拍手お礼 ポルポ


可愛らしいマグカップがあった。
それ自体は別にどうでもいいというか、特筆するべきことではないというか、日常の中にちらりと輝く視覚的ほのぼのストーリーというか、まあそのようなところなのだけど、問題は見つけた場所にある。
ここは一棟のアパートだ。二階の部屋はぶち抜かれ、広くスペースを取る談話室のようなつくりに変えられている。
そこで私は見つけたのだ。フチがネコさんの耳の形で、持ち手の部分がネコのしっぽを模っている、そのマグカップを。
ご丁寧にマドラー代わりのスプーンもネコ仕様だ。可愛らしいことこの上ない。
確か、三日前まではなかったはずだ。前にここでお茶をいれたのは三日くらい前のことだし、昨日はついでに、とホルマジオがいれてくれたので確認できていないけど、まあ、なかったんじゃないだろうか。
「これ誰の?」
食器棚の前で振り返って、部屋でくつろぐ三人に問いかける。ソファに寝そべるホルマジオは「あー?」と気の抜けた声で応えた。
「どれだよ?茶葉なら昨日、プロシュートが買ってきてよォ、好きに使えっつってたぜ」
「違う違う、マグカップ。可愛いやつ」
それだけで通じたらしく、ホルマジオと、丸椅子に腰掛けていたギアッチョが顔をこちらに向けた。
「ギアッチョの」
「……俺のだよ」
予想外すぎて気が逸れ、お湯が手にかかった。アッチ!!と思わず日本語が出る。私の母国語はいったい何なんだろうね。やっぱり日本語かな。咄嗟に出るってところがポイントかもしれない。
で、なんでギアッチョのマグカップがこんなに可愛いんだ?食い気味で追及する。
ギアッチョは昨夜、ゲームのしすぎで眠すぎた時にうっかり手を引っ掛けて自室のマグカップを割ってしまったらしい。それで仕方なくこの部屋にやってきて、食器棚から無事な私物のマグカップを取り出して部屋に持って戻った。そのままカップを部屋に放置してきたため、ここにはネコマグカップが……。
と、そこまで聞いて「いやいや」と首を振る。
「なんでネコなの?」
ギアッチョより先に、テレビの前でクロスワードパズルを解いて遊んでいたペッシが言った。
「ホルマジオが未開封のものを持ってたみたいで」
「オウ。うっかり同じモンを買っちまって困ってたんで、イイのが見つかるまで使えよっつって渡したんだよ」
へえボタンを100回押した。ホルマジオの部屋にはこれと同じマグカップがある。一生知らなくても問題のないトリビアだったが、なんか可愛いから聞かせてもらえて良かった。
ネコマグカップの謎とホルマジオとギアッチョがお揃いのマグカップを持っているという謎の事態を呑み込んだので満足する。お茶も良い具合に蒸れたので茶葉を引き上げ、生ゴミボックスに捨てた。二度出しもできたのかな、と捨ててから後悔。しまった、やっちまったわ。
食器棚をもう一度眺め、ギアッチョが低く「あんだよ」と唸るのを聞いて慌てて逃げる。お約束をこなしたあと、ペッシの斜め前に座って椅子の向きを変え、テレビのほうを見る。テレビではちょうどタレントが雑貨を紹介しているところで、可愛らしい輸入雑貨のお店に(イタリア的な意味で)異国情緒溢れる品物がたくさん並んでいるのがわかる。
その中のひとつをタレントが手に取り、私は危うくお茶を噴くかと思った。ネコのマグカップがそこにあった。
「お、そういやここで買ったんだよ」
「まじか」
ギアッチョは"ぶち割りてえ"と言いそうな顔で、無情にもチャンネルを変えた。
「可愛かったのに」
「うるせーな、だったらおめーが使えよ。俺は後で買ってくる」
「ホルマジオとお揃いはちょっとなー」
「オメーなァー」
「ごめんごめん、冗談冗談」
「知ってるよ」
ギアッチョの気が落ち着くのを待って、チクタクと時計が歌うのを聞きながらお茶を冷ます。
落ち着いてひと口飲み、いじってくれと言わんばかりのツンツン青年を、この場の誰もが望んでいるであろう形でつっついた。
「ギアッチョ、おねえさんがお茶をいれてあげよっか」
ギアッチョは全員の予想通り、盛大な舌打ちをした。