04 その名はリゾット


最近表情死んでるね、と知らない幹部に言われたので、オブラートに包んでどちら様ですかと尋ねたら肩殴られた。ギャングのスキンシップは激しい。

表情が死んでいる理由は簡単だ。
生活するのに苦労しないだけの分を残してあとを全部ボスに返したら、アなんとかっていう幹部の後釜に選ばれたからだ。そんなちょろくていいのか。
もっとも、一年で殺した人間とスタンドを目覚めさせた人間と部署に降りてくる予算を全部あわせたらかなりの額になるので、普通の人には無理なことだ。自分に宿ったサバスたんの有用性にひたすら感謝する毎日です。あと、情報をくれたビアンカにもね。足向けて寝られないねと冗談を言ったら、ビアンカが真顔でむしろ踏んでくれてもいいのよと詰め寄ってきたので逃げた。

幹部になって変わったことといえば、縄張りを任されるようになったことか。ネアポリス地区の、賭博およびスポーツ賭博の営利権、高利貸の支配権(こんなモンがあったのかと初めて見て笑った。よくある元締めの立場になったわけだ)、港の密輸品の管理、レストランやホテルの支配権などなど。一気にこんなモンを任せられてしまったのだから、てんやわんやの毎日だ。
エエーッ綺麗に見えたあの町の裏側にこんなものがーッなんて驚きは軽いものだった。密輸品とかまじふざけんなと机を殴るレベルで際どい。密輸の時点で犯罪だけど、ブツがブツなので気が抜けない。そんなことやってるからブチャラティの心を裏切っちゃうしジョルノにもボスは倒すべきだって言われちゃうんだよボス。


腱鞘炎になりそうな左手でペンを握って許可不許可がゲシュタルト崩壊を起こしそうになるほど書類をめくっていると、開きっぱなしで画面が焼き付きそうなパソコンがうたいだした。ビアンカに頼んでうたってもらったイタリアのラブソングを、幹部会議の隙間時間に謎の技術で着信音に設定してもらったのだ。
前メロが終わりそうなころまで聞き惚れてから届いたメールを開いた。ボスからだ。回線が暗号化されてるから逆探知もお返事もできない一方的な指令が下る。はいはいサバスたんサバスたん。
私は時計を見る。指定された時間まではもう少し猶予がある。待ち合わせ場所のお部屋は遠くないし、あと数枚の書類くらいは片づけられそうだったけれど気力は完全に萎えていた。
「今回の人も死んじゃうかもしれないし、最後においしいお菓子とか食べられるように持って行ってあげよっか」
「自分が食べたいのね、ポルポ」
「言うなよ恥ずかしい」
白人の肌は、黄色人種に比べてあまり日に強くない。ぎんぎら照りつける太陽から身を守るための薄手のカーディガン(ユニクロだったら1500円以内におさまるのに、こっちじゃ適当なものを買おうとしてもその倍はする)を羽織り、細い革がきれいなポシェットを肩にひっかけて、室内履きからオープントゥのヒールに履き替えてレッツゴー。イタリア語ではアンディアーモ。

スフォリアテッラを買ってみた。ビアンカの押しに負けたともいう。私はカンノーロのほうが好きなんだけど、「ひだを何枚も重ねた」という意味の菓子にひわいなものを感じ取っているのだろうか。
君はそっちのことしか考えてないの?私が訊ねると、ビアンカは頬を膨らませて心外だわと言った。
「ちゃんと死んだあともかわいがるもの」
いや、そういう話じゃない。

箱に入れたそれを持って、待ち合わせの部屋に入る。時間よりちょっと早いのは、ぴったりに来るよう厳命されている彼だか彼女だかに隙を見せてはいけないからだ。ほら、こんちはーって挨拶しながらぼんやりドアを開けたら拳銃でズガンとか洒落にならない。私は刑務所の中にはいないので、相手の身体チェックなんかはビアンカに一任しているのだけど、そのためには先に来ていないといけないってことだ。
殺風景なワンルームには、小さなオーバルのテーブルと二脚の椅子が置かれている。
家具を用意したのは、この部屋を使うようになってから二、三度目のことだったっけか。だってずっと立ってるの疲れるし、床に座ろうにも土足だから気が引ける。ビアンカはいつもぴしりと直立して私の隣に控えているので、座るのは私ひとりだ。
なんで座らないの、と聞いてみたことがある。ビアンカはきょとんとしてから、「だってポルポの谷間を見たいんですもの」と指さした。その先には第三ボタンまで開けているシャツとパイオツ。うん、そうだね、その角度からだと谷間が見えるよね。
無言で、きついボタンを閉めた。

ビアンカが腕時計に目をやる。秒針が12の文字にかかった瞬間、ドアがノックされた。余裕すぎる態度でドアに寄ってノブを捻るビアンカはスタンドを発動済みだ。妙齢の美女の背中に覆いかぶさる不吉な異形の影。そいつは相手が不審な動きをした瞬間、ガオンと空間ごと人間をたべてしまうだろう。幸いにも今回のひとは賢明だったようでなによりだ。跡形もなくたべられてしまう相手を見るのはべつにいいのだが、ここまで来た意味がなくなってしまうのはちょっと残念だ。時間は有限。
「三歩進んで立ち止まりなさい。手を頭の後ろに。ドアを閉めるが、不審な動きをすることは賢い行いではない」
「……」
靴音もなく、男は入室した。私はぱたぱたとハンカチであおいでいた手を止め、普段閉じ気味の目を見開いた。あれ、なんか知ってる。
鍵がかけられ、ビアンカが男の背後に立った。
「ビアンカ、検査はいいよ」
「え?」
私は立ち上がった。私とあの人以外でパッショーネに赤い目のやつがいてたまるか。それでなくても、こんなニアアルビノカラーの人なんて珍しいよ。

困惑した様子のビアンカを手招くと、彼女はキッと男を睨んで警告した。それからすぐに傍に駆け寄って、手招いた私のその手を握って嬉しそうに抱きしめる。いや、そういうのいいから。
「なんで、って言いたそうな顔ですね。あ、手下ろしていいですよ。どうせ何もするつもりないでしょ?ない、よね?ないことにしたい」
「……」
「名乗ってもらっていいかな?いや、普段はきかないんだけどね、今日は特別ですです」
私の言葉に、男は静かに名乗った。リゾット・ネエロ。
うん、予想通りですね。ビアンカが私の手に頬ずりを始めた。手だけを残して身体を遠ざける。たまに舐められるから怖い。
「リゾットくんね。ん?えーっと……年上か?じゃあリゾットさんか。よろしくね、私はポルポ。こっちはビアンカ」
「わたくしはよろしくなんてしないから。いい、ポルポよりも年上だからって馴れ馴れしくしたら許さないわよ。ポルポはあなたよりもずっと上にいるんだから」
「金積めば誰だってなれる地位だからね、あんまり言われると私が小物だってばれちゃうからね、やめようね」
ビアンカがとげとげしい。私が人に興味を示すと番犬みたいにかみつきだすかわいいやつだ。うん、こっちに害がなければね。だいたいしわ寄せは私にくるので穏便にいってほしい。植物のように静かにいこうぜ。
「立ち話も何だから、まあ座って。お土産もあるんだ。スフォリアテッラ、好き?」
「……はい」
やべえリゾットの丁寧な言葉とか初めて聞いたわ。ビアンカの威嚇が功を奏したか、初対面だからか、ビアンカいわく私が"あなたよりずっと上にいる"からか。なんにしても衝撃。いやまあ初対面だから"初めて"聞いたも何もないんだけど、伝われ私の小宇宙。
そういえば私よりは年上だけど、原作と比べればずっと若いんだったね。触れば切れちゃいそうな雰囲気はあるけど、まだまだ原作の鋼みたいな怖さはないな。

スフォリアテッラを差し出すと、リゾットは警戒した様子でそれを見た。これも試験の一環だと思ってるのかもしれない。私が食べ始めると、困惑をわずかにうかべて、それから食べ出した。
「これから何が起こるのか、リゾットは知ってる?あと、いつも喋ってるみたいに喋ってくれて構わないよ。私もこんなだし」
リゾットはビアンカをちらりと見て、それから頷いた。
「ただここへ来るように指示があった。……そろそろその時期だろう、と」
具体的に何があるのかは知らないみたいだ。だまし討ちみたいで気が引けるね。
にしても人前で物を食べてるとマジで"ポルポ"になった気がして、「ブフゥー」とかため息つかないといけないようなドキドキが襲ってくるわ。指食ったりね。あの謎のパフォーマンス。

おいしいなこれと呟きながらもくもくとお菓子を食べ終えて(喋っちゃったけどもくもくと、ね)、私はペーパーで口を拭った。サバスちゃんを出す。
「ここにね、今のあなたには見えないものがいるわけよ」
「……?」
サバスちゃんのいる空間を指でくるくるとなぞる。リゾットは理解ができないという顔で首をかしげた。そのポカン顔、10000ユーロで買いたい。
「それを見えるようにする、運試し。もしうまくいけば、あなたはたぶん、チームに配属されると思う」
まあうまくいくんですけどね。いかなかったら困るよ。
「ま、私が百パー断言するけど、リゾットはうまくいくね。で、どうする?やる?それともこのまま、聞かなかったことにして帰る?」
意外なことに、帰るって言われたら私は素直に見送らないといけないんだよね。拒否権なんてないぜヒッヒッヒかと思ったら、ボスは良心的だ。死ぬ確率の方が圧倒的に高いデスゲームだからな。帰ることを選んだ人たちがその後どうなったのかは、もちろん私の知るところではない。自分のスタンドで死体がふえていくこと以外の重荷なんて背負いたくないんだよう。
「受ける前に、聞きたい。なぜ、俺が必ずうまくいくと断言できる?それも能力のひとつなのか?」
「いや、スタンドの能力は一体につきひとつだけだよ。私のは素質のある人からスタンドを引き出すだけ。なぜ断言できるかというとねえ……」
知っているから、なのだが。とりあえずカッコいいこと言っておこう。
「そーねえ。死に場所はここじゃなさそうだからかな」
実際、えー、今から何年後かの未来なわけだし。