拍手お礼 ポルポ



ソファに座るリゾットの膝の上で、彼と向かい合い、ぐにぐにとリゾットの唇に触って、私は思うたのですよ。
「リゾットって唇のケアとかしてる?」
この男の唇はいつもそれなりに柔らかく、それなりに潤っていて、それなりに触り心地が良い。私の中のうるうるリップ選手権はダントツでフーゴちゃんとジョルノがツートップを突っ走っているのだが、リゾットの唇は彼らとは違った方向に突き抜ける心地よさだ。
そう言う私の唇はどうか。唇の皮を引っ張って血が出るのがとても苦手なので、ある程度はきちんと潤いが保たれるようにはしているけれど、その程度だ。辺りに転がる凡百な唇と何も変わらない普通のものだと思う。
「特には何もしていない」
そうだよね。リゾットの答えに少し安心した。だって、彼が唇のケアのために蜂蜜パックやら頻繁な保湿やらなにやらとこだわりを持っていたら私はどうしたらいいんだ。これ以上女子力で負けるわけにはいかない。彼よりも情熱思想理念頭脳優雅さ勤勉さ、包容力家事スキルお作法立ち居振る舞い几帳面さ真面目さ真剣さ信頼体格、そして何より速さがたりない私としてはこれ以上引き離されると支障が出て来る。主に、私の立場がない。リゾットってば何でもできるんだもんな。私がやってあげられることってマッサージくらいだ。あとお金。うっ、切なくなって来た。金で繋ぎ止めてるんじゃあないんですよ、本当に。ユーロなんて。ユーロなんて。
「じゃあどうしてこんなに触っていて楽しい唇をしているの?」
食べているものは同じだぞ。カッフェを飲むのが良いのか?そんな話は聞いたことがない。
リゾットは自分の唇に触った。それから首をかしげる。
「自分ではわからないな」
「そういうものかあ……、あっ、私には触らない方が良いよ。さっきリップクリームを塗ってしまったから」
トイレに行った時に、カーディガンのポケットにリップクリームを放り込みっぱなしだったことに気が付いて(こういうところがダメなんだよな)洗面所で軽く塗って来たのだ。こまめにやらないとこの時期はすぐに乾燥する。
「リップクリームも使ってないのに、なんでこんな触り心地がいいのかなああああ。素質か?血行か?」
「そんなに気にすることか?」
「リゾットの唇は触っていて楽しい。私のは特に面白くない。この違いは重要だと思うのよね」
どうせならふにふに柔らかくてぷるんとしていたほうが便利でもある。私はそこまでがっつりお化粧をするタイプじゃあないんだけど、乾燥しているよりはグロスだってノリが良いしさ。リゾットには関係のない話だったか。彼がグロスを塗る時なんて、たぶん、来ない。たぶん、とつけるのは、そういうお仕事を意図的に私がリゾットへ回しさえすればしっかりばっちり目撃することができると知っているからだ。ソルベの『変装』で女体化したリゾットがメイクアップするシーンはいくらつぎ込めばRECが許されるのだろう。
じっと考えていると、リゾットが私の腰の後ろで手指を組み直した。軽く引き寄せられて、とても自然な流れで、合わせるだけの口づけを受ける。
「んん?」
雰囲気もへったくれもあったもんじゃあないけど、目も閉じずにしばらく待つ。ぶっちゃけると目を閉じるのを忘れていた。私だってやる時はやるが、今はやる時じゃあなかった。ただそれだけの話だぜ。できないわけじゃあねえのさ。
「お前はよくリップクリームを塗っているだろう」
「そうだね、今も」
吐息がかかるほどの至近距離で短く会話をしたのちに、リゾットは離れ、親指で軽く自分の口をこすった。
「移っているんじゃないか?」
「マジで!?そういうのって都市伝説じゃないの!?」
「さあ?」
すっとぼけたのか本気でどうでもいいのか。きっと後者だな。
へえーそうなんか、と素直に感心する。もしそうだとしたら、私はイタリアの空気にものすごく流されていることになるな。本題とは関係のない場所に思考が走るのは私の悪い癖だが、今だけは許可をいただこう。
だってそれってつまり、私たちってイタリア人らしく、それなりの頻度で唇を合わせているっていうことじゃあないのか?
「……色のついたリップをしていたら、もっと早くにわかったかもしれないわね」
「かもしれないな」
恐らくテキトーに肯定したリゾットを見て、私は考えるのをやめた。イタリア人はディ・モールト怖い。まったく不思議に思っていなかったもんな。私の経験がなさすぎるからか?イタリア人はみんなそうか?今度トリッシュに訊いてみよう、と考えて、あっそういえばまだブチャトリは成立していないんだったと思い出した。残念。