拍手お礼 ポルポ


ブリオッシュにジェラートを挟んでしまえと言った人は天才だ。こんなにおいしいものがあっていいのか。冷たさと甘さとパンっぽい生地の調和といったら、もう神の業がふるわれたような勢いである。
目の前でなすりつけるように、最後のひとくち分までパンに乗せてくれたオッサンにお礼を言うと、彼は「いいってことよ」とイタリア人らしい笑みを浮かべた。
「ポルポさんには日頃、世話になってることだし」
「そうでしたっけ」
「食ってくれるだろ?」
「ええ?意外とここが人気店なのは知ってますよ」
「野郎どもはカップルで来やがる。ダータの途中に立ち寄りやがるんで見ててキツイんだわ」
「リア充に厳しい」
「その点、ポルポさんは安心だ」
「すごい心に引っかかるんだけど」
遠回しにdisられてない?
オッサンは軽やかに笑い声を立てた。いやいや、と手を振って否定される。
「目の前で『ナニにしようかなぁ』『好きなのを買ってあげるよ』『あんっ、もう、大好きよ』……とかなんとか言われる苦しみがわかるかい?」
イタリアにおいて情熱的なカップルのイチャイチャを否定した口からは、やはりさっくり刺さる毒矢しか飛び出さなかった。そのくらい許してやれよ、売れるんだから。可哀想だったので口には出さなかったけど、言いたいことは伝わったらしい。溶けないよう、私がお菓子をかじる間に、オッサンはあれこれと弁解するみたいに身振り手振りを交え、いかに最近の恋人同士が熱気を放っているかを力説した。人前でキスすることも抱き合うことも、とやかく言うつもりはない。だがとにかく俺の店ではやるな。そういうことらしい。そういう看板を立てとけば?と提案すると、オッサンは「客が入らなくなる」とボヤいた。確かに。でももしかしたら同じ志を持つ人たちが集まってくるかもしれないし、新たな市場開発と考えればいいんじゃないかな。
ジェラート売りのオッサンは、さくさくと食べ進む私に口直しとしてトマトのジェラートを小さな紙カップにこすりつけたものを差し出した。ありがたく、飲むように食べる。カロリーが音を立ててしみこんでいく気がして心地よいね。私は胸以外にそこまで脂肪がつかないという世の女性にぶち殺されそうな特性を持っているので安心して食べられる。自分で言ってるけど私も私のあまりにも不可思議な体質に困惑してる。
オッサンは深く深くため息をついた。
「ポルポさんはどうなんだい。最近、カレシとは」
「良好ですよ」
「へえ。よかったじゃないか」
訊いておきながらの、この気の無い相槌である。なんなんだこのオッサンは、と白い目を向けたが笑顔でスルーされた。メンタルの強いイタリア人だ。
「カレシさんも連れて来なよ」
「カップルですけど」
「ポルポさんは特別さ。まあ三割減くらいで無愛想になるだろうけど気にしないでくれ」
「ほんとダメだこいつ」

そんな会話があったのを思い出した。
ちょうど近くを通りかかったので、できるだけ可愛らしくリゾットの服の裾を引く。リゾットは私を見下ろした。
「グッとくる?」
「……特には……」
ですよね。
「あっちにジェラート屋さんがあるから寄ってもいい?」
「ああ、お前がよく行っている所か?」
「そー」
半ば無理やり引っ張っていくと、ジェラート屋の前には一組のカップルがいた。なんやかんや言いつつも儲けているらしい。
カップルの男のほうは女の子の腰を抱き、女の子は軽く身をかがめてジェラートを選ぶ。時おり、男が女の子の髪の匂いを嗅ぐように顔を近づけていた。私が見ても爆発してほしいリア充っぷりだ。幸せになれよと脳内で応援しておいた。
彼らが彩のよいジェラートを持って立ち去ったあと、リゾットと並んで前に進む。
オッサンは私たちを見て、一瞬だけチッまたカップルか、みたいな顔をした。おはよーと言うと、帽子をかぶっているのが私だとわかったのかハッとする。そういう長いものや権力に巻かれる姿勢、好きだよ。友達にはなりづらいけど。
「ポルポさんじゃあないか」
「約束通り恋人を連れてきたよ」
「うん、約束とかはしていない気がするんだがね」
「それね」
テキトー極まりない会話ののち、ジェラートを選ぶ。三割減で愛想の悪いオッサンは無駄話はせず、ピスタチオのジェラートとイチゴのジェラートをコーンに盛りつけた。ほんとに愛想悪いんだな。なんなんだろうねこのオッサンは。マジで大人なのかな。この街には変わった人が多い。
胡散臭い偽物感あふれる笑顔を浮かべたオッサンからジェラートを受け取る。怨念がこもっていそうだった。
リゾットは微妙に引いた表情でオッサンと私を見比べた。私はそんな顔のリゾットに興奮していて、オッサンはジェラートの保存容器もかくやという極まった死んだ目で私たちを見ていた。
「おいしいよね」
同意を求めると、私に遅れてジェラートに口をつけたリゾットが短く同意した。甘いものはあまり好まないんだっけ?でも普通に朝ごはんに甘いパンとか食べてるしな。ジェラートくらいなら平気だろう、……と思いたい。
オッサンは生ぬるく私たちに笑いかけた。
「ゆっくりしていってくれよ」
屋台の隣を指差されたので、言葉に甘えて日陰に立つ。

リゾットと雑談しながら食べていると、私たちの姿につられた可愛らしいカップルたちがこちらに顔を向けて、顔を輝かせながら駆け寄ってくる。あれよあれよと言う間にジェラート屋には行列ができた。
望まない展開に見舞われたオッサンをちょっと笑うと、百倍くらいの笑顔で威嚇された。