拍手お礼 ポルポ


その電話に一番驚いたのは私だった。ジョルノから連絡を受け、受話器を耳にあてたまま固まってしまう。えーっと、今の日本語?
「イタリア語ですよポルポ」
だよね。知ってる。クイーンズイングリッシュならぬギャングスターイタリー。
わかっちゃいるけど、聞き返さずにはいられない。私の両親がジョルノに連絡を取って来た、なんて。
本当に聞き取れなくて問い返したわけではないと知っているので、ジョルノも二度は言わなかった。
「どうしてもあなたの声が聞きたいと言うんですよ。電話を繋いで欲しいとね」
「うーん」
「彼らは今海外に居るそうで、顔は合わせられないとのことです。腕利きの探偵に会うためイギリスに飛んだ、と言っていましたね。それで苦節8年、ようやくあなたの情報を得たと」
「はあ」
「愛娘が裏社会の商売に手を出していたと知って驚いたそうですよ」
「そ、そうなの?」
「ええ。親不孝はいけませんよ、ポルポ」
あんたが言うか?
私は手持無沙汰にボールペンの頭を何度かノックした。音を鳴らし、プリントの裏にぐるぐるを描く。自然と筆はデフォルメされた人の顔を形作り、ため息が一つ。
どういう手段を使ったのやら。ジョルノが説明してくれたところによると、すべて腕利きの探偵さんとやらが手配してくれたらしいんだが、この探偵ってやつが信用ならん。というかそもそも、私に連絡を取り次ぐように言ってきた男女が一番信用ならん。……っていうか誰よそれ?
「ご両親の電話番号を言いますよ。メモ、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
「では……」
ジョルノが告げる番号はもちろん見たことも聞いたこともない羅列だった。

私はメモした番号を携帯電話に打ち込むと、一度だけ深呼吸をした。逆探知されない電話とはいえ、あちらがどういう手に出るかは読めない。……っていうか誰よホントに?
呼び出し音にちょっとだけ緊張した。一度目は出なかったので、時間を置いてかけ直すことにする。なんとなく拍子抜けした。これも作戦の内だったら、まんまと嵌められてしまっている。
一旦リビングに下りると、リゾットが洗濯物を取り込んでいた。あ、ごめんねありがとう。陽が陰り始めていたのか。私の行く先を表しているようでつらいよ。
「さっきジョルノから電話があってね。私の両親が私を見つけたんだって」
「……」
「"両親がいたのか?"みたいな顔」
「"今までお前は行方不明だったのか"という顔だ」
「あっそっちね」
行方不明だったのよ。若い身空でディアボロに拉致されてから、暮らす地域はそこまで変わっていないんだけど、身内からは随分離れて生きていた。戸籍上は死んだことになっているのでは、などと不吉な想像をしてしまった思い出。でも大丈夫、ギャングなんてみんな戸籍上は死んだような人たちばっかりだから。社会保障なにそれおいしいの?迂闊に病気もできない。
捜そうと思えば、捜せたのだろう。私がいなくなった直後は身内も大騒ぎだったに違いない。ビラでも撒かれたかもしれない。そして散らばされたそれらをすべてディアボロが回収していた可能性もある。彼は私というとても便利なスタンド使いをみすみす警察の手に渡す奴ではなかった。
やがて諦めた両親は、娘はいなかったと思うことにする。自分たちに子供はいなかったのだ。あるいは、死んでしまったのだと。
私も別れた両親が気にならなかったわけではない。ある程度のお金が手に入ってからは、ブラスコのツテで調査を頼んだこともある。
ちなみに、ブラスコってのは床屋に擬態するパッショーネの構成員だ。目立つタイプではないオッサンだが、チームに配属される前の下っ端の面倒を見る仕事柄、顔が広い――というより舎弟が多い。
数年前に調査結果を渡して来た彼曰く、両親は意外とさっぱり私を諦めていたそうだ。まあ、距離のある親子関係だったから当然なのかもしれない。私はあまりよい娘とは言えなかったし(自分で言うのも何だけど、聞き分けが良すぎたと思うし、どことなく『二度目の両親』に対する『接待』のような気持ちもあった。ウーン、ひどい)思い出も薄かった、のだろう。たぶん。
そんな感じであちらもこちらもお互いへの執着は薄かったので、これまで養育してくれてありがとねと思いはするけど、それっきりだ。接触しない方がお互いの為だとも考えていた。だって私、今更戻れない。戻る気もない。余計なやり取りはしない方が良い。
「放置してたツケが来たかしらね」
リゾットは黙ったまま洗濯物をたたむ。私も隣に座り、お茶請けのおかきを割った。
「どうするんだ?」
タオル類をまとめたあたりで、こんな質問を投げかけられる。そうね、どうするかって、どうしよう。
「挨拶とかしたい?」
娘さんを僕にください的な意味で。
「特には」
「そうよね」
言っておいて、肯定されたらどうしようかと思っちゃったわよ。娘さんを僕にください!よし、じゃあ幸せにしてやってくれ……。そんなやりとりののち、リゾットが油断したところでリゾットに殴り掛かる我が父。ないわね。色んな意味でないわ。
「リゾットとお父さんによる血みどろの戦いが繰り広げられたらどうしよう?私はどっちの味方になるべき?」
「どちらでも好きにしてくれ」
「そう?」
リゾットは携帯電話をちらりと見た。電話は沈黙したまま、鳴る気配はない。
「何の用事なのかしらね」
「連絡を取りたいだけかもしれない。ずっと捜していたんだろう」
「うーん……」
そもそも、の話なんだけど。
「本当に私の両親なのかな?」
「……」
「"知らんがな"みたいな顔」
「正解だ」
「おお……」
リゾットマスターに一歩近づいたね。

夕方に電話を掛け直すと、今度は3コールで繋がった。今はリゾットの前でする話でもなかろうと思って自室に引っ込んでいる。開けっ放しの窓から風が吹き込み、カーテンと紙が揺れた。
「もしもし」
『ポルポなの?』
くぐもった女性の声だった。うーん、と首を傾げる。
「そう。あの、このたびはどういったご用件で?」
『他人行儀な話し方は止めてちょうだい。ずっと会いたかったのよ』
「そ、そうですか……」
声を憶えていなくていまだに判別がつかない、というのは秘密だ。
『実は……』
曰く。
本当は連絡を取るつもりなんてなかったそうだ。ただ居場所を知れればそれで満足できたと。だけど、と。
『イギリスからイタリアへ帰る旅費を、すべて探偵社に費やしてしまって』
お、お金。
これはガチの両親であっても心にクる話だ。
『どうにか工面してもらえないかしら』
緊張がすとんと抜けていく。まあ、こういう用件なら話は早い。本物であれ偽物であれ、改めて調査を出すとしよう。
とりま、今の返事としては。
「あ、ごめんなさい。私も今、あんまりお金に余裕がなくって。ホントすみません」
『えっ』
「結婚式を挙げてハネムーンに出かけたら旅行先のカジノで有り金スッちゃって」
『ちょっと』
「ごめんなさいね。こっちの情報を調べ上げた探偵さんとお宅さんたちについては後々、またご連絡します。その時まで、この番号が使われていたらいいんですけど」
色んな意味で。
「いやほんと、すみません」
がちゃんと切って、終了。椅子の背もたれに深く体重を預け、無駄にぐるぐると回る。これ、椅子に良くないからあんまりやらない方がいいんだけど、今は見逃して欲しい。誰に見逃して欲しいのかはわからない。ただとりとめなく考えただけだ。
「……何て切ない終わり方なんだ……」
本物にしても偽物にしても、やり口がへたくそすぎる……。
「……」
うーん。
でもここまできっぱり断ったのだから(彼らが本物にしても偽物にしても)(なんていう前置き、めちゃくちゃ切ないんだけど)意味深に微笑み「私に両親はいません」と宣言する資格を手に入れたのではないかな。次に揶揄されたらそう答えてみよう。


ジョルノに連絡したところ、彼は意外そうに言った。
「送らなかったんですか」
「送らないでしょ、そりゃ」
ぽり、とクッキーをかじる。どんだけ善良な人なんだよ私は。
「正体もわからないままですか?」
「それについては調べ中だけど、たぶん違うんじゃないかなあ。今更になって探偵に依頼する理由も、初っ端から金銭面で頼ってきた理由も、要求された金額もビミョーに怪しいし」
「残念でしたね。リゾット・ネエロとポルポのお父さんが娘を争って血みどろの争いを繰り広げる機会は永遠に失われたという訳ですか」
「そうね。凄く残念だわ」
「代わりと言っては何ですが、リゾット・ネエロとブチャラティはどうでしょう」
「ナニが?」
「血みどろの争いですよ」
「わたしをめぐってあらそわないで」
「ロマンですよ」
「両親なんて比じゃないくらいのロマンだわそれ」
土下座して頼んだらやってくれないかな。やってくれないよな。
ジョルノはくすくす笑って、「頑張ってくださいね」と心の篭らないエールをくれた。