03 アドナントカさんに代って


死なないためにはどうしたらいいか。それは、誰からも手を出されない高みに上ればいいのだ。"ポルポ"がそうだったように、―――私も幹部になるべきだ。
もう何体目かわからない死体を見下ろして、私はそう思った。ポンと手を打って、死体処理係として最近面接部署に入ってきたビアンカという女性のスタンドがガオンと死体を食うのを眺める。血の跡もきれいになくなって、ビアンカが陶酔したようなため息をこぼすのを見る。
この子、私よりも6歳ほど年上なのだけど、人格形成の時に何か問題があったのかそれとも生まれついての変態なのか、死体愛好の気がある。とにかく、人が大好きなのだ。人ラブ!渋谷だか新宿だかの中心でそれを叫んだ情報屋、あるいは人類最強の名をほしいままにする赤毛の女性のように、人間を愛している。そこまでは博愛主義で許せるのだが、どこで急カーブしたのか、ビアンカの趣味は好き=死体を愛したい、というふうに屈折していた。自分のスタンドが死体を食らい、その血の痕跡までものみこんで消していくのを、まるで自分の身体にその人を取り込んだように喜ぶのだ。便利なスタンドではあるが、ビアンカはこわい。

「ポルポ、今日もおいしかったわ。ありがとう」
「うん、よかったね。でもよだれたらしてこっちに近づかないでね、怖いからね」
「わたくしはあなたを傷つけたりしないのに。だって、殺してしまったらもうお話しできないじゃない。わたくし、あなたのこと好きなのよ?だいすきなのよ?あいしてるの」

私にとって幸運だったのは、ビアンカが私のことを死体にしようとしないところだ。
ウィキ先生でつちかったカニバリズムの話とか、日本のアブノーマルすぎるアングラの話をぽろっと漏らしたところ、それが琴線に触れたらしい。目をキラキラと輝かせてすり寄って来た。やめてほしい。私はネクロフィリアじゃない。そもそもスタンドの能力だから味とか関係ないはずなのにおいしかったって表現するところがもう怖い。
「幹部になりたいんだけどどうしたらいいかね?」
「あら、とうとう死体の山で階段をつくるのね」
嫌な言い方をするもんだ。
そうだね。相槌を打って、部屋を後にする。さんさんと照りつける太陽を浴びながら、南イタリア特有の街の空気を深く吸い込んだ。
今日はどこでランチを食べようか。
新しいお店を開拓しようと、ぽつぽつと立ち並ぶリストランテに目をやっていると、ビアンカが突然私の手を引いた。
「そも、ポルポのスタンドのためにかなりの額が入金されているのでしょう?」
「んえ?あ、ごめん、何の話?」
昼食のことを考えていたからまったく話についていけなかった。
「昇進の話よ」
ビアンカはずんずん歩いて一軒のリストランテに踏み込みながら、グロスで彩られた魅惑的な唇に微笑みを浮かべる。かつんと高くヒールを鳴らして振りかえったビアンカは、わたくしね、と掴んでいた私の手を自分の胸に寄せた。
「わたくし、諜報チームにつてがあるの。それで最近耳にしたんだけれど、アドルフォという幹部がなかなかのオイタをしてしまったみたいなの」
「誰だそれ。どこの幹部?諜報の上の人?」
「いいえ、暗殺と護衛の統括よ。そこでね、今までに振り込まれたお金を全部使って、アドルフォの位置を掠奪して見たらどうかしら」
「……えっ」
そんなことできんの?
確かに大金を積んで幹部の地位を買うというのは、ブチャラティが原作でやったことだ。ただしそれは"ポルポ"が死んでいて、その席があいていたからできたことなのではないだろうか。
「ここだけの話、アドルフォはもう切り捨てられそうなの」
「そいついったい何しちゃったわけ?」
「お稚児をねえ……」
「あー」
不正に囲っちゃったわけか。いっぱい。
呆れてメニューから顔を上げた私に、ビアンカはぷうと頬を膨らませて頷いた。バカはきらいよ。そうかい、で、アドなんとかさんがなんだって?
「そろそろ検挙されそうだから、切り捨てる方針らしいわ。そこに滑り込みましょ?」
「なるほどねえ……ビアンカはついてきてくれる?私、上司らしいこと何もしてないけど」
咲き誇るような笑みが返ってくる。もちろんよポルポ。店員にひらりと手を振って呼ぶ。ランチのメニューを告げるような口調で私に言う。
「だって私、あなたなしでは満足できないもの」
愛の告白かと勘違いしてしまいそうなセリフに、私は頬をひきつらせた。悪いんだけど、私のスタンドの本懐は死体製造機じゃないんだ。スタンド使いを生み出すことなんだ。すごく輝かしい笑顔だったけど、そこのところを彼女は判ってくれているのだろうか。

運ばれてきたアラビアータはとてもおいしかったし、口の端についたソースを舐めとるビアンカはとても扇情的だった。