拍手お礼 ポルポ

ペッシ視点



俺は時々思うことがある。
兄貴とポルポの関係って、なんだか不思議だなあ、と。

例えば俺が面白いと思うのは、兄貴はポルポを『女性』の枠組みの中には置いていなさそうなところだ。兄貴は女性にとても優しい。ぶっきらぼうな言動を取ることがあっても、その裏にはイタリア人らしい尊重の念がある。
けれどポルポに対しては、結構ぞんざいな扱いをしている。
二人で並んで歩いていることは少なくて、兄貴はだいたいポルポの斜め後ろを、ゆっくりとした足取りで、街の通りを眺めながら進んでいる。ポルポは少し前方でヒールを鳴らし、食べ物を探しながら街道を行く。二人の視線が交わることは少ない。
俺がいる時は「ペッシ」「ペッシ」と名前を呼んでニコニコして、兄貴の後ろを歩く俺の方まで足を戻すから、結果的に兄貴とポルポが隣り合って歩くことになるけど、その時も、他の仲間にするみたいにべたべたしたりは、ポルポはしない。拳二つ分くらいの距離を開けて、プロシュート兄貴と明るく会話をする。イルーゾォがいっつもその腕を振り切ってツンツンするみたいに、ポルポの腕がプロシュート兄貴の腕に絡むことはない。ポルポがリーダーに時々するみたいに、服の裾をくい、と引っ張ってどこかを指し示すこともない。ポルポはプロシュート兄貴の肩を気安くたたいて指をさす。そうすると兄貴がポルポの示した方を見て、ああ、と眉を動かして一つ頷いてやるのだ。
「いいんじゃねえの、食えば」
他の女性にするように「買ってやるよ」とは言わないし、ポルポも買ってほしいなんておねだりしない。でもなぜか、彼女は兄貴に許可を求めているらしい。兄貴もそれをわかっているから頷いてあげている。
「どうしてですか?」
ポルポがホットサンドを買いに行っている間に訊ねてみると、兄貴は煙草を吸おうかやめておこうか考えながら、俺の目をちらりと見て答えた。俺の肩を通り過ごして、ポルポが迷子になっていないか確認しているのがわかった。
「さあな。大方俺のことをそれこそ『兄貴』だとでも思ってるんじゃねえのか」
そういう兄貴は、ポルポのことをどう思ってるんですか?
そんな野暮なことはさすがに質問できなくて、俺は間の抜けた相槌をうった。

例えば俺が凄いと思うのは、ポルポがなんのてらいもなく、兄貴の開かれたシャツの奥に触れることができるところだ。
俺には普通の『仲間』というものがわからないけれど(だって俺のいた環境は贔屓目に見たって『ふつう』じゃない)、きっと世の中の上司と部下はそんなあけすけな交流はしないと思う。
それにポルポは女性だ。男性同士なら……まあ、うん、しなくもないかもしれないけど、女性のポルポが男性の兄貴の胸をべたべた触るなんて、やっぱりポルポはちょっとおかしい。ポルポに指摘したことがあるけれど、その時は「あのね」と真剣な表情で俺を見て、夕焼けの色をした無気力な瞳を輝かせて、きっぱりと言われてしまった。
―――自発的にさらされている立派な胸筋はね、公共のものなのよ。
ギャングの世界ではそうなのかな?俺はまだ一人前になれていないからわからないのかな。

例えば俺が、何度だって不思議だと思うのは、兄貴がポルポの勝手な行動を容認しているところだ。あの兄貴が、ポルポに胸を触られることを許している。俺だって触ったことないよ。あ、ううん、触りたいわけじゃないんだけど、ていうか触ろうとも思わないんだけど、言葉に表せないくらい、それって不思議なことじゃないかな。

不思議なことはもう一つある。
兄貴はポルポがうたたねをしてしまった時、例えば電車で彼女の頭からこてん、と力が抜けると、それを引き寄せて自分の肩に預けさせる。男らしくてとてもカッコいい。
アパートのソファでポルポが寝ている時も(あれ?ポルポってなんだか寝すぎだね)、気が付いたら毛布を掛けてあげている。
胸を触られたり、接触されることを、「邪魔だから退け」なんて口に出される言葉の通りに嫌がっていたなら、こんなことはしない。
ということは兄貴はポルポを好意的にとらえているのだ。
ポルポは親愛の情を抱く女性なのに。兄貴はイタリア人なのに。それなのにあんなにぞんざいで、そのぞんざいさに似合わないくらい彼女の言動に目を配っているのって、いったいどうしてなんだろう。

ホルマジオに問いかけてみた。
俺の仲間はみんな客観的に物事をとらえることに長けている。だけど、その中で一般的な目線を重視している人数は少ない。知識として頭の中に常識を蓄えていても、揮おうと思わないのが彼らだ。
ホルマジオとイルーゾォは数少ない、一般的な考え方を重視する仲間だった。
そのホルマジオは俺の疑問を噛み砕いた後、あー、と曖昧な音を吐き出して首の後ろを手でこすった。
「なんつーかよォ、ペッシ。オメー、犬に顔舐められてなんか思うか?」
「え?……うーん、俺のことを好きでいてくれてるのかな、……とかかなあ」
「そういうこったろ」
つまり兄貴って、ポルポのことを……犬だと思ってるってこと?

俺の頭はわからないことでいっぱいだ。兄貴みたいに思考を整理できないこともある。感情に任せてしまうこともある。
だけどそんな俺が精一杯、この六年間考え続けた結果導き出された結論はこうだ。
兄貴はポルポのことを『家族』だと思っているのだ。
ポルポがそうであるように。
俺たちが全員をそう思うように。

なんだか嬉しくなってしまう。
アパートにやってきたポルポに、早速答え合わせをお願いした。宿題でもなんでもなかったけど、ポルポは快諾してくれて、俺の入れたラッテを飲みながらテーブルを挟んで向かい合う。
「ポルポは俺たちの家族なんだね」
いきなりこう言うと、『ふつう』は面食らって事情を聞き出そうとする、かもしれない。
でもポルポは夕焼けの色をした無気力な瞳をぱちりと瞬かせて、そうしてにっこりと笑った。
「そうだと嬉しいよ、ペッシ」
きっとそうだよ、ポルポ。俺たちは家族なんだ。
この言葉は伝えなかった。代わりに、ずっと考えていた兄貴のことを訊く。
「ポルポにとって兄貴って、どういう存在なんだい?兄貴は『兄貴』?」
答えづらかったかなと不安になる必要はなかった。ポルポは首を傾げてから、そうね、と一口ラッテを飲んだ。おいしいわと言われて、俺もニコニコしてしまう。ポルポは周りを笑顔にする珍しいスタンドを持っているのかな、と思うくらい、ポルポの周りは賑やかが絶えない。
「私はプロシュートのことを自分の子供のように思っていたことがあるけれど、今は頼りがいのある兄貴だと感じているわね」
あの兄貴を自分の子供のように思っていた、なんて、よく言えるなあ。ポルポはすごく正直だけど、真顔で冗談を言える厄介なところもあるから、俺には今のが本当のことなのかギャングのジョークなのか、判別がつかなかった。
「じゃあ、兄貴はポルポのことをどう見ていると思う?」
ついでに問いかけてみる。ポルポは悩むことなくすっぱりと言い切った。
「犬じゃない?」
「……」
自分を客観的に見ることができるって、時には損だなあ。
俺は何も言えなくて、苦し紛れにラッテを飲んだ。