拍手お礼 ポルポ


プロシュートのそれを見ていて、何かが引っかかった。きっかけがあったわけじゃないけど、記憶の奥底が刺激されてゆらりと小さく波立ったみたいに、言葉にできない懐かしさと義務感が顔を出したのだ。
イケメンが煙草を吸う様をじっと見つめて自分の感覚を追求する。プロシュートはぷかりと煙を吐き出して嫌そうにした。喫煙する姿に注目されたくないのか、私に見つめられたくないのか、どっちでもいいけどあからさまに嫌がられると傷つくわ。傷ついたから責任とって私のこの引っかかってるモヤモヤを解決してほしい。なんだろな。
「吸いてぇわけじゃねえよな」
「うん」
「じゃあ何だ」
「……えーっと……」
見ていると心が刺激されるからかな。色んな意味で。
今度こそ顔を背けてしまったプロシュートを、身を乗り出して追いかける。テーブルのグラスに腕が当たりそうになったので奥の方に押しやった。
プロシュートに手掛かりがあるのかと思って頬杖をついて金髪の流れを観察していたが、彼が二本目を吸おうと箱から取り出したところで「あっ」と声が漏れた。あぁ、なるほどね。
私が気になっていたのはライターだったようだ。ぴん、と蓋を弾いて開き、点された火で紙煙草を炙るオシャレ極まりない男のたしなみ的なライター。ジッポってのかな、あれは。透き通った鋭い音と共に蓋が閉じられ、火が消えた。
すぱすぱ、心なしかおいしそうに煙草を吸うプロシュートからは注意を逸らして携帯電話を取り出した。なんでも調べられちゃう便利な時代だ。
検索するのはオーダーメイドでライターをつくってくれるメーカーだ。
勿論喫煙を勧めるわけではないし、むしろそういうこととは遠く居て欲しいけど、いや、ていうかウーン、なんだ、吸ってもいいけどもう少し大人になってからの方が私の気持ち的にはありがたいんだけど。パッショーネのドンはいつか葉巻に火をつけて、隣に立つ誰かとシガレットキスを交わすのだろうか。ロマンまみれの想像だ。
そう。
ライターを作っても私は使わない。
誕生日でも記念日でもない近日、輝かしい笑顔と意志の強い瞳が眩しい少年にプレゼントするつもりだ。
だってほら。私は『ポルポ』で彼は『ジョルノ』。
ポルポとジョルノときたら、ライターをプレゼントするしかないじゃない?
私の思考に無自覚でヒントをくれたプロシュートは、急にワクテカし始めた私を気味悪そうに見て、「どうでもいいが、テメーは吸うなよ」と忠告を投げかけてくれた。今のところ予定はないよ、ありがとう。"どうでもいいが"とか言ってるけど全然どうでもよくないのだろうなとわかって笑ったら、今度は「あ? なんだよ」と凄まれた。

当たり前だが、デザインの細部は憶えていない。ああでもないこうでもないと業者と額を突き合わせ、デザイン案を何枚も却下してそろそろ申し訳なくてつらいなと思った頃、貴様の方向性のわからないコダワリにはついて行けねえ、もう部屋に帰らせてもらう、と業者のお姉さんが渾身の提案をテーブルに叩きつけた。ああ、もちろんこれはちょっと誇張していて、実際は寝不足の顔で(何せ私は金額に糸目を付けないという意味でとても上客)いかがですかと三枚の紙を渡されただけだよ。
その中のひとつにビビッと来た。
それは手のひらにすっぽり収まってしまう大きさで、なだらかな輪郭に細かく彫りが入ったものだった。サイドを飾る浮彫の模様は繊細かつ大胆。シルバーはどこか冷ややかな印象を与えるが、冷たい本体とあたたかい火はアンバランスな美しさを見せることだろう。底にはサービスで、私からジョルノへ、という意味を込めた小さな文字が刻まれるようだ。
今まで、コレジャナイコレジャナイイヤヤッパリコウイウノデモナイ、とごねにごねた面倒な客だった私が一目で気に入ったので、メーカーの方にも気合が入った。

そして出来上がったのが、今、私の手の中にあるシンプルな装丁のプレゼントボックスだ。
中には珍しい形をした、業者の苦労の結晶がおさめられている。
私は電話を隔てて担当者にモーレツな感謝を伝えてから、早速、ジョルノのいるオフィスへタクシーを走らせた。手前のほうで停めてもらい、そこからは歩く。ジョルノは特に気にしないらしいんだけど、私はなんとなくこれをしてしまう。
フリーパスがあるので誰にも止められず、上階へのぼる。ちょうど訪問者が帰ったばかりだそうで、一時間くらいは待つつもりだったので意外にも早く部屋に入れて驚いた。
ジョルノは疲れなど感じさせない笑顔で私を迎えた。
「あなたに会えるなんて、今日はとても良い日です」
「ありがとね。用件から入って悪いんだけど、これあげる」
ジョルノが開始10秒で小箱を差し出した私を怪訝そうに見上げる。爆弾だったらどうするんだろうね。誰も警戒してないけど、私に化けている人が居るかもしれないからマジ気をつけて。まあそれは後で良いか。
「なんです、これ?」
「ライター。とにかくあげる」
「理由を訊いても?」
「あげたくなっちゃったから」
いや本当に聞けば聞くほど、話せば話すほど意味のわからん行動だな。私は情緒不安定な女の子か。
若きボスはあまり追求せず包装を開けた。休憩中なのか椅子に座り、軽くコーラ瓶を傾けるミスタが、明かりに照らされきらめいた銀のライターを見ようと首を伸ばした。
「ライターですか」
そうだよ。脈絡がなさ過ぎる私のプレゼント攻撃に混乱してその勢いで惚れてくれ。
プレゼントの内容に関わらず、ジョルノはきっと喜んでくれたはずだ。自意識過剰でなければだけど、私ってちょっとはジョルノと仲良しだと思うんだよね。あれほど一方的にビビり上がっていて何を言っとるんだ私はと思わなくもないが、それはそれ、これはこれ。実際に接してみるとあんまり怖くない。まだ急に近づかれると焦る時があるけど。
手触りと意匠を確かめたジョルノは、良い品ですね、と微笑んだ。そのまま試しに火をつけてみようとしたので、その前に口を挟む。
「ねえジョルノ。人が人を選ぶにあたって大切なことは何だと思う?」
「はい?」
「ミスタ君は何だと思う?」
「なんで急に君付けなんだよ。……ンー」
先に答えるのはジョルノだ。
「何ができるか、ですか?」
持ち掛けたのは私とはいえ、この台詞を生で聞けるとは。ライターについて考えた時に『ポルポ』と『ジョルノ』のやりとりもなんとなく思い出せていたのでちょっと感動した。
「俺はそいつを信頼できるか、が大事なんじゃねーかと思うぜ」
やっべミスタから正解出ちゃった。この場合の正解は『ポルポ』の回答に設定してるけどドンピシャ来ちゃった。続けらんねえ。笑っちゃいそうになったのを必死に堪えた。
「ポルポの考えはどうなんです?」
「二人に近いよ。詳しくは乙女の秘密にしておくけど」
「どういう意図があってこの質問を?何かの試験ですか?」
ウッ今度は耐えられない。試験。そうです。試験の真似をしたかったんだ。ごめんね私にしか通じないギャグで。ここがジャッポーネの関西だったらオチがなさ過ぎて殺されているところだった。イタリアで良かった。
「まあ、ちょっと訊いてみたかっただけよ。アンケートみたいなもん」
「そうですか」
「うん」
ジョルノとミスタが流してくれるサワヤカな性格で良かった。
「気に入ってくれたなら嬉しい。アロマキャンドルに火をつける時にでも使ってよ」
「わかりました。アロマキャンドルを買うところから始めますね」
「うん」
渡しただけでかなり満足したんだけど、本当に使ってくれるのならそれ以上のことはない。物は使われてナンボだよ。
逆にありがとうねと言うと、『逆に』の意味がわからない(あたりまえ体操だ)ジョルノたちは首を傾げた。笑ってくれて、安心した。