拍手お礼 ポルポ


空のワイン瓶が二本、テーブルの上に佇んでいた。ポルポがワイングラスの脚をいじると、イルーゾォはひっかけて倒してしまわないよう、グラスをテーブルの奥へ押しやった。
ポルポはほんのりと赤い目元を眠たげにこすり、んー、とうめきながら俯く。酔いを振り払い、隣から自分の口にナッツを含ませる指を捕まえた。それはメローネのもので、彼はポルポのまどろんだ視線を受けた。
「メローネのこと、なんかすごい好きだなって今思った」
「えっ!?」
メローネの目が丸くなる。酔った女は、青年のそんな姿を見てにこにこと笑う。
「可愛いんだよね、君は。たまにどうしようもなく可愛がりたくなるの」
「そ、そうかい?可愛がっていいぜ」
「本当?」
否やがあるはずもない。
「可愛いなー、メローネ、かわいい。こっち向いて」
「こう?」
椅子の向きを変えて向き直ると、ポルポは満足げに頷いて、メローネの髪に触れた。
「髪の毛さらさらだ。トリートメントはしているの?」
「もちろんしてるぜ。いつでも整えておかないと、いざって時に役立たないだろ?」
いざという時がいったいどういう時なのか、誰も追及しなかった。問うまでもないことだ。彼女もそれを些細なことと判断したのか、メローネの髪をたっぷりと眺める。
「うんうん、そうね。メローネ、メローネ……可愛いなあ。好きよ」
ニッコリともう一度笑いかけられたので、メローネも笑顔を返した。
「うん。俺も好きだぜ、自分のこと」
「それは良かった」
周囲の白けた空気は二人の間には漂わず、秘密を交わすように肩を竦め合う。



次に彼女が目をつけたのは、もじゃもじゃ頭の青年だった。
「んー!ギアッチョ、こっち来て!あっ、うそうそ、私が行く」
「近寄ってくんな酔っ払い」
「つれないこと言わないでよお。ねえギアッチョ、私、ギアッチョのこと大好き」
「オメー、今さっきメローネに同じこと言ったばっかだろーがよお」
「でもギアッチョのことも好きなの」
異を唱えたのはメローネだ。
「ひっでー!浮気かよ!」
椅子から立ち上がった金髪の視線を避けるように数人が身をかわした。その中でも、プロシュートはメローネに手を振って座るように示す。
「おい黙って見てろよメローネ、今イイトコじゃねーか」
「だから止めるんだろ!?」
ギアッチョは、プロシュートに噛みつく美青年よりも大きな声を出した。悪態をつく。
「クソッ、寄ってくんな!おい、誰かこいつを……」
途中で言葉が途切れたのは、言葉通り自分からギアッチョに近づいたポルポが豊満な胸に青年の顔を抱き込んだためだった。すぐに抵抗されて突き放されたが、笑い声の中に気にした様子はなかった。
「かわいいー、ギアッチョかわいいー、食べちゃいたいー」
「うるせー!褒め言葉じゃねーんだよ!」
「んん、ん?なんでだめ……?なんで触っちゃだめ?」
心底不思議そうだった。ホルマジオがグラスを傾け、氷どうしがぶつかる音が一瞬の沈黙の隙間を縫った。
ギアッチョが答えた。
「……酒くせえ」
「え!じゃあ、おさけのんでなかったらいいの!?きいた!?今のみんなきいた!?」
「おーおー、聞いた聞いた」
「マジにうるせえんだよお前。急にでけえ声出すな」
「……」
「急に黙るなよ」
「うむ、ごめん」
酔っているイルーゾォは理不尽だった。



「ペッシちゃーん、ねえねえ、あそぼ。ハグしてあそぼ!」
飛びついて来た相手を受け止める。ペッシは首をかしげた。
「ええっ、ハグ?うん、ハグはいいけど、それは遊びなの?」
もっともな疑問に指摘をするのは兄貴分。
「ペッシ、真面目に受け取んな。相手は酔っ払いだ」
「あんたもだろ、プロシュートよォ」
「呑まれなきゃあいいんだよ。こいつは飲み方がヘタだ」
飲み方がヘタなのではなくてただ単に飲まされすぎたのではないか、とペッシは思うが、誰にも言わないことにした。酔っ払っているのは誰しも同じだ。
「んー、ハグ」
「うん」
優しく抱きしめる。するとポルポはペッシの首に腕を回して頬にキスをした。
「安心するわー」
「そっか、良かったね。お水飲めるかい?」
「ん、ぐらっつぇ!」



男の声ががやがやと騒がしい。リビングルームは満員だ。プロシュートは大げさに脚を組んだ。
「……どしたのプロシュート?」
「大したことじゃあねぇ。黙ってツマミでも食ってろ」
「はーい」
視線を感じて顔を上げたポルポは、すぐに騙されて口を閉ざした。ひょい、とアーモンドをとってかじっている。
「おいしいね、さすがソルベとジェラートだ」
相槌を打つこともなく、プロシュートは指でポルポの気を惹いた。
「おい、ポルポ」
「はい?」
「ハグさせてやろうか」
「は」
あまりにも珍しい申し出に、ポルポが硬直する。ほんとうに、と唇が動く。メローネが止めるよりも先に、プロシュートが結論を急がせた。
「要らねえのか?」
「う、ううん!よろしくお願いします!」
案の定彼女は勢いよく立ち上がり、ぱたぱたとスリッパを鳴らした。
ほらよ、と開かれた腕の間にそっと飛び込んで、ためらいがちに一度ハグをする。ついでに深く息を吐いて、吸い込む。二人の間でポルポの胸が押しつぶされて、またすぐに戻った。
「これは惚れる!なんかいい匂いした」
「だとよ、リゾット」
「そうか」
つまり、ただ単に当てつけているだけだ。



「ホルマジ……」
「寝とけ」
「ええっ、じゃあイルー……」
「しねえ」
「えー……」



ふとした瞬間に、メローネが声を上げた。
「あーっ……」
とても名残惜しそうな声だ。
「結局リーダーに落ち着くんですね、兄貴」
トレイを片手に和やかな表情をみせたペッシと、挑発するような眼差しのプロシュートは対照的だ。
「男の嫉妬は見苦しいぜ、リゾット」
「俺はまだ何も言っていないがな」
ソファに並んで腰掛ける二人の影は、片方が片方にくたりともたれかかったものだ。力のない首が、重たい頭をリゾットに預けて穏やかに傾いでいた。
リゾットは頼りない肩を支えながら立ち上がった。
「上に寝かせてくる」
ペッシが元気よく首肯する。
「はい、リーダー!いってらっしゃい!」
「俺も行く!ポルポの部屋だろ?」
「お前はいい」
「やめとけや、メローネ。寝かせてやれ」
ぶう、とふくれた顔を冷たい瓶がさます。メローネがそれを邪魔だと突っぱねる頃には、リゾットはもうポルポの身体を抱き上げていた。力なく投げ出された腕が、彼女の睡眠を表していた。
「静かになって落ち着く」
「ツンツンしちゃってよぉ、イルーゾォちゃん」
「ハグしてもらえばよかったのにな」
「欲しくねえ」
階段をのぼる背中を見送る。



リゾットがポルポをベッドに寝かせ、布団をかけて階下に戻ったのは、もう二時間ほど前のことだ。
きちんと片付いたクチーナの灯りを落とし、最後に家の鍵をかける。カーテンを閉め、シャワーを浴びて、それから部屋に入る。
ポルポはやはり眠っていた。部屋には少しアルコールの匂いがある。ただ違ったのは、彼女が眠っている場所だった。
リゾットは確かにポルポを壁際に寝かせたはずだったが、彼女がいるのは反対側の、普段リゾットが眠っているスペースだ。さらに言うならば彼女の頬はリゾットの枕にくっついていて、暖かい手は枕カバーを握りしめていた。
その手を外すと、ポルポはうっすら目を開けた。
「あ……本物?」
「そうだな」
「そうかい……」
それきりまた目を閉じる。脱力している身体をごろりと奥に転がし、リゾットもベッドに乗り上げた。