22 小さくたって一人前


ホテルの前で私たちとイギーの帰りを待つはずだった3人の大人の姿は、そこにはなかった。あったのは脱ぎ捨てられたぶかぶかの靴が一対。形から、ポルナレフの物とわかる。
「どうしたんでしょう、ポルナレフさんたちが居ません」
「アヴドゥルさんもいないね」
「承太郎も……」
見るからに奇天烈な現状に困惑を隠せない。
「全員でトイレ行ってんのかもね」
「それなら誰かは僕たちを待っているはずです」
「解ってるよ、花京院くん」
マジレスありがとう。そして茶化してごめん。
襲撃を受けたという認識で間違いなさそうだ。花京院くんも同じことを考えたようで、靴の爪先が向いている方向へずんずんと歩き出す。
「ポルポさんはここで待っていてください。もしかしたらポルナレフさんたちはただ席を外しているだけかもしれませんから」
「ん?それはいいんだけどよくないっていうか、ちょっと怖いっていうか」
「あっ、そうか。ポルポさんには攻撃の手段も守備の手段もないんだ……」
面倒なお荷物でさらにゴメン。申し訳なくなっていると、花京院くんは真剣な顔で私に手を差し伸べた。犬にお手を要求するような動きだったので、ここはお約束を貫くべきだろうと思い、青年の手のひらに私のデスクワーク専門の左手を置く。花京院くんは面食らって身体をこわばらせたが、そうかからないうちに気を取り直して手を繋いでくれた。
「行きましょうか。ハイエロファントで追跡します」
困った時はハイエロファント。超長距離射程の法皇がうなる。
触手を伸ばしたハイエロファントに意識を集中させる花京院くんに連れられ、私たちはルクソールの街へ、物騒な観光兼人探しに繰り出した。
意外にも、探し人は向こうからやって来た。
角をひとつ曲がったところで花京院くんの集中が途切れた。膝のあたりに、どこからかリアルに飛んできた子供がタックルしたのだ。ウッ何だこの子供は、と吹き飛び尻もちをついた子供をどうしたらいいのか戸惑う彼と目が合ったので、繋いでいた手を離して子供に手を貸した。私とは反対側の子供の手を花京院くんが握り、立たせる。
「ありがとよ、姉ちゃん。それから……」
子供は、少年らしくない鋭い顔つきで礼を言った。言葉遣いも子供にしては大人っぽい。
私たちの、否、花京院くんの顔を見て、その少年は口をパクパクさせた。
「……花京院じゃねえか?」
「え?」
私に見覚えはなかったが、花京院くんのことは知っているらしい。
髪の毛をきっちりまとめて逆立てる銀髪の少年は、よく見るとポルナレフが着ていたものと同じ洋服を身につけている。ぶかぶかになった靴下も脱ぎ捨てたのか足はむき出しだったが、どことなく。
「(アアアアアアレッシー来たー!!)
そう。薄い本でお馴染み、セト神のアレッシーが勝負を挑んできたのだ。
ポルナレフ(小)は自分に振りかかった災難と予想外の出来事に瞳を揺らした。花京院、ともう一度呟く。
「何がどうなってるのかわからねーが、俺は敵を倒さなきゃならねえ。この身体は絶………………ッ対に俺のモノじゃあねーからな。いや、正確に言えば俺のモノなんだが、これにはおぼえがある。ねーちゃんは下がっててくれ。それから花京院、オメー、本当に……」
「ポルナレフみたいな君。何がどうなっているのかはわからないけど敵を倒さなくていいの?」
生きてるんだな、と口にしそうになったポルナレフに慌てて台詞をかぶせる。ポルナレフはアッと叫び、名残惜しそうな舌打ちを残して走り去った。
時系列を整理しよう。頭が痛くなってきた。
今、私たちと対峙した『ポルナレフ』は、この旅を終えた、いわゆる1周目のポルナレフとみて間違いないだろう。半数の仲間を失い、フランスへ帰国し、いつかイタリアンギャングの悪事を突き止めようと動く、正史の彼だ。
その彼は今や三十路。ギャングとの抗争を終えジョルノのもとで働いていたがどういうわけか逆行してしまい、いわゆる2周目に入った。
あーもうごちゃごちゃになってきた。アレッシーめ、面倒なことをしてくれよってからに。
なんだっけ。ええと、そうだ。2周目だ。
2周目に入ったポルナレフがアレッシーの襲撃を受け、セト神のスタンドで身体と精神を退行させられた。この身体の大きさから推察するに、おそらく10年ほど戻されたのだろう。2周目に突入し、20……えーっと、よく知らないけど20歳前半の肉体に逆行したので、10歳若返らせられれば10代前半。脳みそも同じく10年ぶん戻されたとなると、記憶的には今の彼は20代。打倒DIOの旅が終わってすぐの辺りのはずだ。だから、花京院くんの顔を見てとても驚いた、と。しかし私のことは知らないようだった、と。そりゃそうだ。ややこしいんだよクソがあああと頭の中でギアッチョが怒号した。本当だよまったく。
三行で言うと今のポルナレフは、肉体は1周目の子供、精神は2周目の状態から退行した、1周目の大人。不意打ちで蹴り飛ばされ花京院にぶつかってしまったが、彼は大人なので、すぐに"一度倒したことのある"アレッシーのことを倒す算段をつけ、足取りにふらつきはない。
「あの少年は僕を知っている……?」
「深く考えなくていいんじゃない?」
「ポルナレフさんに似た髪型でしたね。流行っているんでしょうか」
おねえさんは君の純粋さがとても心配。
とにかく別のルートから他のみんなを探そう。とりあえずポルナレフが駆け出した道を進もうと決める。あの3人がばらけて行動するわけがないし、ばらけていなかったと考えると、まとめてアレッシーに襲われた可能性が大きい。ならば騒ぎの中心に全員がまとまっているのではないか。単純な推理だよワトソンくん。とりあえず無能なポルポック・ホームズは花京院くんの後ろに引っ込むね。
「……もしもさっきの子供が……ポルナレフさんだとしたら?」
急に花京院くんが話し始めたうえにそれが敵のスタンド能力の核心に迫るものだったから、心臓が早鐘を打ち始めた。君の言う通りポルナレフなんだよね、彼はね。
「彼は僕を知っているようでした。ポルポさんには気づいていませんでしたが、もしもアレがポルナレフさんだとしたら、敵のスタンド能力は『年齢を戻す』ものに違いありませんよね」
「そうだね」
「10歳ほど……若返っていましたか?もし精神にも影響するのだとしたら……」
ここで花京院くんは少し考え込んだ。
「やけにしっかりしていましたね。僕のことを知っていた、となると、記憶までは消えないのでしょうか。ですがそうだとすると、ポルポさんのことを知らないのはおかしい」
「そうだね」
「記憶が混濁していたのかもしれない。だとすると……ひとりで戦わせるのは危険だ!急ぎましょう、ポルポさん!」
真実に辿り着くようで辿り着かない花京院くんがもどかしすぎてもう帰りたいよパトラッシュ。うう、早く元に戻ってポルナレフ。
走る花京院くんにくっついてひいこら言いながら足を動かすと、特徴的なヘアスタイルの小柄なサングラス男が姿勢を低くして誰かと対峙している場面に突き当たった。こちらから相手の顔は見えないが、ホースから水の代わりに炎を出したような細い火の縄が砂を舐めているのが、吹き付ける熱風から読み取れた。アヴドゥルさんだ、と思ったのは私だけではなかった。
「ヒヒヒヒ……。そんなやわな炎じゃ芋も焼けないだろうに、なああああアヴドゥルよぉ」
子供の頃でも性格はあまり変わらないらしく、軽い挑発にカッとなったように炎の勢いが増した。しかし私たちが知る炎の荒縄よりずっと丁寧で、育ちの良い炎でしかない。自分で言っておきながらアレだけど育ちの良い炎って何だよ。伝わるようで伝わらない、でもちょっと伝わる表現。
炎を切り裂くのはレイピアだ。子供の姿に似つかわしくない、雄々しいシルバーチャリオッツの剣戟が邪王炎殺剣と化してアレッシーにふりかかる。そして止めは、たたらを踏み、剣で突き刺された顔の痛みに屈みこんだアレッシーの頬にぶち込まれるショタ承太郎くんのグーパン。骨が折れる音と共に小男は横に倒れ込んだ。シュウシュウと、簡易プールにポンプで空気を送り込んだみたいに子供たちの身体が膨れ上がる。花京院くんと私が見ている前で、公衆の面前で、3人は元通りの肉体を取り戻した。これは大道芸で片づけられないアウトな光景だと思うんだけどどうなの。エジプトだから何でもアリか?大丈夫か?SPW財団の圧力に期待。
「ポルポ!花京院!」
「花京院、来てくれたのか」
「やれやれ……面倒な敵だったぜ」
ポルナレフ、アヴドゥルさん、承太郎くんが口角を持ち上げる。ポルナレフは一瞬「やべっ」みたいな引きつった笑みを浮かべたが、花京院くんのところまで走り寄ってその両手を思い切り掴んだ。
「あの時は起こしてくれてありがとう。助かったよ。どうやら敵はアヴドゥルと戦っていて私の方まで気が回らなかったようだ。他のみんなに能力を集中させすぎて自滅するなんて、バカバカしいやつだ。まったく。そう思うだろうポルポ?」
「そうだね」
さっきから私は"そうだね"しか言っていない気がするんだけど会話が成り立つんだから不思議だ。
「そうだったんですね。卑劣な能力を持つ敵だが、ポルナレフさんたちが無事でよかった」
花京院くんが彼を追及しなかったのは、ポルナレフが隠そうとしている『何か』に気づかなかったからではない。気づいたうえで、ポルナレフがそれを言う必要がないと判断したと理解したのだ。私が暗殺チームや護衛チームや、それからそれこそポルナレフに抱くように、彼らが言わなくていいと思った事柄を無理やり聞き出す必要などない。そう思ったのだろう。
なぜならそこに信頼があるから。
なぜなら彼らは、私たちは、花京院くんの仲間だから。
逆にそれに気づかなかったポルナレフはドヤ顔でウインクした。ああもう可愛いなあこいつ。こいつとか言っちゃったよごめんポルナレフ。口には出してないけどごめん。でも可愛いなあ。ショタ姿ももっと目に焼き付けておくんだった。承太郎くんのぶかぶか学ランを着こなせていないショタ姿はホリィさんから見せてもらった幼少の頃のアルバムと違わず可愛らしかったしちょっとだけ"人間国宝かな?"って思っちゃうくらい魅力があったけど、子供アヴドゥルさんの姿はアレッシーの陰になって見えなかったし、災難で卑怯な襲撃だったけど、それと"おいしさ"ってやつは別の話なんだよね。本当にもう、アレッシーこんにゃろう。


ルクソールからカイロへ。列車がレールの継ぎ目を叩く規則正しい音は眠気を誘った。
けれど誰も眠ろうとしない。気を抜くのがいけないことのように思えて、この私でさえ窓の外の景色に目を遣れずにいる。
ジョースターさんと承太郎くんは日本に電話を掛けてから、ずっと黙っていた。ホリィさんのことだ。
ホリィさんの体力は限界を迎え、あと4,5日で決着をつけなければ最悪の結果を迎えてしまうと医師は言った。ジョースターさんの胸に押し寄せる焦りと怒り、やるせなさは、私なんかには推し量れない激しさだろう。腕組みをして誰からの干渉も拒絶するような老人に、喋り出すことも憚られた。
承太郎くんが列車のがたつく窓を開けた。風が入り込み、前髪がそよぐ。
「承太郎、砂が入るじゃろ。閉めなさい」
「自分は通路側にいるくせによく言うぜ、ジジイ」
「ポルポが砂まみれになったらどうするんじゃ。責任を持ってお前が砂を払ってやるのか?ン?」
ボックス席、向かい合って座るのは私と承太郎くん、リゾットとジョースターさんだ。隣のボックスに背中合わせでポルナレフ、花京院くん、アヴドゥルさん、イギーがいる。
「おいポルポ、てめーはどうだ?風に当たりたくはねえか?」
水を向けられ、そうだねえと頷いた。列車の中の空気にも飽きたところだ。承太郎くんは"ほら見ろ"という顔をしてジョースターさんに一瞥をくれた。ジョースターさんはぷくーっと頬を膨らませる。
「いいもん。わしはリゾットと仲良くするもん。お前たちはお前たちで仲良くじゃんけんでもしとればいいじゃろ」
「マジでか見たい」
「じゃあポルポが審判じゃな」
じゃんけんに審判とかあるの?あっち向いてホイにしましょうよ。そう言うと後ろの席で聞き耳を立てていたアヴドゥルさんが何かを思いっきり噴き出した。むせる音と呆れたポルナレフの声が聞こえて、賑やかさがゆっくりと私たちのもとへ帰ってくる。
ジョースターさんが小声で落とすように言った。
「すまんな」
リゾットは黙ってひとつ、頭を振った。