拍手お礼 01


私が某最終幻想RPGをプレイしている間、リゾットは私の隣に座って画面を見ていた。ゲームがやりたいのかと思ってコントローラーを差し出してみても短く否定されて顔を前に向けさせられたので(続きが気になっていたのかもしれない。ゲームのストーリーを気にするリゾットとは……)、人のプレイ画面を見ているのが好きなのだと判断して私も黙る。
それから一時間と三十分。
ネエロ時計は正確で、彼は昼間からぶっ続けで四時間没頭していた私の気を優しく逸らした。まあ、優しくと言ってもリゾットの優しさは無表情無感動に行われるものなのだけどね。" メローネと自分の扱いを比較してみると、それなりに対応がやわらかいかな? "というレベルの話だけどね。いいんだよ、私が優しさだと感じればそれは優しさなんだ。
セーブをしてゲーム機の電源を切ると、リゾットは「飲み物を持って来よう」と二人分のマグカップを手に立ち上がった。
「ありがとう」
いつもなら、私も行くよ、とかなんとか理由をつけて、あわよくばキッチンからおやつを持って上がろうとするのだが、今日は任せてしまった。なんとなく、部屋でリゾットの帰りを待つシチュエーションが自然だなあと感じたのだ。
天気は穏やか。レースのカーテンからは風が吹き込み、部屋は暑くもなく寒くもなくうるさくもない。のんびりと時間を過ごすには最適だと思わんかね。私は思う。

ところで、私の本棚には大きく分けて四つのゾーンがある。
一つはお察し、薄かったり厚かったり特殊な装丁だったりペーパーだったりホチキス止めだったりする、ちょっと人に言えない本。もう二つは日本文学とコミックの段で、最後に、一番下の段にはゲームソフトのパッケージが並んでいる。
カーペットの上に座椅子を置いてそこに座っている私からは、その一番下の段がよく見えるわけで。
目に入ったタイトルをどこまで進めていたか、気になってしまうのは人の性。
ぐーたらに四つん這いで近づいて、いくつかタイトルを物色する。奥の方に積みゲーを見つけてちょっとわくわくした。このゲームは面白いって聞いたんだよなー。恋愛ゲームなんだけど、システムが面白いと有名で。

「ポルポ」
「あ、おかえりリゾットちゃん。ありがとう」
湯気を立ち上らせるマグカップを二つ持って、リゾットが部屋に戻って来た。
ゲームソフトのケースを開き、中に手を伸ばしていた私に無機質な視線が突き刺さる。
「……」
まだやるのかって言ってる?別に私君に付き合ってほしいとか言ってないし、好きに過ごしてていいんだぞ?
暗殺チームのルールでは、上司、いや同僚、いや上司?わかんないけど仕事仲間が仕事の合間に息抜きをしていたらそれに付き合わなくてはならないんだろうか。そんなわけないだろ。
もしかして、放っておいたら私がゲームのクソシリアスな展開に豆腐メンタルをやられてどんよりすると思ってるのかな?でもそれはたぶんリゾットだってそうなるよ。鬱ゲーをやって立ち直れなくなるのは一種の形式美だよ。
「今日は睡眠時間が少なかっただろう。無駄に体力は使わないほうがいい」
お、お母さん……!でもそれ言外に私は貧弱だって言ってるのかな?もっと罵ってほしい。
「でも、ゲームをすることでむしろ回復するから大丈夫だよ」
特にこれ恋愛ゲームだし。キャラクターを攻略するたびに湧き上がる無意味な元気パワー。
ぺらりとパッケージをひっくり返して、乙女ゲーにしてはシンプルな装丁のファンタジックなイラストを見せてからハッと気づいた。リゾットが寛容すぎてまったく意識していなかったし、棚の中に恋愛ゲームがあることはすでに隠そうとして失敗しているから開き直っている部分はあったけど、仮にも男を攻略する内容のゲームを恋人に「今からプレイしますよ」って宣言してどうするんだ私。
「……」
「り、りぞっとちゃんがいちばんだからね」
「自分の演技が下手だということは自覚したほうがいいな」
「すみません……」
叱られちゃったてへぺろ。でも君たちが一番なのはガチですよ。


かちかちとプレイをしていると、とある言葉がネタとして取り上げられていた。聞き覚えのあるフレーズで、一度耳にしたら二度と記憶からはがれないだろう発言。
ずっと前から、具体的にいうと前世から気になっていたんだよねえ、これ。
「『ヤバいとは思ったが気持ちを抑え切れなかった』って一度は言ってみたいし言わせてみたいよね」
もちろん檻の中でではない。なんとなく口にしたくなる言葉だ。ヤバいとは思ったがホニャララをホニャララできなかった、というネタの定型句があるくらいだ、みんな口に出したいに違いない。
「そうだな」
ものすっごく適当な相槌が返って来た。
「(こいつ今めちゃくちゃテキトーに答えたな……)」
私がくだらない話題を振ると、食いついてくれる時とくれない時がある。今は私の首を撫でる方が大事らしい。くすぐったいからやめてくれと言いたいけど、触られている私は私で体温が心地よいからそのまま、撫でてもらっている。あ、余談だけど今の私はリゾットを椅子にしている。人間椅子。安定感がヤバい。
三回くらい親指を喉元に滑らせてから、リゾットが口を開いた。
「取り調べでの供述を総括したものがそれなんじゃないのか?」
そうだね。
「普通は言わなそうよね。……ちなみにリゾットちゃん。『どうしてあんなことをしたの?ヤバイとは思わなかったの?暗殺チームのリーダーとして、上司に手を出すのはどうなんだね?』」
「ああ……」
私も部下にいろいろセクハラしたりただならぬ想いを抱いた経験があるし現在進行形でセクハラしたりただならぬ想いを抱いているのでそこを指摘されたらブーメランで死ぬしかない。
幸いなことに、リゾットはお遊びに乘ってくれた。
「『ヤバイとは思ったが気持ちを抑えきれなかった』からな」
「ヤバイと思ってなさそう」
「そうか?」
うん。
でも肯定はせずに、そのままナデナデと手を撫でておいた。じゃ、私はめくるめく桃色の世界へ旅立ちますので。