀を示したいので。……このアパートには人が多く住んでいるんですか?街からは少し離れていますけど」
「丁寧な子だね。うちはそこまで人は入ってないよ。私のほかに、数戸だったかな。あんまりご近所づきあいはしてないからわっかんないけど」
ゆっくり噛んで食べなね、と言うと、少年は素直にはいと言った。空腹に物を詰め込むとどうなるのか、知っているのか、それとももともとゆっくりと食事をするたちなのか。フォークやスプーンを取り扱う手つきはとても洗練されていてきれいだった。
食後にハーブティを出して、バスルームはあっちね、と廊下を指さした。少年は素直にはいと言って、ハーブティには口をつけないまま、お借りします、と言った。

水音がきこえる。
私は洗い物をガチャガチャと済ませたりテーブルを拭いたり、一通りをこなしてからソファに腰を下ろした。クッションを腹に抱えて、本を開く。
日本から取り寄せた、ファン垂涎の作品。この漫画の発売と同時に取り寄せるために日本につてをつくったし、そのおかげで発刊から一週間ほどのラグを経て、小包がうちに届く。
「お借りしました。ありがとうございます」
「はいよー。タオルなんかは適当に置いておいていいよー。おやつ食べたかったら冷蔵庫にあるから勝手に見てねー」
後ろからかけられた言葉に、ちょっとだけ振り返ってひらひらと手を振る。視線は漫画にくぎ付けだ。少年もそれを知ったのか、はい、とひと言呟いたあと、じっと音を殺している。気にしなくてもいいのに、と思いはしたものの、とりあえず先を読みたくてページをめくった。
「ポルポさんの家の家具は、どれもこだわりを持って揃えられていますよね」
「ん?……んー、そうだねえ。気に入ったものには糸目をつけないようにしてるんだ」
少年は返事をしなかった。背後に気配を感じて、そのまま放置していると、するりと何かが光にきらめいた。
私は漫画に視線を落としたまま、首元に包丁が当てられるのを視界の端で確認した。あっ、そう来るの。
「通帳を持っていますか?それとも、引き出しの中にでも現金が?」
「通帳はあるよ。小銭以外は持ち歩かない主義だから、財布の中にあるめぼしいものはカードくらいだと思う。……あ、パン屋のポイントカードは結構たまってるよ」
なかなかいい判断だなあ。
ごはんをたべて、シャワーを浴びて、洋服も新しいものを着て、それから家主を脅しにかかる。浮浪児が若い女の家に引っ張り込まれるところなんて目立つから、あえて着替えてついてきた。服が汚れるとかは二の次。路地で私の誘いに頷いた時からこのつもりだったのだろうか。少年……恐ろしい子!
けどいざとなれば私はサバスたんでこの子を殺すことも(まあうっかり生き残るかもしれないけどその間に逃げるわ)できるし、あんまりびっくりしたりはしない。人目がなければどうとでもなるのだよ。スタンド使いってスゴイ。
「落ち着いていますね。僕がこうすると判っていたんですか?」
「いや、全然。びっくりしてる」
「……そうは見えません」
取り乱すことを期待していたのだろうか。少年の声音に、ほんの少し困惑が混じった。
少年は私を立たせ、背中に切っ先を突きつけながら通帳の場所へ案内させた。いくつかあるんだけどどれがいいのかな。さすがに聞いたら驚かせちゃうかな、23歳の女が通帳いくつも持ってるっておかしいもんね。
とりあえず、ダミーの通帳を渡してみた。受け取って、片手で開き中身を確認した少年が手短に暗証番号を求める。おそらくこの世界では私にしか元ネタを理解できないであろう4ケタの番号を口にすると、少年は復唱することなくそれを覚えたらしい。どんな脳みそしてるんだ。
私はまた喉元に包丁を突き付けられた。ソファに戻され、腰を下ろしたら、私を見下ろしながら少年が正面から刃物を構えたのだ。そういうところは、経験が足りないなと感じる。相手がどんな弱そうに見えても正面はアドバンテージが取りにくくねえかな。もっとも、恐らく人に刃物を向ける……ことは初めてじゃなさそうだけど、強盗のまねごとをするのは初めてだろう少年には仕方のない話だ。
「ポルポさん、……今、どんな気分です?」
なんだそのエロ漫画みたいなセリフは。どこで覚えたの。
私が口を開く前に、少年が言葉を続ける。
「お節介を焼くからこんなことになるんですよ。ねえ、みすぼらしい子供に手を伸ばして、満足しましたか?楽しかったですか?その子供にこうして脅されて、お金をとられて、どんな気分ですか」
どんな気分ですかって言われるとあのAAを思い出して煽られてる気分になるのは私だけだ。ねえどんな気持ち?今どんな気持ち?ねえねえ。はいごめんなさい。真面目にやるね。
「お腹いっぱいになった?」
「え……」
少年は目を見開いて、それからすぐに睨みつけてきた。
「なんなんだ」
「いや……お腹いっぱいにしようと思って連れてきたのに、まだ足りてなかったら悪いなと」
そもそも私の目的はただそれだけだ。お、メシ食う?シャワー浴びとく?ついでに寝てく?どうぞどうぞ、っていうだけの単純な話なので、強盗に遭ってどうであるとかしまった情けをかけるんじゃなかったとかそういう感情は特にわいてこない。すさんでるなこの子。そのくらいだ。むしろ、相手がスタンド使いだって知らないこの子がかわいそうだ。
「君、いまお腹いっぱい?」
「……いっぱい、ですよ」
「そんならよかった。またお腹すいたらおいで。頭いいみたいだし、もう道は覚えたでしょ?でも朝か夜じゃないといないから気をつけてね」
「……ッあんたは!!」
ぐい、と冷たい感覚が喉に伝わる。できれば横にひかないでいただけると助かります。両手をかるく挙げて無抵抗をあらわす。少年の激情はそれでもおさまらないようで、包丁をそのままに、片手で強く肩を掴まれた。できれば横にひかないでね。
「なんなんだッ!おかしいだろッ、状況判ってんのか!?あんたは今脅されてるんだッ!僕に!なのに……おかしいだろッ!」
お願いだから横にひかないでね。喉笛まではいかないだろうけど、たぶん切れると痛いから。どうどう、落ち着けよ少年。あと横にひかないでね。大事なことだから何度でも言うよ。
「何がしたいのか……僕には……あんたがわかんないよ!なんで……なんでそんな平然としていられるんだッ」
「平然と、っていうか……例えばだけど、君は猫なのよ。野良猫。無理やりうちに連れて来てご飯食べさせてシャンプーして、で、その猫がうちに居付くと思う?手だして引っかかれて、ブチ切れてその猫を殺したりする?しないでしょ。それは、そういうもんだって判ってるからだよね。同じことだよ。君を連れてきたのは私だし、その君が私に何をしようと、それは私の責任なんだから、君を怒ったりする必要はないわけ」
めっちゃ頭良さそうだから私の低俗すぎる話じゃ伝わらんかもしれんな。すまん。
私は掴まれている方の肩を動かして、手を伸ばして、かみつくように私を睨んでいた少年の頭を撫でた。なんかふあふあになってる。うちのシャンプーすごい。
「僕は……今にも、あんたの喉にある包丁であんたを殺すかもしれないんだぞ……」
「そういうのは、痛くない殺し方を勉強してからにしてほしいな。私の嫌いなものを追加。痛いことと疲れることとめんどくさいことだから」
「……」
「……まあでも、どうしても殺したいっていうなら、そりゃ君の自由だ」
やられる前にやるけどね。めんご。
少年の肩が震えだした。ぐっと唇をかんだので、指で唇をむにっとつまんだ。
「血が出るかもしれないからだめ。若いんだからもっと自分を大事にしないと」
口から出た血って自分で飲まないといけないからめっちゃ気持ち悪くないか。私はすごく嫌だ。あの味きらい。唇の皮を深追いした時とかは最悪だ。
少年が怒ったような泣きそうなような、変な顔をしてうつむいたので、私は大人ぶってその頭に手を伸ばした。がしがしと犬をなでるように髪の毛をかきわけてなでて、身を乗り出して、屈み気味だった背中ごと抱き寄せてみる。うわ、と少年が声を漏らして、力の抜けたその手から包丁が落ちた。
落ち、て、その、なんていうか落ち際に私の首の皮膚それなりに持ってったんですけどこの包丁まじ空気読めよ。血が出たよ。
とはいえ、イテテテテとか言って傷を押さえられる空気でもなかったので、私のファンタスティックなおっぱいの谷間に少年の顔をおしつけておいた。世の中すべておっぱいが解決するんだよ。
「あんた、……あんた絶対おかしい」
「よく言われる。ポルポはマジに変人だから近づく時は気をつけろ、って。それを知らなかったのは運が悪かったね」
「……」
もご、と少年は口の中で何かを呟いた。話しづらそうだったので、抱きしめてみていた(なんでも撫でるか抱き締めるかすれば解決すると思ってるんだけど、実際に世の中それで何とかなっている。ラテンの国すごい)腕の力をゆるめると、少年はちらりと私の顔を見て、それからさっと目をそらした。
「……ポルポ」
「うん?」
「……僕の名前は、―――」

結論から言おう。
フーゴゲット!!!



0.5


私の家に、夜だけフーゴが訪れるようになってから数か月が経った。
ポルポってただのフリーターじゃないですよね、と確信を持った声で訊ねられたので、うん違うよ、と答えたら、じとりと睨まれた。
「誰かに何か言われたの?」
「いえ。……ただ、最近知り合った……ポルポみたいな変な人が、あなたの名前に反応したので」
「ふーん?」
私の名前を知ってるってことはパッショーネの人かな。どんな人なの?かわいい女の子?
「違いますよ。男です。ジッパーのついたスーツを着てるんですけどね」
「へえ。ジッパー」
ひとりしか思い当らない件について。
フーゴはくるくると器用にスパゲッティを巻き取って口に運ぶ。いつ見ても惚れ惚れする箸遣い、ならぬフォーク運びだ。
「その人っておかっぱ?」
「……やっぱり知ってるんじゃないですか」
「世界って狭いわねえ」
ブチャラティ先輩チーッス。いや、時期的に言うなら私と彼は同期なんだけども。
呆れたようにため息をついたフーゴは、かちゃりと銀食器を置いた。居住まいを正して、迷うように視線を落とす。私もフォークを置いて、グラスのジュースを飲んだ。
悩み事があるならおねえさんに言ってごらんと年上風をふかせてみると、そんなこと言ってまともな解決策を出したことありますか、と睨まれた。だいたいそうなんだけど、みんなしばらく私と付き合ってると、そういうひどいこと言いだすよね。年数的に言うなら私が一番長く生きてるからな。前世あわせての話だけど。

ためらうようにうつむいて、フーゴはぎゅっと手を握ってから顔を上げた。
「僕は、……ポルポ、あなたと、そしてブチャラティのために働きたい」
「あ、そう、そりゃありがとう。……でもブチャラティがそれを許した?」
「いえ……自分の人生をよく考えろと叱られました」
だよねー。ナランチャを一喝できる男だもんな。私が頷いていると、フーゴは、けれど、と言いつのった。
「僕はこの数か月、ずっと考えていました。自分の……この性格が、あまり社会生活には向いていないことも、よくわかっています。家にも戻れず、誰からも顧みられず、それこそ野良猫のように生活していた。でも、僕は拾われました。ポルポ、あなたにです」
「お、おう、そうだね」
「そして僕はブチャラティにも出会いました。彼はとても真摯で、あの目の中には空がある。あれは輝きです。ギャングという裏の仕事に生きてなお、あんな輝きを持っています。僕は彼のように綺麗な目をした人を知りません。僕も、……僕もできるならばあぁなりたい。彼の力になって、そしてあなたに……」
最後の言葉はつぶやくような小さなものだった。猫の恩返し。私は思わず笑ってしまった。ぴったりな言葉かもしれない。
それにしても、フーゴってブチ切れてる以外でこんなに喋るんだ。今まで私の質問に時にとげとげしく時に皮肉交じりに時に言葉の弾丸で返事をしている姿しか見てなかったから驚いた。ほとんどツンだ。ツン9割だ。
「そうだねえ。……私も、フーゴがいてくれれば心強いと思うよ」
「……」
けれど、どうだろう。
私の、そしてブチャラティの下で働くということは、スタンドを手に入れるということだ。その試験の内容を聞いて、フーゴは、私たちのためならば死んでも構わないと命をなげうつ覚悟をするのかな。
「(うーん)」
それは組織で生きるなかで最終的に到達する地点だし、少なくとも私は、数か月を共にした野良猫ちゃんをこの理由で刺すのは嫌なんですけど。

死ぬ可能性の方が圧倒的に高い試験のことを説明する。ブチャラティの下に就くためにはそれに合格することが必要なのだと。
私の言葉の終わりを待って、フーゴは逡巡することなく、私の顔をじっと見て、それから頷いた。言ったことわかってんのかな?
同じことを問いかけると、フーゴは13歳とは思えない力強い目でもちろんです、と言った。
「僕は死ぬつもりはありません。そして、無謀なことはしません。それがどんなものかはわかりませんが、僕は必ずあなたの試験に合格してみせます」
「……」
その時きらきらとフーゴの目に輝いていたのは自信か、彼がブチャラティの瞳の中に見たという空か。
ブチャラティの立会いのもと、数日後、フーゴは護衛チームの一員となるのだった。

ところで私は知らなかったんだけど、というか覚えてなかったんだけど、フーゴってIQ152もあるのね。護衛チームの新人は化け物か、って脳内のシャアが言った。