拍手お礼 ポルポ


突然だけど、私は彼の好物を忘れていた。何年前だと思ってんだ、そんな細かい情報まで把握しているわけがなかろう。
夜景の綺麗なレストランでカルパッチョをつつき私一人がお酒を飲む、会合とは名ばかりのちょっとしたディナータイムで、ふと気になっていたことを訊ねたくなった。ジョルノは芸術的に飾られた牛肉の薔薇をフォークですくい取り、怖くなるくらい整った唇を開いた。咀嚼する動きがこれまた非常に神聖さを感じさせるので、不躾ながら視線が釘付けだ。
私の気持ちに気づいているのか、ジョルノはミネラルウォーターですべてを流して口周りを丁寧に拭ってからにこりと微笑んだ。輝く眼は力強いのに包容力が半端じゃない。これがドン・パッショーネの力。53万くらいありそう。
集中して食べるべきメイン料理も終わったことだし、前から気になっていたことを訊くとしよう。
ジョルノはほとんど初めから、私の存在を受け入れていた。もちろん、私が本当はいなくって暗殺チームも護衛チームも生存率がクソ低くて片方に至っては全員死亡、みたいな話を彼が知る由もなく、元からいる人間として私が受け入れられるというのはわかる。しかし、それにしたってこうして食事をしてくれたり、自営業とのパイプを繋げっぱなしにしていてくれたり、ジョルノは私に優しすぎるんじゃなかろうか。
なぜ人と仲良くするのか、訊ねたところでまともな答えは返らない。私だってそんなことを言われても困る。好きだからとしか言いようがない。たまに損得が絡むけど、概ねは感情で処理できる話だと思うからだ。
でも、ジョルノはパッショーネのボスだ。私と繋がりを持っているのは少なからず得があるからだろうけど、それ以外でもこうして親密なお付き合いをしてくれる理由がちょっとよくわからない。『ポルポ』を最初から受け入れていたような、達観した受容の眼差しがあった。七割くらいは好意的だったし、私の悪事を疑う素振りは、まあちょっとは見せても、すぐに打ち消した。なんでやねん。
ジョルノは私にローストビーフのおかわりを勧めた。ありがたくいただき、皿が運ばれてくるのを待つ。その間、少年はひと言も喋らず温和な笑みを浮かべていた。
ぴかぴかのお皿にお肉が数枚のってやってくる。おいしいから遠慮なく食べてしまうぞ。話の途中だけど、先にいただいてもいいかな。
ジョルノが私に食べるよう促した。
「食べながら聞いてください、難しい話じゃありませんから」
「そう?」
十歳くらい年下の少年に貫録で負けている。特に悔しくないところがジョルノのスゴさなのか私のダメさなのか、そのあたりは置いておく。ローストビーフの前にはすべての問題が塵芥の如し。
「あなたは怒らないと思うので正直に言います」
口を開けたところでこの不意打ち。ジョルノ様ってばひどいよ。口元まで運んだフォークを戻すのも抵抗があったので、失礼だろうけど聞こえなかったふりをしてそのまま食べた。もぐもぐしながら続きを頼めば、ジョルノは少し恥ずかしがったように見えた。
「僕はタコのサラダが好きなんです」
「……あ、そう……」
あまりの衝撃にパードゥンも忘れてしまった。タコのサラダ。そうだったっけ。プリンが好きなのは憶えていたんだけど、あ、そうですか、タコのサラダね。確かに私もオレンジジュースが好きだから、オレンジだったりアランチャだったり、その辺りの名前には敏感だ。オランジェットもオレンジケーキも一度はチェックしてしまうしね。それと似た感じかな。タコのサラダね。はい。タコです。
「……笑いますか?」
珍しく照れているらしいジョルノには申し訳ないが、照れなくていいよそこは。全然問題ないよ。笑わないし笑えないから大丈夫だよ。
これが彼のジョークにしても本音にしても、ちょっと面白かったので、この疑問はもう解決したことにしよう。