拍手お礼 ポルポ


寒かったり暑かったり、風が強かったり弱かったり、雨が降ったり降らなかったり。
天気ってヤツは移り変わりが激しくて、たまにすごく困らされてしまう。
私はお上品に、神のごときイケメンにしか許されないと有名な仕草そっくりに髪をかき上げた。頬にはりついた数本の金髪も耳にかけ、あーあーもうこんにゃろう、と誰にも聞こえないのをいいことにドラマチックなため息をつく。こんなごっこ遊びがばれたらドン引きされるに決まっているから一人のときにしかやらないよ。二十六にしてお前は何をやっているんだ?って突っ込まれたら心の中のマンボウが死ぬ。"まったく災難ね"とかなんとかそっち系の優雅な台詞を吐かなかっただけ理性的だけど、同じ野望を抱く人にしか伝わらないんだよね、この理性は。そして身近に同じ野望を抱く人はいない。つまり私はただの変人。やだもうなにそれつらすぎる。たぶんいないはずなんだよね。誰にも打ち明けられないけど君たちの上司は一人でいると時たま演技がかった独り言を落として鼻歌をうたっているんだけどみんなもそういうことやってる?なんて訊けないから真実のほどはわからんけど。もしいるんなら教えてくれ。システムはオールがグリーンだ。コミュニケーションができるかといえば別だがな。オシャレな男の子もそう言ってたじゃん?
いつかシステムがすべて赤色になりますように、そしてパターンは青になりませんようにと祈りつつ、ガツガツとヒールで道路を刺す勢いで歩き続ける。水たまりを避けても、降りしきる雨粒の跳ね返りで靴も足も足首もふくらはぎもびしょびしょだ。まったく、今日の雨はとんだじゃじゃ馬だわ。
急などしゃ降りに遭って、濡れそぼる身を休める場所もなく、ひたすら足を動かすしかない自分に切なさを感じる。お店は軒並み休業で、屋根の下をお借りするにも雨だれの勢いが強すぎて休むどころではなさそうだ。タクシーも通らない。この際もう白タクでいいから乗らせてほしい。肩にかけているのが撥水加工のカバンで助かった。これで中身までびしょびしょで携帯電話(ソシャゲ用)とか手帳(中身真っ白)とか化粧ポーチ(すっからかん)とかエコバッグ(なんとなく)とか水筒(とっくにカラ)とかが台無しになってたら瞳からしおっからい雨が降るところだった。あれっ、でもよく考えると水没して困るようなモノはない……のか……?携帯電話は勿体ないけど、データは英数コードで管理してるから他の端末と同期できるし、あとで拭くのがめんどっちゃいとかその程度の問題しかないような。自分が外出するときに何の準備もしていないことがよくわかった。女子力とは何だったのか。関係ないけど、いやあるけど、世の中の女性ってナニをそんなに持ってるんだ。雑誌を見ると死ぬほどシャレオツな物品が並んでいてフクロウみたいな声を出すしかなくなるよ。ちなみに最も身近な女性として自信を持って挙げられる我らがビアンカお姉さまはカバンを持たない主義なんですと。なんでやねんと問いかけたら、意訳だけど、出かけるときは指を鳴らすだけで登場するレベルの信者っぽいアッシーくんが荷物持ちをしてくれるからと答えられて"う、うん"としか言えなかった。君は何者?女王さまなの?私は君をアシスタントに使っていて大丈夫?そのうち彼女の信者に殺されないか心配だ。殺さないほうがいいよ、同時にそっちも死ぬから。その女王さまの手にかかって死ぬから。テレパシーで忠告した。

坂の途中で立ち止まる。
あらまあ、と口の中で呟いた。
なんてドラマチック。私がたった一人でごっこ遊びをするよりもずっと劇的じゃあありませんか。
黒色の花が咲いていた。黄色い花も咲いていた。透明な花も咲いている。
ちょっと疲れていたので、駆け出しはしなかった。歩調がゆっくりになったのは、焦りが消えたからだろう。急いでいたのになぜ人は安心すると動きを緩めてしまうんだろうね。私だけか。緊張がとけるってすごい。一気に疲労がのしかかってきた。上から「走れよ!!」と大音声のツッコミが入る。やだよ私は疲れてんだ。たった今疲れた。
のろのろ歩いていると、黄色い花のような傘とそれをさす青年が跳ねるように坂をくだる。ちなみに亜麻色の髪じゃあない。
「ポルポ!そんなんじゃ風邪ひいちまうぜ。ほら、俺の傘に入って」
「君が手に持ってるのって私の傘じゃないの?」
「でもこの傘を開くより俺の傘に入ったほうが手間がかからなくていいだろ?」
歩きづらいから肩を抱かないでください。そして私に私の傘を渡してください。あっ別にこれは韻を踏んだりシャレをかまそうとしたりしたわけではなくただの偶然だ、が、まあ口にするとわざとかなと思われるだろうから言わなかった。イタリア語だと通じないしね。
「迎えにきてくれたの?」
「困ってるんじゃあねえかなと思ってね」
「うんうん。ありがとね。助かったわ」
「カワイイ?」
「可愛いよ」
「だよな!」
死ぬほどポジティブな声だった。そういう明るいオーラをぶつけられると私はビビるぞ。頼むから予告して。
坂の上で待つ男二人にもお礼を言う。
イルーゾォはビニール傘をくるりとまわした。
リゾットが手提げからタオルを取り出して、そのまま髪と顔の水滴を拭ってくれる。ちょっと叱られた。
「電話で呼べばよかっただろう」
「面倒をかけさせたくなかったの。ごめんね」
にこりとしたけど、すまん。実際はソシャゲ用の携帯電話しか持ってなかったから番号がわからなかったんだ。数字の羅列を短時間で記憶できてしまう男たちとは違うんだ。すみませんマジで。
すべてお見通し、って感じの目が三対、私に向けられた。オーケー、私が悪かった。次は気をつける。だからそんな顔で私を見ないで。
肩にかかっていたメローネの腕が外れる。今度はちゃんと傘をくれた。しかも私が留め具のボタンを外して開くまで、自分が濡れるのも構わず黄色を差し出している。ありがとうと言いつつ視線を送ると甘ったるい笑みを向けられ、"そういやこの子は先月恋人を三人変えたんだっけな"と野暮な話を思い出した。
イルーゾォが肩を竦める。
「んじゃあ、帰ろうぜ。拾うヤツも拾ったし」
「拾ってくれてありがとうにゃん」
「あー……、家で待ってりゃ良かった」
うんざりしたような声だ。運動不足解消に動けとお尻をひっぱたかれて(そういう意味じゃないよ)やってきたらしいが実に遺憾である。ネタ振りだと思うじゃん。またまた私だけか。
「……」
誰からともなく動き出し、水を踏んで道を歩く。リゾット曰く、家についたらソルベとジェラートが腕をふるってつくったクロワッサンが食べられるらしい。すごいな。彼らはなんでクロワッサンなんて焼いたんだろう。確かにおいしいけどピンポイントでクロワッサンっていうのが面白い。明日の朝はサンドイッチにして食べられるから三つくらい余分に確保させてもらおう。
「ポルポって傘さすの下手くそだよな」
予定を立てていたらメローネが無邪気に残酷なことを言った。それな。

最終的に意訳で"さしてんのかがわからんから入れ"と言われ、帰ったときに私がどの傘の下にいたかは、まあ言うまでもないだろう。