25 お前に勝つために


ホル・ホースは私に人差し指を突きつけた。
「じゃあな、姉ちゃんよ。もう二度と会うこたぁねー」
「元気でね」
窓側のベッドの上でホル・ホースがニヤリと笑う。彼はもう一眠りしてから姿を消すと言った。負けても勝ってもさようならだ。どこかの女性のところへ転がり込むのか、さすらいの旅を続けるのか。新しい相棒が見つかるといいね、と社交辞令を残してドアを閉めた。あ、鍵は私が持ってるから彼は一度部屋から出たら忘れ物をしても取り返しがつかないよ。気をつけてね。頭の中で忠告した。

開かれた扉の向こうは、ぽっかりと口を開ける悪魔の胃袋に似ていた。どこまでも真っ直ぐ続く廊下の消失点は見えない。
ごくりと唾を飲んだジョースターさんは、知らず流れた一筋の冷汗を拭って一歩踏み出した。
そんな彼らを出迎えるように、館の奥から飛び出したひとりの男が目の前に立ちふさがる。スキーヤー顔負けの足さばきで急ブレーキをかけた彼は優雅に腰を曲げ、闇の帝王も真っ青な整ったお辞儀を披露すると、穏やかに己の名を名乗った。
「ダービーと申します。テレンス・T・ダービー。あなた方に再起不能にされたダービーの弟です。どうぞ、上着などをおとりしましょう。中へお入りください」
道を開けられたが進みづらい。相手のペースに呑まれちゃうよね。こういうのってインパクト勝負みたいなところあるからさ。謎のポーズで威嚇し合う自然界の喧嘩はポーズが大きい方が勝つ。奇行には相手を勝る奇行で対応しないと勝てないのでは。リゾット今よ、あのセクシーポーズを出すのよ。内心でけしかけたがもちろん聞こえないし、サルディニアでの戦いがなかった彼はあのポーズを知らないので、声に出してけしかけていたとしても首を傾げられたことだろう。ていうか本当に何だったんだろうね、あの胸筋と腹筋の美しさを主張する前衛的モデルみたいなポーズ。機動力にあふれるのかな。読者サービスかな。だとしたら大成功だ。
私がぼけーっとする間にも話は進んでいた。薄い本ではDIO様とそのカップリング相手の朝チュン部屋に朝食を運び気だるげな姿を目にし"今日もお元気そうで何より"と微笑みを浮かべるDIOの館のお母さん的存在として描かれるテレンス。実のところはどうなんだろうね。女の人とDIO様の情事の痕跡が残るシーツを洗濯したりするんだろうか。どこで乾してるんだろ。お庭とかベランダがあるのかな。
「兄はあなた方と戦って敗北しました。敗北した方が『悪』なのです。怨みなんかこれっぽっちもありません。兄は兄、私は私。DIO様をお守りするだけでございます」
「俺たちは魂の奪い合いっこをする暇はねえ。さっさとテメーを叩きのめして先へ進むぜ」
全然関係ないんだけど、テレンス・T・ダービーのTって何の略なんだろうね。明治・エッセル・スーパーカップみたいなイメージが付きまとっていて素直にミドルネームを受け入れられないんだけど、ここがジョジョの世界であるってことは元になった音楽的なナニかがありそうだ。カッコイイんだろうな、きっと。私は何でタコなんだろうね。悔しいです。
「さあ、DIO様にお会いになりたいのならまず、私の相手をしていただきましょう」
この言葉に全員が応と声を出し、承太郎くんが前に進み出た。
「リゾット、テメーは引っ込んでな。こいつは俺がやる」
横を通り抜けるとき、私を避けてリゾットの腕に軽く触れる。リゾットはちらりと承太郎くんと目を合わせる。そのまま小さく頷き、テレンスを見据えた。彼が承太郎くんに意識を向けたのを確認するやいなや、前振りも予備動作も掛け声もなくメタリカを使った。
テレンスがぐっと口元を押さえ、こみ上げる嘔吐感に身体を折る。
一度はリゾットを館の内部に入れていたものの、まさか承太郎くんが釘を刺した直後に行動に移すとは思わなかったテレンスは、鉄分を操られるがままにカミソリを吐き出しずたずたの喉から悲鳴を絞り出す。DIOの館でのリゾットは肉の芽の効果によって唯唯諾諾な操り人形と化し、ただでさえいざって時以外は静かなのに輪をかけて寡黙だったことだろう。何か余興で楽しませろと言われても無言のままで、DIOに命じられてようやく近くのモブ吸血鬼にスタンドをふるうような、"命令通りに動く男"。テレンスとリゾットの間にどれほどの関わりがあったかにもよるが、この様子だとテレンスはリゾットを"動くなと言われたのなら動かない"人物だと認識していたようだ。だから承太郎くんに"動くな"と言われたリゾットが何かを仕掛けてくるとは、まったくさっぱりこれっぽっちも思わなかった。ははは、我らがリゾットと承太郎くんの意思の疎通は完璧なのだ。ぎこちないやりとりの中でもこの口数の少ないふたりは何となく通ずるところがあるのか時々視線で会話もしていたぞ。貴様の敗因はそれを知らなかったことだ。なぜか私が得意げになる。
承太郎くんがリゾットにしっかり頷いてみせた。リゾットもそれに軽く顎を引く。テレンスはげーげーしながら膝をついた。
「くっ、きさまら、卑怯だとは思わ、ないのか。こんな……こんな、チクショウがぁッ!!」
敬語の仮面がはがれたテレンスに、誰も目をくれなかった。
「黙って俺たちを通しな」
「誰がッ!くそっ、くそォ!」
数分もそんな悪態を聞き続けると、テレンスの意識は酸素の欠乏と多量の出血により朦朧とする。もう言葉のお尻なんかはふらふらして勢いがない。顔色も悪くなり、最後に一際大きく無念の声をあげたあとはどさりと床に倒れ、口の中で金属がこすれ合って鳴った。それが最後の音だった。
「死んだのか?」
「いや、まだ生きている」
「そうか」
ポルナレフが腰に手を当ててテレンスの顔を覗き込んだ。吐き出されたカミソリを足でつついた花京院くんが苦笑しながら言う。
「リゾットさん、この作業慣れてますね」
食べてないけどベビーカステラ噴いた。答える必要はないッて言う?言っちゃう?
「そう見えるか?」
「ええ、とても。動揺もしていませんし。慣れていますよね?」
「そうだな」
「ふふっ、やっぱり」
言わなかった。
アヴドゥルさんがぱちんと指を慣らす。四方を表す炎が点り、その一つが激しく音を立てて弾ける。
「この迷路のような廊下の幻覚が消えないということは、この男のスタンドはこれとは別にあるのだな。戦わずに済んだのは楽だった。ありがとう、リゾット」
「俺の言いてえことが伝わるかは賭けだったが」
「以心伝心でしたね、リゾットさん」
「……そうだな」
高校生組の小さな笑みを受け、リゾットは目を細めた。

アヴドゥルさんの生命探知の炎を追う。炎と鼻で敵の存在を嗅ぎつけたザ・フールが迷路の作り手を一撃で倒し、辺りの幻覚はすぐに解けた。
広い館だった。私の家がすっぽり入ってしまうほどだ。天井も高く、至る所に散らばる意匠の凝らされた飾りがかえって不気味さを感じさせた。
私は息を落ち着かせるよう、胸を押さえた。緊張しているのか。そりゃそうだわ。ここは伏魔殿、DIOの要塞。怖くないほうがおかしい。平然としているリゾットはつまりおかしい。怖くないの?訊いてみると「怖いと言うよりは、どうすれば奴が死ぬのかを考えていた」と答えられてOhとしか言えなかった。Oh……そうですか……。たぶん私が想像したニュアンスとはちょっと違って、吸血鬼に対する興味のようなものが勝っている、のだとは思うのだが台詞だけ聞くとちょう物騒。
私たちは二手に分かれて進路をとることに決め、先に2階を捜索するグループと1階をまわるグループに分かれた。非戦闘員の私を考慮し5対3に分かれようという話になり、私たちはポルナレフ、アヴドゥルさん、イギーを残して2階へ続く階段に足をかけた。
その時だった。私が壁の落書きを見つけてしまったのは。
「このラクガキを見て後ろを振り返ったとき、おまえらは」
まさか、と思い声に出して読んでも内容は変わらなかった。ザ・フールが迷路のスタンド使いを倒す時に舞った塵で汚れていた部分を手で拭い去る。不吉な予言がそこに完成した。
「――死ぬ」
ポルナレフがはっとしてこちらへ走り、私たち5人全員に思い切り体当たりした。ジョースターさんなんかはほぼ殴り飛ばされる勢いだった。
階段の一段目を挟んで、ポルナレフたちと私たちは完全に二分された。
空気がガオンと鳴り、ポルナレフがすんでのところで床に転がり暗黒を回避した光景は、ジョースターさんたちに信じがたい衝撃を与える。
「な、……何だ、今のはッ!?」
「ポルナレフさん!!」
アヴドゥルさんの炎は暗黒空間に隠れたヴァニラには届かない。宙を舐めた炎の縄を引っ込め、ポルナレフを引っ張り立たせる。
ポルナレフが叫んだ。
「君たちは逃げろ!私たちが先に2階へ行く。きっとDIOは上階に居るはずだ!……なぜなら……」
わずか逡巡したが、彼は言い切った。怒髪冠を衝くであろう台詞を。
「"バカは高い所が好きと言うからな"!!」
狙い通り、ヴァニラ・アイスは怒り狂って姿を現した。それを見てポルナレフは階段を駆け上る。追いかけようとしたジョースターさんを押しとどめ、アヴドゥルさんとイギーがポルナレフを追うのを見送る。
「なぜ止めるんです!」
花京院くんは反射的に私へ怒りをぶつけた。けれどすぐに我に返る。
「すみませんでした。僕たちは別のルートから上に行って、DIOを探さなくては……。そういうことですね、ポルポさん」
「ホリィさんの容態は危険だっていうから、戦力は落ちるけど館を探したほうがいいと私は思う。ポルナレフたちなら大丈夫」
……た、たぶん。今のポルナレフなら大丈夫だと思う。そうでなければあんなことはしないはずだ。信じさせてね。
渋い顔ながら、ジョースターさんも頷いて立ち上がる。殴り飛ばされた頬が腫れて痛そうだった。
列を作って廊下を進む。左右の廊下には絵画が並び、肖像画が私たちを見つめた。有名なものかどうかはわからないし薄暗いけど、結構好みの色遣いかもしれない。
開けたホールに出る。咳ひとつでも音が広がって部屋全体を包むようになってしまう、高級そうな広間だった。絨毯が足音を吸い取る。花京院くんはハイエロファントの足元からのびる触手をあらゆる場所に這わせ、索敵を怠らない。私もつい背後を振り返ってしまう。ついて来ないとわかっちゃいるけど心配になる。
見つけた階段を上り、2階の空気を吸う。心なしか1階よりも澄んだ匂いがした。どこかの窓が開いているのかも、と観葉植物の陰になるカーテンの奥を覗いたがそんなことはなかった。時間が時間だしなあ。ていうかみんな、この時間なのに出迎えてくれたってことは、ジョースターたちが近くにいる、と言ったDIOの言葉を信じてじっと待ってくれてたのかな。なんかありがとな。呑気にホル・ホースと話しながらホテルのベッドで寝ててごめん。ヴァニラ・アイスも私たちがラクガキを読むまで襲い掛かって来なかったし、DIO一味は律儀なのか?
がたん、と部屋が振動する。小規模な縦揺れに警戒を強めると、私たちが今上って来た階段の段がせり上がり平な床と一体化したのがまず見えた。ジョースターさんが咄嗟に台にあった剪定ばさみを隙間に投げ込んだが、それはあっけなく、食いちぎられるように持ち手と刃が分断された。ぴたりと閉ざされた階段は、私たちの退路を塞いだ。
奇妙な仕掛けに顔をしかめた承太郎くんがドアノブを捻る。だがドアはびくともしなかった。スタープラチナで殴りつけると、メッキの張られた分厚い板はあっけなく破壊される。
そのすぐ向こうには、金属製のシャッターが下りていた。
「なんだこの部屋……」
思わず呟いてしまった私は悪くない。リゾットがシャッターに触れて首を振った。鉄製ではないらしい。鉄分が混じってはいるものの、操って扉を破壊するには至らないと言う。
スタープラチナが殴りつけても承太郎くんが拳を傷めるだけだった。エメラルドスプラッシュの威力も敵わず、途方に暮れる。
厚いシャッターのせいで、いくら騒いでも助けを求めることはできそうにない。外部の音も聞こえないため、2階にのぼったポルナレフたちがどうなっているのかを知ることもできない。完全に私たちは外部から遮断されてしまった。
10分ほどまごつくと、ジョースターさんとリゾットが顔を上げた。
「ドアがイカンなら」
「壁はどうだ?」
意図せず声が重なり、ジョースターさんが嬉しそうに指を慣らす。精密なスタープラチナが耳を澄ませるなか、ジョースターさんは部屋の壁を拳で等間隔に叩いていった。
「そこだ」
承太郎くんが立ち上がる。
「オオオオオオ……」
スタープラチナが雄叫びをあげ、ハイエロファントグリーンが構えを取る。ふたりの複合技を受け、部屋の壁に穴が開いた。


2階へ逃げたポルナレフには策があった。この館の構造を隅から隅まで知るわけではないが、一度戦った場所のつくりなら記憶にある。
アヴドゥルとイギー、そして3人を追うヴァニラ・アイスを引き連れ階段を上りきったポルナレフはギャラリーに躍り出た。振り返り、ザッと片足を引いて剣を構える。怒り狂ったヴァニラ・アイスの姿は狙い通り、スタンドの暗黒空間より外にあった。
ああ言えば必ずそうするとポルナレフにはわかっていた。DIOの姿を真似ただけで、スタンドではなく自らの肉体を使ってイギーを蹴り殺した男だ。信仰の根幹を愚弄すれば、自分で手を下さなければ気が済まない。細く息を吐き出しながらポルナレフは口角を上げた。緊張と恐怖を腹の奥に押し込めるための、儀式のような笑みだった。
さあ来い、ヴァニラ・アイス。
そうすればそれがお前の最期だ。
姿勢を低くして相手を威嚇するイギーと、マジシャンズ・レッドと呼吸を合わせるアヴドゥルにだけ聞こえるように指示を出す。
「アヴドゥル、イギー。壁だ。壁を狙うんだ」
「壁だと?敵は目の前にいるのに、それを素通りして壁を壊せというのか?」
「ああそうだ。敵はDIOの手下で、DIOを崇拝しているようだ。だとすると、DIOと"同じ種族"になったと考えてもおかしくはない。試してみる価値はある」
「成程、わかった。ポルナレフ、君の……いや、お前の考えにはいつも驚かされるな」
心底から称賛したアヴドゥルに、ポルナレフはまた別の笑みを浮かべた。そうだろう、驚くだろう。こうでもしなければお前たちを助けられないというのなら、私はどんな手段でも使う。
まず駆け出したのはポルナレフだ。陽動のため、影に気をつけながらヴァニラに肉薄する。それを援護するように見せかけ、アヴドゥルが炎の縄でヴァニラを縛りつけた。自分ごとスタンドに炎を食わせたヴァニラは再び暗黒に沈み込む。次に闇の空間が口をあけたのは、狙いを外したと見せかけザ・フールで壁に大穴を開けたイギーの真上だった。
「イギーッ!!走れ!!」
ポルナレフはなりふり構わずイギーの名を呼んだ。チャリオッツの剣芯を飛ばし、ヴァニラの頬を貫き動きを止めさせる。唯一の武器を失ったが、イギーに代えられるものなど何もない。
怯んだヴァニラを炎が焼き、男は苦悶とともに再び姿を消した。
しんとしたギャラリーで、イギーはポルナレフを見上げた。へたくそな指示を出しやがって、へっぽこ野郎。そう言って不敵に笑ったように思え、ポルナレフは場違いにも噴き出した。
ガオン、と再び飛来した空気と漆黒の渦をアヴドゥルに殴り飛ばされて避けたひとりと一匹は、素早くアヴドゥルが生きているかを確認した。自分も転がるように受け身を取ったアヴドゥルは真剣な顔だったが、ポルナレフと目が合うと汗の滲む顔に安堵を浮かべた。
「イギー、もう一発だ。この部屋を朝陽でいっぱいにしてやるぞ」
「ワウウ」
テメーに言われなくてもわかってるぜ。イギーはポルナレフを踏み台にし、もう一撃で石壁の大きな穴を増やし崩れさせた。
その身体を黒色が呑み込んだ。
ポルナレフとアヴドゥルが同時に叫ぶ。
「イギーッ!!」
「イギー!!」
横からイギーを丸のみしたヴァニラがゆらりと姿を現す。悲痛な表情を嘲笑してやるつもりだった。
雲をかき分け射し込んだ朝陽がなければ、ヴァニラは有利に立てたはずだった。混乱したポルナレフとアヴドゥルのどちらかを呑み込んでしまえるはずだった。
光は3つの影を生んだ。そしてそのうちのひとつの影は、生まれると同時に散っていった。
「あああああ……!!」
苦痛にもんどりうちながら、ヴァニラ・アイスは炎の縄に捕えられ、暗黒空間に逃げることもできず、砂粒のように風に乗ってエジプトの朝へ流れて消えた。

跡形もなく消えたイギーの名残を探すように、アヴドゥルはうろうろとギャラリーを彷徨い歩く。ポルナレフの後姿は落ち着いて、信じられないほど冷淡に見える。
だがアヴドゥルは頭を振った。決して、何も感じていないわけではないのだ。ポルナレフはイギーを可愛がっていた。短い時間だったが、ふたりはどこか通じ合って見えた。
ともすれば自分よりも、ポルナレフの哀しみが大きいだろう。
「ポルナレフ……」
彼はアヴドゥルよりも大人びていた。泰然とあらねばならないと自らを律するアヴドゥルと違い、老成した雰囲気があった。ずっと『大人』でいることを強いられ、肉体の芯までそれがしみついてしまったように。
そんな彼に何と声をかければいいのかわからない。悔しかった。
ポルナレフはそんなアヴドゥルの呼びかけで我に返った。
――イギーを喪った。
胸に穴があいたようだ。この気持ちを味わいたくなくて、二度と喪いたくなくて決意を固めた旅だった。目的は果たせず、ポルナレフは虚しさをおぼえる。それと同時に、ポルポとリゾットの顔がまぶたの裏に浮かんだ。きつく閉じたまぶたがスクリーンになり、この奇妙な旅で起きた出来事が映っては消える。
「ああ……」
組んだ両手を額に押し当てた。
この旅でポルナレフは全力を尽くした。もう二度とないと思っていた、最低の敵――ヴァニラ・アイスとの戦いに向き合った。誰の命も消えてしまわないよう、持ちうる記憶を振り絞って挑んだ。それでも無理だったのだ。きっと、ポルナレフの手にふたつの命は重すぎた。
「……すまなかった。……ありがとう」
誰に向けた言葉か、ポルナレフ自身にも判断できない。
アヴドゥルは彼の言葉がイギーに向けられたものだと思った。だからそっとポルナレフに近づいて、朝陽を浴びる彼の肩を抱いた。
「お前は悪くない。わたしたちは戦った。イギーも、同じように言うだろう」
たっぷり時間をかけてから、ポルナレフは頷いた。
「さあ、行こう。DIOをさがしに」
階段を指さす。
ふたりは拳を握りしめ、薄暗い踊り場で立ち止まった。
邪悪な気配が間近に迫っていた。