08 その名はブチャラティ

ビアンカとくっちゃべりながら待ち合わせの時間を待っていたら、秒針が12を超えた瞬間にノックがあった。几帳面すぎるくらい几帳面に時間を守ってくる人はだいたい生き残るんだよなあ。記憶をたどりながら、ビアンカがドアを開けるのを待つ。入ってきた人物を見て、水飲んでる時じゃなくてよかったと心底思った。見覚えのあるおかっぱ頭がそこにいた。
「あー、ビアンカ。いいよ、チェックしなくて」
「まあ!またなのね、ポルポ。わたくしにあなたがそう言った時は、わたくしにとって嫌なことしか起こらないわ!」
それはリゾットちゃんたちのことを言っているのかな。確かに、暗チのメンバー(当時は未定)が入ってきた時は軒並み身体チェックをすっ飛ばしてきたけどさ。メローネの時のあの表情凄かったね。ビアンカが犬歯をむき出しにして威嚇してるところ初めて見たよ。
「……」
「久しぶり、ブローノ・ブチャラティくん」
軽く手を挙げて挨拶すると、ブチャラティはすっと頭を下げた。一度顔を合わせたことがあるから、私が幹部で、そして"強い力"を与える存在であると知っているのだ。
数年前、彼が15歳だったころとは面差しが変わり、身長も伸びている。あの不思議な柄のスーツはまだ着ていない。下っ端だから、オーダーメイドできるようなお金はなかったのだろう。それかあるいは、ブチャラティのスーツにはジッパーがついていたから、自分にスタンドが目覚めてからデザインしたものなのかもしれない。
「一瞬でも不審な動きをしてみなさい。この方に危害が及ぶ前に、わたくしがあなたを殺すわ」
「まあまあ、ビアンカ、ブチャラティくんは絶対そんなことしないから大丈夫だよ」
「また!そうやって肩を持つ……!」
だって、実際にそういう性格じゃないんだもん。ね、と同意を求めるように笑いかけると、ブチャラティは神妙にうなずいた。
私は立ち上がって、私よりも身長の高くなったブチャラティをわずかに見上げる。
「あれからどう、元気にやってた?」
「……はい。……3年前の―――"彼ら"のことは、やはりポルポさんがやってくださったんですね……」
お仕置きをしたのは私なのだが、ブチャラティのためというよりも、組織全体の規律のためだったので、素直にうなずけない部分もある。
「君の意見がきっかけになったのは確かだけど、もともと、そう時間の経たないうちに片づけるつもりだった案件だったから……」
あまり感謝してくれるな。申し訳なくなるから。
ブチャラティは言外に込めた意味を理解してくれたのか、それ以上なにも言うことはなかった。
じっと、深みを増した群青の瞳を見る。あれが3年前ということは、ブチャラティはもう18歳だ。たった3年で、激情に濡れていた目が、不安にこわばっていた表情がこんなにも変わった。それはやはり根底に、一本貫き通された"白"の素質があるということなのだろう。
「この試験を受けに来たということは、君は死ぬ覚悟ができたっていうことかね?」
訊ねると、ブチャラティは静かに首肯した。そうか。死ぬ覚悟ができたのか。

つまり、私は正確な日付を知らないけれど、今よりも前で3年前のあの時よりも少しあとに、彼の父が死んだということだ。背負ってきた守るべきものを見送ったブチャラティは、こうして試験の打診を受け、それに挑むことができるようになった。それは、間近に迫る死の予感にも揺らがない瞳と、緊張はしているのだろうけれど、まったく動揺しない表情にあらわれている。
「そう」
なら、私から言うことは何もない。
一歩下がってサバスちゃんを出そうとした私は、ブチャラティの声に、動きを止めた。
「ん、なんか言いたいことがあるなら、どうぞ」
咄嗟に待ってほしいと言ったものの、仮にも上司に向かって、自分から口を開いていいのか。そんな表情で、次の言葉をつむげないでいたブチャラティに、私は両手でどうぞと示す。これはブチャラティだけにではなく、試験を受ける誰にでも行なっていることだ。死を怯えた誰かからどんな罵りを受けてもそれを受け流すし、お願いだから死なないようにしてくれと嘆願してくる人には、死にたくないならやめることだと冷静に告げる。彼らに与えられた当然の権利だと思うからだ。

ブチャラティは身体の横でじっと手を握って、私の顔を見て、口を開いた。
「ポルポ、……さん」
「呼び捨てでどうぞ」
「……」
ブチャラティは躊躇ったあと、ゆっくりと私の名前を呼び直した。
「あなたから見て、……俺はこの試験を受けるに値するだろうか」
正確に覚えているわけではないが、あの時に私が言った「覚悟が足りない」という言葉を、彼はずっと引きずっていたのだろうか。それは申し訳ないことをした。まったく悪びれない思考で思う。
審判を待つような表情でいるブチャラティに、私は手を伸ばした。ほっぺを軽くつかんで、むにっと引っ張る。びっくりしたように群青の瞳が見開かれて、私は笑った。びっくりした顔は、あの時と変わらないんだね。
「大丈夫」
私は大丈夫以外の言葉を言わず、ブチャラティの頬から手を離した。今しかないぞ、青年よ。大志を抱くんだ。あんびしゃーす。
「組織のためと考えなくてもいい。自分のための行動でいい。ブチャラティ、君の行く道は正しいし、もし間違えても、引き戻してくれる人がいるから」
こつん、とゆるくこぶしをつくってブチャラティの胸を突く。年甲斐もなく中二病っぽかったかな、と笑ってごまかそうと手を引っ込めるより早く、ブチャラティが私の伸ばしていた左手を右手で握って、自分の胸に強く押し付けた。
「あなたも……」
言いかけて、言葉を選ぶ。ゆっくりとまばたきをして、ブチャラティはわずかに頭を動かした。髪がさらりと揺れる。
「……ポルポも、……俺を引き戻してくれるのか?」
「ブチャラティくん、君がそう望むなら、いつでも」
笑って答えると、ブチャラティも少しだけ微笑んだ。
「覚悟はいいかな?」
訊ねると、ブチャラティはしっかりと頷いた。俺はできてる。
そりゃ、なによりです。サバスたんが青年の身体を貫いた。


格好いいごたくを並べてはみたものの、やっぱり私は締まらない。
無事にスタンドを手に入れたブチャラティが立ち上がるのに手を貸したかったのだが、ブチャラティがその手をとるまえにビアンカがえんがちょを放ったのだ。スーツ姿のイタリア美女に抱き寄せられて動けない私。そんな私の首筋に顔をうずめてすはすは呼吸を繰り返すビアンカ。片膝をついてその光景を呆気にとられて見つめるブチャラティ。ひどいカオスだ。
「あのね、ビアンカ、今のはただ手を貸そうとしただけでね」
「これ以上耐えられないのッ」
「あッ、や、ちょっと舐めるのやめて!たすけてー!ブチャ、あっ、助けてー!食われる!!」
首筋ぺろぺろとか、ビアンカの自重はどこへ飛んで行ったの。数年前まではもっと落ち着いていたのに、年々暴走が激しくなっている。
ブチャラティに引きはがされたビアンカはうつくしすぎる目元をきつくしてブチャラティを睨むと、あなたなんかにポルポは渡さないからと意味の分からない宣戦布告を一方的に叩きつけた。ごめんね、私が絡まなければいい子なんだよ。
「ありがとうブチャラティくん。はあ、……ビアンカ、ちょっと離れててね。今から、ブチャラティくんの今後の話をするからね」
椅子を勧めて自分も座る。テーブルを挟んだ向かいの席には、私が座ったあとにブチャラティが腰を下ろした。
私は一息ついて、持ってきたポシェットから折りたたんだ紙を取り出した。参謀以下を簡略化した図であらわした表だ。こんなのを用意する必要はまったくないけど、ちょっと格好をつけてみたかったのだ。
「私としては、ブチャラティくんに、うちの直下のチームに来てほしいんだけれども」
私の言葉に、ブチャラティは顔を上げた。
「……"けれど"、とは?」
「んー……もしブチャラティくんが、ずっと憧れていたチームがあったりするなら、そっちに便宜を図ることもやぶさかではなく」
便宜を図ることになると、かなり私の人生設計が崩れることになる。かなりね。
しかし相手は生身の人間なので無理強いもできない。ブチャラティが別の幹部の下に就くことになっても、だいたいの幹部と顔は合わせているので、スタンド使い同士、ボスから下された任務を横流しという形で融通することも、かなり危険だが、可能だ。そのあとに私の命がどうなるのかはわからないが、ボスはトリッシュさえ自分のもとに届けばいいというスタイルなので、ブチャラティたちが任務を遂行すれば、幹部から降格させられるくらいで済むだろう、とにらんでいる。
ブチャラティははっきりと首を横に振った。
「俺はあなたの指示に従う」
「……え、うちに来てくれるの?」
「はい」
マジか。ブチャラティめっちゃいい子じゃん。じんわりと広がっていく感動に、自分の表情が明るくなるのを感じた。やった、ブチャラティゲットだ。
モンスターボールはないので、両手でブチャラティの手を握りしめた。
「ありがとう!私、ずっと君を待ってたよ!!」
「!」
「嬉しい、すごくうれしいよ」
驚いた様子のブチャラティを、その顔をじっと見ていると、ブチャラティは何を思ったのやら、きりりと真顔になった。私も思わず笑顔のまま硬直する。上司として自覚を持ってくださいとか言われんのかな。イルーゾォによく言われる。
「必ず期待に応えます」
「お、……おう!待ってるよ。あとね、申し訳ないんだけどね、まだ護衛チームには君の部下がいないんだ。もうひとつの、私直下のチームも最初はそうだったんだけど、しばらくは、以前と同じように単独の任務が続くと思う」
既存の輪のなかにリーダーという存在を突っ込むのではなく、リーダーありきでチームをつくって行ってほしい、というのは後付だけど。正直に言うと、私のカリスマパワー/Zeroだからブチャラティの輝きに任せて全員集めてもらいたい、っていうだけなんだけど。
私の本音などつゆ知らず、ブチャラティは真剣な表情で理解を示した。
「もし、ブチャラティのほうで気になる人を見つけたら言ってほしい。まだ他のメンバーはいないけれど、このチームは今を持って君のものになる。ブチャラティ、君の目が選んだ人間を私も信じる」
「わかりました」
なんて理解が早いんだ。これで18歳だぜ。まだ20にもなってないんだぜ。あ、20になってしまったら原作が始まるのか。それはちょっと、なんていうか、このままで居てください、という感じだ。原作こわい。いや、素晴らしい物語だけどね、ポルポとしてはね。

どこか居を構える場所を決めたら連絡をしてくれと、私の番号だけが登録された携帯電話を渡す。あと、チームとして上司の下に就く時のちょっとした規則とか、民間人には基本的に手を出しちゃメ!だお!とかそういうわかりきったことを適当に伝えて、私たちは別れた。
その日の夕方に住所を告げる電話を貰って、彼の仕事の早さにビビりあがるのもこれから見慣れた光景になるのだ。