拍手お礼 ポルポ


ビルの地下室は狂い乱れた喧しさに包まれ、天井で独りでに回転するボールライトが光の乱反射で人間の精神をかき混ぜる。詩的に表現してみよう。さながらこれは夜の精霊が現世と同化する為に行っている儀式のようなものなのだ。うん、やっぱ私って才能ねーわね。どちらかと言うとこれは現世の人間が夜の精霊へ昇華する為の黒魔術である。
今日の私はとても綺麗だ。ブチャラティに言ってもらえたんだから、たとえ本当は似合っていなかったとしても世界の認識としては似合っていることになる。私よりいくつも年齢が下な年若い青年が左と言えば左、右と言えば右のナプキンを取ろうじゃないか。
実際に、薄く透ける黒レースがあしらわれた背中がチラ見えするデザインのパーティードレスが悪い選択とは思えない。しかし彼は、綺麗だがなんだか慣れないな、と私を褒めた口で呟いて眉根を寄せもした。一部、退廃した精神を象徴するかのような意匠が目立つので、その意見も致し方ないものだろう。こういう服は自分じゃあ買わない。不可抗なドレスコードってやつだね。ああそうだ、ところでこのブローチも見てくれ、こいつをどう思う?招待状に同封されてて爆笑したんだけど、健康だの幸運だの富だのと、この集まりの根幹からは程遠い意味を持つ宝石なんだよ。これは裏業界の定番ジョークなのか、若輩者の私にはちょっとよくわからん。
壇上から餅まきの要領で"お餅ではないモノ"が封入された袋をばら撒いた主催者は、参加者から湧き上がった非道徳的な歓声と指笛を受けてパーティーの開始を宣言した。それから今まで、ずーっと飽きずにどんちゃん騒ぎを続けている。そりゃあ、萎える要素がないのだから飽きようもない。料理も酒もシャンパンタワーもロマネイーグルマーテル純米吟醸とオレンジジュースなどなど、バーテンダーが作る各種カクテルを含めたら一晩かかったって数えきれないだけ揃っている。
中でもオレンジジュースはおそらく、私への友好の証だろう。酒で前後不覚に陥って介抱がてらスハスハ(ナニをかなあー)させられるのは嫌だからオレンジジュースはめっちゃありがたい。飲んでないけど。ぜってえ飲まねえわ。飲むと思ってんなら頭脳がマヌケか?善意だとしても瓶ごと叩き割る。未開封の物をわざわざ私の目の前で開けてくれた気遣いには感謝するもののさあ!瓶が!未開封でも!どうにだってできるでしょ!どうにだってできるんだよ!!同業の幹部を相手に同業の幹部がナニ考えてんだ。自分がされて警戒することは他人だって警戒するんだよ。わかってくれ。わかってやってるんでしょうけどね。ハイ、ナメられてんですね。ネアポリスのパッショーネの幹部としては、おふざけも大概によしこさん!と三行半を叩きつけて泣きながらボスの待つ実家に帰らせていただくのが最も楽な対応だ。
立ちっぱなしに疲れて、少し離れた階段に腰を下ろす。
「リゾット。こういう荒くれぱーちーに呼ばれるというのは、私がやっと大名幹部になれた証かしら。それとも手駒として御せるよう、弱みや快楽を握っておこうって魂胆?」
このパーティーの目的はもう誰もがお察しだ。餅まきは縁起の良い行事のはずだが、ヤクまきは景気の良い犯罪である。
私からの同行要請を(私主観で)快く受領してくれたリゾットは、階段の手すりに少しだけ体重をかけた。
「……どちらにしてもお前は得をするな」
「ホワイ」
「幹部として他人から認められていれば手の届く範囲が増える」
「快楽のほうは?キモチイイのは素晴らしい?」
「お前なら"弱みを握っておこうとした"人間の懐に飛び込んで、そいつの弱みを握るだろう」
買いかぶり過ぎだ。だけど否定も肯定も喋っていて美しくないし面白くないから置いておこう。面白くないことはしたくない。
面白くないことはしたくない。つまり日々を面白く生きていたい。そして面白く生きるだけの経済力と人脈と立場を確保している。その意味ではおくしゅりなんて使わなくても私は毎日個人的に快楽漬けだな。あと、そういう即物的なものじゃあなくてもフーゴちゃんがたまに泊まりにきてシャワーを浴びたり湯上りで湿った髪に温風を当てて乾かしてあげたり寝起きのフーゴたんが三十秒ほど静かにしてから起き上がってハムエッグを焼き始めたりする姿を見ている時なんて最高にシャブってるからね。へへっ、お客さんこれキマりますよ。これ無しじゃ生きて行けなくなっちまいますぜ。手遅れでしょうけど、こういうマーブル模様の衝動は用法用量を守って正しく使わせていただきたいですね。
暗チの可愛さも、いわゆる"シャブい"。最低でも二週間に一度は味わわないと頑張れない域まで侵された。このままエロ同人みたいに頭をどうにかされてしまいそうだ。頭がどうにかなると押し倒してしまう可能性が隕石レベルで存在するため、私は日々、心して兜の緒を締めている。偉いでしょ。
床を振動させ骨伝導で全身を震えさせるような爆音のBGMがリズムを変え、踊り狂いきゃらきゃらと笑い合っていた男女は一斉に動きを止めて表情をとろけさせた。これから訪れる現世からの解放を待ち望む声が上がる。
横目で窺うと、リゾットもこちらを見て目くばせした。丸い灯りが放つ光は官能的な色を帯び、その放出は彼の掛ける眼鏡に反射してどこへともなく走り去った。
眼鏡。
「リゾットちゃんはいつ見ても素敵だけど、今日はまた特別な魅力があるね」
彼を同行者として選んだ理由は、暗殺チームの九人が私の信頼できる部下の中でほぼ唯一、同業者に面が割れていないからだ。
もちろん完全にってワケじゃあない。ただ彼らがスタンド使いであり、肉体的にも精神的にも頑強で、組織の水面下でどのような活動を担わされているかが不明なだけだ。しかし彼らが所属し彼らを有するパッショーネ本体ですら全貌を完全には把握できていないのだから、つい先日トゥルエノファミリーのNo.4が儚くなってしまわれたこととリゾットたちの存在外見声気配を他組織の幹部さまが結びつけることなど到底できはしないのである。
だからその、なんというか、癖がなく(一部と比較して察して欲しい)物静かで(一部と比較略)強そう(一部と略)なリゾットをホラ頼むよォお兄ちゃんパスタ奢るしおっぱい揉ませたげるからさあーとご飯で釣って確約をもぎ取り(下品すぎたらしく、おっぱいのところでわかりづらいけどすげえ嫌な顔をされた)、そしてそしてそして、顔を知られていないとはいえ今後に響く可能性もあるからね、とステータス99全振りのスキルで"言いくるめ"、秘密兵器DATEMEGANEを手渡した。無言で掛けてくれたリゾットには末代まで感謝の念を伝えていきたい。
ぴしりとしたスーツを着用し、髪を撫でつけ、伊達眼鏡を装備するだけで印象がまったく違う。母性の塊が見事なボディーガード兼パッショーネ成金女幹部が好んでラリった饗宴に連れてくるパートナーへ変化するのだから伊達眼鏡って本当に凄い。改めてそう思わない?私は思う。そんな伊達眼鏡の威力と存在感に呑まれず、むしろ糧として喰らう勢いで己の一部にコンバートするリゾットもヤバい。初めて掛けた、ってお前絶対ウソダドンドコドン。嘘だって言ってくれないと世の中の眼鏡属性が泣いちゃうよ。再構成を忘れないで欲しい眼鏡第二位だ。きのこたけのこ戦争と類似した争いが勃発するとわかっていても長門は眼鏡派なものだからつい正直な欲望が出てしまった。アッ、でももしも私が眼鏡無し派であっても、できればリゾットには自分の顔をぺたぺたと触って"……眼鏡の再構成を忘れた"と眼鏡無し派の私が止める間もなく眼鏡の再構成を完了させてほしい。もっと正直な欲望に自分ですらドン引きだけど今日も私はとても元気です。あと、会場の人たちもめっちゃ元気なのね。恍惚と喘ぎまくっとる。
違法な桃色の吐息があちらこちらでこぼれ落ちる。
個人が所有する建物の地下は深く、選ばれた会員しか出入りを許されない。招待状の確認係が仮面をつけていて笑いそうになったのをよく憶えている。あくどい人たちがドロドロな競売に参加する際に使いそうなドミノマスクだ。出る時にはもう見なくて済むでしょうから良かった。もう一度見たら悟りの境地に達するに違いない。
「ポルポさん!」
「うん?」
遠くから大声で呼びかけられる。手を振る人を見れば、彼は頬を上気させてこちらへ駆け寄った。頼もしいリゾットちゃんが一定の距離を保たせてくれる。
「お楽しみいただけていますか?」
主催者が可愛がる新進気鋭の男だ。四十がらみに見えるが、この組織では若手らしい。
「おかげさまで」
「そちらの彼はいかがです?」
「彼も興味深く参加していますよ」
十中八九どうでもいいと感じているだろう。
「もう……、なさいました?」
男は顎で自分の背後を示した。
私は首を振る。
「ええ」
「おや、冷静ですね。もっと"ああ"なるかとばかり……。さすがはパッショーネのポルポさんだ。慣れておられる」
「そうですね。自分で言うのも奇妙ですが、こういった案件には多少の心得がありまして」
「我々の特権的嗜みというやつですな」
「やっぱり、やっとかないとダメですよ」
テキトーに相槌を打ってへらりと笑いかける。
溌剌とした男は、多種多様な昂奮で熱を持った手を差し出した。リゾット頼む、と目と目で会話をし通じ合いエルオーブイイーLOVEとシクヨロをお届けするまでもなく、彼は音もなく、感情を揺らさず、脳内を快感で麻痺させられた様子も見せずにその手を私から遠ざける。
親愛の握手を邪魔され、不快に張りつめた男の顔が決壊しないうちにひらりと手を振る。ごめんなさいねとは言わない。
「飲み物をいただいてきます」
ばいちゃ、と盛り上がりすぎた場内にシャブシャワーがまき散らされる前に人混みに紛れ、リゾットに先導されて部屋の隅にひっそりと立った。
リゾットにくっついて、彼の腕時計を覗き込む。秒針は刻限の迫りを唄っていた。
「疲れたよー。帰ってご飯食べてお風呂入って着替えるのめんどくさいよー。私の代わりにリゾットちゃんがご飯食べてお風呂入って着替えるのやって」
「……」
「ウェイ。私当てる」
「……」
「"それでいいのか?"」
「"お前が食事を摂らずに眠れるとは思えない"」
「それね」
面倒でも不可欠だ。
だらーんと体重を半分以上預けても、リゾットはしっかり支えてくれる。

やにわに、色めいた空気に雑音が紛れ込んだ。
鈍く重い音が部屋に響く。
現を抜け出した魂が引き戻され、パーティーの参加者は目をうろつかせた。次第に意識が戻る者と、うっとりしたままの者がいる。
盛大な破壊音を立ててドアが破られた。
「全員動くな!」
雪崩れるように突入した人垣の真ん中を進み胸を張る青年の姿に、引きつった声で誰かが叫んだ。
「パ、パッショーネの……、ブチャラティ!!」
えぐい空間に白いスーツがとても眩しい。
「両手をゆっくりと頭の高さまで上げろ。全員だ。不審な動きをすれば足を撃つ」
「人混みだから撃てない……と、思っているんじゃあねーだろうな?だとしたら大きな間違いだ。"どこに居ようが"俺は当てるぜ」
知った顔が二つ。誰にも聞こえないよう、拍手は無音にとどめた。

――もう……、なさいました?
これに対する答えはひとつ。即レスで『通報しました』。これに限る。じゃなかったらこんなとこ来ない。
こういった案件には多少の心得がありますから、やっぱりやっとかないとダメですよね。おまわりさん、ならぬブチャラティさんこっちです。明日行くから来てねって言ったらちゃんと良いタイミングで来てくれるから本当に頼れるナイスな青年だわまったく。

ギャングのお前がどの口で言っとるんじゃいと自分でもムジュンを感じますけど。
違法、ダメ、絶対。