06 見た目は合コン


乗り物のチケットを買いに出た承太郎くんと花京院くん、それからくっついて行った女の子を見送って、私たち5人はホテルのカフェスペースでくつろいでいた。親睦を深める為にちょっくらお茶をしばいているのだ。
「何か食べたいものはないか?」
「今ならなァんでも食べさせられるぞ!これなんかどうじゃ、ホレ、クラブハウスサンド」
「本場には勝てないだろうが、パスタもピザも……。……それより飲み物のおかわりがいいか?」
「いや、足りている。大丈夫だ」
ひとりの寡黙な男を相手に3人の性格が良すぎる男たちがあれこれ話題を振っている様子は、さながら1:3の合コンだった。
私は一足早いアフタヌーンティーと洒落込み、スコーンを2つに割ってクリームを塗る。さくりとかじれば口の中に幸せが広がり、甘い味はストレスでひび割れた心を埋めてくれた。幸せだ。シンガポール有数の高層ホテルの上階でアフタヌーンティーを楽しんでいる自分には何の罪悪感も抱きませんよ。ジョースターさん、ご馳走様です。
「ポルナレフも食べる?」
お皿を少し寄せる。ポルナレフは微笑んでフルーツサンドを手に取った。なぜ私なんだと訊かれたけど、そりゃあ隣にいたからだ。あと、なんだか食べ物をあげたくなるから。胃が痛いのは知っているけど、エネルギーをとらないと元気が出ないよ。
ポルナレフはニコリと微笑んだ。その笑顔は、5部ナレフとして私が知っているものよりもずっと明るく若々しかった。に、肉体に引きずられている。良い傾向だし、もっと笑ってほしい。
思わず凝視してしまった私を、ジョースターさんがからかった。
「何じゃ、ポルポ。随分とアツい視線を注いどるのォ」
「えっ、そうですか?私の熱烈な想いが伝わっちゃったりして」
「伝わっとるじゃろうな!どうだ、ポルナレフ!」
ポルナレフの口元が引きつった。リゾットに新しいお茶を勧めているアヴドゥルさんも苦笑を隠さなかった。ジョースターさんと私が緊急時以外で喋り出すといっぺんにスルーし始めるんだよなこの人。ノリのいいツッコミがいないので、ジョースターさんは自分のボケに自分でツッコミを入れるというとんでもない荒業を駆使している。誰かイルーゾォ呼んで。
「リゾット……と呼んでもいいだろうか。ところでひとつ訊ねたいことがあるんだ。大したことではないんだが」
「何だ?」
首を傾げたリゾットの前髪が少し揺れる。あの逮捕されそうな服装とは違うので(ごめんとしか言えない)、どこか無防備に見える。
「その、君はなぜそんなに日本語が上手いんだ?知り合いでもいるのか?」
言葉を表すためか、アヴドゥルさんが自分の唇に指を当てたのをまともに見てしまって危うくうずくまるところだった。ベリッシモ可愛い。ごつごつした男の人が小さく身体を動かしているギャップにやられた。待てよ、そうすると鍛え上げられた身体を持ち身長もあるリゾットやホルマジオが同じように唇に指を当てるとこれは。どうしよう、猫足のバスタブにいい香りがする花びらを散らした泡風呂に彼らを突っ込んでホッカホカにしたら私の気持ちが伝わるかな。
真面目な顔で考えているうちに私は置いてけぼりにされていた。
「知り合いはいない。必要があったから覚えただけだ」
素っ気ない口ぶりはいつものことだ。無感動な声で低く、ただ事実だけを口にしている。ヤナギサワが泣くぞ。私の日本の友人はリゾットのことをすべて知った気でいるというのにね。片思いか。
「では、ポルポは?君も上手い……というか、ペラペラじゃないか。早口言葉で遊んでいたのを知っているぞ」
「私は日本が大好きなので!」
全力で主張したけど、日本語ならここにいる外国人全員が喋っているし、たぶんほとんど全員が早口言葉も舌先で転がせると思うのであまり貴重な感じはしない。
そうだ、それを言うなら私もどうしてアヴドゥルさんがこれほどに日本語が上手なのか知りたいぞ。ジョースターさんに釣られたのかな。ジョースターさんはホリィさんにつられて勉強したようだし、なんだこの日本語連鎖。
学生2人に合わせてのことか、旅は日本語で進められているが、ポルナレフも会話に不自由はない。どうやって覚えたの?
「人をさがす内に学んだんだ」
「なるほど。わたしはリゾットに近い。本を読むうちに必要にかられてかじっていたら、読み書きができるようになった。次は話してみようと思って色々と試行錯誤したよ。こうして役立っているのだから、人生は何がどう作用するのかわからないものだな」
「そうですねえ。リゾット、スコーン食べる?もう一個あるよ」
「ひとつは多いな」
成人したイタリアーノが可愛らしいことを言う。じゃあおねえさんが小さく割ってあーんしてあげるよ。
冗談で差し出すと、リゾットは照れどころか目立った感情を何も見せずにスコーンを食べた。手から。食べてくれたよこの人。餌づけに成功した気分だ。成功するたび毎回感動しているぞ私は。へらへらする私とは反対に、リゾットはもくもくとスコーンを味わっている。本当に味わっているのかただ飲むために噛んでいるのかは、知らない。
「おいしい?」
「そうだな」
「そりゃあよかった。もうひと口いる?」
「余ったらでいい」
「余らないよ?」
「だろうな」
うん。
ジャムのパックにスプーンを突っ込んでスコーンにのせる。きつね色にこんがり焼けた表面とブルーベリージャムのコントラストがおいしそうだ。つやつやしているジャムが指についたのでアヴドゥルさんの目を盗んでぺろりと舐めた。甘くて幸せ。
無言で食べていると、リゾットが私の顔に手を伸ばした。はい、と背筋を伸ばす。何かついてたかな。ガッついていると思われたら恥ずかしい。そこまでお腹が空いていたわけじゃあないんですよ。
本当にジャムがついてしまっていたらしく、ぐに、と私の口元を拭った彼の指には掠れたブルーベリーの色があった。濡れ布巾を差し出す前にフツーに指を舐めていた。でも、渡した布巾でちゃんと手を拭いてもいた。
「ありがとう」
Pregoと言って頷いたっきりお茶を飲んでいる。おかあさんっぽい『気をつけて食べなさいね』や、攻めっぽい『……甘いな……』などの感想もなかった。あったらあったでスコーンが気管に入りそうだ。
傍観していたアヴドゥルさんとジョースターさんが額を手で押さえた。
「君らはどういう関係なんじゃ……」
どう説明したらいいか迷ったんだよねと後から告白すると、ポルナレフは2001年の落ち着きをどこに置いてきたのかと言いたくなる剣幕で私の肩をひっつかんで「迷う必要がどこにあるんだ!?」と叫んだのだが、それは置いておいて。
しばらく考え込んでしまったのは、正確にたったひと言で表すのがまだちょっぴり恥ずかしかったからだ。日本語にすれば4文字なのにね、ブレーキランプ4回点滅ですよ。アイシテルより少ないんですよ。それなのに恥ずかしさは消えない。くっ、これが喪女の宿命か。モテなくてすみません。
実は夫婦なんですよ、とかなんとか一発ぶっ飛ばして場をかましてみるべきだろうか。悩んだけれど、たっぷり間を空けて、こう言うことにする。
「実は一緒に暮らしているんです」
アレ、でも今は一緒に暮らしていないというか、家から遠ざかってしまっているわけだから、過去形にすべきだったかな。
ジョースターさんが大きく目を見開いて、思い切り項垂れた。信じられんと零していた。
「私もいまだに信じられませんよ」
「君は自分を信じてやってくれ」



家出少女のアンはみんなとの別れを惜しむでもなく、心なしかリゾットの雰囲気にびくつきながら、駅への道すがら花京院ラバー明くんがいかに怖かったかという話をした。ついでに私たちはジョースターさんを含めて誰もホテルの部屋にはいなかったので、フロントを通した電話が通じずすごく怖い思いをしたとも告白した。ホテルマンが気を利かせてこちらに電話を持って来てくれたので何とか応答はできたけど、この少女は人生で一番肝を冷やしたことだろう。部屋に帰ってきた彼女にぽこぽことお腹を叩かれたし、冷や汗を流しにシャワーも浴びていた。その後にまた叩かれた。ごめんね本当。髪の毛を乾かして、精一杯慰めた。
私たちが列車に乗り込む前に、アンは私の手を離し、すうっといなくなった。彼女はこれからどうやって別の場所まで行き、スタクルの先回りをしたんだっけ。憶えてないなあ。
彼女の姿が見えなくなってもジョースターさんは慌てなかった。お父さんと会えたのだろうと大らかな態度でいる。事情を知らないリゾットは、もしかすると少女が別の車両に乗り込むところを目撃していたのかもしれないけど、私たちには何も言わなかった。私も、そこまで気にしない。本人がそうしたいっていうならいいんじゃない?ただ、右手が少し寂しい。
列車の旅には慣れている。今回は亀の中に引っ込んだり、車内で書類を見るふりをしながら携帯電話でのお遊びに興じなくていいだけ楽ってものだ。
車両を変えてレストランで食事をしていると、アヴドゥルさんが呆れた顔で、まとめた後ろ髪のしっぽを揺らした。
「さっき時間外れの間食をしていたのに、よく食べられるな君は」
「おいしいものは食べられるときに食べておきたいので」
「ウム。その心がけは大事じゃぞ」
私はペッシが懐かしくなって魚料理を選び、リゾットとポルナレフは肉料理を注文した。ジョースターさんは肉を選びつつも両方ちょっとずつつまみたいようで、アヴドゥルさんのお皿の魚はおじいちゃんのつまみ食いで減っていっている。若い子2人はどちらもお肉だった。私は昼間からお酒が飲みたくて仕方がないです。飲んどる場合か。
ポルナレフは分厚いお肉を食べて大丈夫なのかな、胃痛的な意味で。重くないか?若いからちょっとやそっとでは胃痛に負けないのかな。そんな根性論には勧誘禁止だぜ。胃薬の錠剤は持っているから安心してね。
「それにしても、僕に化けるスタンド使いか……。何とも嫌な気分だな」
「ていうか君はどこにいたの?」
花京院くんは自分の喉をトントンと叩いて、野菜を咀嚼してから何ともないふりをした。
「チケットを買う前に喉の調子を見てもらおうと思ったんです。ナースルームに行ったら随分と時間を取られてしまって、承太郎には迷惑をかけてすまなかったな」
リゾットを責める様子がないのは、彼もまた肉の芽に囚われるつらさを知っているからか。不謹慎だけど、どんな感覚なのか気になる。
原作3部のポルナレフは肉の芽に囚われながらも騎士道精神を貫いた。リゾットは私を見つけてどびっくりしていたし、どこまで影響してどこまで操作できるのか、知りたくなってしまう好奇心は誰でも持っている、と思いたい。ごめんね、3人とも。あっ、あと顔を洗う時はどうしていたんだろうね。おでこのあんなところに邪魔なものがあったらうっかり触って脳に傷をつけてしまいそうだ。イタタタタ、想像したくない。
私が余計なことを考えているとは知らず、花京院くんは承太郎くんのお皿を指さした。
「承太郎、がっつくようだが残すならそのチェリーをくれないか?僕の好物なんだ」
で、出た。
私は奇行に気づかれてもいいからあの一瞬を見たかった。隣にいるリゾットに少し身体を近づけ、こっそり視線を送る。リゾットは私が近づいて肩と肩が触れ合っても全然避けなかった。優しいね。それとも食事に専念したいだけかな。
さくらんぼの、宝石のような赤い色を口元に運ぶ花京院くん。固唾をのんで見守る私。
「レロレロレロレロ」
最高だと思った。これだ、私が見たかったのは。激しく果物を舐る花京院くんかっこ高校生男子かっことじ、見られてよかった。
ポルナレフが不思議がって、姿勢を戻した私に耳打ちする。君は彼の奇癖を、ああいや、あの食べ方の癖を知っていたのか?
いやいやと首を振った。
「青年がチェリーを食べているシーンを見たかっただけなの。がっつくようだけど可愛いじゃん。彼ならチェリーの茎を舌で結べると思うね」
「……君というやつは……」
アヴドゥルさんとポルナレフの声が重なった。低音の二重奏が私に刺さる。う、うん、自分でも下品で邪念にまみれた発言をした自覚はある。本当はオブラートに包むつもりだったんだけど、飲んでもないワインが回っちゃったかな。
えーんと泣き真似をしてリゾットの肩に縋りつく。
でもチェリーの茎を舌で結べそうだなと思ったのは本当だ。結べそう。この中で結べないのはたぶん私とアヴドゥルさんだけじゃないかな。アヴドゥルさんに関しては完全に偏見だ。だって、そもそもやったことがなさそうに見えるよ。経験がなければ難しい。
「みんな結べる?」
「わしは結べるぞ。練習したからな」
彼はどんと胸を張った。そうだろうなと思ったよ。ジョースターさんはこういう遊びに全力をかけていそうだ。大きなカーブで揺れた車体に合わせ、自慢げにしたままバランスを取ると、証拠を見せよう、と自分のチェリーから茎をもぎ取り始めた。ここで重要なのは、誰も彼にそれを要求してはいないということだ。
口に入れ、目を閉じ、もごもごと舌を動かす。それをリゾットにもたれたまま凝視する私。一体何をやってるんだこのグループは。列車の長旅は人をおかしくさせる。
ぱちりと目を開いたジョースターさんは、べ、と舌を出し見事に結ばれた茎を見せた。おじいちゃんの無駄なスキル可愛い。ドヤ顔だった。
「ポルナレフは?」
「したことはあるが……」
「あるのかよ」
びっくりしたけど、まああるよね。ポルナレフだもんね。今のイメージが強くてはしゃいでいた若かりし頃を想像できんが、ありそう。結べるまで訓練してそう。真剣な顔をしているから何かと思いきや口の中でチェリーの茎をいじくり捏ね回し芸術品をこしらえてそう。そして最終的に結べなくてふてくされていそう。あっ普通に想像できてたわ。
私も自分の分の茎を口に含んでみる。前にもやったけど、やっぱりよくわからないのよね。片手で口元を隠しながらそっぽを向いてやっていたが、チェリーの茎が拷問にかけられただけだった。ペーパーに出してくるんでなかったことにする。無言で痛ましい顔をつくるとジョースターさんが慰めてくれた。
「こういうのは積み重ねじゃよ」
果物の種をうまく取り出すのは得意なんだけど、茎を愛撫するスキルはまだまだだねえ。お口の中でさくらんぼをツイストサーブ。何を言っているんだ私は。

ジョースターさんと承太郎くん、花京院くんとポルナレフ、私とリゾットが同室になり、アヴドゥルさんは「わたしは一人でゆっくりさせてもらうよ」と本を片手に顎を引いた。
ジョジョ爺孫にも私たちにも異論はない。リゾットはいいのかなと気になったが、もう今更だったよね。リゾットは何も問題はないと私の視線に無言で応えてくれた。何が問題なんだ?とすら言いそうだ。そういうところ嫌いじゃないよ。むしろ好きだよ。
「あの……どうやらポルポさんとリゾット……さん、は知り合いのようですが、男女を同室にするのは……いいんですか?彼女こそ、一人がいいのでは」
異議を唱えたのは花京院くんだった。私を心配してくれている彼の気持ちがわかって素直に感動した。育ちと性格のいい子なんだろうなあ。最低限の配慮だとしても、旅の筆頭であるジョースターさんに反対する程には私のことを気にしてくれている。
「おお」
ジョースターさんは、ぽん、と両手を鳴らした。
「大丈夫じゃよ。この2人は付き合っとる」
一拍置いて、花京院くんが私とリゾットを交互に見た。
「すみません、もう一度いいですか」
「この2人は付き合っとる」
重ねて言われても信じがたいようで、まさか、と呟きが漏れている。
「どしたの」
言いづらそうだ。もしや私のことを非モテ喪女下ネタイタリア女とでも思っていたんじゃあなかろうな。なんにも否定できないんですけど。
花京院くんは年齢に似合わないくらい配慮ある青年だった。きりりとした顔で(しかし困惑を隠しきれず)非礼だったと詫びてくれる。おねえさんは何も聞かなかったことにするね。まさか、って何だ。気になって夜も眠れないよ。そこまで考えたところで、あっ、眠れない夜にかこつけてリゾットを枕にしよう、と閃いた。2人きりの部屋だから26歳らしからぬ行動をしたって問題ないよね。通報されないといいな。
リゾットは花京院くんの凝視を華麗に受け流した。
アヴドゥルさんが花京院くんの肩を叩く。反対側の肩をポルナレフが叩く。結構力が強かったようで、たたらを踏んでいた。
「わたしも驚いた、安心しろ」
「アヴドゥルさん……」
「私もだ」
「ポルナレフさん……」
花京院くんの安堵した声が心に刺さる。普段は自虐ネタにしてるくせに、改めて10歳くらい年下の青年に驚愕されるとこんなにもいたたまれないんだね兄貴。