02 知識の補填


スタンドが目覚めてから、ただの夢だろうと思っていた前世――つまり日本で私が××と呼ばれていた時――の光景が、しだいにはっきりしていくようになった。一週間のうちに何度か、二週間のうちに何度か、ワンルームの自宅に私は戻る。

自由が利かなかったのは最初だけで、一年も経てば、私はそれが過去の私の家とリンクしているのだと気づいた。動けるようになって、時々"私"が外から帰ってきたり、部屋の中でだらだらゲームをしていたりする。いつか、私にとっては遠い過去、そして"私"にとっては近い未来に、"私"が死ぬまでの間この夢は続くのだろうか。

しかし、そういうスピリチュアルな話は本題じゃない。何が重要かというと、私がその部屋の"本"を読めるということだ。それも恐らく、過去に見た内容そのまま、間違うことなく。
私の記憶力が世界を越えて時空を超えてヤバイという話ではないと思う。リンク。まさにその通りで、私は誰にも見えない姿であの日本にいるのだ。
そうと決まれば何をするかって、"私"の暮らしていた時代よりも過去のイタリアにいては楽しむことのできない娯楽、漫画を読みふけるしかあるまい。

しばらく少女漫画を読んで、どちらの人生においても縁のない恋愛に胸を高鳴らせ、そうそうこれですよこれ、これだからいいんですよ!とベッタベタな展開にもだえているとそれにも飽きるわけで。次に思い出したのは、そういえば私のいる世界は、私がジャンプコミックスの時代から買いあさっていたあの漫画の世界だということだ。
一巻から読み始めて、盛り上がりながら回数を重ねて5部まで進めた。その血のさだめジョージョ!
ぱたりと本を閉じる。夢の中で眠くなって、現実に目覚める。本来の休憩時間に脳みそを酷使しているわけだし、その分早死にしたりしないんだろうか。目覚めた時の疲労はゼロだし、むしろスッキリしているので、自覚症状のないまま進行したりして。おお怖い。

身体の調子とは裏腹に、目覚めるたびに気は重くなる。
なにせ、私は死ぬのだ。たぶん、ジョルノが一番最初に殺す人間だ。バナナを食べようとして撃鉄を起こして拳銃自殺なんて冗談じゃない。私はバナナを食べるのを止めた。
ポルポって何の罪で投獄されたんだろうね。わかんないね。いったい何に気をつければいいのか。そもそも犯罪組織に入団してしまった時点で履歴書に墨が飛びまくりである。

話は変わるが、今年は1994年だ。ボスにグッサリやられてからだいたい一年が過ぎた。1994年と言えば、リゾットちゃんがスタンドをゲットする年だ。漫画を読んで夢の中に年表メモなんかをつくってみた私に死角はないのである。ここで雁夜顔。ドヤッ。
原作に突入するころには私は26歳か。うん、いい大人だね。あんなしっかりしているブチャラティよりも6歳年上ということに戦慄したが置いておこう。

パッショーネにおいての私の仕事は、基本的に、入団したいという人の面接だ。幹部になるほどの功績は上げていないので、下っ端扱い。と言っても、どこかのチームに所属しているわけではない。チームよりも下っ端なのかな、もしかして。
矢をゴックンしてしまった私のスタンドのために、ボスは面接部署を設立した。部署だけど部下はいない。私ポツン。パッショーネの中でも異端だ。かなしすぎる。
ネアポリスに居を構えて、ボスから指令が下ると、面接のために使っている場所に移動してスタンドで相手をぐさり。適性がなくて死んでしまう人間が大半だ。一時期、それがトラウマになって部屋から出られなかったり、精神的に参ってしまってスタンドが出なくなったりしたのだが、ボスが見舞いという名の脅しをよこしてくれたので立ち直った。何があったって、私は死にたくない。ボスの優しい言葉に惑わされて事故に見せかけ殺されるなら、人の死を踏み越えてでも、パッショーネの中で生き抜きたいのだ。一度死んだ、あの恐怖は、二度と味わいたくない。

ポルポとして生きながら、私は××だった過去を捨てられない。それでいいと思う。鏡にうつる私は前とは違う顔だけど、おっぱいもダイナマイトすぎてついていけないけど、ふたつの命を抱えて生きていくしかないのだ。