拍手お礼 ポルポ


珍しい組み合わせと言うなかれ。ギアッチョと一緒に新作ゲームの情報を探りに出かけた私たちがひとりでふらりとプランツォに出かけたリーダーを見つけ、どうするかなんて決まりきっている。リーダー大好きなギアッチョは、リーダーの邪魔になるのではと危惧しながらも、そわそわと指先が落ち着かない。リーダーの前ではできるだけきちんとしていたいのか、猫背気味の背筋が、心なしかちょっとのびた。ギアッチョイコール可愛い。可愛いはつくれる。ギアッチョはつくれる?いや、つくれない。水炭素アンモニア石灰リン塩分硝石硫黄フッ素鉄ケイ素その他少量の15の元素?無理無理。そういう問題じゃない。いつもに増して何を言っとるんだ私は。
彼も私たちに手を振ってくれないかなと思ったが、そこはリゾット。"ああ、いたのか"みたいな顔でこちらに来るだけだった。
ここで会ったのも何かの縁。私たちはリゾットにくっついてトラットリアにくっついて行くことにした。リゾットは優しいので断らない。内心では、"ひとりで食べたかったのになあ"、と思ってしょんぼりしているのかもしれないけど、まあそれはその、言われないし、しょんぼりする暗殺チームの元リーダーも素晴らしいからいいよね。ヤバいヤバイ、神がつくりたもうた感情の中で5番目くらいにリゾットを引き立てるエモーションだ。表情に出されたらここが爆心地となってネアポリスが崩壊するかもしれない。ちょっと誇張しすぎか。爆発するのは私だけだ。誰もスイッチを押していないのに内側からBOMBだ。

移動花屋が鎬を削る通りの近くに店はあった。水色を基調としたシンプルな内装で、落ち着けそうだ。慣れているらしいリゾットと、色味的にぴったりなギアッチョはこの空間に溶け込んでいる。もしかして私邪魔か?間男みたいになってるわ。
リゾットはピッツァ、ギアッチョはパスタ、私は鶏のグリルを頼む。
「ここにトラットリアがあるなんて知らなかった。開拓したの?」
「プロシュートに教わったんだ」
「へー、プロシュートに」
プロシュートか。
チーム時代を共にする最年長28歳組なのだから当然と言っちゃあ当然なのだが、リゾットの話の端々にチョイチョイプロシュートが挟みこまれるのが気になって仕方ない。仲良きことは美しきかな。たまーに兄貴から煙草を渡されてるって聞いたけどホントなのかね。シガレットキス、なんてやつも体験済みなのだろうか。やだなにそれ私も見たい。ライター(あるいはマッチ)が切れた。お前の火を貸してくれ、ってハナシなんでしょ。知らんけど。うーん絶頂エクスタシー。無我の境地に達せそうだ。
「じゃあペッシも知ってそうだね、このお店」
「そうだな。連れて来ているだろうな」
「こうやってどんどんみんなに知れ渡って、行きつけのお店になったりして」
「あのペッシも黙ってる。オメーが言いふらさなきゃあもう誰にも伝わらねーよ」
ギアッチョは内緒にするつもりらしい。じゃあ私も黙っておこう。多種多様なイケメン9人が代わる代わる店を訪れる"時たま"があっても悪くないけど、秘密を共有するって、ちょっと幸せだしね。
望むも望まないも関係なく意固地な壁をぶち壊す料理の匂いに、否が応でも空腹が唸る。なるほど、舌の肥えたグッチな兄貴が気に入るわけだ。ひと口食べて理由を把握した。自然と浮かぶしまりのない笑顔は隠さない。期待を込めてふたりを見る。彼らは、気を緩めてはいたが、ニコニコはしていなかった。へらへらしている私がおかしいんですね。大人ぶって食べます。
たまに無駄話を挟みつつ、お皿をさらう。ちなみに喋るのは全部私だ。彼らは放っておいたらずっと無言でいる。リゾットは自然体な沈黙で、ギアッチョは、リーダーに何か話しかけたいけど話題が見つからずもじもじする沈黙なのに違いない。めちゃモテリーダーは罪作りだわ。
ドルチェでも頼もうか、メニューをもう一度開いたところで、からりからりとドアベルが鳴った。来店したのは、胸あたりまである髪を緩く巻いた女性だった。ファッション誌の表紙になっていそうな、苛烈な綺麗さがある。
彼女は一片の迷いもなく、リゾットに近づいた。リゾットが顔を上げ、ちょっぴり面倒そうにした。なんだなんだ、と野次馬上司とハラハラ部下が、無意識に身体を近づける。
女性は知らない名前を口にした。私は、それがリゾットの偽名であると気づいた。
「私、まだあなたとの別れに納得できてないの」
「……悪いが、何年前の話だ?」
「3年よ。ずっとあなたを忘れられずにいたわ」
リゾットの疑問にも草が生えたんだけど、この美女に3年も引きずらせる恋ってナニ?リゾットはどんなお付き合いをしたの?やべえ名前憶えてねえな、みたいな顔してる気がするのは私だけか?
「ねえ、お願い。私はあなたを何も知らない。だけど、あなたの恋人になりたいの。あなたは遊びのつもりだったかもしれない。でも私は本気だった。本気だったからこそ、あなたから別れを切り出されても耐えたわ」
美女は再び、逆接を付け加えた。
「3年も忘れられなかったの。私、あなたに愛されたい……!」
私とギアッチョはメニューに目をやった。これは覗き見てはいけない場面だ。何食べようね、ギアッチョ。林檎の丸焼きにバニラアイスを添えたやつあるよ。私はオレンジのタルトにしようかな。林檎与えときゃ俺が大人しくなると思ってんじゃねえだろうなって小声で毒づかれた。実は3割くらい思ってる。実はそこまで好きじゃないのかもしれないけど、もうある種の記号として定着しているから、ギアッチョもお約束として気持ちを治めてくれるのだ。
リゾットと美女の間には激烈な温度差があり、リゾットはひたすら無言で美女の言い分を聞いていた。
「……リーダーがオンナを切り損ねるってのがマジにあるとは思わなかったぜ」
「そうなの?なんで知ってんの?」
「見るからにわかんだろうがよ。リーダーだぞ」
後腐れなく行ってそうだもんなあ、と頷くしかない。この彼女は、よほど恋を燃え上がらせたのだろう。
「あれは、お互いに意味を理解した付き合いだったはずだ。どうやって俺の行動範囲を突き止めたのかは知らないが、3年も前の"契約"を持ち出されても、俺は何もするつもりはない」
また、知らない名前が呼ばれる。悲壮な声だ。
「新しく関係を築くことさえ許されないの?」
「こちらにその気はない」
すごいどうでもいいこと言っていい、とギアッチョに囁きかけると足を踏まれたが、聞くだけは聞いてくれるようだったので、耳元に顔を寄せる。
「彼の偽名、なんであのチョイスなんだと思う?」
「知らねーよ。ありふれてるからってトコだろ」
「すごいよね。不意打ちで呼ばれても反応できるんでしょ?ギアッチョもそんな感じ?みんなそうなの?」
「やらなきゃあ問題があるってんならな」
「やったことある?」
「ねぇよ。……俺が潜入向きじゃあねーっつったのはオメーだ。脳みそにバニラアイスでも詰めとけ」
「あら、新しい」
私も髄液をバニラの香りで満たしたかったのだが、修羅場を見物する店員さんを呼べる空気でもない。手持無沙汰に、食後のアイスティーを飲んだ。
ひとしきりリゾットに復縁を迫った女性は、キッと眼差しをきつくする。
「もう恋人がいるの?」
「いようがいまいが、関係が切れた以上、答える必要はないだろう」
美女が私を指さした。反射的に避けたら指先が追いかけてきた。素直そうな動きに、ちょっぴり好感を抱いた。
「この女がそうなの?あなたが一緒に食事に出かけるなんて。私がどんなに願ったって、夜以外には会ってくれなかったのに」
生々しい話に入りそうで、ギアッチョがイライラし始めた。
「恋人だっていうなら、この女のどこが私よりも優れてるっていうの?胸なの!?」
アイスティー噴きかけた。危ない危ない。ゲホゲホむせる私に、リゾットがハンカチを差し出した。どうもありがとうございます。火に油ではないでしょうか。わざとやって私の危機対応能力を試しているのか?たぶんイタリア男としての本能に基づいたリアルな気遣いだと思うんだけど、アレなタイミングだから気まずかった。
案の定、美女は柳眉を逆立てた。
「あなた、いったい彼の何なの!?」
美女には睨みつけられ、ギアッチョには苛立ちの表情をぶつけられ、リゾットからは一瞥を頂戴する。
いやはや面白い。リゾットには悪いけど面白い。こんな場面初めて見た気がする。それも、リゾットの。我らが完璧パーペキパーフェクトなアサシン28号の。
答えはひとつ。
「上司です」
美女が怪訝そうに首を傾げた。
「……上司?あなたが、彼の?」
見えないんだろうな。わかるよ。野球部のマネージャーかと思ってた女の子が監督だった、みたいな衝撃だよね。
「そうなんですよ。優秀な人をコネで回してもらって、おかげさまで助かってます」
「下手な嘘じゃないでしょうね?」
「今、名刺持ってなくてすみません。嘘じゃないんですけど、信じがたいですよね。私もたまに思います。あ、今さらですけど、私たち、席移りましょうか?」
「……そうしていただける?」
「じゃあごゆっくり」
ギアッチョを連れて隣のテーブルに移る。彼は自然と私を上座に置きつつ、座る直前に私の肩をどついた。
「リーダーどーすんだよ」
「なんとかするでしょ」
その為のネルフです。

基本的に言葉少ななリゾットがいかにしてこの危機的状況を切り抜けるのか。
下劣なオーディエンスとして対岸の火事を眺めた私は、あとから色んな人にしこたま怒られ、人として下品な振る舞いはやめないといけないなと再確認することとなった。対応としては間違ってないと思うんだけど、高みの見物を決め込んだのが良くなかったね。ごめんねリゾット。
謝ったら「お前らしい逃げ方だった」と言われた。これは批難されたのか?