19 そっぽを向いて一秒


潜水艦に乗り込むのは初めてだ。海の中から宇宙戦艦のごとく現れた巨体に圧倒される。私は胸の下で腕を組んだ。その拍子に鞄の紐が肩からずり落ちたのを、リゾットが素早く掴んで戻してくれる。ありがとうとニッコリすると、彼は気にするなと言うふうに首を振った。そんな私たちの様子を見てポルナレフがアヴドゥルさんの腕をこづく。
「相変わらずじゃないか。ずっとこうか?」
「そうだな、リゾットは黙ってポルポの世話を焼いている」
はい、世話を焼かれています。背を向けたまま内心で何度も頷いた。リゾットは私が困っているのを見ては、あるいは私が困るよりも先に手を差し伸べてくれる。こんなに優しくて大丈夫なのかなあ。超めちゃくちゃバリバリモテるでしょ。イタリア人の血が疼くのか、女性に対してのケアがハンパじゃないんだよね。微笑みこそ浮かべないものの、彼の瞳はどことなく、まあ、雄弁だ。気のせいかな。
「ありがとね、リゾット」
「この程度で礼は言わなくていい」
「じゃあハグにしよっか」
「いい」
つれないにゃんこ。
へらへら笑って背中を押し潜水艦へ促すと、リゾットは抵抗せず歩き出した。ジョースターさんの先導に続いて艦内へ入る。
梯子を下りれば、円柱を真ん中から縦に切ったような半円状の内装が見える。計器が壁に貼りつけられ、埋め込まれ、明らかに触れてはいけない空気を醸し出していた。バランスを崩してうっかり手をついてしまい、上空1万フィートの密室サスペンスよろしくクロスフィードバルブが開いて燃料が面倒なことになると困るしね。潜水艦にはクロスフィードバルブはなさそうだけど、何かやっちゃったら洒落にならない。ここにはハワイで親父に様々なことを習った某川コナン君もいないことだし、ネアポリスで色々仕込まれた(隠語じゃないよ)リゾットも、潜水艦の操縦に関してはド素人だ。……たぶん。
「操縦はできない、よね?」
念のため訊いてみたが、できない、と冷静に答えられた。そうだよね。安心した。

操縦桿を握るアヴドゥルさんが海の様子を覗く。ちょっとだけ見せてもらったけど、海面を飛び出した望遠鏡を動かすのが面白かった。視界が変わるので慣れないと酔いそうだ。
再びアヴドゥルさんに操縦席を任せ、隣に座る承太郎くんといくつか会話をする。揺れないかなとか、飲み物は何にする、とかそんなところだ。でもこちらの会話と承太郎くんの返答は完全に無視した花京院くんが引き出しからカップを取り出しテーブルに並べ、問答無用でティーバッグを入れた。容赦がない。
「ちょうどカップが7つあって良かったですね。手配したんですか?」
「私は何もしていないから、おそらく潜水艦の搭乗人数限界分まで用意されているのだろう。何人だったかは忘れてしまったな」
「ああ、本当だ。別の引き出しにはまだいくつかあります。ただの換えかもしれませんが……」
地図を開くジョースターさんが声を上げる。わしゃあコーヒーがいい! しかし花京院くんは困った顔をするだけだった。もうティーバッグを開けてしまっていたので、ひとつ余ることになる。仕方なくカップをもうひとつ取り出し、空のそこに未使用のティーバッグを落とした。代わりにいくつか棚を開け閉めしてインスタントコーヒーを探し出す。私がひょいと手を出して箱から1パック取り封を切ると、微笑んで礼を言ってくれる。彼の態度は幾ばくか軟化していた。
もともと、花京院くんは私の下ネタに戸惑いながらも反応を見せてくれたり乾いた笑顔を浮かべてくれたりと社交辞令的な対応を一貫させていた。何度か距離の近いやりとりをしたような気もするが、私も青少年の尊い精神に無駄な汚れをつけてはいけないと自重していた部分があったので、そこまで気安いお付き合いではなかった気がする。花京院くんが異色かつスリルショックサスペンスな私たちふたりとの距離を測り損ねていたのも感じていたし、仲良くしたい気持ちはあれど無理強いはできないよなあとなけなしの気を回していたのよ。でも、それがねえ。ずいぶんと距離が近づいた。
「ポルポさんは……熱くないほうがいいんですよね?」
「うん、ちょっと時間を置こうかな」
「それじゃあ一番最初にお湯を淹れます」
「ありがとう」
こんな会話ができるようになったよ、やったねたえちゃん。人類にとっては些細な一歩かもしれないけど、私にとっては大いなるステップだ。
花京院くんは続いてリゾットに顔を向けた。勢い余って身体も向けている。たくましい肩が、相手の自然体極まりない立ち方に負けじとそらされる。胸が強調され、学ランのボタンの合わせ目が突っ張った。ちょっとそこに指入れていいかな。うっ、いや、ごめん。雑念だった。
「リゾットさんは砂糖は要りますか?」
「いい」
「そう、ですか。……僕は入れようかな。シュガーを取ってもらってもいいですか」
指さした先にはリゾットの前に積まれた小さな角砂糖の山がある。先ほどポルナレフが並べたものだ。
長い指が角砂糖をつまみ上げた。手の中で一度転がし、握るようにしてから、花京院くんの手のひらに乗せる。指と手のひらが触れ合った瞬間がとてもゆっくりに見える。私の目がスーパースローカメラになった気分だ。スタープラチナや某テニスプレーヤー並の動体視力を身につけたんじゃあなかろうか。人間の脳はほんのわずかな能力しか発揮していないそうだけど、今の私は限界を超えた。ねえどうしようポルナレフ。目の前で異文化交流が行われたし、私はその歴史的瞬間を目撃した。ねえねえどうしよう。
ポルナレフの服の裾を掴むと、彼は私の興奮には気づかず首を傾げていた。揺れには気をつけなさいと言った姿に母を見る。お、おかあさん。違うよおかあさん。でも気をつけるね、ありがとう。
「おい、花京院。悪いが茶をくれ」
「あ……、ああ、すまない承太郎。気が利かなかった」
花京院くんも同じ気持ちだったのだろう。手の中の角砂糖をぼうっと見つめていた彼は、助手席の承太郎くんから声をかけられ我に返った。慌ててカップを持つ。砂糖はいるかいと訊ねて要らんと言われていたが、そうだよね、紅茶にお砂糖をいっぱい入れる承太郎くんって可愛すぎて天使っぽくなっちゃうもんね。ジョースター家のポテンシャルにやられちゃうからお砂糖なしでオッケーだ。承太郎くんの好み的な意味でも、私の精神安定的な意味でも正しい選択だと思う。この時代、いや、そもそもこの世界がスゴい。なぜこんなにも才能と可能性のある人ばかりが揃っているのだろう。
否否、そういう人たちだからこそメインを張っているのだろうなあ。だってよく考えてみると、私が言うのも何だけど、私のギャングの知り合いの筆頭であるブラスコは完全なるクズだ。酒煙草ギャンブル暴力浮気は当たり前、寝取った女の彼氏が正当なる文句を言ってきたらその男をボコボコにして裏路地に捨てる。ドラッグの売買を目撃してもへらへら笑ってショバ代をせしめて終わりそう。街では床屋の顔を持っているが、カミソリを持ったあの男に無防備な顔をさらす人が可哀想になるほどだ。こいつだけは黄金の精神に混じれないだろうなと思うので、やはりジョルノやブチャラティ、ジョースターさんたちが特殊なのに違いない。
ポルナレフが怪訝そうに花京院くんの背中を呼び止める。熱い紅茶をすする承太郎くんから目を離し、振り返った青年は問いかけられてこちらも眉根を寄せた。
「花京院、君はカップを8つ出したか?」
「ええ、出しましたが……それがどうかしたんですか?」
承太郎くんにひとつ渡ったので、テーブルの上には7つのカップが置かれている。数を確かめたポルナレフが辺りを見回した。潜水艦での襲撃を思い出しているに違いなかった。
ここでは残りのアルカナの襲撃があったはずだ。もし前知識がなくても、これまでの経験をあわせて考えると、ポルナレフが復帰した直後の密室で何かが起こらないはずがない。スタンドの特性は忘れてしまったが、スターダストクルセイダースの全員が女性への褒め言葉を口にする部分だけは明確に記憶している。そのシーンを目撃するためには、この襲撃も無事にやり過ごさなければならないということだ。何だっけね、潜水艦が浸水の憂き目に遭うんだっけ。気になったのは自分の鞄の中身だ。ああ、決定的に私の電子機器がお亡くなりになってしまうわけだ。さようなら画像データ。バックアップなんて取るはずがない。
リゾットがカップに口をつけるのを見て、私もふうふうと琥珀色の飲み物を吹き冷ました。波紋が端から端まで伝わり、カップの壁に突き当たって消える。やっぱり一秒間に十回の呼吸は無理ゲーだよ。あ、やべ。
「うあっ、つ!」
機体が揺れてバランスを崩し、うっかり冷ましきれていなかった紅茶に唇が触れてしまう。熱くて反射的にカップを離す。そんな私に、戻ってきた花京院くんが軽くぶつかった。すみませんと言われたけれど、それが幸いだった。
水風船を床にたたきつけたような音がして、取り落としたカップが融けた。
融けたという言い方は正しくないかもしれない。取っ手だけを残してカップの形が崩れ、中身が床にぶちまけられて私の足をびしょびしょにした。
「あっつい!!」
「何だ!?」
熱いなんて言ってる場合じゃあないと理解したのは腕の痛みに気づいた時だ。私の手首は今までになく出血していた。あっいや、今までになくってのはちょっと言い過ぎだったかな。最高に出血した思い出はこの比じゃない。なにせ腕一本犠牲にしかけた。あれはやばかった。あれに比べたらこのくらいね、単なるかすり傷ですよ。ちょっと血がいっぱい出るタイプのかすり傷ですよ。あの時の大怪我をメギドラオンだとするとこれは風無効タイプの敵にぶっかけるガルみたいなモンですよ。
混乱して自分を卑下しすぎた。イカンイカン、冷静になれ。クールになれ圭一。慌てず騒がず落ち着いて1500秒で止血だ。
冷静に戻ったつもりでいたけど、頭はまだ真っ白だった。私と同じく一瞬唖然としていたリゾットが私の腕を強く握る。スタンドの襲撃を受け、和やかだった艦内は一転して阿鼻叫喚の絵図と化した。
「ねえこれコップに溜められそう」
咄嗟に変なことを口走ってしまったことは後からアヴドゥルさんとリゾットに怒られた。だってめちゃくちゃ出てたんだもん。



笑っちゃうくらい血塗れになったけど海水で洗い流されるから良かったじゃんと自分を慰めておく。つらい。でもハイプリエステスを捕まえた承太郎くんの手がカミソリでずたずたになったのを見て大丈夫かと心配したら、承太郎くんから呆れた眼差しをいただけたからもういいや。
「テメーの方が重傷だろ。泳げねえ……、いや、優秀なレスキューがいるんだったな」
リゾットのことだ。私は彼に頭が上がらないし足も向けられない。踏んでください。ごめんなさい。それしか言う言葉が見当たらない。つうかこれリゾットのメタリカがなかったら私ソッコー死んでたよね。水中だぞここは。どっきりどっきりDONDON!突然手首が切れたらどうする!?どうしよう。
「リゾット、ポルポを頼むぞ。彼女はスタンドが使えない。水中で我々の会話に参加することはできないからな。ポルポ、君も具合が悪い時はすぐにリゾットに示すんだ。いいな?」
聞くことはできるけど話せない。スタンドがないからね。けれどビジョンを視認できるのと同様に、スタンドを介した会話は聞き取れる。便利なような不便なような、複雑なところだ。
レギュレーターに化けたスタンドがポルナレフと熱烈なキスを交わし、流れを知っていたのにまんまと攻撃されてしまったことにひどく落ち込んだポルナレフがため息を泡に変えてごぼごぼと吐き出したのも束の間で、私たちはエジプトを目指し潜水艦を抜け出した。リゾットが死ぬほど険しい顔をしているのが怖い。私を睨まないで。あの、ごめん。今は口を利けないけど、ごめん。すみません。
ひたすらへいこらしていると、リゾットは首を振った。
「すまない。お前は悪くない」
伝わったらしい。アイコンタクトはばっちりだね。ディ・モールト情けない顔をしていたのかもしれない。リゾットのため息も泡になった。うう、喋れないってすごく不便だ。黙っているのも得意だけど、好きなタイミングで口を開きたいじゃん。

栄養の偏る旅路にしては血がさらさらなままだったなあと余裕を取り戻す。状況自体は切羽詰まっていて、私たちは海底の岩に変化したスタンドの口の中にいる。かべのなか、ならぬくちのなかだ。詰んだ。
ポルナレフがこめかみを揉む。
「私がいながら、こんなことに……」
ルートを変えてもスタンドは追いかけてきた。私たちの目的地がたった一カ所であるが故にできることだ。そうだよね、エジプトまで辿り着くためには絶対にこの方角へ進まなきゃあいけないんだから待ち伏せは簡単だ。体力も空気も限られているし、おかしな迂回はできない。
他人事のように構えているが、私もかなり困っていた。閉じこめられたことによってリゾットの苛々が波立ち始めている気がするのだ。ため息の数が多くなっている。そのため息、袋詰めにしていいかな。あああ、今の私いつもに増して気持ち悪かったわ。ごめん。それこそ謝罪が必要だ。
ハイプリエステスは岩でできた歯を軋ませる。
「ハンサムに囲まれたデブ女の手首を切り落とせなかったのは残念ね。あたしだってね、労働環境が良ければ今頃そんな輪なんかメじゃないんだからね」
もちろん口は利けない。色々なツッコミも待ったもかけられない。誰もノリよく突っ込まないところが彼らの真面目さを物語っているようだ。ソルベとジェラートがここにいたら笑いを殺すために歯を食いしばってレギュレーターを噛み砕いているだろうに、あのジョースターさんでさえ厳しい目をしている。あと、どうでもいいけどDIOの部下として勤めるのってやっぱり労働感覚なんだね。血なまぐさい職場だ。
「アアーッ、ンッ。いいわ。承太郎はあたしの好みだから殺したくないけど……これもDIO様のためですもの。それ以外は殆どどうでもいいしね」
ジョースターさんが頬を掻いた。
「できれば我々も殺されたくないもんじゃ。アー、そうじゃなあ、わしがあと30歳若ければなァ」
「ジョースターさんは今でも凛々しい顔立ちをしていらっしゃると思いますが、人の好みはそれぞれですから」
「慰めとんのか、アヴドゥル?」
「老人とブ男はどうでもいいッ!!」
切り捨て方が気持ちいい。
いわゆるスタクルサークルの姫たる私は、姫としての役割を果たせているだろうか。負傷して弱々しくしおれているから許してもらえると嬉しい。役に立たないタイプの姫だ。
「いいか!これから貴様らはあたしのスタンド『女教皇』でミンチみたいにぐっちゃぐちゃになるんだよ!胸だってカンケーない!」
このスタンド使い、胸にコンプレックスがあるのかな。ピンポイントで攻撃された。ハンバーグにはなりたくないですね。
「やれやれ。だが、残念だな。一度あんたの顔を拝んでみたかった。もしかしたら恋に落ちるかもしれねえしな……」
承太郎くんが目を伏せながら言った。ジョースターさんの耳打ちを受けた承太郎くんは彼らしくない褒め言葉を口にする。き、きた。邪魔っけな天パも気にならなくなる。その言葉が聞きたかった。脳内でツギハギの黒い医者が言った。
「あ、ああ、そうだな。君は魅力的な声をしているし、デートの待ち合わせに少し遅れた私を冗談めかして叱ってもらいたいくらいだ」
ねえ待って、その細かい状況設定ナニ?ポルナレフどうしたの?全員がポルナレフに注目した。ポルナレフは突き刺さる視線のレーザーをすべて受け流した。
「ウム、わたしは女性を褒めるのは得意じゃあないのだが、この声を聞いていると自然と詩的な言葉が浮かんでくる」
「女優のオードリー・ヘップバーンの声に聞こえませんか?高貴な印象を受けますね」
「元気もいいし、一緒にいて楽しそうじゃなあ!」
5人分の圧倒的ヨイショが終わった。では次は。
彼は一向に口を開こうとしなかった。こっそり背中をつついて急かしてみてもダメだった。言わないのかな。言おうよ、せっかくの機会だよ。心なしか海上にいるスタンド使いの女性も期待しているようだよ。
リゾットは、ふい、と顔を背けた。何拗ねてんの。私の怪我がそんなに気になるのか、というのは自意識過剰だろうか。もしもそうだとしたらめっちゃ愛してるわ。
「心にもなく持ち上げるなら最後までやり抜きなさいよ、この朴念仁どもがッ!!」
痺れを切らしたハイプリエステスの口内が大きく動く。OMGを叫んで波にさらわれたジョースターさんは半泣きだった。
「ホントにこいつはイタリア人か!?」
ここが海中で良かった。地上だったら吐くほど笑っていたことだろう。

ミドラーは浜辺に倒れていた。歯はバッキバキ。わあ、と感情の乗らない声が出た。わあすごい。スタープラチナほんと怖い。仗助くんのダイヤモンドは砕けないけど、カルシウム不足のミドラーダイヤは見事なまでにクラッシュされていた。手足がすらりと長く伸び、スタイルもいい。バストもある。たぶん顔面が血まみれじゃなかったら美人だ。
「大丈夫かなこの子」
「他人の心配してる場合か?」
「サークルの姫として、アフターケアもしないといけないかなって」
「何を言っているんだポルポ……」
姫たる者が敵を蹴落としっぱなしにしていては騎士たちの失望を招くかもしれないじゃん。乙女ゲーのヒロインを見てごらんよ。彼女たちは悪役にも優しいよ。きっと悪事には理由があるはずと、共存の道の模索に余念がない。理由がない悪はレベルを上げて物理で殴っちゃうんだけどさ。
そういえば、歯を全部へし折られてもこの子はまだ死んでいない。治療すれば復活するだろう。でも、この後に彼女が襲撃してきた記述はあったっけ。残るのはエジプト九栄神だけだよなあ。
タワー・オブ・グレーは死亡し、ダークブルームーンは海の藻屑。ストレングスはハートを折られて動物園行きで呪いのデーボはお星様だ。ハンサム顔のイエローテンパランスも、えーっと、顎の骨をつなぐ大怪我なんだっけ。顔面を潰されて病院に缶詰めのはず。ハングドマンは疑いようもなく地獄に堕ち、エンプレスも本体ごと引きちぎられた。ホイール・オブ・フォーチュンもたぶんあのままだと、まあ。残酷なやり方よね、アレって。ジャスティスはブラクラ。
ブラクラを生み出したスティーリー・ダンも再起不能、と。デス・サーティーンも母親のもとへ戻された。カメオもポルナレフが間違いなく倒している。
無事に生き残っているのはホル・ホースだけだ。命に別状がないという意味では、ミドラーたそも無事だろう。
承太郎くんたちはどうするのかな、と思っていると、彼らは放置の姿勢を示した。
「二度と追って来ねえだろうよ。病院送りだ」
「どうやらDIOに雇われていただけのようだしな。心酔もあっただろうが、どちらかと言えば冷静な敵だ」
就労環境が悪そうだったもんね。主にイケメンがいない点で。
びしょ濡れべたべたの私たちは、ミドラーを岩陰に残してゆくことにした。
「苛烈な女性でしたね」
しんなりした前髪をいじり、花京院くんが肩の力を抜いた。
「あ、ねえポルナレフ……」
ポルナレフを追いかけてミドラーの今後を訊ねるつもりが、隣のリゾットに止められた。呼ばれただけで立ち止まると、承太郎くんが「犬か」と失礼なことを言う。犬じゃないよ、タコだよ。
「ポルポ、急に動くな」
治療道具が潜水艦と一緒に海の底で寝込んでいるから、目が余計に厳しくなる。
浜辺から移動のポイントに行くまでの間、私は牛歩を厳命された。リゾット、ポルナレフ、ジョースターさん、アヴドゥルさん、花京院くんの5人から順繰りに注意を受けてしまう。心配してくれるのは嬉しいし私もあの出血具合にはビビったけど、私はそこまで子供じゃない、ような。むしろ君たちよりちょっぴり年上。イマイチ信頼が薄くて切ない。
「いざとなったらおんぶしてくれる?」
大人しく歩きながら言ってみると、リゾットは空いた両手を持ち上げた。
「今からでもいいが……」
そうだよね、何となくわかってた。ありがとう。