09 さらば干し肉


カルカッタからベナレスへ向かう道は荒く、車はがたがたと揺れた。これじゃあ携帯電話やゲーム機があったとしても、車酔いを起こしてしまってまともに楽しめなさそうだ。ばらけて椅子に座る人たちの身体が、踏み固められた道路とも言えない道路を進むたび右へ左へぐらぐらするのがちょっとだけ面白かった。リゾットがぐらぐらしてるよ。クソ可愛い。死んじゃうくらい可愛い。私にどうしろと言うんだ。抱けばいいのかな。
「リゾットちゃん座りにくくない?もししんどかったら私にもたれていいからね」
「逆じゃあないですか?」
「ほら、私っておっぱいあるから」
何の根拠にもならない主張に、花京院くんはカッと耳を赤くした。
「え、あ、……えっと……、その……」
「あはははは」
向こうに座る花京院くんや承太郎くんにだらだら絡む。承太郎くんからは「うるせえ」とか「テメーの隣にいるやつに話しかけてな」とかつれない返事をいただけるので、そのイケボだけでおねえさんは生きていけます。そろそろ自分をおねえさんと主張するのも限界かな。26歳だからまだ自分に許可してあげたい。
「ポルポも疲れたじゃろう。さまざまなことがあったからな」
「それはみんな一緒ですよ。私はスタンドパワーを使っていないからそれ程でもありません。乗り物の中でも眠っていられますし、おやつを食べれば元気が出ますし」
この車じゃあどっちも無理そうだけどね。揺れすぎ。シートベルトつけたい。
つけない理由は簡単だ。車から即座に脱出する必要が出た時に遅れない為である。固定の大切さと不便さは私もよくわかっているつもりだ。
どうでもいいが、ブラック・サバスは本当に固定して刺すだけしか能力がなかったので使い勝手が悪かった。間違えて発動したり制御しきれなかった場合を考えては冷や冷やしたもん。所構わず固定されてグッサリ行かれると困るってレベルじゃない。お金で揉み消せばいいなんて、そこまで倫理観が狂っているわけじゃないもので。
「腹が空いとるならわしの荷物の中に干し肉があるから食べていいぞ」
「ありがとうございま、ウッ」
がたんとひときわ多く車体が跳ねた。
「舌を噛んだか?」
「だ、大丈夫……、ありがとう。リゾットちゃんも気をつけてね」
舌噛むと痛いのをしばらく引きずらなきゃいけなくて悲しくなるよね。膝を擦りむくのとはハナシが違う。
そういえば、ベナレスでも何かイベントがあった気がする。
ベナレスに限らず、ジョースターさん一行の行動の節目には必ず何かがある。各所で敵スタンド使いが待ち構えているので私やポルナレフにとっては読みやすかったけど、私たちのどちらもその知識や経験で先回りすることはできなかった。残念極まりないね。アヴドゥルさんも直近の未来を占ったり、自分たちに関わる暗示をタロットから読み取るのは主観が混じると拒んでいた。事態を先読みし、攻撃タイプのスタンドが使えるがゆえに大いなる戦力となって3人もの敵を圧倒したポルナレフも、今は離脱している。
顔に布を掛けられ、わざと乱暴な動きで呼吸や筋肉の動きを紛れさせ担架で運ばれたポルナレフの『遺体』は、アヴドゥルさんが戻る前にスピードワゴン財団によってアラブへの旅路についた。完全に、アヴドゥルさんとポルナレフの立ち位置が逆転している。私の原作知識もそこそこ役立たずになって参りました。数あるアドバンテージのうち、おっぱい以外を失った私にいったい何ができるのかしらね。みんなを元気づけたりとかかな。パフパフの出番だ。
「ベナレスは初めてなんだけど、どういう食べ物があるの?」
「さあな」
「だよねえ」
私たち二人とも、インド自体初めてだったし、わからないよね。この鉄の胃袋が数度目のインドご飯でお水あたりをしないかが心配だ。
リゾットの端的すぎる答え方に、余裕を取り戻した花京院くんが苦笑した。
「お二人は通じ合っているんですね」
「エ、何が?ラブがか?」
青年は上品な仕草で口元に緩く握った手を当てた。肩で笑って、そう思わないか承太郎、と承太郎くんに水を向ける。とび抜けて背丈のある喫煙者は、椅子に深く腰掛けたままどちらにも視線をやらなかった。興味はないぜとだけ呟いた。
「あんなに短く返事をされても、ポルポさんは気にしないでしょう。それはお二人が通じ合っているからなのではないかと思ったんです」
そう見えたんだってさ。やったねリゾット。普段は"オメーらは付き合ってんだか付き合ってねェんだかわっかんねーよ"だの"マジに恋人同士とは思えねえ"だのぼろくそ言われていた私だけど、純粋な目を通して見れば立派な恋人同士に見えるみたいだよ。
「良かったな」
リゾットは本当に興味なさそうに相槌を打った。うん、良かった。26歳までこのおっぱいとお金があるのに経験どころかキスすらしたことがなかった私でも、ようやくそんなふうに言われるまでに成長できたんですね、兄貴。やっぱり兄貴はスゲーわ。全然関係ないけどプロシュートに感謝した。
誰に素っ気なくされても私は気にしないんじゃねえかな、とは言わなかった。空気を読むって大事だ。
「……」
アヴドゥルさんの元気は最低値を記録していた。ここまでこの人が落ち込んでいるのは初めて見る。ジョースターさんがその肩を叩いてやると、アヴドゥルさんもぎこちなく背筋を伸ばした。
「いつまでも後悔していては彼にも失礼だとわかってはいるんです」
「そうだろう、とわしも思う。ポルナレフは冷静で成熟した人間じゃが、こう言ったことは好まなそうじゃないか」
「ええ……」
第二回どの口が言ってるんだ選手権。
ジョースターさんが思いやりのある仕草で一度だけアヴドゥルさんの肩を抱き、すぐに放した。
「わたしはもう一度ここへ戻ります。そして彼の祖国、フランスにも……」
もうアヴドゥルさんは俯かなかった。
この話を切り上げ、私たちはベナレスで一度休憩を取った。
長距離の車移動に差し障りのない程度に水分補給をし、アヴドゥルさんが隠し切れないつらさを心から逃そうとして空を見上げる。日の入りと日の出には赤く染まり、焼けたような色の雲が散らされるのだろうけど、今はただ静かだった。このタイミングで"風が……哭いてる……"みたいな遊びをするのはエアークラッシャー検定一級じゃないと無理だ。私は三級だよ。イルーゾォはツッコミ部門は一級レベル。ほら、会話は駄目だけどリーディングは最高にうまい、勿体ないタイプ、いるじゃん。彼はそれでしょ。
ひと息つき、車に凭れて風を浴びる。リゾットはジョースターさんと花京院くんの話に混じっていた。花京院くんはリゾットに緊張を抱いているようだけど、リゾットはどうとも感じていない。怖がられることにも、好かれることにも、今のところは。

ベナレスでの時間は無事に過ぎていった。アレ、と思ったが、記憶違いかもしれない。
街を通り抜けてインド北部へ車を走らせる。またがたがたと車体が暴れ、落ち込むアヴドゥルさんも平常心のリゾットも関係なくぐらぐらしていた。可愛い。急停車してリゾットの身体が前に傾くところも見たいね。シートベルトをしていれば安全なんだけど、やっぱりここでも彼らはフリーだった。
「肌寒くなってきましたね」
「空調は?」
「ウーン、それがうまくいかなくてな」
「使えないんだな」
「端的に言うとそうじゃな」
本来ならば、運転を替われるポルナレフが居ないので、ジョースターさんがずっとハンドルを握ることになる。しかしあまりにも負担が大きすぎると思ったのか、なんとリゾットが自ら名乗りを上げた。ここで私が衝撃を受ける。リゾットの運転姿はレア中のレア。助手席に座りたくて仕方がなかったが、道案内はできないのでジョースターさんにお任せする。前方座席に並んで座るリゾットとジョースターさんなんてまじで一生見られなかったはずの光景だ。お内裏様とお雛様を想像してしまうね。私はアヴドゥルさんの隣で固唾をのんでふたりの会話を見守った。
「君が運転できるとは知らんかったから驚いたぞ」
「言っていなかったからな」
「ワハハ!」
今のは私も草生えた。
あわよくば面倒を回避しようと考えていたのか、それとも単に言うタイミングを逃していたのか、ここに来るまでリゾットはGuidareのGの字どころかドライブのドの字も運転のウの字も出さなかった。俺のドライビングテクで峠をブイブイ言わせてやるぜとも言わなかった。当たり前か。え?股間のサイドブレーキでお前の視線をロックしたいって?久しぶりの下ネタで車酔いから自分を取り戻せた。
「追い越すか?」
前にのんびり走っている車があった。リゾットは助手席に問いかける。止むを得んなとジョースターさんが言うと、我々の車は鈍行自動車の隣を抜けて前に出た。そのまましばらく走るうち、リゾットがもう一度口を開く。
「拾うか?」
「ン?」
「あっ、あの子こんな所にいる」
窓の外を見た私は納得した。そういえばこの辺りで合流するんだっけか。拾うかと言いながらスルーする気満々だったリゾットは、ジョースターさんの決断を聞いて本当にそのまま一度もブレーキを踏まずに通り過ぎた。あまりにも躊躇がなかった。
小走りに追いかけてくる少女に、アヴドゥルさんが窓を開けて叫ぶ。
「危険な旅なんだ。すまないが、後ろから車が来る。そちらに乗せてもらってくれ」
女の子には聞こえなかったようで、彼女は止まらずに不安定な道を走ってくる。後ろからやってくる車に乗せてもらえる保証はないのだけど、ここまで自力で来られたのなら自力で帰ることだってできそうだ。
「……えーっと、子供を置いて行くって複雑な気分ですね」
「ジジイ、乗せてやれ。国境まで送って、そこで飛行機で香港へ返しゃあいい」
現実的なタイプの承太郎くんが提案したのは意外だったが、知らず私はホッとしていた。確か、ここでも敵の襲撃があったはずだ。ベナレスでの記憶違いとは異なり、このインパクトの強い敵は頭を殴られても腕を吹き飛ばされても首を掻っ切られて"死んだふり"をしても忘れられない。私もよく頭の中でネタにしているからね。第3部完。
さっき追い越した車がそいつだとすると、人質にされかねないという思いもあった。どう言って拾ってもらおうか悩んでいるうちのこの台詞だ。承太郎くんありがとう。
旅のリーダー格二人の了承が取れた。リゾットは車のスピードを落とし路肩に寄って、息を切らした少女が追いつけるようにした。
アヴドゥルさんと花京院のやれやれと首を振る仕草が少女を迎える。
少女は運転席のリゾットを見てぎょっとした。
「あ、あんた……、あんたがあたしを置いてけぼりにしたわけね! ポルポ、知り合いなんでしょ。何とか言ってくれたらよかったのに」
「うーん、ごめん……?」
「本当にね。ジョジョ、久しぶり!元気してた?」
からりと話題を変えた女の子は承太郎くんの膝に乗り上げた。車内が一気に明るくなる。べしゃり要員が一人いるだけでこんなにも空気が違うんだね。うっ、ポルナレフ。彼は何だかんだ言ってよく話の種を振ってくれていた。
女の子は私たちの先回りをできるほど旅を強行してきただろうに、溌剌としていた。シンガポールで別れた時よりも重そうに見える鞄を漁り、高い声で楽しそうに私の名前を呼ぶ。このバカ犬!って一度言ってもらえないかな。沽券に関わるので、口にはしない。
「ポルポ、エロ写真見る?」
「何で私に勧めるの。見る見る」
「見ている場合か! ポルポ、君は自分が女性だという自覚があるのか!?きわどい写真に気を惹かれているんじゃあ……ないッ!!」
アヴドゥルさんの雷が落ちた。狭い車内にこもる空気がびりびりとガラス窓を震わせた。私たちはぴゃっと身体を縮めて怒号を受け止める。ご、ごめんなさい。
でも写真はアヴドゥルさんがジョースターさんと話している時にこっそり少女と額を突き合わせて見せてもらった。どこで手に入れたのかは知らないけど、これはホルマジオが好きなタイプっぽい女性だ。私はね、もう少し控えめなお尻が好きですね。太もものむちむち具合はたまらんと思うけど、この服装が良くないのかな。ノー規制すぎて笑える。本当にどこで手に入れたのだか。国柄的に大丈夫だったんだろうか。
「ポルポはこういう……」
少女が下着を指さした。
「……形のパンツは履かないの?」
タンガじゃん。履かないな。一番可愛くてエロいと判断している下着の布面積だってここまで小さくはない。私の趣味が可笑しいわけではなく、知り合いの三割には同意して貰えると胸を張れるが、私はこう、いわゆるバリバリ露出No.1&局部ガン見せ系の大胆なものより、控えめでもバランスよく飾られたものの方がいい。
もっとも自分がつけるとなると笑いと照れが止まらないので、無難なデザインを選んでしまうんですがね。勇気がないと言わないで。
後半は隠したまま否定だけしておいた。少女は心なしかがっかりした顔で、私の胸にぺたりと触る。ブラ紐をなぞるように指を這わされた。
「つまーんなーいの」
「いつかアンが着ればいいじゃん」
「そうだけどさ」
最後に、ぴん、と胸を指ではじかれた。地味に痛かったので蹲って泣き真似をした。アンはそんな私を放置して承太郎くんにすり寄り始める。ポルポ、何歳も年下の女の子と同レベルで遊んでてつらくないの?って言われたけどその言い方がつらいわ。遊んでるのはつらくないけど一人で現実に戻っちゃうのやめてくれないかな、本気で泣くぞ。世の中を……ウッ……ガエダイッ。脳内にばら撒かれたクソコラを振り払った。
一人で泣いているテイの私を慰めるにはあまりにも話題がおっぱい過ぎたためにオロオロしている花京院くんが、意を決して恐る恐る私の背中をさする。
「あ、あの、ポルポさんの優しさはあの女の子にも伝わっていますよ、きっと」
「ありがとうね、花京院くん……。一本どう、揉む?」
「そういうところはちょっと……」
ズバッと切られた。

リゾットの運転は非常に安全だった。車体は横に縦に軸がぶれるが、誰かに喧嘩を売ることも道を争うこともなく進む。のんびりと走っていた例の車に追い抜かれても動じない。
しばらく進んだところで先に行くよう促されたが、急ぐアヴドゥルさんの煽りにも慌てなかった。
「やはり我々の前を行くのは無理だと思ったのだろう。リゾット、もう一度追い越してくれ」
「もう少し進んでからの方がいい」
「何だと?」
怪訝そうにした直後、大型トラックが我々の横を通り過ぎて行った。
アヴドゥルさんが窓ガラス越しに巨体を見て青い顔に冷汗をかく。何故わかったし。後ろからひょいと顔を出して見ると、リゾットも無言ですれ違ったトラックの尻を見送っている。本当に、なんでわかったの?
「いや……、わからなかった。不安定な曲道では追い抜かさないだけだ」
大型車の前へ誘導されたとわかり、リゾットはちょっと戸惑っていた。私は免許を持っていないからわからないけど、そう言われればそうかもしれない。
スタープラチナでボコされることもなかった無事のトラックが奥のコーナーに消えていくのを確認してから、私と家出少女は声を揃えた。前の車、おかしいよね。
トラックが来ていると知りながら私たちに先を促した。善意にしてもうっかりすぎる。今回は記憶通り、こちらを殺す気満々な敵スタンド使いだったようだ。運転手の彼だか彼女だかが極度のドジっ子の可能性を除けば。
唖然とする私たちを尻目に、例の車は砂煙を巻き上げて走り去った。取り残された者は憤りと警戒をあらわに、道の向こうへ消えてしまったナンバープレートを頭に叩き込む。スタンド使いにしてもただの悪意ある変人にしても、気にしておくに越したことはない。ジョースターさんは険しい顔で顎髭を撫でた。アヴドゥルさんが、リゾットの英断を称える。
「冷静だったな、リゾット。わたしが先走ったようだ。すまない」
「気にするな」
イタリア人の車は止まる所では止まりますしね。間違えてでも事故っちゃったら自損事故であってもシャレにならないし、彼自身も仕事以外で勝負をするタイプではない。追い抜きも黄色信号も無理をしないんですよ、南イタリアだけどね。"あの"南イタリアだけどね。大事なことなので二回言いました。
「まったく、アメリカじゃあこうはイカン。このままリゾットの運転に任せていれば安心じゃな。次の休憩まで頼む」
無言で、リゾットは再びアクセルを踏んだ。運転する横顔が格好良すぎて泣ける。ジョースターさん、マジで一瞬だけ助手席を替わって、このすっかり充電の切れた携帯電話の代わりに脳内メモリーへ写真を保存することを許して。前だけを見ているリゾットのクールさで私を初めとした雌猫がニャンニャンニャン。超ヤバイってやつですよ。どう思う承太郎くん。
「寝てな」
非情な一瞥を貰ってしまった。
「次の休憩っていうと、どこになるんですか? パキスタンまで一直線ってわけではないですよね」
ジョースターさんがうむうむと首を振る。花京院くんから地図を受け取り、開いて細い線のような道路を指で辿った。丸印を指で叩く。
「国境に町がある。そこでちと息抜きをしよう。時間の猶予はあまりないが、体力がなくなるほど恐ろしいことはない。スタンドが使えなくなればわしらは丸裸じゃからな」
「そうですね。それじゃあ、リゾット……さん。よろしくお願いします」
花京院くんの口調はぎこちない。今でも距離感を掴み損ねているらしく、リゾットへの態度には一貫性がなかった。呼び方すらもフラフラしている。出会ってから時間は経っているし幾晩か夜を共にしてもいるが(あ、もちろんそういう意味じゃあない)まだ慣れていなさそうだった。リゾットって近づきがたい雰囲気あるしね。私も初めの垣根を越えるのは大変だったよ。初っ端の立場が試験官と候補生的なものだったから、上司と部下になってもどう接すればいいのかすごく迷った。あっ、嘘だ。迷ってない。パパラッチ的な付きまとい方をしてひたすらウザがられてたわ。本能のままに構い倒してしまって、その節はリゾットにとても申し訳ないことをしたと思う。突然近づいてくる謎の上司、めっちゃ面倒だったよね、ごめんね。反省はしているけど後悔はない。本当に、なぜ私たちが今の形に収まっているのかが不思議で仕方ない。どこに好きになる要素があったんだろう。ドキドキサバイバルか何かかな。私の1枚絵スチルとか超いらなそう。ふたりで行動していたところで突然雨が降って来て木陰に駆け込み、困ったな、と言いながら主人公の前で濡れてまとまりのほどけたコロネを片手でかき上げ乱れ髪。某沖縄テニス部部長のようなイベントは私ではなくジョルノを主役に置くべきだ。本気でそのスチル欲しい。
いつか花京院くんも親しげにリゾットの肩を抱き、このチェリーがおいしいなリゾット、と笑う時が来るのだろうか。私はそのカオスな天国を目指してカブトムシを探します。
「ああ、パキスタンはあっちですね」
花京院くんが方角を指さし、リゾットがハンドルを切った。ぐんと身体が斜めになって方向が変わる。承太郎くんがジョースターさんから地図を受け取り、スタープラチナの目と地を照らし合わせる。目を細めた青年とスタンドが、道の先に茶屋を見つけた。
「道が正しいかはあそこで考えりゃあいい」
スマホのマップがあれば楽なのにねえ。GPS機能に頼りまくっている私にはあまり方向感覚がありません。リゾットやホルマジオ、ブチャラティたちと出かける時は彼らにお任せ。ビアンカと出かける時も彼女にお任せ。みんなは太陽の向きにも敏感なのよ。

街道の茶屋でサトウキビのジュースを飲む。初めて飲むんだけど、独特な味が鼻に残った。リゾットにひと口渡すと彼は無表情で飲み込み、スッと私の手に戻した。気に入らなかったのか、ただ私に気を遣っただけなのか、わかりづらくてベネ。残すのも勿体ないのでちびりちびりと飲み進める。リゾットがあまりスタクルと打ち解けていないのも見ていて面白いけれど、そろそろ親しみでも抱いてもらえたらいいのにと思い、それっぽい話題を振ってみた。ハグしてても怒らないでいてくれるんだよとか、私は彼に抱きついたまま眠ってしまったことがあるけど一度も起こされなかったよとか。記憶を掘り返すとリゾットの寛容さを思い知ることができる。うっ、私もリゾットを膝にのせて抱きしめ、彼が眠ってしまっても一度も起こさず午後から夜まで平然としていられたらいいのにな。問題は体重差じゃあないと思うんだ。忍耐かな。私も辛抱強い方だと思うよ、ギアッチョに比べれば。
グラスに映る影に気づいたのはジョースターさんだった。花京院くんが振り返り、茶屋の前に先ほどの車を見つける。一台の車は、窓から片腕を出し私たちを挑発した。
「あ、あの車……! やはり怪しいですよジョースターさん!」
「そうじゃな。わざわざここに来て姿を見せたのは、狙いが我々にあるからだろう。追うぞ。どうせ進行方向じゃ」
ジュースの代金が先払いで良かった。
椅子を蹴って立ち上がり、ランクルに乗り込んでエンジンをかける。運転席にはジョースターさんが座る。途中で標識を撥ね飛ばし、タイヤ痕を残してガードレールのない山道を走った。
「さっきの標識、どこって書いてあった?」
「パキスタンじゃないですか?」
「裏返しに四角のボードがついてたじゃん。アレには何が書いてあったのかなと思って」
敵が素直に私たちの道案内をするとは思えない。十中八九、あの車は『ホイール・オブ・フォーチュン』だ。スタンド使いの名前は忘れた。
誰も引き返さないと知っちゃあいるので、無駄な進言と言ってしまえばそれまでだ。道は細く、後退には時間とたくみなハンドルさばきが必要で、Uターンもできそうにない。
例えば……もう例え話ではないんだけど、隙をついて後ろから追突されでもしたらみんな死ぬ。こんな車に乗っていられるか、私は降りさせてもらう。
「……ッ!」
悲鳴を呑み込んだのはアンだった。気丈すぎて涙が出る。ジョジョの邪魔になるまいとしているのか、本当に怖くて喉が凍り付いたのか。どちらにしたってえらい。
曲がり角の向こうに道はなく、つんのめった車の後輪が地面を流れギリギリで止まった。後部座席の私をリゾットが引き寄せ、体重が停止に有利な方向へ傾くようにする。ありがとう、大きく振られて飛んでいくところだったね。シートベルトは大切だ。いや、本当にありがとう。私の隣で頑張って踏ん張って冷や汗を流しているアヴドゥルさんカッコめっちゃ重いカッコトジは車を揺らさないようにこちらへ戻った。何kgでしたっけ。余裕で80kgは超えていそうだ。
ジョースターさんのハンドル操作で車体の向きが元に戻る。
「何だ……どうやって消えたんだ……?やはり敵はスタンド使いなのか」
「そう考えるのが妥当じゃろうな。吊り橋の向こうにも姿は見えんし、一本道から忽然と消える車が存在するとは思えん。崖下に転落したのなら別じゃが……すぐにバックしよう、みんな掴まっ……」
ジョースターさんは口をつぐんで顔色を悪くした。リゾットが車の鍵を開けた。
「車を捨てるぞ」
「冷静に言っとる場合か!! み、みんな、車から……出るんだ!」
車体の向きを立て直してあるので、左右のどちらから出ようと車は傾かない。
猛回転するタイヤの唸り声をBGMに命からがら逃げ出し、午後のコーヒーブレイクを車ごと捨てる。ランクルは放置されていたエロ写真と大きめの荷物を載せたまま追突され、破片を飛び散らせながら崖下に姿を消していった。さらば旅の足よ。